ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Ordinary People 雑人雑名

Wolf Hall & Hans Holbein [around Jane Seymour]

On last sunday 8th May, Wolf Hall took Best British Drama at 2016's TV BAFTAS (British Academy of Film and Television Arts). The TV series is a costume drama and a kind of biography of Thomas Cromwell who rised up to the right hand of Tudor king Hery Ⅷ.[note 1]. The core story spans from 1529 to 1539, I think, that is really short period. [note 2] .

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Portrait of Jane Seymour in Mauritshuis in the Hauge↑ [note 3] painted by Hans Holbein the Younger, not mini portrait, but pretty small like A4-notebook. There is another her portrait with almost same impression at "the Kunsthistorisches Museum" in Vienna , Austria. [note 4]

You can compare this with another portrait hereunder 'note 4', then find a plenty of differences between 'two'. There is hardly fundamental difference, but feature of her face in `Mauritshuis` is depicted a little broader than that of Kunsthistorisches Museum, although the proportion about her head and body on both versions is strange, or say maybe ''not correct'.


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Mark Rylance, an American actor in the series. He has been nominated for the main actor in a dozen of film award occasions in 2015 -2016 and got two of them by now.

All actors and actress, in particular men, wear rather heavy costume. Might it be in 15~16 centuries in socalled small ice age? Today it's pretty fresh, average temperature 12 degrees, not a climate in May. In the first half of 16 century it might be fresh like 15th May 2016. Therfore Mark Rylance played as Cromwell put mostly fur coat on his shoulders.

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Claire Foy played as Anne Boleyn, second wife of Henry Ⅷ. Her dress is almost same that you recognize in above portrait by Holbein. She is nominated for main actress by several film award organizations as well as Mark Rylance.

Not only Wolf Hall but all Tudors TV entertainment shows owe to Hans Holbein for all to represent the era, at least a great part of stage and costume design. Before the official king's painter in 1535 Holbein portraited of royal family and nobles already, because he was in favour by Thomas Cromwell who set up a kind of artistic political policy.

These two portraits ↓ belong to collection of the National Portrait Gallery, London (assembled by BBC site). At the same time the Frick Collection in Manhattan, New York City, has also, and explaine as follwing : Left ; Thomas More (1478-1535) painted in 1527. Right ; Thomas Cromwell (1485-1540) painted in 1532-1533

Thomas More Thomas Cromwell

Hans Holbein stayed 2 years (1526-1528) in England and got patronage of Thomas More whose portrait (left) was made in the period naturally. More was beheaded in june 1536 as result of the faithfulness to the Roman Catholic, in fact via Cromwell by order of Henry Ⅷ. Holbein came back to England in 1532, this time he worked for Cromwell (right) whose political power rapidly was increasing.

[Continued]

【Note】;
1.Wolf Hall is a novel written by Hilary Mantel in 2009. The tytle is quoted from Wolfhall or Wulfhall in Wiltshire, a county in South West England. In 16 century it was the Seymour family seat.

2. In Japan the Sengoku period (戦国時代 era of wars, a kind of Civil War; c.1467 – c 1603), No one could rule whole Japan.

3. Mauritshuis ; Total building renovation completed few years ago, got new concept to present. It's contemporary enough to let audience enjoy, for instance about superabundant paintings in the storage. Mauritshuis is known, as you know, owner of "Girl with a Pearl Earring " by Johannes Vermeer. It's collection seems to based on that of William V, Prince of Orange (1748–1806). His Gallery is located at the Buitenhof, a five minute walk from the Mauritshuis. Paintings are presented original way that Willem willed at his time. Every inch is occupied with tableau as you see on second picture.

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4. Hans Holbein (c. 1497 – November 1543). Frame size is maybe a standart A4. I did not measure it in the museum. It's possible painting itself is A4. You can see hardly such a little strange frame. Mauritshuis museum in the Hague owns a couple of same frames with other persons. The explanation panel says "painted '1540?'" with question mark. She was died on 24 October 1537 a week after birth her son. The Kunsthistorisches Museum, largest in Austria, says Jane's portrait by Holbein was painted 1537 (according to Wikipedia). It means this version in Mauritshuis could be a duplicate (by Hans Holbein himself or who knows by his staff in atelier)
Seymour Vergelijking col 01
Yet I don't know size of Vienna`s version, it looks like a little bigger than Mauritshuis version (Left) .

