ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Ordinary People 雑人雑名

15世紀欧州の巨匠はフラーンデレンの人

21世紀二人の巨匠と言えば、冗談にもならない。現職の民主党大統領に共和党候補が挑む。ハリケーンの暴風雨のために、昨日予定だった共和党大統領候補の指名会議が延長された。現時点の支持調査によると、ミット・ロムニーとバラック・オバマの以下の数字が上がっている。億万長者ロムニーが2.5%差でオバマを追撃する
    DSC_0302.jpg
あるご婦人いわく:片方はモスリムだし、新人はモルモンだし、どっちも私の宗旨に合わないわね。困るけれど、どちらか選ぶなら、やはり立派なユナイティッド・ステイツ・オブ・アメリカの伝統的保守に育つ可能性のあるロムニーなのね!

宗教を大事な判断根拠にするアメリカ市民は多い。古色に染まったカトリック福音主義のさまざまな宗派が競い合っている。モルモンと言うのはジョセフ・スミス・ジュニア―によるキリスト教新興宗教である。セクト的な教条はローマのそれよりも頑迷と言われる。だとすると、日本仏教界における創価学会や霊友会と言った宗教団体に例えることが出来よう。既に2世紀に近いから、創価学会と比較にならない歴史と固有な教義を持つ大宗教組織であるそうな。知人のエドがかつてユタ州ソルトレイクの街にある本部に行った。神々しいスミスの場面ごとの肖像画がかかり、壮厳な音楽が流れ、この世と思われない風景が3D最新技術で展開され、まさしく神の国にいるような体験をしたそうだ。

教会とはそうあるべきなのだ。宗教が起こって以来、左様なコンセプトが常に用いられてきたのが事実だ。欧州のイエスキリスト教会から、それ故に偉大な絵画/彫刻/建築/音楽が生れてきた。芸術の大部分は宗教に負ってきたのである。今のベルギー連邦の北側半分、フラームスの二人の絵画にもその典型を見ることが出来る。

伝統的な芸術作品は宗教的である故に、所持者を変え、戦争に翻弄され、時にばらばらにされ消失し、戦火に焼失した。運がついて、世紀を生きながらえた二つの作品について書こう。作品2つの主題がキリスト教そのもので、それらが成立以来、部分ごとに場所を変えたり紆余曲折の運命を辿る。一つは再び三度もとの姿に統合され今日に至った例である。

十字架から降ろされるキリスト神の子羊この2つをフラーデレンの誉と言って良い。現在、前者はスペイン首都マドリッドの国立美術館プラド―にかかり(補足1)、後者はそもそものゆかりフラーンデレン都市フェント、シント・バーフス・カテドラルにある。前者を正確に語るのは難しい。見学``拝観``したのがずいぶん昔だから…。後者との対面は下部5枚の背景に描かれた木々の細部がまだ焼き付いている。

いずれも15世紀欧州の宗教観の逸物。二人の画家は今から言えば、小国ベルギー連邦の北部に属する同時代人*(補足2)。オランダ方言を話す小さな地域から、当時の欧州絵画のトップ二人がでているのだ。色彩技術の先進性と主題素材の構成展開に於いて、時代を抜いている。

「十字架…」画家はブリュッセル近郊のドールニックと言う小村生まれで、フランス語風な苗字De le Pastureを名乗った。のち広大なブルゴーニュ公国(と言えど人口希薄なのどかな土地)の主フィリップ公お抱えになってVan der Weyden とオランダ語翻訳風に言い換える。「子羊…」画家van Eyck(ファン・アイク)兄弟、特にヤンはブルッフェ(フランス風ブルージュが日本で知られる)で生涯の大部分を過ごす。

Kruisafneming door Rogier de le Pasture' in Prado Madrid 細部描写に多くの写実的不可思議…と言うか超現実が見られる。例えば槍に突かれた右腹部と右手甲傷口2箇所の描写。紅い唇にも見える。
     Vraanderen meesters 01

Het Lam God in De Sint-Baafskathedraal in Gent  巾335㎝ 高さ229cm 下段5組に左右に広がって異なる樹木が精密に描かれている。当時の地中海近辺の樹種と思われ、ファン・アイク兄弟が何処から資料を得たのか興味深い。仔細に検討すればオリーブや傘松等を特定できるだろう。

上作品の画面左下。産みの親であるマリアが息子の死に直面して、悲しみのあまり朦朧となり倒れる情景。青い衣服が聖母マリアその人であることを示す。彼女を支える3名の人物の腕が`韻を踏む`ように一体感を醸している。
聖なる母がそんじょそこらのおなごのように気絶してはいけない…と思うのだが。異常な事態を目撃して意識を失うのは20世紀良きアメリカ婦人のマナーになった。それは聖母マリアの先例に習っているのかもしれない。

十字架の部分が凸状に突き出ている。変化形が多くあるが、当時の祭壇額縁の基本形。原型は中世住宅建築の正面の姿と思われる。その形が窓覆いに繰り返される。ガラス入りの窓枠を守る言わば雨戸であって、強靭に作られた扉でもある。スワと言う時の敵を防ぐ役目を兼ねられる。低い土地の煉瓦作りの古い建築に普通に見られ、外観上の装飾機能を持っているのは言うまでもない。

