ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Miscellaneous Human History 雑史/外伝

ベアトリクス女王の退位 

Beatrix女王が昨日29日、退位宣言をした。退位と言う感じではなく「息子も立派になり、もう引退してのんびりします。今までお世話になりありがとう」そう言う優しく和やかな感じの語りぶり。ハーグ宮廷執務机から数分の放送。公と一民間局の二つのライブTVだった。人口1600万の三分の一ほどが生放送に見入った。そのあと終日、君主の退位宣言は全てのメディアを占領、ニュースサテライト局と各国映像メディアのトップニュースの一つだった。

明くる30日(本日)、印刷メディアに詳細記事。互いに親類のような君主制欧州諸国のみならず、民主主義による選挙で選ばれる大統領制の独仏なども非常な関心を寄せ詳細に過去の映像をまじえ報道している。ベアトリクスは母親ユリアナ退位を受け1980年第六代君主として載冠。来たる4月30日まで33年の在位になる。明日75才誕生日の女王にとって次世代へバトンタッチする好機会、と落ち着いた静かな表情。[補註1]

1815年ウィーン会議による王政復古で成立した欧州の王室が多い。ナポレオン後のウィーン体制なって、オーストリア/プロイセンなど列強はネーデルランドの南(オーストリア・ハプスブルグ領、後のベルギー)を加えたオランダの立憲君主体制を了承した。と言うのはウィレム・フレーデリックは3月16日既に南北ネーデルランド統合の王を名乗り、30日載間式を済ませていたのである。

彼は、列強が低い土地の南北統合とその王として自分を認めるだろうと十二分の算段があった。特にプロイセンとブリテン両国にとって、フランスと南で接する`強い王政国家`の出現は歓迎すべきことだった。両国にとり新オランダは言わば緩衝的機能を果たすことになるから。ウィレムは立憲君主と言いながら絶対王政の趣で王様業を始める。リパブリック即ち共和政体から王政に変わり、自信満々の一代目君主であった。

左;居間でくつろぐ優しい表情の老人。引退した王が腹をポコンと膨らませ、柔和な印象なのは死への旅立ちを伺わせる。こうした雰囲気の王侯ポートレートは珍しく、素描タッチも丁寧である。
  Willem 1 01
ウィレム・フレーデリックは日本史だと田沼意次の時代に生まれ軍人教育を受ける。父親は低い土地の北部7州の統領職家系、名前はやはりウィレム(5世)。だがナポレオンに7州を奪われ、父子揃ってブリテンにのがれ、従兄弟のプロイセン王フリードリッヒ・ウィリヘルムやロシア馬鹿帝王パーヴェルなどと組み、フランスに対抗するも歯が立たない。ナポレオンは弟を7州の王に据え、その代償として頭領の息子ウィレムに従来ナッソー領土だったドイツあちこちツギハギ土地を公爵領として与えるのである。散々な扱いだが、素晴らしいワイン・ガルテン(庭園)が含まれていたのが救いだったかも。オランダを取り戻すまで、彼は1813年10月ライプチッヒの激突を待たねばならなかった。30万連合軍と19万仏軍の歴史的戦い。とまれこの敗戦でボナパルトはエルバに流される。そしてオーストリア・メッテルニヒ主催の上述ウィーン会議に至る。


立憲君主制の蘭国初代国王としての彼の`功績`の一つは王位を次代に譲る`オランニェ伝統`を始めた事。定年になれば退職して老後を年相応に過ごす。左様な普通人の思考は現代の常識だけれども、過去の絶対君主の殆どは死まで王/帝位に留まった。病死や殺害によって次が載冠する。言い換えれば新王を迎えるために、王は死なねばならない。因みにロシア皇后エカチェリーナは亭主を殺害して女王になった[補註2]。ウィレムは1840年、68才で息子に王位を譲り、ベルリンの自領に悠々引退をした。事情があったのだが、21世紀から見れば、軍人にして優れ者であった。

UKプリンス・オブ・ウェールズは皇太子の公式称号。エリザベス2世長男チャールズは64才で、皇太子として世界記録を更新中。クイーン60年在位の母親もUK記録を更新中。この国に譲位は無い。ブリテン王室は日本天皇家に継ぐ古さだから納得できる。なお天皇制は男子のみに継承権を与える点で`苔むす`時代錯誤かもしれない…。チャールズも平成天皇と同じように、母親が亡くなって初めて皇太子を卒業して君主になれる。これに比べると、成人二十歳から数え25年の待ちでウィレム・アレクサンダーは王冠をかぶる。先祖ウィレムのお蔭である。それぞれであるが、ベアトリクスのんびり晩年の生き方に私は賛成する。

君主としてのオランニェ・ナッソー家は198年目になる。隣のベルギー連邦のザクセン・コーブルク・ゴータ家由来の王室は183年[補註3]。余談にくわえると、日本の君主・天皇家は3ケタの数字で収まらない。神武天皇から14代まで神話時代と言われる。実在性が濃いとされる15代・応神天皇(270年2月8日-- 310年3月31日)から平成天皇まで数えると1700年余にわたる。2番目に長いブリテン君主家も[補註4]遠く及ばない古く長い家系である。

ウィレム1世の後に2・3世が続き、3世後妻エマ(≒摂政役)を経て娘ウィリヘルミナ・ユリアナ・ベアトリクスと3人の女王が続いた。春の4月30日に4人目のウィレムが王になる。普通アレクサンダー(45才)と呼ばれるが、正式名はウィレム4世になる。知的聡明から遠いが、ハイテック農業国商いや水商売に充分役立つだろう[補註5]。屈託のなさはおばあちゃん譲りだろう。彼とマキシマの間に3人の娘があり、オランニェは女性系の家系なんだろう。

オランニェ・ナッソーは87%ドイツ系と勘定する人がいる。ベアトリクス母親ユリアナは芝居を趣味として、隣のおばさんのようなを気さくな人柄で知られた。ドイツ小貴族出を養子に迎えた。プレイボーイ且つロッキードスキャンダルで知られるベルンハルト。庶子のために金入りだっといわれる。君主兼妻ユリアナの某夫人へのセクト的のめり込などが絡み離婚寸前まで行き、時のデン・アイル政権が苦労した。

娘ベアトリクスもドイツ人を選ぶ。夢中に恋をした。Claus George Willem Otto Frederik Geert von Amsbergと綴る如何にも貴族らしい語を連ねる。同胞義父ベルンハルトと違い、プリンス・クラウスと親しまれた。女房が君主だから彼ら亭主の敬称はプリンスになる。君主が妻ならば、亭主は`王`と呼ばれない。逆の場合、女房は女王と正式に呼ばれるらしい。つまり`女王`に二義がある。君主と君主の妻の二つ。

