ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Nature 雑草 フローラ/ファウナ

鴨川の生き物たち

鴨川は京都市内を南北に流れる。河床と堤防との間に公園/散策道/広場などが整備され、市民に憩いを提供している。京の都と共に歴史を歩んできた河川なので、沢山の物語・絵画などあまねく事象が良く知られている。私の四月歩きで観たものはわずか。幾つかの画像をご覧ください。

DSC_0057 からし菜の河床

日本列島の河川に恐らく同じ光景が見られるのでは…。アブラナ科の黄色い花が満開。一週間前、左に見える遊歩道が人手であふれ、ふだんサイクリング出来るのがこの時に限ってご法度だったそうだ。理由はソメイヨシノを基準にする桜前線が京都市内を`直撃`したから。お花見の大混雑ならば、自転車に乗るなど、とても出来ないでしょう。

アブラナ属の和名で知られるのはナノハナ。京は漬物の都(ミヤコ)。ぎょうさんの`創業年間◇◇▽▽`と言う老舗の漬物屋があり、それぞれの伝統の秘法を争い、独自の漬物を作っています。シバ漬け、奈良漬け、スグキ、ダイコ漬け、、ほんとにタント御座いますエ。

その一つが菜の花漬け。天辺の蕾が群がる部分を、あっさりと爽やかに漬物にする。画像の植物は厳密に言うと、日本自生の菜の花でない。セイヨウアブラナとか、黒辛子≒芥子菜と言われる仲間の一つ。これを欧州で(英語の場合)マスタードと呼ぶ。マスタードとかモスタルトと言う苗字が全欧に見られるのは、この属のこの仲間がいかに食品として需要旺盛だったかを想像できよう。モスタルト家の先祖はセイヨウカラシの老舗だったと言うわけだ。

勝手に生える自然の芥子菜が山野を静かに流れる河川に群生するならば、そこに行って一籠も二籠も採取したい。漬け物にするも、炒めるも煮るも、天麩羅やサラダ風にするも、天然の滋養を満喫できる。やや大葉っぱ似の厚い葉もビタミン豊富だと言われる…。棲息群落を伺うと、蕾や花の部位より、葉のヴォリュームが圧倒的である。一度、菜採として試す価値はあろう。

アオサギ Corrage 04

21世紀に沢山のサギが鴨川に生息している。彼らはコウノトリ科アオサギ属またはサギ属に分類されている。赤ちゃんを両親に運んでいく大型の鳥仲間だ。デカイゆえに、欧州で頻繁に見られるアオサギ(日本アオサギと変種関係にあって、より灰色が目立つ)は獰猛な肉食動物である。10㎝くらいのカエルや1mヘビなど、食ってしまうのである。夏場だと胸に飾り羽が生える。画像ではわずかに見える。

ダイサギ Corrage 03

ダイサギもアオサギとほぼ80~90㎝になる大きなサギだ。白い全身が美しい。シラサギと呼ぶ一つの種(シュ)だ。雌はやや小さい。鴨川は浅く、堤防遊歩道から、時々50㎝を遙かに超える鯉(と思われる)の背びらが見えたりする。彼らも盛んに捕食遊泳を行っている。だが下手をすると、シラサギやアオサギに突かれたりするのではないだろうか…。

高野川と合流する出雲路橋の上流を賀茂川と書く。たぶんその界隈に上賀茂と下賀茂との二つの神社があるためだろう…。 ここから上は昔から綺麗な清水だった。多くの魚がいた。アユもいた。市内部分と鴨川が合流する淀川の水が綺麗になり、アユが上流に向かってくるらしい。友禅の洗いが行われていた頃、アユはいなかったと思われる。1970年代、友禅作業が終わりに成り、鴨川整備法が機能し始めて以来、徐々に水中生物が返ってきたらしい。

生物学者/ファンによると、困ることもあるそうな。オオサンショウウオの支那種を放流した人(人々)がいた。近年のゲノム調査によると、日本種とのハイブリッド化が全面的に進んでいるらしい。半世紀ほど昔の出来事を元に戻すことは出来ない。生物の全地球的な交雑化を引き留めるのは例外を除き、非常に難しい。

コウノトリ科のサギ属は賀茂川あたりから、我が物顔にドンドン増えて観察される。と出会った三つもカメラをぶら下げる御仁に教えられる。たぶん鳥たちは有り余るアユやフナや、時にオオサンショウウオのグルメを楽しんでいるのかも知れぬ。