Rogier(ロフィール)のパネルは巾262㎝ 高さ220㎝の平面一枚だが、これほどのサイズでなくても、たいていの祭壇額は複数の折り畳みになっている。ドリー・ラウクと呼ぶ左右に開く鎧雨戸と相似形の形が基本になっている。左右2枚と窓そのものとで、計3枚構成になる。ドリー・ラウクの代表はやはりフェントの素晴らしい教会にある。Gentはラウク即ち折り畳みタブローのメッカなのだ。

マリアの背後に立つ草色の衣服の女性は(キリストの妻と私にも解される)マリア・マグダレーナだろう。愛する人への深い悲しみを読み取る事出来る。小さなブログ画像から無理だが、実物いずれも等身大に近く、細部描写を鑑賞できる(単または双眼鏡をお持ちになるように)。

死亡したキリストを除き、10名の人物が描かれ、それぞれが明確な意味を持って登場している。神の子を支える二人の僧は知名な僧なのだろう。十字架の後ろで一見遊んでいるような少年が奇妙な印象をあたえる。やや濃い皮膚で顔立ちも何となく異なる…。ブリティッシュ・ミュージアム(英博物館)専門家の若い女性の解説を少し前に聞いたのだが、もう忘れている(思い出せば修正/補足しよう)。一つだけ覚えている点は僧服の細部表現。織り込まれた生地蝕感の写実について。当時の織物産業の興隆とその技術が分るそうな…。

下の作品はHubertとJan兄弟によって、1432年完成とされる。フラームス語彙の題名をどう他言語に移しているか知らない。「神への生贄」も可能だろう。ローフィールの絵も、単なる「十字架から降ろす図」でも通る。

「子羊…」絵は祭壇画ラウクとして著しい大作。王侯の願う宗教主題を考証研究して、物語りイメージを作り組み合わせ、複数の構成部分を、折り畳み時と開いた時との裏表二つのスぺクタルにしつつ、それらを総合する想像を絶する作業である。こわざもおおわざも必要になる。優れた軍配を振る棟梁がいて、平らな樹木パネル作りの大工師がいて、蝶番作りの鍛冶屋がいて(補足3)、、、ざっと考えても大プロジェクトである。

    Vraanderen meesters 01-2 Jan van Eyk dichte
1枚目の下作品の左右を閉じると、この姿になる。中央上部のほぼ半円に収まっている部分が左右に開かれると、隣の半円から連続して次の半円(実際は4分の1)に成るかのようにデザインされている。
下段:羊を抱く洗礼者と福音書著者の二人のヨハネス。外側に祭壇画のスポンサー夫妻ヨースとリスベット。当時の大変な資産家で敬虔な信者をきちんと顕彰しているわけだ。中段::天使の羽で分かるように大天使ガブリエル。右に描かれている聖母マリアに、受胎を告知するのがガブリエル。愛称ギャビーと言う女の子は多い。上段:マリアの上はミシャ、ガブリエルの上はマリアの親戚ザカリアス、いずれも預言者である。


2つの絵は現在の洋画材・キャンバス布地に描かれているのではない。木を薄く切ったパネルで、恐らく楢材。フラーンデレン(英語フランダース)の言葉でアイク(複数アイケン)と言う。偶然だが、画家の苗字はこの樹木名由来である。ドングリを成らせる広葉落葉樹で、欧州樹木の王者と見なされ、世紀を経て大木に育つ。「子羊…」の場合6世紀を経過し、この色彩と艶だから、持久性に優れるクォリティーと言わねばならない。



[続く]


[補足] 
1. フェリーペ2世(日の沈まぬ西班牙帝国の王。エリザベス1世に挑み海戦で敗れた。王の常道、芸術を愛し、欧州中の絵画を集める。支配地フラーデレンのレ―ヴェン教会礼拝堂のために製作されたが、ブルゴーニュ公の子孫フェリーペによって本国の首都に運ばれた。参照→エリザベス1世:2011年7月22日「私はか弱き一介の女にすぎないが、心は王の強靭さで満ちている」
2. 同じ言葉を話した突然変異的な鬼才ヒエロニムス・ボッスJheronimus Boschは彼ら二人より半世紀ばかり後になる。参照→'s-Hertogenbosch 2011年10月4日と5日。
3. . 王の注文であれば、街一番の鍛冶匠が細工蝶番を作り上げただろう。シュミット/スミスの分業専科に、戦馬と農耕馬の蹄鉄作りと並び、折り畳みラウク用の蝶番作りがあった。欧州の蝶番史の成果として、例えばドイツ圏住宅に見られる上下左右に自由に閉開出来る仕掛けヒンジをあげたい。
3.
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シリア内戦は代理戦争?    