好人クラウスはアムスベルク家のJonkheerとして生まれた。ドイツ言葉でJungherrに相当するが、ヨンクヘール和訳は若旦那又は若殿だろう。若殿は何不自由なく育ち、ヒトラー・ユーゲントに参加、のち第三帝国軍に属する。終戦時に捕虜経験をしている。ベアトリクスとの1966年結婚の時、アムステルダムはさながら`プロジェクトX`[補註6]に等しい反独感情の騒動が発生。蘭国を占領した敵国人との結婚は蘭人にとって受け入れがたいことだったのだが…。

時間が経過すると、全てが風化する。アルゼンティン軍事独裁当時の農業省次官ゾレグエタ(Jorg Zorreguieta)の娘マキシマ(Máxima) がベアトリクス長男の婚約者になる時、蘭国3/4の人々が受け入れがたい状態だった。クラウスを君主の理想的旦那と受け入れたように、現在マキシマは(選挙予測会社がゴシップ的調査を真面目に行う)王室メンバー中で最も人気がある。

ベアトリクス昨々日の退位/引き継ぎの発表に伴い、世襲制度に関する多くの論評が出ている。保守サイドは殆ど無条件に君主制を受け入れるのが通常である。左派サイドは21世紀は血つながりの世襲の時代でないとしつつも、事実上の王室権威に頭(コウベ)を垂れている。政治的権力を持たない点で、立憲君主の理想に近いのは日本かもしれない。2番目はスエーデンか…。

内閣と助言機関に君主/その家族をメンバーに加える蘭国は政治介入する顕著例。表向き/かたちだけと言われるが、事実上彼らの`威厳`による政治家や行政職長(知事市長)、さらに官僚への影響は大きい。王制はインスティチュート(組織/協会/機関/公法人…)であって、そうした隠然たる力を持つオランニェ・ナッソー家を``シミで汚れたインスティチュート``とコラム論評がある。的を得ている。

王室は開会式のテープ切りを本職とする。と発言したのは2004年没したクラウスである。君主の妻の陰になって懸命に本職を全うした人だ。しかし彼自身の苦い生きざまをユーモアとして聴衆に披露してみたかったのでは…と思われる。パーキンソン病を患い、それは戦前と戦後いずれの履歴にも負っていると解される。

王室の重要な役割は「王様権威と華麗なパブリックリレーション」である。海外に対するイメージアップと国家経済に役立つ`商い`のプロモーターである。王室が行う他国公式訪問にどさっと経済人が同行するのはお馴染みである。彼らは税金から相応な収入を得る代りに、あたかもガラス飾り箱の中の綺麗なお人形さんのように着飾って晩さん会に出る義務が与えられている。常に笑顔で手を振り、必要ならば大災害被害者を抱きしめる優しさを示すこと。さもなければ、国家にとって高価過ぎる存在になろう。

国内的に言うと、蘭国17世紀のリパブリックと言う伝統感に対し、王室自身が我が身である君主制を守らなければならない。198年のわずかな期間だから、常にリパブリックを唱える王室反対勢力が転覆機会を伺っているのだ…と噛みしめつつ、ベアトリクスはじめ王室メンバーは努力しなければならない。王室人気の維持は、絶えずゴシップが起こり得るから、容易くない。一つの人気維持手段は幾つかの王室ゴシップ紙である。大統領制のドイツやフランスにさえ、王室ゴシップジャーナル誌が存在するそうだ。高教育を受けなかった庶民は王室をもっとも支持する階層である。もう一つの基盤は経済界/商い世界である。

100年後に君主制が生きているかどうか?  エキスパート技能/職業を碌に持たないまま、血の繋がりだけでテープカット儀礼職によって贅沢に優雅に生活する一群の人々が消えゆく運命にあるかどうか? それは分らないと言う知名人は多い。もし欧州連合が一つの国家的組織としてより機能するならば、EU内部の複数王室の存在意義がなくなるのは自明である。税金を無駄に浪費する非合理を未来の人々が許すだろうか。

喧しい儀礼に縛られる君主家族はヒューマニズムに照らし在り得べくでないと言う意見がある。それを読み、天皇家の皇太子妃の話題を思い出した。日本皇室の仕来たりは欧州諸王室に比べ、はるかに厳しいように思われる。17世紀に及ぶ時間が天皇家の人々をがんじがらめにしている…? 2世紀に過ぎぬオランニェ・ナッソーの8倍以上の時空間の重みがかかっている。

欧州王室の多くは自由でわがままですらある。逆に言うと人間味に溢れている。例えばノルウェイの若殿は2度結婚した子供のある女性と挙式。エリザベス2世の子供たちは殆ど離婚して半ばスキャンダルを振りまいている。スペイン王家・長女の旦那は国家財源をチョロマカシ、ミニ国家モナコ公国家はサーカスとフォームラ1レースの`顔`であり、深刻な国際政治と関係ないエンターテイメントとレジャー産業で優雅に生きている。前ベルギー王ボードワインのファビオラ未亡人は彼女自身の王室費をインスティチュート管理にし、税金を支払わない。王室メンバーが税金逃れをするのはあちこちで起こり、それぞれの税支払者の顰蹙を買う。ざっとこんな塩梅なのだ。

債務危機とユーロ圏大不況のため、各国政府が節約に節約を重ね、南欧州は失業者で溢れる。王室費カットの世論がでてくる。ベアトリクスはマジェスティタイト(女王陛下)の威厳を持って、それをはねつけた。この点はがっちりとしぶとい。彼女の実質収入は因みに本日為替換算で1億200万円ほど。宮廷維持/人件費/旅行など諸経費は`宮内庁`負担ゆえに、1億なにがしのそのままは実質所得である。1億円所得のしもじもは沢山いるが所得半分以上を税金にとられよう。ベアトリクスほど心臓の強くないスペイン・カルロス王は世論に押されカットを受け入れた。ベアトリクスよりかなり少ないそうだ。US大統領はベアトリクスの1/3ほどらしい。ほんとなら少なすぎるのではないか。

立憲君主制と元リビア・ガダフィーやシリア・アル・アサド独裁者とは紙一重の差だと指摘する御仁がいる。君主との関係で人間/個人の尊厳/平等について意見を述べる人がいない。女王陛下に微笑して彼女の執務ぶりや人柄に敬意を表する。それは独裁者への従僕たちの態度と共通すると言う分けだ。エジプトの元大統領は30年余、リビアのガダ酋長は40年以上も続いた。彼らの支配の間、諸国政権担当者の誰が異議を唱えただろう。いわんや自国の従順な臣下が口を開くはずがない。