DSC_0061.jpg

芥子菜の茎のトップ画像。黄色い4枚花弁が十字についている。十字花と欧州で言うのはキリストの十字架を連想する。当たらずも遠からず… ここまで来る前の蕾集団の時、先っぽ10㎝ほどの部分を切り採る。花が開花し始めると、蕾が開花した花より上に位置するタイプと、その逆のタイプとの2種が欧州に自生≒野生する。いずれも芥子菜の兄弟姉妹にあたり、どれを漬物にしても、上首尾に行うならば、有機農法的なホームメイド健康食糧になる。

コサギ Corrage 03
右も左も黄色い靴を履き…。体躯の小ささと共に、大型サギ種上記二つとはっきり区別できるポイント。

コサギ Corrage 02

記述した二種大型サギより、小さなタイプの白いサギ。和名でコサギと言うらしい。コウノトリ科であるが、属名が異なっている。初め私は、ダイサギになる前の若い状態と思ったが、動くたびに揺れる二本の毛で識別されるそうだ。コサギの方が熱心に浅い水中のエサ取りをしている。大型二種はより大きな獲物を追い、コサギは体の小さい分だけ、小さな水中生物を餌にするということだろうか?普通の理屈だとそうなるが… 実際は分からない。
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Ordinary People 雑人雑名

共和国と言う嘘っぱち共和国

シリアは正式に「シリア・アラブ共和国」と訳されるそうだ。絶対者や君主をもたず、人々が選挙を通じてリーダーを選ぶ`共に和する`国と言うこと。史上の初例は、宗主国スペインから独立せむとするオラニェ・ナッソウ家を統領とする`リパブリック`である。それは1588年エリザベス1世が130余軍船からなるフェリーペ二世艦隊`アルマダ`を撃破した時代変わりをも意味する。又オリーヴァ-・クロムウェルが(冬女王エリザベスの弟)チャールズをスコットランドに追いだした(1645)後の共和制も指す。別の言葉で言うと、議会が絶対権威である国王に代わって政治を主催する政体である。

バッシャード・アル・アッサドは非常事態法を常に維持したまま、大統領に`選出`された。ホセニ・ムバラクも、アレクサンドル・ルカシェンコ(ベラルーシ)等も同じ手口で大統領であり続けた。かたわら彼の一族/取り巻きは忠実なる秘密警察や親衛軍隊を用い反政府組織/個人・デモを取締り、獄舎にぶち込んだ。彼らの牛耳る国家は`共和国`を名乗るために、選出された形を整え「大統領」に治まる。共和制と言う嘘っぱちの``共和国``をでっち上げ、大統領とは名ばかりの独裁者である/であった。

SNCはシリア民族評議会、NTCは(リビア)民族政権移管評議会。いずれもアラビア語表記を英語頭文字にしたもの。一連のアラブ蜂起に於ける反政府団体の呼称は概ねこんな感じになる。パリにおけるSNC設立も、現地の国内全域民主化運動も既に1年を経過した。シリア領土は実質上、内戦状態に入っている。なりゆきはベンガジ反政府組織NTCの歩みに多かれ少なかれ重なっている。

‘少なかれ‘の部分と言うのは、NTCが立ち上げから終いまで一枚岩だったことに対し、SNCは複数グループの離合集散で、全くまとまっていない点。昨年11月ソルボンヌ大学社会学教授ブルタン・ガリオリンが3ヵ月間の議長職に付いたが、まとまらず/まとめられず…。かつてシリアから欧州諸国に亡命した人々がそれぞれ作る反政府組織で、それぞれがまた現地戦闘グループと連携したり/しなかったり…、つまり一つのまとまりある反政府組織として機能していない弱点。

先月半ばからの国連(UN)特使コーヒ・アナンの5ヵ条平和プランが今月初めのイスタンブール`シリアの友達`会議で採択され、同時にタケノコの如し反政府グループ再結集がうたわれ、シリア国境外にチリジリバラバラに展開する`自由シリア軍`への給与支払い決議が決まった。自由シリア軍は政府軍からの脱走兵を中心にして、リビア革命と同じ軍人でないヴォランティアで構成される、軽武装集団。彼らはデモ活動に加わり、殆どが家族親戚兄弟姉妹を政府軍に殺された人々。