一日だけの熱暑が過ぎた。22/23日は早秋の気配。ヴァカンス族は帰り、子供たちは活き活きと通学し始める。あのデカイ喋り屋、家族には気を使い大慌てするデーヴィッドもスペイン休暇先から帰宅、彼の子供たちも学校へ。

奴さん曰く;いずれ倒れるシリア政権だから、スムーズな政権移管のために用意せにゃー…。と言うわけで、昨日まずフランソワと、次にバラックと電話で話した。その経緯をダウイング通り10番地のスポークスマンが公に発表した。[補足1]

シリア独裁政権が築き上げた軍事力に驚かざるを得ない。中近東圏の敵は長い間イスラエルだけだったのだから。油の売り上げ殆どを武器充実に費やすのはアラブ独裁の常識なのだろう。アラブの親分たちはそうして競い合った。[補足2] リビアは兵器として用いるに化学物質製造施設を持っていた。そのシリア版は4種を開発生産する工場で、東京地下鉄で用いられたサリンも大量に蓄積されているらしい。

外国からのジャーナリストを暖かく迎えたい。けれどもそ安全を我々は保障できない。日本人ジャーナリストが政府側砲撃で傷つき、移送するヴァンの傍らでその事情を説明するシリア・フリー・アーミー。の銃乱射があったそうだが、状況は全く不明
    120821 Syrian war 01
傷つき、移送中か病院で亡くなったと言う山本ミカさんの取材作業中。近影と思われるが、イラク湾岸戦当時かも。

シリアに恐らく現時点で最大量の化学兵器が蓄えられているそうだ。70~80年代にイラク政権がグルド民族を殺戮した同当のガス類と言われる。本来イスラエル攻撃用だが、反対勢力地域の(シリア自由軍SFA)壊滅に用いる公算が強い。追い詰められたアサド一味の必然的に採る手段だと、トィッターやSFA自身の情報が伝える。

オバマ政権は詳細情報を握っている。化学兵器を使用した場合の一般犠牲者の数を測り知れない。これを超える無差別殺戮化学手段はやはり見えない放射能以外にない。この月曜日に大統領自身が「もしも使えばシリア政権はenormous consequencesに直面すると演説をした。淡々とした静かな語り振りだったが、実はイミシンである。軍事介入を示唆したわけだ。

すっかりヘッピリ腰になったアメリカ合衆国が言うのだから注目すべきでは。軍事介入+その後の維持コストに悲鳴を上げた過去があるから…。イラクにようやくコンマを付け、アフガンも間もなく片を付けられそうだ。リビア紛争ではEUサイドの NATOに主導権を取らせ、ナントカ上首尾だった。それ故に3度目はあるまいと、バッシャール・アサドは選挙対策用の演説と居直った。内心はギクッとして、脅かされたに違いないのだが。

これを受け、露西亜の外相Sergei Lavrovが20日モスクワに、支那の政府特使Dai Bingguoとシリア副首相Qadri Jamilの両使節団を迎えた。オバマ声明への反駁を揃っておこなった。再と言うべき合意点は、リビアにおけるUS海軍を含むNATO介入のような事態を許さぬと言うこと。

武器と石油と生活物資の要請にシリアから出向いたJamil使節代表曰く「独立国家に対するオバマの干渉は国際法に違反する。シリア問題は我々国内問題ゆえ我々自身が解決する」。[補足3] シリア支援の露支の主張はこれまでの繰り返しで新鮮味は皆無。熊と龍が肩を組んで、遠吠えしている格好になる。現場の戦場と全く無関係。

山本美香さんと同僚。恐らくジャパン・プレスと言う日本報道社の様子。彼女はジャーナリストの4人目犠牲者。Homsの砲撃でブリテン/フランスの3名が既に亡くなっている。当時ジャーナリスト狙い撃ちと報道された。ソーシャルメディアの発信地の追跡から、当局が場所を確定、集注して砲撃した。SFAサイドも政府側TV報道の`顔`であるジャーナリストを血祭りにあげている。あるいは山本氏の例も政府側作戦一環なのか、それともさまざまな利害異なるグループの仕業か…
    120821 Syrian war 02
アレッポのSFA側の仮病院。医薬品と手術器具が不足。

17ヶ月続くシリア紛争は既に少なくとも殺された犠牲者1万8千人を数える。プラカードを持つ民主化デモを武器で抑圧したのが始まりだった。アサド政権は同胞デモの人々をテロリストと呼び、露西亜と支那、隣国イランから武器供給を受け、圧殺を継続。露支は国連安全保障理事会におけるアラブ諸国/EUによるシリア制裁提案を拒否権を用い葬りさった。

何度も書いたのだけれど、再び三度繰り返して書く。反対勢力はカタール/サウディアラビア/トルコ等から武器支援を受け、トルコ・レバノン・ヨルダン国境沿いからシリア自由軍部隊をシリア内部に展開し、リビア戦闘状況のように実質支配区を増やしつつある。政権が完全に管理する行政区は無くなりつつある。複数の現地潜入ジャーナリストによるヴィデオ映像を含む報告から明らか。

数日前3週間ぶりに政権側TV 局SANAにアサッドが姿を見せた。ダマスカス市内の政府中枢域にある小さなモスクのラマダン明けの儀式だった。インタヴューを受けた近くの市民はモスク周辺の道路封鎖と警護政府軍の物々しさを語っている。つまりダマスカス自体が既に市街戦場になっている。23日の今もあちこちで戦闘が続き、砲弾を受けた住宅が燃えている。

末期政権を露支は保持継続しようと執拗に踏ん張っているわけだ。政権軍は可能な限りのヘリと戦闘機を投じ、全土の反対勢力域に大っぴらに爆撃を開始。空から砲弾が降ってくる。住民は東西南北の国境鉄条網をはいくぐって向うに出る以外、身の安全を守る手立てはない。