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Ordinary People 雑人雑名

Fall of Berlusconi  驕るベル旦那は久しからず

昨日午後、全てのサテライト24時間ニュース局がベルルスコニ取巻きトリオの有罪判決を伝えた。旦那シルビオ自身は先月3週目、ミラノ裁判所で有罪7年判決を受けている。昨日判決によって、とりあえず、アルコレの富豪別荘で行われたブンガ・ブンガパーティー捜査の検察判定が認められたのだ。彼らトリオは76才旦那のために、ユーロー+貴金属を見返りにSexを提供する若い女性を組織するチームだった。栄華をきわめた生まれながらの太陽は色あせ、失墜しつつあるように思われる。

Ruby inquire
モロッコ16才少女はFedeの網にかかり、シシリーのショーに出演。源氏名をRubyとしたので、Ruby-gate捜査と言われる。少女は徐々にミラノにおける3人組みネットワークに入り、1回単位3千ユーロ(約40万円)ほどもらったと言う。回を重ねるごとに元締・首相と懇意になり、とどのつまり直接に500万ユーロ(≒6億円余)報酬を受けたと供述。ベル老の私設ハーレムへの些細な人件費一部である。以下本文を参照されたし。

首相の3期在職は、1年持つか持たないイタリア内閣史上の異例である。国民の言わば半分が彼(+彼の党)を支持してきた[補註1]。これを可能ならしめたのは主要メディア独占と権力による隠蔽工作、つまり彼の財力のお蔭である。欧州財政危機が南欧を直撃、ついに陽気な富豪の内閣を倒閣させた。

以降2年ほどの政治大揺れに必死で持ちこたえ、時に上院多数の利を生かし再復帰の可能性を匂わせた。その都度、残る半分の怒れる国民は「バイバイ、ベルさん」抗議を繰り返す。並行して、恐喝/買収/囲い込みに屈しなかった言わば`半分`の検察が食いついて頑張ったそうだ。ベルルスコニーによる権力悪用+贈賄+売春の明らかな証拠を整え、何回もの裁判を重ねながら、6月25日の有罪判決に至った。

右上;昨日トリオの有罪が下った地方裁判所。この半年、「もういい加減に止めてよ、バイバイ、ベル爺さん」集会/デモが各地で行われた
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モラ(Lele Mora)とフェデ(Emilo Fede)男2名はそれぞれ7年刑、ミネッチ(Nicole Minetti)女1名が5年刑。モラはタレント探し業、フェデはベル老メディア企業のニュースリーダー。別荘で催すブンガブンガパーティーは表向きで、内実は若いプロスティチュートを集め、ベル老の`性会`であったらしい[補註2]。モラはTVタレントやモデルのリクルート専門業で、言わばベルルスコニー私設`人探し`屋。長年フェデと組み「まろやかな美味なるワインのような」女性を探さねばならなかった。

ベル老は2009年暴漢に大理石像で殴られ、前歯2本を損傷。これを修理(?)したのが口腔衛生士資格を得て一月もたたないミネッチだとされる。歯科医のアシスタント業的な職だ。しかし経験ゼロで、ろくな結果になるまい。顔面の歪みと前歯治療をしたのは他の専門家である筈。とまれ襲撃をうけたベル老は既に上述モラ経由で面識のあるミネッチを上手に身内にとりいれた。たまたま必要になった歯治療は懇意になるきっかけだった。彼はニコレ銀行口座に4500万円だかを振り込む。特定ブンガブンガパーティーの謝礼か、それとも彼女との性交渉代金か…不明である。

上は過ぎ去りし過去のパーティーさなかの写真だろう。下は2010年、自由人民党候補で選挙キャンペーン中か。峠を越した素顔…。現在28才だから納得がいく。選挙事務と言うより売春婦斡旋業の事務員たる風情では。先日のロシアのイカレ女、アナ・チャップマンと同属に思われる。20才ほどでベル老に見初められ、モラとフェデと組み、あちこちから20才未満の女の子を集めてきたヴェテランぶりがうかがえよう。
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3人の雇用者ベル旦那が首相在職中、リンジェリー企業パラがミネッチをモデルに採用。ミラノ・ファッション・ウィークにカットウォークでデヴュー、一夜にして歯科医アシスタントは芸能界話題ネタになったそうだ。これをベル旦那はすぐさまに利用。自由人民党の地方議会候補者7名の一人に加える。政治も歯科術もど素人が富豪の手品にかかれば、それら世界で顔を利かせると言う`お伽話`である。タレントを議員に取り込む戦後現象。増しなタレントもいるが、お粗末な数ふやしに過ぎないのが世の習い。政治の質は国民のそれと比例する。