Sylya Collage 01のコピー

イスタンブールの国際会議に出席したのは現シリア政権の大統領を`独裁者`と見なし、それゆえに退陣すべきとする外交姿勢を採る国々。UN(国連)とEU諸国、US(米)、UK(英国)に加え、トルコ/アラブリーグ/など大多数を占める。これの対抗勢力はシリアに軍港を借り、年間500億ユーロ以上の武器輸出のロシア連邦。そして似たり寄ったりの理由と歴史的友好関係を保つ支那とイランである。北鮮もシリア支持だ。一言で言うと、ならず者の国家グループ。

例えばヒラリー・クリントンは「同胞を殺害するアッサドは国際人権法に照らし罪人である。即刻退陣すべき」と演説。同趣旨を韓国の国連総長バン・キ―・ムーンも声明。ブリテンとフランス外相ウィリアム・ヘーグとアラン・ジュペ―は現政権に代わるSNC将来の選挙による民主政権になるようにバックアップすると足並みをそろえている。

これらは外交上の口上である。実質上の武器供与も軍事圧力も彼らは採らない。リビアの長丁場の軍事支出に音を上げたからだ。自由シリア軍は常にアッサドお抱え精鋭軍に匹敵する武器供与だけを望んでいる。しかしアルカイダなどの手に渡る危険を回避すると言う理由でEU≒NATOも一切の武器援助をしない方針だ。手っ取り早く言うと、彼らは口だけの綺麗ごとを並べ、実際の軍事的行動は何もしない。することはシリア経済封鎖と、例えばアッサド自身と妻、近い親戚などの欧州資産を凍結し、同時に彼らの欧州旅行(≒EUへの入国)禁止措置を採ったこと。

一方「シリアの友達」会議主催のトルコはもう長い間、ナトー加盟国である。アラブ諸国の敵・イスラエルと共同軍事演習をするほど「欧州国家」であって、シリアに対して大胆な外交圧力をかけている。しかもシリア北部の長い国境線に沿って、急膨張するシリア難民テントを増加設営中である。

宰相レジェップ・エルドアンはリビア紛争時と同じ厳しい非難をアッサド一味に発している。彼のトルコ三軍と海上警察(のような組織)の総合軍事力はEU≒NATO中で英仏に次ぐ第3番目である。イージス艦も購入予定だそうで、欧州きっての大軍事国家になっている。このトルコがアラブ圏で存在感を示しつつあるのが21世紀の新しい中近東情勢だと言うこと。死に絶えるあのオスマントルコ…、と言えど土地だけの継承者で、思想的に直接に繋がらない現トルコ共和国の動静に今後注目しなければならない。内国に多くの矛盾を抱えつつ、半ばアジア半ば欧州に属するトルコは今、陽の上がる新興勢力に成りつつある。

このトルコに対峙するのがアラブ圏諸国。例えば内戦で揺れるバーレン、イェメン。サウディアラビアですら、潜在的な蜂起を抱えている。100%欧州政策に呼応するのはアラブ首長国のカタールやドバイだろう。カタールの君主親族はフィリピンやバングラディシュ/インドなどの労働者を迎え、彼ら自身は左団扇で、民主主義を唱えている。石油資源に恵まれ、働かずして同胞が資産形成できるお伽話の現実に享受するミニ国家群だ。アルジャジーラと言うサテライトTVはカタールの言わば国家経営組織と思われる。

中でもカタールほど、リビア革命のさ中、具体的な武器援助を陸続きで行った国はない。非常に英米仏よりだ。トヨタのランドクルーザーを改装して、機関銃を備えつけ、一大隊分をリビア・ベンガジに供給したのはカタールだと言われる。さもなくば、他の諸国を想像することが私に出来ない。 

シリア政権の今採れる唯一の手段は、コーヒ・アナンがいかなる綺麗ごとを並べようが、「殺すか殺されるか」だ。5つの平和プランの受諾は表向きに過ぎず、本音は時間稼げをして、反政府軍とそのシンパを殺せるだけ殺し続けることだ。そうしなければ、アッサド一味を待っているのはガダフィーのリビア崩壊と同じ筋書なのだから…。





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Politics and economics 政治/経済

フランスの大統領選挙 

フランスに初めて大統領が生れたのはフランス革命後でしょう。革命始まりは1789年、日本は田沼意次が失脚、松平定信による寛政の改革に進む時代。北米ではジョージ・ワシントンが13州をまとめ、プレシデント・オブ・ユナイティッド・ステイツに就任したのではないか…。プレシデント即ち`統領`を用いた近代国家の最初の人物と思われる。