露西亜と支那に加え、US/UKアングロサクソ(時にEUを含め)コンビに反抗する数か国がシリアを支持している[補足4]。熊と龍が何故しつこく、デモ隊への圧殺を見て見ぬふりして独裁シリアを支え続けるのか? 様々な要因がある。だが簡単な答え方をしてみよう。

プーチンは実力者でロシアを牛耳るが、独裁的ふるまいと取締り強化に対する運動は後を絶たない。共産北京は政権にたてつく行動を一切許さない。いずれも、アラブの春の床机倒しを避けなければならない。言論の自由を軸にする自由民主化とはロシアとシナとの現状を揺さぶり、エジプトのごとき崩壊につながりかねない。露支政権の目的は明快だ。インタネットを激しく取り締まり、情報の拡散を攪乱し、あらゆる手段を用いて反対勢力の芽を摘み取ること。

露西亜(モスクワ)に、支那(何より香港)に、自由を訴える運動組織が存在する。知名な戦士たちが多い。サテライト局に紹介されるのはかつてのチェス世界選手権者カスパロフ、何でもオブジェ化するアイ・ウェイウェイ(ローマ字:Ai Weiwei)など。高名な彼らの逮捕を当局は繰り返す。プーチンにとって「ロシアの安定」、共産北京にとっては「社会主義の調和」それぞれ看板のために、見せしめに批判者を牢屋にぶち込む。昨日捕まったカスパロフは他の知名活動家と共に拘束3年の可能性ありと聞こえた。シンガー女性グループと同様な仕置きを与えようと言うわけ。

    120821 Syrian war 03
上:シリア副首相、モスクワの発表。 下:パリのエリゼ宮玄関。シリア民族評議会メンバーを迎えるオランデ大統領。欧州滞在または亡命シリア人の組織。現地多くの異なる戦闘グループとの連携が希薄とされる。資金収集と支援国交渉が彼らの役割。今後の現地グループと一体化の努力を請われている。

オランデ仏蘭西大統領が不況で四苦八苦。非人道シリア内戦に何もしなかったと、前任者サルコジーの勇敢に比較され、面目が立たない。キャメロンも経済に関し同じだ。ながらもロンドン五輪の良き余韻に助け舟をもらい、今パラリンピックに顔を出し、盗聴ハッキングスキャンダルの悪イメージから回復しつつあるように見える。

そこでデーヴィッド、休暇明けの茶色に焼けた元気さで僚友バラックに応えたい。しかしブリテンだけで出来ないので、リビアで勝ち取った成功パートナー・フランスのフランソワに朝の電話をいれた。会話は英語を用いるそうだが、フランス語も入るチャンポンかもしれない。

オランデにしても国民の声に応え、シリア反政府勢力に具体的な援助をするジェスチャーを示す必要がある。両者は近い政権交代への準備シナリオ作りに合意して、具体的作業に入るそうだ(該当部局は既に案出していよう)。同時に緊急援助として、致命的な死に関わらない、つまり武器供与の代わりに、FSAサイドへの情報機器に加え、野戦病院の医薬品と治療器具を送付すること。さらに難民を受け入れる周辺国へのテントや生活物資の供給。

それだけではないだろう。公にされないが、化学兵器が使われた場合の軍事介入についての段取りが話された筈。オバマの脅しが効けば起こらないが、これまで調停も警告もすべて棚上げして戦闘継続してきた事実を忘れてはならない。既にキプロス島とレバノン海岸の領海への仏英米艦派遣が検討されていると言う。近いので日数を要しない。

西側3名リーダーの電話会談は、3国がシリア反対勢力を支持している事実を言う。一方露と支那は独裁者を支援している。日本は前者に属する。具体的なシリア経済封鎖に日本は関わっていると思われるが、外交の場で日本の首相/外相のアサド非難の声が聞こえることはまずない。

日本人ジャーナリスト山本美香氏が銃弾に当たり亡くなった。40年前の日本人ジャーナリストたちを思い出す。ヴェトナム取材に命をささげた勇気ある人々だった。左様な日本人の署名記事を、巨大な購読数を誇る大新聞にも専ら配信だけの時事・共同にも見ることはあまりないのではないか。戦闘両サイドのいずれかにインベッドされているとしても、とまれ現地に入り取材し続けた彼女に敬意と心からの黙禱を捧げたい。

だからシリアは日本と関わると言う議論ではない。じつは、シリア内戦は日本の利益、と言うか国家存続に直にリンクしている。人々の自由な発言を封じるならず者国家二つ、露西亜と支那が絡んでいる…。それは次の雑談にしよう。
23日午後、我が村はオテントサンが顔を見せ、ダマスカス市内も太陽に照らされている。SFAファイターズを捜索中の政府軍タンクと兵士たちを映す政府側TVの映像を、フランス24と言うサテライト局が紹介しているのをみつつ…。