ブンガブンガパーティーがサテライトニュース局のトップになったのは、確かハリウッドのスターが招待客にいたのが一つの理由と思われる。直接の発端はモロッコを逃げ出した未成年のRubyと言う少女がパーティー帰り道に警察に尋問されたこと。多額の金を持ち、滞在許可証の不明のため拘留された。これを救ったのはベル老の電話。

彼女の登録名はKarima El Mahroug、ナイトクラブ・ダンサーである。と具体的なことを述べたのかどうか明らかでない。訴訟検事によると、ベル老は調べれば分る嘘を堂々と言ったらしい。常に法螺を飛ばす御仁だから、取り立てて言う要もない。しかし裁判調べではそうもいかない。ルディ-は拘留当時、未成年17才。これが元首相seks犯罪が明るみになるきっかけになった。ほか20や30の被訴訟案件で裁判官の変更や裁判引き伸ばし圧力をかけたこと、彼自身の裁判での偽証罪…など先月判決の具体的証拠発見につながっていったと言う。

左;当時のRudy。厚いメイクアップなのでモロッコ人の表情が分らない。ナイトクラブやショウ―ビジネスでは普通の`化け姿‘。フェイク(Fake)即ち偽装の世界。明言あり、曰く;こうした職業にホントの美人はいない。半分以上の真実と思われる。日中、厚化粧の女性に出会うことがある。ぞっとする場合が多いノダ。何処に素顔が隠れている? まず分らない。右;デブ男性は、少女や女を探すタレント発掘屋 Lele Mora。7年収監と公的職業を生涯禁止の判決に上告している。[補註3]
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シルヴィオ・ベルルスコニーは`Fake`の世界に住んでいる。王様なのだ。果物や新聞配達をしながら、商いの才能を開花させイタリアきっての富豪になった。出来ないことはない。友達だったガダフィー(Moammar Gadhafi)とムバラク(Hosni Mubarak)と基本的に同じ…、無数の殺戮をしていないのを除いての話である。彼はもちろん実際に牢屋に入ることはないと信じている。一連の裁判は政治的罠であって、無実の私がどうして有罪になりえよう。ミネッチとモラそれにフェデと共に上告中である。失墜は彼の辞書に存在しない。


【補註】;
1.中道右派、自由人民党(PdL. Popolo della Libertà)。2007年暮れに、党首自身が立ち上げた。殆ど個人財力による政党に思える。この春に混迷状況からエンリコ・レッタを首班とする言わば`大政翼賛会`的連合が成立。ベル党首は大臣にならぬと言い、代りに副首相を出している。大臣が7年刑を受けては格好がつかない。

2.無礼講ドンチャカ騒ぎは中小企業の親父くらいから組織できる。仮装`性会`は中世貴族の楽しみであったそうな。いつの世にも現れる人間の根源的欲求かもしれない。現代で耳に挟んだ例は、イメルダ・マルコスやイラク独裁者フセインの息子たちの破廉恥・何でもありパーティーなど。ギリシャ悲劇の主題`肉親男女拘らぬ性関係`を地で行く祭典はカルタゴやローマ貴族に受け継がれ、今日のベル旦那まで営々と流れてきたのかもしれない。

3.公職を例えば5年禁止と言うのは国/地方選挙への立候補を留めるのが主目的だろうか。公務員だけが賄賂を受け取り有罪判決を受ける。民間人への`賄賂`は在りえないので、この罰則の動機と目的は明らかである。つまり首相歴任者のベル旦那や土建屋とつるむ町長などに有効な罰則である。一方ストリップダンサーの手配士/仕掛屋が市役所役人や教師になることはまず無いだろう。彼らには無意味な規定に思われる。しかし公職の生涯禁止ならば、やや老いて役所の門番や清掃掛の求人に真面目に応募することは出来ない。

Ordinary People 雑人雑名

ウクライナの女たち  [セロ弾き;後篇] 

ウクライナはドイツの血に支配されてきたの、知ってる? 
エカチェリーナと言う 専制女王はドイツの女。それからロシアに君臨したロマノフ家はドイツ出向みたいなもの。革命がおこり共産主義になっても、故国ウクライナは相変わらず露西亜の言うまま気儘。その共産主義にいじめられた父と母は1941年ドイツ本国がロシア征伐を始めた時、はじめ悪くないと思ったの。