同じ文脈で民主主義に背くと直言しようものなら、王自身や総理大臣(≒臣下)のひいきを無くし閑職にまわされる。リパブリック主義だった左派の知事や市長が軒並み女王に賛辞を送り、いつの間にか王室ファンを自称するようになる。現在の体制ネットワークから除外されないように誰もが全力を尽くす。それ故に欧州諸王室は100年も200年も血の繋がりだけと言う奇妙な理由で継続してゆく。

欧州における民主主義政権が、`民主主義に正反対な`旧態制度を維持していると言うこと。民主主義が不合理を支える場合、許容範囲と観るべきだろうか。もしも王室存続のレフェレンダム(国民投票)の結果が否と出るならば、リパブリック=共和政体=大統領制になるだろう。王室メンバーの殆どはそうなってほしくないだろうと想像するが、どうだろうか。その場合、ゴシップジャーナリズムに嫌悪を示す彼らが皮肉にも、必然的にゴシップ紙と映像メディアにすべからくスター扱いされることに、生存手段をますます見出すのではないだろうか…。

[補註];
1.前項AmbiorixとBeatrixとは偶然、接尾語で共通する。ベアトリクスの最も有名な人物がオランダ女王だ。もちろん同名女性が多く、歌手や俳優がいるようだ(私は知らない)。ニックネーム又は派生名として、前と後の二つがある。Bea* ベアと*Trix(ト)リックス。Beatrice / Bice / Beatrijs / Viatrixなど変形がある。幸せを運ぶ人や旅する人の意味があるらしい。

2.英語名はキャサリン。独名はカタリーナ。神聖ローマ帝国北ザクセン区の公爵の娘ゾヒィー。露西亜正教に改宗、名前もロシア風に改名。女性の絶対君主の代表だろう。常に若い愛人を持ち、その精力が封建ロシアを強大にした。 頼りない息子ポール(母親没後のパーヴェル1世)は愛人の子の可能性が大きい。ドイツ皇女ゾフィーがロシアに君臨、長期間に宝石手工業が発展した!女王自身の飾りと帝政権威を示す諸宮廷を満たす宝飾作品は一見価値あり。現代女性曰く:ナーニ、ヤナデザイン!

3.ザクセン・コーブルク・ゴータ家は18世紀なかばUKヴィクトリア女王の旦那Albert(独読みアルベルト)を出した。これ以降、UK王室名はザクセン・コーブルク・ゴータ家となる。ベルギー王室も同家系。オランニェ・ナッソーやロマノフ帝政など多くにコーブルク・ゴータ血が入っている。ハイドパークの丸い劇場はアルバート・ホールと彼の名を冠している。バイエルン北の小さな領邦二つで、ドイツ名と直ぐに分かるので第1次大戦後、ウィンザー名に改称。見ようによっては蘭も英も白耳義も、露/スエーデン/丁抹ら王室は、軒並みこのドイツ/プロイセン二つ小領邦合体家系とも言える。

4.ブリテン王様連合=UKのウィンザー家について;参照2011年9月21日「英霊記念日曜日 人形の家が行う儀式のかたち」 

5.Water Management≒水利工学。灌漑/堤防/運河/ダムと言った水利用や水害対策の総合学は蘭国伝統の分野。明治期に薩長政府は蘭技術者を招聘して、治水事業を行う。蘭国に国際的大手としてサルベージと水利工学とに於いて複数企業が知られる。アレクサンダーは法律を学び、技術でも水利でも学士を得ていないと思われる。資格を持たないが、マネージャーとして国際事業に貢献しようと言うこと。文字通りの水商売になる。皇太子付きキャビネット(≒内閣≒顧問グループ)が大学卒業後に練り上げたアイディアだろう。実作業は取巻きグループと事業ごとに専門家を招き、あたかも彼自身の力量であるかのようにプレゼンテーションする。多くの催しに行う挨拶を文書課が用意するのと同じ経緯。日本の宮内庁に天皇/皇后/皇太子などの専門キャビネットがあるかどうか不明だが、相当する部課が存在するように思われる。

6.昨年ソーシャルメディア・フェイスブックを通じて発生した事件。一人の少女/小年の誕生日に数万が集まり、暴動に発展する。参照;2012年9月26日「Facebookfeest =フェイスブック祭:Project X Haren」
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英雄アムビオリクス  [ガリア戦記から]

     Ambiorix cor 05

ベルギー連邦を徒然に歩くと、AMBIORIXと綴る看板を見かけることがある。10年ほど前、上向き乗り自転車を駆る息子とベルギーを一周。休憩に入ったカフェで風変わり自転車の話に花が咲き、カフェー主が地元ビールをおもってくれる。ビールをタップしながら彼はニッコリと壁の額を示して曰く;「これでが元気が出て馬力が出るよ」。額には騎士像とカフェ正面写真がアレンジされている。AMBIORIXが扉の上に読める。彼のカフェ名をアムビオリクスと言い、その騎士の名前を付けているのだろうと分った。

↑青紫広告はディスコのようなカフェなのだろう。その右はヴィンテージ・カーのクラブのマーク。↓の左上はレストラン、下は子供たちと関わる厚生機関だろうか?、右上はこの国の靴製造企業のロゴ。靴屋のロゴはXを強調した商標で、知名なベルギー・シューズブランドである。上カフェの赤いXはシューズブランドをより強めた今風な扱い。固有名詞に混じるXはしばしば何か余分メッセージを伝える。アムビオリクスのXに隠された意味がある…
      Ambiorix 01

Ambiorixは苗字だろうが、名前の可能性もある。ずっと後世にBeatrix女性名が出てくる。rixが姓と名の接尾語として機能する例である。アムビオリクス名が現れる文献はユリウス・カエサルのガリア遠征の戦況報告書である[補註1]。第二冊目で、これ以外に何もない。アムビオリクスに関し対照文献が存在しないのである。ローマは紀元前の半世紀を遡る頃、北方のガリア/ゲルマニア/ブリタンニアに盛んに大軍を派遣して領土拡大に努めている。

左;紀元前後の欧州地図。大筋は実際に近い地図だ。海洋が狭く小さいので、ローマ議会は例えばブリタンニア遠征易しと観たのだろうか。そこでは遠征疲れと伸びきった兵站のため大敗を帰している。
  Europe begin kaart
右;現状の正確な地図に紀元前後の領土を落としたもの。ライン川を境に北を黄色、南を緑で区分けしている。北がゲルマニア、南がガリア。


紀元前57年、ローマ遠征軍はライン川とマース川の南、Belgicaに進出。遠征軍はコホール(cohort)と言う軍単位5つからなるレギオ(ラテン語Legio=軍団)で、計7200名とされる。ベルジカは現在のオランダ・リンブルフ州を含むベルギー全域に当たる地域だったようだ。[補註2]