[補足]:
1. 彼らが会合で名前で呼び合うのかどうか知らない。キャメロンは既に何度もオバマと接触、オランデは就任したばかり。時間を重ねるうちに、二人だけならば、普段の感覚になり、ファーストネームで呼び合うだろう。こうした個人的外交接触が一つのミソになるのは昔の中曽根首相が認識していたようだ。フランソワやデーヴィッドにバラックと呼ぶ生活習慣を日本人が持つことはない。中曽根氏がもし米国同僚を名前で呼んだとすれば、自然体のような努力をしなければならなかった筈だ。西側の40~50世代リーダーの外交能力はこれに負うところが少なくない。通訳や第3者が入らぬ場で突っ込んだネゴを行うための素地…。
2. 主要なる西側及び東(旧)共産側の軍需産業にとってかけがいのない市場である。例えばUS毎年のエジプト軍事援助。戦闘機/タンク製造企業にとってワシントン経由の市場は莫大。シラク仏蘭西の湾岸戦争批判はフセインイラクによるミラージュ等軍用発注と関わる。
3. Qadri Jamilはしばらく消息が不明で、反対勢力に回った説が流れていた。こうして、露/支那のバックアップをもらい、断固アサド側に留まる姿勢を示したわけ。しかし面白いのは、「ヤミルは政権側からの脱落を模索途中…たまたま残される家族の手配が間に合わず、やむを得ずモスクワ出演になった…」と誰かが呟いている。末期になると、あり得よう。ほんとのアサド一味を除いて、誰もが家族を安全圏に移し脱落したい。つまり家族がネックと言うか最大関心事になるのは、過去の革命や政権崩壊期に共通している。
4. ウィキリーク創始者アッサンジェの亡命を歓迎するエクアドル。そしてUSに対し常々大上段に振りかぶるヴェネヅエラ。コレアとチャビスの二人の大統領は意気投合している。

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黒い土曜日と熱暑 そのホントの裏事情

休暇の始まる7月半ばと終わる8月半ばの土曜日を黒い土曜日と呼ぶ。パリのヴァカンス族が南に出発する土曜日と、休暇を終え再びパリに帰る土曜日とを形容する言葉。日本の盆期間の行きと帰りのラッシュに相似する現象である。パリと地中海沿岸とを結ぶ自動車道が糞詰まりになり、50~100㎞に渡る渋滞地獄を「黒」で表現している。

「黒い土曜日」にはオリジナルがある。Black Thursdayで知られる1929年10月24日のニューヨーク株式市場の大暴落の日だ。日本語訳は[暗黒の木曜日]だろう。世界金融大恐慌の発端になった。1次大戦の過大な賠償金にあえぐドイツ・ベルリン市場も、オーストリア・ウィーン市場も直撃を受け、大銀行倒産…文字通りの暗黒が欧州を覆った。これがアドルフ・ヒトラー率いる国家社会主義政党の兆進に力を貸した。未来から振り返り、暗喩的な意味でまさに暗黒の木曜であったと言わねばならぬ。

      Zwarte Zaterdag Cor 02
上:先の土曜日の渋滞。向うの海は北海から連続する大陸とブリテン大島との間の海路。内陸から海岸部へ押し寄せるウィークエンド族が延々と渋滞を作る。これもフランス・パリからの休暇族に起因する黒い土曜日に相似するので、見出しにスワルト・サムスタッグ(ブラック・サタデイ)と見出しが上がっていた。
下:最高気温どこかの村で36.7度が記録された。猫も杓子も水を求める。


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ご覧の通りオーストリアの山岳、ここも今年初めての`熱暑`。慣れない暑さにミネラルウォーターを充分用意して目的地に向かうウィークエンド族。

今年、日本の帰省ラッシュに関する一つの調査記事を読んだ。8月11日に帰省、15日に帰宅する予定の人々が最も多いと言う。都会から田舎へ、都市から都市へ、列島中で人々が移動する。実際は11日も13日も、盆期間のすべての日がラッシュなのではないだろうか。

パリ市民のヴァカンス大移動を形容したのは、実はフランス人ではない。やはりそこを通り過ぎる独蘭人が言いだした。あまりの渋滞にうんざりしたフランス人がこの表現に納得して、やがて自国語による「黒い土曜日=Samedi noir」が普及した。

2012年、この黒い土曜日が様変わりした。フランス家族の42%が長い休暇を取らなかったのだ。短い休みを何回か採る、あるいは近くのキャンプ場で過ごしたようだ。南欧諸国の財政危機によって、例えばフランス基幹産業の国営自動車会社シトロエン・プジョー・グループの売り上げが激減。8000人解雇せざるを得ない状態になった。新大統領フランソワ・オランデは出だしから傾いた船の船長で、先行きはいばらの道である。新鮮さを期待して社会党政権を実現した選挙民は悶々として休暇を諦めた…。黒い土曜日の午後に、高速自動車道は普段のスイスイ状態になったのである。

    Zwarte Zaterdag Cor 05
阿蘭陀と白耳義(ベルギーと読む)の水遊び風景。「水を浴びないと死にそう」と子供たちが言っていた。よく雨が降った6~7月のお蔭で水はたっぷりとある。夏らしくない寒い夏のけがの功名

黒い土曜日は比喩表現だが、珍しい熱暑と共に、何となく嫌な予感を抱かせる。ロスチャイルドと言うのは有名な銀行家で、同時にその投資運用企業をさす。高齢の彼が本日「EU通貨の崩壊」について不吉な言葉を述べた。彼の金融企業RITはユーローが行き詰まる時、1.65億ポンド(207億円ほど)の損失を見込んでいると言ったそうな。影響大なる御仁の言葉だから、政経界人がギョッとしたと思われる。暑くてボォーッとしているのに、何と言うことか…。