こんな朗々たる話を半ば夢見るように聞いていた。前後の繋がりがサッパリ分らない。主題はウクライナ。私の前にウクライナの女が微笑していた。

夜汽車はDBだった。当時のDeutsche Bundesbahn(西ドイツ連邦国有鉄道)が走らせる重厚な作りの車両だった。1等車キャビンの3人が向かい合う独立単座のズレ機構が面白かった。背と坐を平らにして左右合わせると、何とか寝られるベッドになる代物だった。最近はさすがに見ない。ローカル線に残っているかも知れない。[補註1]

キャビン連れ合いになった彼女はセロ弾きだった。チェロで無く、セロと聞いて耳新しかった。大きなヴァイオリンで、床に小脚を立てて演奏する楽器。それを持ち 歩いて仏独の仕事場を回る女音楽師。週や月単位仕事で店々(と聞いたように思う。音楽会と聞かなかった)を移動するらしく、そんな職業が存在し、しかも女一人…。音楽学校はキエフで、やや西の町から通ったそうだ。ウクライナの音楽師に初めて会い、やや西と聞いても土地勘も何もない私には想像を超える。

下画像;右手を高く上げて胸をあらわにする女たちの姿が雄々しい。中央は多分インナ・シェフチェンコだろう。ブロンド染めかどうか知る由もない(今のブロンド女性の大部分はファッション・カラーリング)。目的を持ち強い意志を通す女性がそんな`余暇`をもつとは思い難い… インナは1978年夜汽車の音楽師のイメージに重なる。細部表情を覚えている筈もなく、漠然たる印象に過ぎない。束の間の旅の連れ合いは明るい金髪だった。名前はアンナだったような気がする…。
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          ローマ・ヴァティカンへの抗議のようで、尼僧の被り物。

1941年6月、戦後一貫するロシアの自国史によると`大祖国戦争`が勃発(補註2)。ロシア語の英訳はGreat Patriotic Warとなる。ナポレオンのロシア遠征に対する19世紀初頭の勝利と重ねた呼称。ただし航空/戦車の技術総力戦と動員数さらに戦闘期間ゆえに`大`を付けている。Patrioticに相当する日本語彙は祖国の他に愛国や母国だ。個人的に大`故郷`戦争はどうだろうか…と考える。なぜならロシア文学が詠うあるいは物語る`故郷`は万人に訴える詩情に溢れているからである。

つい先日、その戦争勝利記念がモスクワ赤の広場であった。今や蘇りつつあるロシア先端軍事力のデモンストレーションがサテライト24時間ニュース局初め各国トップニュースで紹介されご覧になった方も多い筈。シリア紛争において、ロシアと`西側列強`US/EUとは真っ向から対立するさ中で、この見せよがしの軍事行進は多少`意味深`である(補註3)。

サテライトニュースによると数百万(あるいは一千万以上?)ロシア人犠牲者が出ている。無限に近い同胞の血によって得た勝利ゆえ、これを凌ぐロシア戦争記念はないそうだ。当時十代の兵士だった戦役ヴェテランが勲章だらけの軍服を着て参加している(補註4)。

西側通史だと、1941年6月22日はアドルフ・ヒトラーのバルバロッサ作戦の開始日である。ドイツの裏庭に当たる東欧は、ドイツ民族の繁栄のための生存圏`Lebensraum`である。レーベンスラウムは本来生物の棲息環境用語である。バイエルンから頭角を現し、全国警察権を握ったハインリッヒ・ヒムラーは農業学校出身、しばしば生物学の概念を引用している。動物が生き延びる生活圏を全ての民族の頭に立つべきドイツ民族にあてはめる屁理屈。生存圏を確保する正当性はドイツ民族にのみあり…、スラブ人種や経済を牛耳り世界恐慌を誘発するユダヤ人の生存圏は認められない…。従ってこの作戦の動機と目的は、そこに巣食う共産主義者と、不法人種(ユダヤ人など)を排除すること。(補註5)

この戦争は別名(2次大戦の)`東部戦線`と言われる。既に1938年アンシュルス(オーストリア併合)、チェコ・ヅデーデン地域の制圧とドイツ人の移住、翌年ポーランド侵攻、蘭仏政権はUKに亡 命。UKだけが前大戦の西部戦線に於る膠着の如しドイツ攻勢に持ちこたえていた。チャーチルにとって東部戦線の誕生は喜ぶべき進展だった。その分、USを引っ張り出す時間を稼げる。