エブローネン(Eburonen)と言う部族が存在した。二人の王、と言うか部族長が頭(カシラ)として互助的に機能していた。`ブリタンニア`17~18世紀変わり目、マリーとウィリアム夫婦によるUK`共同統治`と異なる。老練なカトウヴォルクス(Catuvolkus)と若い武将アンビオリクス(Ambiorix) の組み合わせ。二人の支配者が他を認めずに争いながら王を名乗るのは、日本南北朝やブリテン薔薇戦争のごとく、例に事欠かない。この意味でエブローネン老若コンビの共同統治はユニークと思われる。ローマ共和政期の三頭政治にヒントを得たカエサルの着想かもしれない。

カエサル旗下のローマ勢力ゆえに、エビローネンも他のケルト部族もローマ支配に``平和的に``服従する。4年後、干ばつ又はほか自然災害のため、収穫不足に見舞われた。駐屯するローマ軍糧食のために、執政官カエサルはローマ共和国に服従するケルト諸部族に税金として収穫一部を収めるように命令。

この課税はケルト諸部族に受け入れがたい状況だった。アムビオリクスはカトウヴォルクスの智謀を得て、一計を廻らす。近隣部族と政治折衝/根回しを行い、言わば独立戦争に近い反逆を起こす。それほど食糧事情が切迫していたと考えられる。実行部隊の大将はアムビオリクスだ。

蘭国リンブルフ州にケウテルベルグ山がある。知名な都市で言うとマーストリヒトに比較的近い。自転車レースの心臓破りの登りで知られる場所で、ここにベルジカに進出したレギオン(≒旅団程度)の一つの駐屯地(Kamp)があった。

左;ノルディック・ウォーキングのクラブマーク。スキーストックを用いる`歩け歩け`を考えたのは北欧の人だそうで、人気があり各国で普及する健康ウォーク方。アムビオリスクとあまり関係なさそう…
      Ambiorix 02
右;ベルギー連邦記念切手シリーズ。1866年トンフェレンの街に建てられた像や領土地図など。天照大御神や桃太郎さんの像を作り、我ら民族の英雄として奉っている感じかも…。`ベルフ`の素朴な一面か、それとも民族主義的な誇り?


ケウテル・カンプ周辺に展開するローマ兵をアムビオリクスとその精兵は襲撃して殺し、駐屯軍勢力を削いでいった。襲撃を逃れた全ての軍団兵は砦に逃げひきこもる。砦には相当な勢力が集まり、これを攻撃する戦術的不利のために、アムビオリクスはケウテルベルグ・カンプのレギオン二人の責任者に使者を送る。曰く:

エブローネンはもともと諸君との共存を歓迎してきた。なぜなら他部族との抗争に悩まされていたが、ローマ軍のお蔭でそれが無くなったからだ。食糧危機ゆえに、悲しいかな我々は謀反行為に走らざるを得なかった。この難関を超え、今後の平和共存を望んでいる。しかし他部族は一致協力して早晩、諸君に総攻撃をかけるだろう。これに呼応する北のゲルマニア部族がライン川を越えて、ローマ進駐軍の一掃を図る状況にある。諸君は南にある他カンプに撤退するのが賢明である。その時、我々は諸君を静かに見守るであろう。なぜならローマとの共存こそが我らの未来を保障するのだから。

     Galliers Kaart 01
ローマ支配のこの欧州地図をご覧あれ。大河ラインの自然分割ラインが明瞭に理解される。蘭リンブルフから東に出てライン川沿い現在のヴェルダンやストラウスブルグに下ることが出来る。そこはCelticaで、ローマの安全かつ完全な支配区である。そのとっかかりに強力なレギオン・カンプが在ったと想像される。セルティカ東に突き出る部分にHervetiiの文字、現在のスイス。
 
二人の司令官SabinusとCottaの意見が分かれた。ザビヌスはアムビオリスクを信用した。コッタは躊躇してカンプにとどまると主張。ザビウスとコッタはこれまでのアムビオリスク精兵によるゲリラ的掃海作戦の手腕に畏怖を覚えていた。もし砦の外に打って出るならば、エビローネン軍が充分な用意をしてローマ兵を壊滅するに違いない。二人は議論を重ね、机を叩いて叫ぶ「おぬしが残るなら、我一人撤退出来ぬ」。こうしてケウテルベルグ・カンプでの籠城を二人は決定する。食糧がつき、あるいは敵総攻撃によって全滅するならば、それは誰の責めにもなるまい。運命を神の手に委ねる、そんな気がする。[補註3]

「全滅する愚かを犯さないように望む。レギオン軍団兵はローマ市民であり、家族を残し故郷遠く出兵している。司令官の採るべき道を誤らぬように…」そう恐らくカトウヴォルクス老は説得使者を立てたに違いない。カンプの兵たちは臆病風に吹かれ、エブローネンが攻撃せぬならば、一刻も早く近くの別レギオンカンプに逃げ出したかった。二人のローマ将官は逡巡をし、老王の助言と若い王の言葉を再び心にこだまさせる;「秩序ある撤退ならば、敬意をこめて諸君の南への道を開くだろう」。

コッタとザビヌスはついにケウテル山からの撤退を決意するのである。南に二つの逃避先カンプがあった。背後の丘陵地の凹凸路を抜けていく路と川沿いの谷間を足早に通過する路。ケウテル山の砦を出て、早く撤退出来ると言う理由でローマ駐留軍は谷間ルートを選択した。谷間の隘路に差し掛かった時、突然アムビオリクスを頭にエブローネン部隊が四方から襲いかかった。油断していたローマ軍は容赦なくなぎ倒され、一人残らずベルジカの土地に葬り去られるのである。老獪な王の戦略と、若い王の武勇とによる見事な相乗効果と言うべきだろう。

この策謀の勝利後、アムビオリスクは諸部族に呼びかけ、言わばケルト民族の統一戦線を構築。残る近隣ローマカンプをことごとく壊滅させて行く。一介のケルト部族による総勢7200名レギオンの全滅ニュースがやがてローマに届く。ローマは不敗の栄光に輝く国家であらねばならなかった。カエサルと上院議員は報復すべき大軍5万をガリアに派遣する。それはベルジカ再平定と海向うのブリタンニア遠征へのきっかけにもなる。ローマとガリアの戦いは紀元前53年から数年続いたと言う。

       Caesar 05

`ガリアの戦い`に意見や注釈をカエサル自身が加えた8冊の本。一つの山場が精強なローマ5万の大軍によるベルジカ再出兵である。エブローネン初め部族連合にとってゲリラ戦法は出来てもがっぷり正面に組むことは出来ない。押されジリ貧に追い詰められる。老王カトウヴォルクスはローマ軍怒涛の攻撃に対し戦うことも逃げることも出来ぬと悟り、毒をあおり自殺する。アムビオリスクはゲルマニアへ逃れたらしい。そこで匿われたと言う説や源義経のような生存伝説もあるらしい。こうしてエブローネンとアムビオリスクは歴史からぷっつりと消息を絶つ。