北の健全ユーロ圏と南の不良財政諸国との分離案が出る前に、共同ユーロ通貨の倒壊を示唆されては困る。ブリュッセルのお偉方はオタオタして、メルケル女史はギュッと口元を引き締めたに違いない。ドイツ連邦による新たな債務支援が連邦憲法違反や否や?と言うカールスルーエ裁判所の判決が2週間後だかに出る。もしも違反判決ならば、共同通貨の存在が限りなく不安定になる。希臘(ギリシャと読む)救済を通して、ユーロ安定化を目指したドイツ浮沈がかかっている。

フィンランド経財相曰く:我が国は既に共同通貨崩壊に備えている。
暗黒の土曜日がチラチラと揺れて垣間見える。
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Oh every day 日々そうそう

大文字(ダイモンジ)と樹木の花々 

写真日時は4月22日正午頃。撮影主題は京らしい民家と満開の赤い花と黄色い花。如意ヶ岳の斜面に見える大文字は借景としてまたとない素材。この山と言うか岳の文字型に連なる火床群が並び、さらにあと北山・西山の四ヶ所の山斜面に火床施設が整備されている。
    DSC_0521.jpg
 
今年はオリンピックの余韻と一緒に、恒例の京都五山送り火を楽しみたいと、ご案内を送らせていただきます。
7月28日に頂いたメイル。友からの恒例、季節感が溢れる。今年は夏季五輪開催年。ロンドンオリンピックが始まる前に受信している。ふみに仰られている通り、私はオリンピック余韻をブログに綴ったばかり。まさに、五山送り火が明日にせまる。

友曰く:添付の写真は5つの送り火ですが、中央の「妙」とその右「法」は1つの山として数え、屋上から見えるのは4山で、残念ながら西の嵐山に灯ります「鳥居」はビルの影で見えません。それでも4山のパノラマは美しく感動的です。ご友人ご家族お誘い合わせの上、8月16日、夜八時に始まりますので、それまでにおいでいただけましたら幸いです。なお、八時を過ぎますと皆さん屋上に上がってしまいますので、インタホンのお迎えをすることができなくなります。事前にメールでご連絡いただけるか、私の携帯電話○○○…までご一報いただければ幸いです。

友のメイルに添付された画像。
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京都市は五山送り火が昔のように盆地市内からなるべく見えるように、高さと障害物規制を施行していると言う。いにしえのはんなり保守革新のカラー・グラデュエーションが京ならではの微妙で淡い人情を作る。盂蘭盆イヴェントの伝統である五山送り火は、終わったばかりのロンドンスタジアムの複雑で華やかなイルミネーション・ショーと好対照をなすだろう。

私は友のビル屋上に参加することが出来ない。残念だ。その代り次女がきっと片言京都弁を話すだろう滞在`ガイジン`友連中を誘い、燃え盛る火の形を楽しむかもしれない。友よ、娘よ、おのおの方よ、熱暑の夜にかぐわしき火型の祭を満喫されるように…

大文字借景の撮影ポイントは誰もが選ぶ一定角度の範囲にある。知る人はそれが何処か、ピタッと言うことが出来る。この視角に私が遭遇した理由は簡単だ。やや桃色がかりの紅い花に注目したのである。一服の絵ではないか。時期からして、ヤマザクラが峠を越し、サトザクラ系が盛んになる頃。桜に違いないぞ、とてっきり思った。

黄色いシダレ小木が偶々左に配置され、粋な民家が並び、向こうに何と大の文字が見える。この素材たちが共鳴し合ってなかなかの絵葉書的な仕上がりになっている…。自惚れながら気に入った。桜のこの種類をこの距離で推量できる人々が居る。色味や枝振り、さらに満開度と撮影時期、もちろん都道府県(緯度経度)など総合判断の結果である。

私にはサトザクラ系のどれかかも? 黄色い木はレンギョウだろうか。と言う程度しか分らぬ。当たるも八掛け当たらぬも八掛けが私のレヴェルなので、上記の人々に尋ねてみることにした。10年以上に渡り、世話になっている樹木質問サイト「このきなんのき」掲示板に、この画像をupした。

アップするやいなや、「一寸またれよアンサン! 赤みと時期からアメリカハナミズキじゃござんせんかね。レンギョウはむしろミモザ系っぽいのでは?」と心の別人が呟く。後の祭り、既に掲示板に綺麗に乗っている。全国のそうそうたる樹木気違いが目を凝らして見始めるのである。

ジットリとなり、直ぐに思い直しの短い訂正文を続けざまに投稿。8時間差があり一夜を経過。再び掲示板を覗き、物知り皆さんの回答を期待した。すると、桜類を支持する方と花水木支持の方とで割れた。

黄色いシダレ木については、日本植栽ミモザ仲間の通称はアカシアで知られる。オーストラリアから導入され、通例三つほどの候補が考えられる。モリシマ/フサ/ギンヨウと言う和名の後にアカシアがつく樹木たちである。これらの区別を私は詳しく知らないので、赤い満開樹木と共に、再びしかし今度は向う岸に渡り近くから撮影する必用がある。さもなければ殆ど確定出来無いのである。