建国以来はじめての共和制体に成り、絶対君主は立憲君主に衣替え。1793年、ルイ16世が国民公会による何度もの選挙の結果、一月にギロチン台に上がり、10月に女房マリア(=宝塚公演のマリィ・アントワネット)もそれぞれ処刑された。全欧の君主が身震いする大変革だった。この共和政の指導者を統領と言わず、総裁と言ったが、言うまでもなく現在の`大統領‘にあたる。

その後も党派の血で血を洗う争いが継続するも、エイジプト遠征から帰還したナポレオン・ボナパルトが総裁政府を倒し、政権を掌握した。この1799年がフランス革命の終焉になる。ナポレオンの呼称は総統あるいは統領と和訳されているが、殆ど`大統領`に近い感じになる。

フランス史が面白いのは共和政と王政復古を繰り返す、いかにもフランスらしい血湧き肉躍るダイナミズムではないか。第4共和制はもろく、チュジニア植民地絡みでフランスが内戦動乱に成りそうだった。これを収支したのは一端、引退したド・ゴールだ。望まれ復帰し、強力な大統領制を作り今に至っている。

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トゥルーズ市のテロ事件後、現役サルコジーが首位を挽回。そりゃーそうだろう、大統領として毎日テレビラジオに`出演`できたのだから。それは選挙管理委員会の公正なメディア割り振りに属さない特別待遇に成ろう。不条理な殺戮が発生して、国民が怒り、犠牲者に哀悼を尽くす場面に、ニコラさんが神父のような表情と台詞で現れる。多くの視聴者がやはり信頼できる人物だと思う。

そのようにメディアは単純に作用するものなのだ。ゆえに、フランスでは正式に認知された立候補者へのメディア割り当ては秒・分刻みでストップウォッチ計測されるような公正選挙を期している。人々によって選ばれた中央/地方議会メンバー500名の署名を得て、初めて大統領立候補を認められる。彼らはだから等しい広報機会を与えられるのである。

テロ後の2度目の予測調査が上の写真入りリスト。社会党オランドが0.5%で首位に返り咲いた。極右マリィ・ル-ペンと極左ジャン・ルック-メレンシャンが続く。2007年に3位で7健闘し、民主連合党を起こしたフランソワ・ベイルが三度いい線で頑張っている。彼が食うのはサルコジーの中道左派票だろう。単純に左と右だけで言うと、この予測順に従うと、左→右→右→左→右となる。

他の女性二人は`労働者の戦い`党のナタリー・アルトゥと環境グリーン党のエヴァ・ジョリー女史。男性は、かつて大統領候補選挙に出て長い政治キャリアーのジャック・シャミナーデ、労働組合を基盤とする極左っぽいフィリップ・ポゥトゥ、さらに二期エール市々長を務め人気あるニコラ・ドュポン-エンニアンらの三名。予測リストにないが、これら五名は10~1%の間である。第二次選挙になる時、3位4位候補者が上位の誰を支持するか/しないかは重要な要素になる。加えて下位五名の動向もまた相当なファクターになるだろう。

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九つの選挙争点を挙げ、選挙民の関心度合いの調査結果である。社会不安と移民の二つが最後に並ぶ。トゥルーズ市に於けるテロがあったばかりだが、殆ど影響をあたえていないのが印象に残る。もしも、これがフランスエネルギー大部分を供給する原発事故ならば、日本の民意選択に等しい感じになるのでは…。第一番のPowerとあるのはエネルギー関連かと思われたりするが、ユーロ通貨とギリシャなど危機に襲われる不況感を反映している。要するにユーロ購買力の問題を心配している。ものを売れず、物を買えない、これを何とかせねば…と人々は切羽詰まっている言うこと。

儀礼職ドイツ大統領が先に決まったところだ。危機の欧州を引っ張った独仏枢軸は言い換えれば旧東独市民メルケルとハンガリー移民二世サルコジーの仲良しコンビだった。どう言う分けか、ドイツの左右はフランス大統領選に明確な態度を表明している。党首;メルケルのキリスト教民主党はサルコジー支持を公にして、対する社会民主党はオランド支持である。

本日四月入り。四月馬鹿と言う。フランスでは熱のこもったと言うか、こもらないと言うか、四月馬鹿`統領選挙`がまだ三週間続く。決まるのは頃合い良くて五月晴れの日々。
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Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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