後世、ガリア戦記(英:Commentaries on the Gallic War)と言われる著述は歴史文献として、多くの解説/研究書(和訳も加え)が上梓されている。主に第2巻にベルジカ進出が記述され、アムビオリスクが登場する。これがベルギー共和国の公式独立1830年(実質はずっと後)以降に、掘り起こされるのである。発掘された人物はベルギー古代の英雄と見なされるが、風貌/生い立ち/政治的業績など何らの具体的事象も不明。なぜなら上述の物語はカエサルの記述にのみ依拠するからである。

Atuatuca Tungrorum綴りはベルギー連邦フラーデレンのリンブルフ州Tongerenの古代名と言われる。トンフェレンの街は蘭側マーストリヒトの西に見つかる。そこが`ガリアの優れた武将アムビオリスク`を王に載くエブローネン部族の中心だったと。確たる証拠があるわけで無い。1860年代に像建立計画が持ち上がり、基金を立ち上げ国の補助を受け、1866年にトンフェレンのマルクト広場に完成。時の国王レオポルド2世夫妻が除幕した。筋肉隆々の武将姿は多くの歴史彫像に範をとったと思われる。アムビオリスクの国民化とイメージ定着に欠かせない彫像である。
      Ambiorix 03
コピューターゲーム。アムビオリクスが隠した財宝探しのようだ。神話的なベルギーの英雄に相応しい応用ではないだろうか。


カエサルは歴とした実在の人物だ。だがその著述は当時の政治状況に対応して書かれている。何故7200名の軍勢が敗北したのか?遠征軍に責任を持つカエサルは十分な理由を添えた戦闘報告を書かねばならない。上院は納得できるしかるべく理由が無ければ大軍派遣もその予算も承認しないだろう。

散文とは様々な要素を自由に盛り込める文章作法。散文の報告書と言うとやや奇妙に響くが、カエサルの報告書は論文と言うより散文風な書き散らし文と想像してみるのだ。戦いの失敗は体裁を整え、読者たるローマ元老/市民にサモアランと信頼と共感を得る必要がある。ローマに彼の政敵は満ち溢れていたのだから。

エブローネンの存在を仮に認めるとしても、二人王の体制はどうだろうか? 親子の二人王のような例は古代ボヘミヤに在るが、平和的並列にやや信憑性を感じがたい。本来「ガリアに関するコメント」と言う性質の著術ゆえに、歴史書でありながら同時に`物語`部分を含んでいると解釈される。物語だよ!と言う含みをAMBIORIXのXに観て見たい。[補註4]

[補註];
1.ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Julius Caesar)紀元前±100年7月13日~44年3月15日。8年に渡る遠征の戦い推移を8冊の書物に著すこと。散文的に長く詳しく優れた書き手であらねばならない。彼はローマ人だからローマ(≒ラテン)語とローマ字で記されている。中世刊行本は「ガリア戦いのコメント(Caesaris Commentarii de Bello Gallico)]と言う題名になり、注釈一冊が加えられている。

2.ラインRhine(英)Rijn(蘭) Rhein(独)。マースMaas(蘭)、ムーズまたミューズMeuse(仏蘭西/白耳義)。現ベルギー連邦の由来がこのBelgica。ケルト諸部族圏の名称。カエサルはガリア(Gallië)の一民族として記述している。Legioはローマ軍制の歩兵軍団を指す。近代軍制の師団に当たるが、規模は小さく、日露戦争当時の旅団人数に当たろうか。1レギオは5コホールからなり、約8000名。欧州諸語はこれをそのまま踏襲して、千名以上ならばレギオンと通称するようだ。

3.捕虜になる/捕虜を採ると言う思考は大昔/古代(恐らく近代まで)に於いて希薄である。捕虜を取ると、施設/食量/警護と言った余分を強いられる。敵(戦闘力を持つ兵/将官)皆殺しが常道だったと思われる。捕らわれると殺される又は恥辱だとする思考は古代ローマやもっと過去に遡るのだろう。米軍沖縄侵攻時の`ひめゆり看護学徒隊`の悲劇は良く知られ、その部分として彼女たちが崖から飛び込み自殺する(フィルム文献)。これは古代からの`捕虜`思考と結びつくだろうか? 戦闘で亡くなった若い女性たちと、ほぼ戦闘終了後にまだ生存していた彼女たち。後者は自ら尊い命を投げ出さねばならなかった…。軍国教育は洗脳だ。現代の過激イスラムや共産支那/北鮮/韓国の洗脳教育に思いを馳せざるを得ない。

4.Xはローマ文字の24個目に位置する。カトリックのカーディナル(大司教)を指すそうだ。同時に数字の10をも表す文字である。そして`分らぬ/不明`と言う語義を備え、同時にX≒ex≒ks≒…でもある。 Xを含むrixは、Vercingetorix、Dumnorixのようにケルト語における名前/苗字の接尾語として機能した。語義は`支配者`で、Ambiorixは後のHendrixやBeatrixと同じように合致する。なおベアトリクスは女性名になっている。「ガリア戦に関するコメント」全九巻に、アムビオリクスを除いてrixを持つ人物名が登場すると思われる。

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Nature 雑草 フローラ/ファウナ

雁の季節 [the zone of migration≒移住圏]

      COR 02

雁の季節だ。渡り鳥の代表だろう。12月半ばころから、雁の逆V字形に飛ぶ編隊を見る。南に渡ってゆく冬空の景色だ。あるいはシベリアから渡ってきて、いまや着地せんとする。季節の抒情、、、古人は多くの詩を残しているに違いない。

    DSC_0622.jpg

湖池や川、沼や湿地に生息する鳥類はカモ目カモ科に分類されるのが多いようだ。いわゆる水鳥の仲間で殆ど水かきをもつ。その下位グループに例えばマガン(=真雁)属と言うのがある。

↓の野原に遊ぶ雁をハイイロガン(灰色雁)と言う。夏季に露西亜から東シベリアにかけて生息する。別名ツンドラ雁と言われる。日本列島に飛来しないので、欧米語の通称をそのまま仮名に移した日本名になっている。真雁仲間では最も大きく重い。1970年代に蘭北東の湖の多いフリースランドに初めて飛来。70年代末に孵化が確認された。毎年6%づつ増加して今では50万羽と勘定されている。冬季逗留地として内陸部ライン/マース河川域の常連になっている。つまり我がフィールド湿地帯や牧草地でもっとも見られるガンである。

普通、他の水鳥と混じり合いながら大軍団と言う感じで観察される。しかし1対カップルだけの仲睦まじい姿もしばしばみられる。
      Anser anser Corrage 01 Grauwe gans