尋ね掲示版に質問した責任がある。目を凝らし推量され、候補になる樹木の遠景観を寄せて下さった方々へ結果を報告しなければならない。私は滞在日数に急かされつつ、29日早朝7時から撮影現場に達すべき探索を開始した。民家の立つ対岸にたどり着くまで、誰も信じないが八時間かかった。顛末は別稿に記すべきテンヤワンヤだった。

次の近接撮影が木々が何者か分る証拠。 
    Benthamidia (Cornus) frolida en Acasia Corrage 04
4月29日午後4時頃、幸いかな左右樹木の花々はまだ元気だった。桃色の花をつける樹木の上部と、黄色い花群を垂らす小木。
    五山送り火 賀茂川花水木 B

紅い花はご覧のように桜でなかった。日本自生種ヤマボウシの兄弟にあたる北米種ハナミズキだった。紅白いずれも導入され、非常に人気が高い。花水木について、5月24日「Camellia & Dogwood 椿と花水木」と言う雑話を参照されたし。

黄色い花は`本物`のアカシア仲間である。通常見られる上記三種の櫛のような葉っぱと異なる。小さな丸っぽい小葉を持つ羽状複葉である。まだポピュラーでない種類のように思われる。掲示板に幾つかの候補種をあげて下さった方がいる。

アカシアは主に南半球に自生する植物。多くのアカシア種がオーストラリアにも自生し、その一つにパールアカシアがある。現地でQueensland silver wattleと呼ぶそうだ。もう一つ和名が見つからないのだが、ラテン綴りは 現地表現でThe glorious Mudgee Wattleと呼ぶ。他に無数のアカシア種が存在する。これまでに知られる`古参`に加え、どんな新種がいったいどれだけ導入されているのだろう?個人商店の人がオーストラリアに仕入れに行く。書類手続きを整えれば、輸入商いを始める。アカシアやユーカリを含め、相当数が入っていると思われる。

    Acacia spectabilis 002-2 クローズアップ

上のような細部を始めて見た。こんな小葉が存在するのだから面白い。大文字の見える賀茂川の東側に一寸珍しいアカシアが植わっていたのだ。Acacia(アカシア)属は日本でネムノキ属と言うらしい。私にとって、京都府内自生ネムノキを別にして、導入豪州ネムノキ仲間の新顔である。紹介してもらった一つパールアカシアに似ている。五山送り火の古い街だからこそ、逆にしばしば変竹林が入ってくる。竹でないから、カワリ・ネムノキになる。


蛇足: 大文字と書くと、普通オオモジと読む。小文字/コモジに対応する。京のおひとは`大文字`を見ると自然にダイモンジと読む。故郷の`視感`ですね。オオモジ・コモジに関する溝向こうのお国柄を、何故か連想する。固有名詞はすべてダイモンジで書きだすから。
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Oh every day 日々そうそう

宴の後

ロンドン・オリンピックが日曜日12日に終わった。イヴェント中のイヴェントと言うべき巨大な催しは華やかなショー・イヴェントで幕を閉じる。そして各国チームが帰国して歓迎イヴェントが催される。以下に画像を並べてみよう。写真集めのタイトルが「うたげのあと」。

IOC委員長イャック・ロッフェの終了宣言の前に、ロンドン五輪運営委員会セバスチャン・クー(56才)による閉会挨拶。ロッフェはヨット、クーは陸上中距離で1980代前半に活躍。当時800m1分41秒台は前代未聞。ケニアのキップケーターが更新するまで16年間を待たねばならなかった.棒高跳びセルゲイ・ブッカ(49才ウクライナ籍)と共にIAAF(国際陸連)を先年まで引っ張った。UKスポーツ界の顔だから、保守党議員の当選歴あり。男爵称号を得たが返却し、現在は只のSirである。将来のアイ・オ・シー委員長が目標だろう。

   Na het feest 03
センセーショナルで美しい夜景。ロンドン市街を背景にする遠景からのスタジアムのプレゼンテーションとその細部表現。イヴェントのオープンとクロージング演出の成果は観客席上部・屋根部分の色彩変化だろうか。中央の舞台は十字とはすかいたすきとの組み合わせで、王様連合国家を示すUK国旗ユニオン・ジャック。

たすきの中心部の細部。舞台は通路であり、歌手やダンサーを乗せた山車の車が走る。コンセプトは、こうした構造物が色変わりして、同時に上下左右に移動すると言うカラクリ発想だが、実際は動かない。五輪は踊り手歌い手だけでなくショービジネスやイヴェント設計専門家にも願っても無い挑戦の場になる。
  Na het feest 04