ドイツ軍団はかつてないスピードでレニングラードに接近、通り道ウクライナにも後方部隊(敵性人殺戮の特殊班)による地獄図がうまれた。スラブ人種であるウクライナ人がユダヤ人狩りを手伝わされたのである。ロシアやっつけの独逸を歓迎する気持ちだったアンナ両親はウクライナの何十万殺戮の惨禍を経験しなければならなかった。

Barbarossa collage

主力軍団通過後の大量殺戮の話をアンナは両親から散々聞いたと言う。だが彼女自身が経験しているのは、日ごろのソ連邦によるウクライナ支配と秘密機関による日常の取り締まりだった。一方、第三帝国ドイツは敗れ、戦犯裁判は遠くに去り、西ドイツはひたすら目覚ましい復興を成しつつある。

「きっと親の気質を引き継いでいるのね」彼女の両親は他民族圧政に対し、強かな姿勢を持っていたのだろう。アンナはキエフ在学中にウクライナ独立グループに入った。地下活動グループでしかるべき西側組織と連絡がある。資金や情報など多くの案件があり、西側とのコンタクトを欠かせない。アンナの音楽の才能が役に立つ。

10年余した1991年8月、地下グループの夢が現実に成った。ウクライナはソ連から独立する。数世紀を掛けた長い長い独立だった。同時にアンナの正夢だ。それから右往左往の混乱期10年以上が続いた。民主化の波、2004年のオレンジ革命が起った。あの広場のどこかに、彼女はいたに違いない。さらに再び10年が過ぎる。今年、セロ弾きのウクライナの女、アンナは古希に少し満たない。

[補註];
1.現在もイニシャル DBは変わらない。西独と東独の国有鉄道が統一され、1994年に民営化された。ドイッチェ・ブンデスバーンのブンデス(連邦)が消えて、只の Deutsche Bahn(ドイツ鉄道)となる。都市間急行も各駅もその車両は機能的インテリデザインで明るく軽快。東西ドイツ統合前の重厚だが野暮ったいイメージを一新した。JRと同 じように経営効率は上々のようだ。一方、各駅乗継で土日家族切符や、初めと終わり日時指定の長期間格安パスなど、顧客優先の優れたアイディア・サービスを 開発している。

2.ドイツ第3帝国軍は3軍編成だった。レニングラード攻略に向かう北方軍団と後尾を抑える南方軍団、そしてその間。ウク ライナは北方軍を側面支援する南方軍に蹂躙されたらしい。各軍団に様々な敵性人を抹殺する後方処理部隊が必ず付いていた。敵性人とは戦争反対知識人や犯罪人、又はスラブ人、とりわけ主なる人種はユダヤ人。
赤の広場は共産主義国家/冷戦時の呼称。現在名は何と言うのだろう?

3.バーレンツ海でかつてロシア原潜が沈没した。その際の救助体制と機器のお粗末があらためて、ソヴィエト連邦から続くロシア軍事技術の停滞を印象付けた。張り子の虎と言うお子様的な一面の事実がばれた事故だった。コソボ紛争時、ベオグラードからコソボまで一夜に南下した露西亜戦車隊の旧式ぶりも目立った。しかし、ロシアは先週の行事によって、技術も金もない晩期の共産時代から急速に立ち上がりつつある軍事力を披露した分けだ。

4.自国を守る愛国のこうした行事は全ての国で行われる。共産体制である北鮮/支那からUK/USまで、時に戦没者慰霊行事として、時に勇ましさを鼓舞する晴れの行事として。参照→2011年11月15日「人形の家が行う儀式の形」。蛇足ながら、軍隊行進の`来賓席`にいならぶ70年前の若き兵士だったヴェテランが数十の輝く勲章を授与されたとは思えない。当時の将校はずっと年上で、殆どは物故者であろう。つまりこうした行事の`正装`があり、ふっと貸衣装を考えてしまう。あるいは後のアフガニスタン紛争などのヴェテランなら、十分に本物の軍装であり得るが…。ロシアに限らず、晴れの軍隊行事の衣装ビジネスは一般経済現象に属する。