雁は支那の漢字で、音読みで普通ガンと読むようだ。詩(ウタ)詠む人ならカリと読む方が多いだろうか。カリを前に置いたカリガネと言うマガン属の小型種がいる。黄色アイラインが目を廻っていて、日本に棲息するそうだ。京都中京に(も)雁金町と言う小さな区画がある。渡り鳥の雁と、どんな云われがあるのだろう。宇治茶にカリガネと呼ぶのがあったが、あれは煎茶か番茶のどっちだったか。

の雁は小型エジプトガン。ツタンカーメンの目の化粧は現代女性のアイライナーの元祖と思われる。その化粧法はエジプトナ・ナイル川域からそれより南に棲息するこの雁からヒントを得たのでは…。と言えるほど強い茶色縁取りで目立つ。

昨春から秋までの小家族。一対のツガイ雁と子雁。通常のエジプトガンは多産だが、我が庵の近くの池は20x10mで子雁一匹の餌しか供給できない為… [補註1]
      Nijlgans (Alopochen aegyptiaca) Corrage 05

和名はヒメガンと言うらしい。姫は小さい意味でつかわれる和名分類接頭語。上述ハイイロ雁より少し小さいマガン属のガン。両鳥互いに似ている。橙桃色のクチバシ根元が白く、腹部に不規則な黒い模様がヒメガンの特徴。英語彙の名称はクチバシ特徴を形容している;Greater White-fronted Goose。
      DSC_0632.jpg
鳥のテキスタイルパターンのようなトップ画像はこのグースである。上の込み合う写真は一斉に鳴きながら飛び立つ場面で、嘴よりもバック・ビューティーと言うべき尾羽の二重白線が目立つ。

雁の諸語にGから始まるのが多い。gås(デンマーク/ノルウェイ)、goose(UK)、gęś(ポーランド)、ganso(スペイン/ポルトガル)…、これらは共通語源だろう。独蘭はgansと綴り日本語ローマ字書きと似ている。発生は独蘭それぞれの癖があるが…、万が一どこかでリンクしているかもしれぬ…

渡り鳥`移住`は本来、冬季と夏季に往復する現象を指す言葉だった。英語彙だとMigrationと綴る。エジプトガンはフランスがエジプトに進出、ロゼッタ石のエピソードと共に欧州(動物園)に移入された。 可哀そうにエジプトガンは嫌われ者だ。なぜなら孵化期になると、マガン仲間を追っ払う強い性格を持っているとされる。

ここに画像upした灰色と姫雁の二種は言わばフローラ(植物界)における`自然分布`だが、エジプトガンは人為的にもたらされ、居心地がいいため居ついてしまった雁である。それは移住してきて再び元に移住するMigrationでない。エジプトガンは帰化=Naturalizationしたのだ。[補註2]

何十万、何百万の雁たち。雪で真っ白な放牧地に群れを成す雁。彼らはクチバシで盛んに雪のカバーを取り除き、しきりに何かを食いちぎっている。緑の草を食しているように見える。羊や馬と同じ腹ごしらえだ。驚くべきエネルギー供給力を草が持っていると言うこと。草食動物を創造した神…、と言うか生物進化に眼(マナコ)を見開く。

フランス人ならばゴクッと舌を舐めるだろう。逸品クリスマスディナー料理の素材が畑に一杯並んでいる。健康この上ない自然の恵みではないか。ジンワリとオーブンで焼き上げる小さな野鳥もおつで小粋…。だがセイジ
とローズマリーにリンゴ詰めデカイ雁のコッテリ焼、その厚切りスライス肉…。心臓も腎臓も。と書くと動物愛護者が気絶しそうだが、7~8㎝直径ハートとレバーなどの内臓器官にグルメ真髄と``骨頂``があるという。

      乱舞するガンとオウシュウナラのシルエット
      ヒメガンと夏楢 cor 01

[補注];
1.参照;2012年7月17日「Immigration と Migration ナイル雁に寄せて」

2.エジプトガンは言い代えれば永住権を得たのだ。ガストアルバイターだったトルコ/モロッコ/チジィニアと言ったイスラム教圏からの移民はまっぴら御免とする民族主義≒極右的現象のアナロジーになろう。英語(≒アングロサクソン語)綴りの場合;migrationの同義語が幾つかある。emigrationは人の移住/西部開拓民/他国での出稼ぎ。immigrationもほぼ同義。ラテン語migratioからの追加/変化の言わば`変種`と思われる。
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Politics and economics 政治/経済

ドイツ・ニーデルザクセン州も`戦術`選挙  [九月連邦選挙に向けて]

Niedersachsen州選挙が昨日の日曜日に在った。ドイツ北西の平野部に位置する州、首都ハノーヴァー、人口800万弱。州政府はCDU+FDPの保守連立。首相は前任者クリスティアン・ヴュルフ(Christian Wulff)が大統領に横滑りした2010年からCDU党友でスコットランド兵の息子デーヴィッド・マックアリスター(David McAllister42才)。[補註1]

選挙結果は最終の正式でないが、次のようになる。()内は2008年選挙。[]内は会得議員数。
  36,0 %   (42.5) CDU キリスト教民主  [54]
  32,6 %   (30.3) SPD 社会民主  [49]
  9,9 %    (6.2) FDP 自由民主  [14]
  13,7 %   (8.0) Grüne 緑  [20]
  3,1 %    (2.3) Linke 左
  2.1 %    (0.0) Piraten 海賊
  4,7 %    (3.9) Sonst. その他
      image-351662-thumbflex-oysm.jpg
左/海賊/その他は5%割なので議会参加権を持たない。[補註2]

連立政権たる議員数を比較すると右派CDU+FDP=68、左派SPD+Grüne=69となる。一人差で政権が交代する。マックアリスターは昨夜、涙をにじませながら敗北を認めたそうだ。アンゲラさんも負けたのは悲しいとアリスターに同情を寄せている。中道左派新政権の首相になるのはステファン・ヴァイル(Stephan Weil)。

左;ニーデルザクセン首相・アリスターと連邦首相メルケル、昨日の敗れた後の記者会見。
      554509_475626512473578_328762558_n9.jpg
右;SPD議長(≒党首)ジグマル・ガブリエル(Sigmar Gabriel)と新首相になるヴァイル(手前)、1人差の左派政権「勝って兜の緒を締めよ」今後の政策運営を説明…


FDP[補註3]は全国で支持基盤を落としている。保守党CDUとビジネス第一のFDPと連立州政府いくつかが野党連合に敗れ、過去1年に軒並み城を明け渡している。これをニーデルザクセンで繰り返すまいと、メルケル陣営はFDPに票を譲る戦術を取る。勘定によると、6万票しかない自由民主党に上積みして10万票にすると、5%以上の得票率を得る。州議会権利を失わず、9月の連邦選挙に照準を当てた中道右派による州連立政権を継続することができる。