ロンドン/UKファッションの宣伝もきっちり行われる。
  Na het feest 05

オランダ帰国歓迎例。オランダチームを乗せた特別車両はドーヴァー海峡地下トンネルを通り、そのまま歓迎式を行うデン・ボッシュと言う北ブラバント州々都の駅に直行。出会いの場所と言う小さな小屋がある街の中心広場に、仮説舞台が作られた。NHKに当たるNOS(ノス)スポーツ担当者が司会を務め、ヤンヤの歓声と騒々しい音楽。凄まじい数の群衆が集まり、メダリストやそのチームを迎え称える。オリンピックの愛国心高揚の側面が理解される。
http://nos.nl/os2012/video/404026-os-2012-gouden-oefening-epke.html
上は器械体操・鉄棒種目で曲芸を見せたエプケ・ソンデルランドを紹介するNOSウェブサイト。金メダル授与後に公開され、オランダウェブ史上の記録破りの訪問数になったそうだ。
    Na het feest 01_edited-1
エプケと言う男子名は北部フリースランド名。寒く冷たい冬場の「11都市を巡るスケートの旅」の州である。苗字は貧しさの象徴のような鈍百姓「土地無し」。お前さん、畑/放牧地も無いから、これで登録しよう…と19世紀初頭の命名では。しかし今や、この苗字はあきんど国家の輝くブランドになるだろう。 

参加することが五輪の精神。クーベルタンの理想と、メダル取り合戦との落差は大きい。モスリム女性がスカーフなど被り物をして初参加。祖国の女性解放への一歩だから`理想`の体現である。一方、支那コーチ陣は「Russia/USが巧妙なドーピングをして知らぬが仏。我々も手をこまねいているわけにいかない」と堂々としている。開催国UKも理想だけに留まっていたのではないように思われる。彼らは公式に声明したのではないが、多くの傍証が存在する。

UKこの4年間スポーツ投資は未曾有の額だそうだ。その成果がメダル会得数に現れている。肝心の金メダル入手数は米国ー支那ー英国ー露西亜ー韓国ー独逸ー仏蘭西の順番になっている。投資額は有効に生かされたわけだ。これに対し米/支と英にすら後塵をかぶる`汚名`に露が文句を呈している。UKはボクシングなどの判定競技で、ロシアのゴールドメダリスト候補を巧みに僅差で落とす`工作`を行った、と露スポーツ相が批判。トーナメント相手と審判団との組み合わせによる工作と想像される。UKとRussiaとの金メダル数の差は、ボクシング結果の差である…、彼は同様な工作経験者だから臭覚が効く。ボスのプーチンに真剣な表情で話しこんで報告しているが、事態を理解した大統領は、しかし開催都市で大っぴらにこれを言う分けに行かない。

五輪施設や直接関連投資額は11兆円らしい。莫大なTV放映権及び入場券の2大収入源の殆どはIOCに属する。税金11兆円に見合う収益は微々たるものだ。期待された観光地やショッピングセンターに人が集まらなかった。国内総生産への寄与は0.3%増になるそうだ,長期的なUK経済に有益な結果をもたらすようにと分析者は期待している。少なくとも、スコットランドとウェールズ、そしてイングランドが力を合わせてグレイト・ブリテン・チーム(蛇足1)として素晴らしい結果をもたらし、愛国心で結ばれたのだ。それだけでやった甲斐が十二分にあった。ロンドン市長/ボリス・ジョンソンが自惚れ気味に、明るく笑顔で語っている。[蛇足2]

   Na het feest 02
ブリテン過去15年くらいか、世界のアイドルになったガールグループも閉会式で絶唱。世界のTV視聴者に聞こえたと思われないが、彼女たちが登場しなければGBの表看板ショー番組にならない。グループ名がでてこないが、既に40代中年になっている筈。そろそろ次のスーパースターが出てくる時期かもしれない。

世界の数十億人がTV観戦したと言われるイヴェントが終わり、静かな日々が帰ってくる。先祖の墓参りも民族移動イヴェントである。だがイヴェント期間とその騒々しさや興奮、あるいは逆に祖父祖母への祈りや静けさ、我がルーツへの瞑想、物みなすべからく日々の出来事なのかもしれない。


[蛇足]
1. Great BritainとはBritish Islands(ブリテン諸島)に含まれる面積最大の島をさす。日本列島で各当するのは本州である。他に呼ぶならば大島も可能だろう。かつての漢字呼称`大英帝国`に付く`大`は単なる寸法の大なることを基本義にしている。この大きな島に、北や東、時に南から移民があった。北欧ヴァイキング、大陸ザクセン/ゲルマン、地中海ローマと言った侵略・土着化が古代から続いた。地理上の必然性がユーラシア大陸両端ブリテン諸島と日本列島に作用した。異なるコースで大島に入った民族がスコットランド/イングランド/ウェールズあるいはアイルランド形成のオリジンである。17世紀初頭、スコットランドのステュアルト家のジェームスを頭にして王様連合として一つにまとまったのだが、こんにちまで確執は続いていると言うこともできる。同じ時期に家康が日本を統一したのはブリテン事情と呼応する人類史の歩みである。だが日本に王様たちが相並ぶことなく、将軍が朝廷を奉ると言うシステムを創造した。この政治体制は世界に類例を見ない。

2. スコットランド独立・党首アレックス・サルモンは全く正反対に解釈している。テニス男子ゴールド・メダリストのアンディー・マーレイはスコットランド人の真価を発揮。我々の運動に大いなる勇気を与えてくれた…。ロンドンオリンピックのレールを敷き、90%の功績を担うのは労働党であり、前宰相ゴードン・ブラウンはサルモン人気とスコットランド独立気分に、先日エディンバラでやんわり警鐘を発している。曰く:オリンピックで培われたGBチームの団結資産を大事に育てなければならない。私たちはUKの心一つの国民なのだから…。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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