5.神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ(Friedrich)1世は日本だと平安時代後期の人物。1155年に``当時のフランスとドイツ``王載冠を受けた。まだ豪族が跋扈する地方勢力の時代ながら、イタリア現在のミラノなどロンヴァルディ域戦役で武名を挙げたようだ。赤い髭からイタリア語Barbarossaの字名は、恐怖と尊敬を同時に意味したと思われる。Rotbartの代りにイタリア語を作戦名に冠したのは、フリードリッヒがドイツ人として始めて名誉の`聖なる`称号をローマ法王からもらったからと想像する。ヒトラーにとって`聖なる`作戦だった。バルバロッサ作戦前後までなら、赤ひげならぬ黒チョボ髭のオーストリア人にとって連合国側と妥協し講和締結する機会はあったと思われる。機会は失われたのではなく、取巻き部下たちと組織がフル回転してナチズムの狂気に突っ走っていた。赤ひげ作戦の発動が地獄の始まりだったと言えよう。

Ordinary People 雑人雑名

ウクライナの女たち  [フェーメン :前篇]

知る人ぞ知る。まずご覧くだされ。

2008年創立、2年の間に世に知られ、運動体としてのロゴを企画。キエフが発表会場で、そろそろ暖かい2010年の4月11日だった。アッピールの基本はブレストをあらわにすること。左右にウクライナ国旗の黄と青を配し、黒い線で縁取り、同じ黒の垂直線を中央に引いたデザイン。真ん中の女の子が焦点で、自然体の表情を組織ロゴとしてグラフィック化すると、こうなると言う見本。造形は素直な若い発想からで、満点をあげたい。

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目の行き場が無くて困っているのはローマカトリック管轄区メッフェレン-ブリュッセルのビショップであるアンドレー・レオナルド。昨日の記者会見は、同性愛結婚に関するベルギー旧教組織の公式見解の発表である。

``同性結婚ならぬ``が総本山ローマの原則だから、その`支店`ベルギーも同じ。ただローカルな事情に即した具体的な発表である。ベルギー連邦政府は既にオランダに続き、同性結婚を合法化している。私的機関である`ローマカトリック組織`は同性婚を認めず、したがってその儀式受付もありえない、と言った内容。

先日フランス議会が同性婚法を採択した。大反対のデモが続く中で、たまたま過半数を制する社会党が強引に可決したと言う印象を受ける。もしもサルコジー右派が選挙に勝っていたならば、通らなかった法律である。60年代、西ドイツはホモを監獄にぶち込んだ。その独逸をして今や同性婚法を認めようと言う時代になっている。風潮、と言うか、同性で同棲すると言う性現象が科学的根拠に裏付けられたと理解すべきだろうか。

蘭白に続き北欧もOK、欧州大国のフランス・ドイツ・イギリス議会もおおむね、OKに傾く。もちろん国を割っての大揺れなのだが、過半数を得れば法案が通過する。これを民主主義の`不可思議`と言う人がいる。

ホモ賛成デモ。先月から議会で熱い賛否のディベイトが続いていた。
Gay Marriage 01_edited-1

フランス国民半分が、男と女の夫婦と子供たちと言う健やかな家族イメージを抱いている。当たり前でしょう、もちろん!と言うのがイスラムや仏教社会の常識中の常識と思われる。キリスト教の東方正教会の国々も同じ古式ゆかしい家族像だ。ローマ旧教の信奉者にとっても、同性結婚は世界の終末を意味する。ありえないことなのだ。にもかかわらず、伝統の議会に於いて堂々とゲイ・カップル審議が繰り広げられる。


ウクライナ、見知らぬ情緒にあふれ、私には美しく響く言葉だ。10年一昔、オレンジ革命が懐かしい。ソヴィエト圏のタガを外し、西側EUよりのユシチェンコ政権が成立した頃。旧東欧圏の幾つかが既にEU加盟を果たし、自由化息吹がウクライナに鼓動していた。 

だいだい色の旗や花、コステュームが新しいウクライナを象徴した。由来は何か、私は知らない(補註1)。ウクライナ伝統と関係があるかも知れない。赤軍やもっと昔のロシア帝国に刃向かった独立心…。4月復活祭に手書きされる卵の彩色のゆかしさを見られよ。ほのぼのと暖かい。微細なトラディッショナル・エッグである。ウクライナの女たちが描く。


Ukrainian Easter eggs


1978年冬、夜汽車に私は乗っていた。どこから乗ったのか覚えていない。夜に乗ると、途中の通過駅で留まったりしながら、朝方に目的地に付く夜行列車である。始発は、マドリッドかパリだったか? 終着駅はストックホルムだった(補註2)。