メルケルさんは(Angela Dorothea Merkel-Kasner旧姓)ブンデス・カンツレリン(Bundeskanzlerin)に2005年に就任、党首3期目の信任をえて、来たる9月に3期目カンツレリンに挑む。2期目のギリシャ債務問題発生以来、確実に欧州一の実力ある宰相。世界でもっとも力ある女性と見なすことが出来よう。東北大震災発生3日目にして、ドイツ原発政策を見直し、17基全て原発の予定稼働期間後の廃棄を決定したのは殆ど彼女一人に負うだろう。国家の柱であるエネルギー政策を、このような鶴の一声で決められるのは彼女を置いて他に誰もいまい。

ドロテーと言う美しい伝統名も持つ彼女なのだが、美しさに代わる剛腕を発揮する。ニーデルザクセン選挙に於いて、CDUだけでなくFDPをも舵取りする存在感をしめした。もし彼女が州政権保持のために票譲り作戦をしなければ、フィリップスのFDPは議会から消えていたのは明らか。過去選挙の敗北続きと、今後の全国調査に於いても``商い保守``凋落傾向は止まらない。[補註4]

DWO-karte-deutschland4-2-.jpg
2009年と2013年の州政府のふりわり。現在、保守政権に留まるのはヘッセン/ザクセン/バイエルンの三州に過ぎない。

      FDP top
        左;Philipp Rösler              右;Rainer Brüderle

本日ニーデルザクセン選挙に`勝った`FDP党首レスラーが意外なことを言い、独蘭新聞の一隅をにぎわしている。党ベルリン議会議員団長を務めるライネル・ブルーデルレ(Rainer Brüderle、67才)が承知するならば、党首交代をしたいと言うもの。真意は何処にあるのだろう? ウェステルウェッレのような大きなしくじりをしていないのだが、党勢ジリ貧を止められない。ヴェテランにバトンタッチすれば、あるいは落ち着いた信頼できる自由民主党イメージを醸成できるかも知れない…。そんな印象を私は受ける。ひょっとすると、自由民主党を支える保守層の偏見とまで言えないが、アジア=ヴェトナム人への違和感を拭い去る意味かも。支持低迷のいわれなき理由の一つでありうる。[補註5]

党首交替のもう一つの理由を深読みすると、九月の本選挙への備えの具体策ではないか。アンゲラオバサン陣営の読みかも知れない。選挙準備チームによる今回の微にいる細にいる地区別割り振り`戦術`は微妙な差で失敗した。逆に言うと、殆ど成功しそうだったのだ。キリスト教民主同盟の支持基盤は教会に通う熟年層に厚い。それと同じで、もし自由民主党々首が熟年の落ち着いたドイツ人ならば、かなりのプラス要因と働くのではないだろうか。連立パートナーは存在しないに等しいチッポケ党で、ただ政権取りのためにCDUによって辛うじて生かされているにすぎない。けれども、一人でも二人でも上積み出来るのであれば、選挙戦術として党首交替させるべきであろう。

メリケルオバサンのユーロ通貨死守の構え、ヴュルフのような腐敗政治家と縁のない女性としての綺麗で健康なイメージ、債務危機の中に合ってドイツのみ例外な順調経済、これらからメルケル女史個人の人気に迫るライバルが党内にも野党にも存在しない。野党・社会民主党の対抗馬シュタインブルックだったか、知名度に於いて牧師の娘で諸大臣を歴任して経験を積んだメルケルと比較できない。対抗馬になり得るのはノルトライン・ウェストファーレン州総理ハンネローレ・クラフト女史だろうか。昨年5月のSDP勝利は彼女の魅力に負うところが大きい。知名度とイメージは申し分ないのだが、連邦首相への野心が無いように見える。[補註6]

SDP全国支持率はCDUに一馬身及ばない。今回のニーデルザクセンで、著しい勢力を伸ばした環境党グリューネンがどれだけ`全国` 区で頑張るか…だ。緑党首カトリン・ゲーリング・エックハルト(Katrin Göring-Eckhardt)は自信を得たようだ。この勢いならば、不可能と思われるメルケルからの政権奪取が可能になるかも知れない、と控えめに昨日インタビューに答えている。

1998~2005年9月、ゲルハルト・シュレーデル(Gerhard Schröder)を首班とする`赤-緑(rot-grünen)`政権だった。外相として緑党首ヨシュカ・フィッシャー(Joschka Fischer)が意外にも実質的ドイツ利害を示し活躍した[補註7]。ヴェテラン党友フィッシャー時代を、ゲーリングは2013年の秋に実現できるだろうか。


[補註];
0.「ドイツ・ニーデルザクセン州も`戦術`選挙」`も`は昨年9月の蘭選挙に於いて起こった奇態な戦術的投票に続くと言う意味。参照;9月10/13日

1.ヴュルフはニーデルザクセン時代、支持者から別荘購入の便宜など細かな収賄を行い、大統領わずかにして辞職((参照;2012年1月5日「アンゲラメルケルの頭痛」、2月17日「ドイツに健全な民主主義が生きている」、3月21日「行く人来る人」   

2.海賊党;2011年9月に出現した無頼風な若者党。昨日の5%に遠く満たない得票率が何故か? (参照;2011年9月19日「ベルリンに出現した海賊党」

3.参照;2011年9月05日「165万選挙」

4.メリケル女史はFDPに恋焦がれた。FDP抜きで彼女の政権は成立しないからだ。FDP党首フィリップ・レスラー(Philipp Rösler40才)は2011年5月に前党首Gウェストウェッレ辞任の後継者。前任者の幾つかの`チョンボ`によってこれまでの各地州選挙でFDPは凋落を続け、議会参加権5%を割る事態になっていた。レスラーはドイツ人両親の養子として育ち、FDPで頭角を現したヴェトナムの人。アジア人で初の副宰相になるユニークな経歴。ウェストウェッレがそのまま外相にとどまり、新党首は経済大臣で副首相兼務。

5.日本人の私は時々、そうした感じを受けることがある。彼らの表情と全く異なるので、時にマイナス(時にプラス)が生じる。良い悪いの範疇でない。人が無意識に抱く何気ない`表情/動作/感覚`を人自身で管理することはまず困難と思われる。この点で人は正直であるべきだ(と聞くことがある)。日本捕鯨への欧米主導の反対禁止の根底に人種的偏見ありとする主張をしばしば聞く。これには別解釈により、一理あるように思われる。

6.参照;2012年5月20日「51才と58才 ドイツのオバサンたち」

7.その後、第一次メルケル政権が立ちSPD+CDU/CSUの大連立になる。しかしメルケルはこれに辟易した。もう二度と左派野党と組まずと決意した結果が頼りにならぬFDPの`奴隷化`である。
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Here&there lands 雑なるアレコレ大地

マリは 仏蘭西のアフガニスタン になる?