各キャビンは人が時折いる程度、のんびりと言うか、むしろ閑散としている。週末で無い普通日の夜汽車はこんなものだと車掌。途中連れ合いが入ってきた。大きな楽器を抱えた若い女が、窓側左右二つ座を伸ばし一つにして`夕食`を広げていた私を見てニッコリした。安心したような風情だった。

当時スモーキングは普通人の営為だった。国を変えるたびに私はデューティー・フリーの煙草を仕入れ喫っていた。その時、薄い正方形の赤い箱を置いていて、アラッと彼女が所望した。ヘビースモーカーで普段はゴロワーズ、でもフィルター付きよと再び微笑した。薄青いパッケージのタバコでひどく咳き込ませるような強い香りのフランスのタバコで、私には不向きだった。

薄明のハンブルクで彼女が下車するまで随分話を聞いた。同じ年頃で、いかなる組織とも関わりない罪の無い日本人に胸のつかえを解放すように彼女は話した。`夕食`とタバコでくつろげた所為もある。普段くつろげない人だったようだ。機会あれば連絡するようにと名刺をもらった。本名で無い筈。幾つかの仕事先の名と番号があった。


マルフォ・フラウティール。白耳義フェーメン活動家。だが胸をあらわにするグループに属さない。勇敢な若い女の子たちがメディア関心を呼ぶ`戦術`部隊だが、`兵站`を担当する背後の力を欠かせない。広報担当も`参謀`も揃える組織に育っている。資金源が不明だが、グリーンピース発展過程になぞえられるような気がする(補註3)。活動拠点を数ヶ国に拡大、数百名の実践活動家がいるそうだ。
マルフォいわく;レオナルド司教はホモに対する虐待者。ベルギー・カトリック組織はホモを人間的平等に扱うべきだ。教会による性悪用実態(小児ホモが多数)が各国議会委員会などで明らかになり、賠償手続きが進む昨今、同性婚を許さぬカトリック原則は辛辣な皮肉と言わねばならない。
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ウクライナ本部の活動家;英語化の綴りから、インナ・シェフチェンコ。shenkoはウクライナ姓名の接辞語のようだ。後述のYulia Tymoshenkoは同形式の苗字で、話題の人物。政治的に彼女たちは繋がり、ティモチェンコ側からの資金提供もあり得るだろう。下画像の中央はインナと思われる。前線部隊の2013年中心的女性だろう。

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このデザインは人の顔にもなっている。剽軽な表情を漂わせ、キリスト的エーメン/アーメンのようにフェーメンと詠う点がミソである。ふくよかと言えない`乳房`二つはメガネに当たり、何気なく傾いでいる。洒落と言うか、当世女の余裕…

Femenは国際語彙Feminismをもじった造語。上述したようにAmenと掛けている。エーメン・アーメンと仮名書きされ、心からの忠誠/納得/誓いを示す締めくくりの言葉、と言うか発声音である。神に対して「ハイ分りました/仰せに同意して従います」そんな感じの自身への了解である。語感`フェーメン`は素直にスーッと入り、人々に覚え易い。なかなかのネーミングである。

ウクライナの女たちが何時から男と並ぶ同価値の性として公に声を出したのか、知る由もない。近い例としてオレンジ革命の際、ユーシチェンコの隣に並び、`世界デヴュー`したユリア・ティモチェンコを知るだけだ。長い金髪を丁寧に編み込み、輪っかのように頭部を巻いたヘアースタイルの女性。ウクライナ伝統ヘアースタイルらしい(補註4)。

ウクライナの名を聞いていても、その文化/歴史を大陸支那や朝鮮半島のように知る日本の方は少ない。ウクライナ観を持とうにも、何も知らない私にもどうしようもなかった、少なくとも1978年の冬まで。


【補注】
1.ウクライナの前に薔薇革命がおこった。英名ジョージア、独名/ゲオルク、自国語サカルトヴェロKartvelebi (ქართველები)と言う国家、日本語名グルジアでこのカナ名は日本以外で通用しない。青年Saakasjvili(サーカシヴィル)が脱ロシア政策を取り、一時低迷したが、一貫した反ロシアが再び評価されているらしい。上さんをサンドラ・ルーロフと言い、オレンジ色の蘭国の人。ならばサンドラもじりでオレンジ革命はジョージアと考える人がいる。

2.当時ユーレルパスと言う欧州人以外を対象にする長期間パスがあった。有効期間は数ヵ月から半年ほどあったのでは。一等車版もあり、格安だった。JRも海外観光客プロモートに各1・2・4週期間のパスを発行している。しかし30年前の欧州版に比べると非常に高額である。夜汽車について;現在EU圏をカバーするこんなのんびり夜行列車はないかもしれない。インターシティーやTGVなど国際列車のスピードがあがり、合い間にのろまな夜汽車を走らせる芸当が彼らに出来るとは思われない…。

3.グリーンピースからの枝分かれSea Shepherdの過激に例える人がいる。シーシェパードはPaul Watsonによる環境保護団体に名を借りた商いに過ぎない。国ごとに、こうした団体の活動資金ランキングがある筈。ワタソンは巧みな広報宣伝によって潤沢な軍資金(寄付)を持つ。フェーメンが国際的NGOとして今後の成長株になるかどうか?女性の開放だけでない広範な政治性をブレストの魅力とどう絡めていくか…

Ordinary People 雑人雑名

アルゼンティン話についた尾ひれ; 魔女とロバ 

ウルグアイが何処にあるか? 直ぐに分る人は南米通に違いない。南米で下から2番目の小国土を持ち、ブラジルとアルゼンティンに囲まれたウルグアイ川東に位置する。この`東=オリエント`を国名に含む人口330万余の小共和国。大統領 José Mujica(78才)が昨日、面白いことを言った。

アルゼンティンと同じスペイン植民地だったから、言語も習慣も互いに酷似して、日ごろ気楽に付き合っているのではないだろうか。大統領ふたりが並ぶ下の画像から、それは良く伺える。

左;Cristina Fernandez de Kirchner and the Mothers of the Plaza de Mayo
Kirchner 03
右;ホセ・ムヒカ(José Mujica78才)とクリスティーナ・フェルナンデス-キルッヒナー

式典か何かだろう、雛壇にウルグアイお歴々が並ぶ。ホセ・ムヒカ大統領が隣の人と無駄口を叩いている最中に起った。マイクがオンのままで、彼はそれに気づかなかったのだ。マイクOn私言はチャールズ皇太子初め、沢山の例が知られる。要人から庶民まで、普段の感覚/思いがそのまま出るので、たいていの場合`ご愛嬌`に終わる。哀しい葬儀の最中に、下らぬ映画の下手話に興じているとか、誰かの悪口を言うとか、それがスピーカーから会場に流れる。経験した方がいらっしゃるだろう。

クリスティーナは年老いた魔女やね‼ このホセの台詞がスピーカーから聞こえてきた。ついでに彼女の若死した旦那について曰く;片目で奴さんはかなりの政治手腕を持っとった。けどロバ並みの融通の効かん、頑固もんやった。``ごもっとも、当り``と誰もが納得したのではないか。

魔女云々は59にして若化けメイクアップ絡み…、亭主の片目云々はネストル片目がやや不自由だったのではないだろうか…。政治外交に於いて、ムヒカとネストルは気の合う友人として知られ、後継者クリスティーナも同じ良好関係と見なされているそうだ。この失言によって、一波乱すると両国外交関係者が心配しているそうな。

上;ネストル・キルッヒナーと妻。2010年夫は心臓麻痺で没(60才)
Kirchner 04
下;ウルグアイとアルゼンティンの大統領ふたり。ウルグアイ川を挟む隣国ゆえ、近所付き合いが良すぎて…

魔女と言うのは時にやり手の女性を意味する場合があるような気がする。目の縁どりが大層なフェルナンデス女史がローマ教皇就任前にヴァティカンを訪ね、世界トップニュースになる場を演出。知名度と人気を一気に挙げられる手品は魔女を除きそう誰にも出来ない。言い換えれば、同僚大統領への`羨望`だったようなう気がする。

アルゼンティン外相 Hector Timermanが「許せぬ、侮辱も甚だしい」とウルグアイ大使を呼び付けて抗議したそうだ。ホセ自身は正式外交談話で無いので、謝罪する積りはないと伝えられる。面白がっているのは両国の野次馬と言うかソーシャルネットワーク連中や庶民である。サテライトニュースをかじる私のような部外者には、勘所を押さえた褒め言葉に聞こえ、愉快なエピソーデに思える。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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