何故、暗黒大陸と言われたのか詳しく知らない。黒い肌の人々と闇のような知られざる世界。イメージとして昔はそうだったのだろう。昔とは、ここで大航海時代から欧州による植民地争奪戦を指す。地中海と象牙海岸の間の砂漠地帯にフランスの植民地が多かったようだ。北からアルジェリアとマリ、その東隣のブルキナファッソー。人々はフランス語(方言)を使う。モーリタニアやニジェールその他については知らない。

アルジェリアの真南がマリ北部、その東隣がリビア、、と言った地勢と国境線が分る。フランス介入後に発生した人質事件のガス採掘地 Amenasが矢印で示される。
Mali 01 Terrur site
赤い部分がイスラム過激派の支配区。南の従来の`民主政権`は首都バマコを含む薄青の部分。説明にオランデのオペレーションと記される。社会党二人目の大統領オランデのこの戦いは、フランス大多数の国民から支持されている。ジーハー信奉軍を一掃するまで戦うと、大統領は腹を括る。


マリの北半分がイスラム過激派に支配され、南への進出が激しい。北から南への難民が激増。先週、突然かつての宗主国フランスが軍隊派遣を宣言。大統領オランデの声明と同時に進駐開始だから、準備は少なくとも数ヵ月前に始まっていた。と言うより軍事態勢と外交根回しが完了したので、声明に及んだのである。

直ぐにベルギー[補註1]とノルウェイが呼応、本日の時点で大方のEU諸国がバックアップしている。過激派イスラム・ジーハーを唱える反政府軍はフランス介入を`植民地主義`と決めつける。幾つかの国が膨大な軍事物資の輸送に協力、戦争の手配が着々と進む。前線は北と南がずれて接する辺りで、その数カ所をまず空軍が3日間の予備爆撃を実施。昨日から陸軍装甲部隊が投入された。本日の夕方に一つの要地を奪回した。さすがインドシナで刺惨をなめ経験を散々積んだ大軍事国家のフランスである。

一つの疑問は;マリが、アメリカのアフガニスタンのように、仏蘭西の`アフガニスタン`になる可能性だ。2001年アルカイーダによるナインイレブン(多発テロ)を契機にして、US+UKが秋にアフガニスタン・タリバーン政権に自衛権を盾に宣戦布告。直ぐに過激イスラム政権崩壊を見たが、自爆テロなど内政不安に悩まされ12年を経過。US在住だったカルザイ大統領が先月曰く;「米軍撤退により状況好転する」。

衛星からのガス採掘サイト画像 。グーグルマップで見られる。四角いコンテナー群が置かれた住居域が見えるかどうか? 砂漠のど真中の不思議と言うか、奇怪な光景に見える。
Mali 02 Terrur site
彼が人質作戦を考えたアルジェリア人首謀者。あざなをマールボロと言い、タバコの密売でテロ資金を稼いだのが理由。アルファベットに置き換えた本名はMokhtar Belmokhtar。片目を失明したのはアフガニスタンでのアルカイダ活動中、または新米戦士の時の事故らしい。ビン・ラーデンと面識があり、直接アルジェリア地区リーダーに任命され帰国。タバコの他、テロリストの常道として麻薬商いをしている。先週のフランスのマリ介入後、充分な装備をしてガス施設を襲ったのだ。


この地下資源サイトはアルジェリア資源公社+ノルウェイStatoil+イギリスBPの共同事業。ほかアメリカ・日本・ベルギー・アイルランド・オーストラリアの企業が受注参加。これら技術者の他に、アルジェリア労働者を含め、650名が人質にされた。第一次のアルジェリア軍作戦によって、殆どが逃げ伸びた。ニジェールやモーリタニアからの報道、さらにアルジェリア政府報道など、情報が錯綜している。

第一次作戦の時、20名近いとされる日本企業員の一人はアイルランドの誰かと共に逃げ延びた…。650名の内アルジェリア人573名が無事に解放され、人質1名とテログループ18名が死亡。人質12名死亡と言うのもある。不明または死亡の推定出来ない人数は70名から30名までに渡り、手探り状態だ。

UKキャメロンは日本の阿部首相と同じで、オランダ訪問を中止。直ぐにウエストミンスターの緑長椅子から立ち上がり、テロ対応について議会答弁を行っている。MI6[補註2]の情報は期待できず、彼もアルジャゼラ以上の信頼できる状況を説明できない。人の住めないだだっ広い砂漠の米粒のようなところだから、安否を確認しようにも方法が無い。無事に救出された人々に聞く以外、現時点で情報源は無い…

アルジェリアは1993年以後、過激イスラムのテロに手を焼いている。根本は「テロに対し断固妥協しない」方針だ。英日の国民を守る責任を負う政権二人の宰相にとって、これは困る。一方マールボロの人質引換条件の一つは1991年(または1993年か)ニューヨーク・ワールドセンター爆破容疑者2名の開放である。すると彼はアメリカ国籍、さらに欧米系の人々を厳重に交換人質の対象にするだろう。候補銃殺順位として日本人[補註3]が下位に来ることはあり得ると、喋り屋`専門家`が言う。

容疑者開放を要求されたUSクリントン外相は犠牲者を最小にとどめるように望むと声明する傍ら、飛行機を近くの砂漠に着陸させ、同胞を収容している。アルジェリア・テロ殲滅部隊は再びヘリコプターを用いる第2次作戦に入るそうだ。広大なガス田に散らばる施設群にマールボロ・ジーハー部隊が巧妙に展開している、と仏蘭西サテライト局解説者が言う。もしそうならば、人質の居る建物にいかに接近する/出来る? 下手をすると、多くの犠牲者が…。

先ほどアルジェリア政府発表があった。人質テロは終了/解決と言う大ニュース。BBCもAlgeriaいずれも、ノーコメント。疑わしいニュースソースである。

[補註];
1.レオポルド2世による私設`自由コンゴ共和国`だったか、陰惨な植民地史を引きずる。黒い肌の原住民を人間と見なさない時代。少なくともドイツ小領邦家の失業貴族の末裔・レオポルドはそう扱った。
2、Military intelligence の6課。MI5が知られ第一・二次大戦のエピソーデが多い。007シリーズに必ず登場する英国情報局。
3.イラク戦争の時、政府警告にも拘らず確かボランティアとしてイラク領内に入った人がいた。この先例と違い、今回の欧米日の人々は偶然に不幸なテロ人質になった。家族の心配が痛いほど分る。無事な帰還を祈るのみである。
 
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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