ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Politics and economics 政治/経済

`Japan as Number One から失墜15年` をなぞる欧州?

2009年ギリシャの財政不足が表面化した。前政権の嘘を新政権が正直に訂正したに過ぎない。一挙にギリシャ経済の破産が持ち上がった[補註1]。これを契機にユーロー地中海圏の破綻財政が明らかになる。それ以降はご存知の通り、雪だるま式にユーロ通貨危機に拡大。2013年、大方のEU国家が不況に突入。言い換えれば経済停滞あるいはマイナス成長に陥る。

これからEUは過去15年に日本が経験なお引き続く``失われる期間``に突入するかもしれない。状況は似ている。栄枯盛衰…驕る(オゴル)平家は久しからず…歴史は繰り返す、そんな台詞を浮かべつつ成長期日本を振り返ってみよう。

欧州の失墜、イタリアの例。日曜24日の総選挙。下院で左派ベルサニは35%を得て勝利。現首相モンティは7~8%で惨敗。両者が連立すれば何とかなると思われたが、上院の過半数を抑えたのはベルルスコーニの右派保守。イタリア選挙システムによる奇妙な結果。下院と上院が180度ちがいだから、イタリア政治は半ば混乱するしかない。
Japan Number One 03
財政専門家モンティの節約は選挙民の怒り/失望を買ったことになる。庶民は、税金返還すると言う大口/法螺の自由人民党に逆戻り。ベル老所有のメディア企業の選挙一家は、選挙民に立派な大文字印刷「税金払い戻し」付き封筒を送付。いったい総額費用はどれほどだろう。文書は党宣伝と党首写真で、最下段に読めないような小文字で「自由人民党が勝利した場合に払い戻されるでしょう」と印刷されていたそうだ。詐欺っぽく、殆ど選挙違反と批判される代物。


1980年頃、TVドキュメントを覚えている。ベルギー/フラーンデレンTV局だったようだ。ブリュッセルに働く日本企業出向社員が麻雀に興じている。仕事後の若い社員に傍からインタヴュアーが質問する場面。ブリュッセルに拠点を置く日本企業人のために、麻雀店があると言う事実に、私はびっくりする。日本の凄まじい経済繁栄と海外進出を語っている。[補註2]

このヨーロッパに比べ、なぜ皆さん日本の勢いがいいのですか? 
マイクを差しだされた一人が配を取りながら、少し間をおいて答える;
We Japanese work hard, but European used to enjoy private life instead of work.
ほぼこんな感じだった。フラームス語字幕が流れたが、日本人英語発音に慣れたビジネスマンならば充分に分る内容。何気ないけれど一寸ぶっきらぼな印象から「あなたたちヨーロッパ人は仕事しないで遊んでいるから駄目なの」と言う本音が隠されているように思われた。[補註3]

企業出向や大学交流研究者の同胞に週末に会う機会が在った。彼らから、17時になるとさっさと退社する欧州労働常識に対する思いを私は聞いていた。何故17時に退社して企業が成立するのか? 日本の習慣に従うと、作業日程/計画通りに業務を進めていくと残業しなければならない。お尻が動かせないから残業は必然である。

これに対し、一般欧州人は日程に間に合わなくなると、作業のお尻をずらす。どうも計画日程に間に合わないと分ってくると、ずらせる日程変更に両者で合意する。受ける側又はクライアントがそれでクレームを付けたり困ったりしない。

こうした事象を象徴するのがしばしば起こる国家的プロジェクトのお粗末。見積り10億プロジェクトが日程/工期ずれで、ドンドン膨らみ当初の10倍になる。半分まで出来たが、隣国との調整が進まず5年放置される。10年を一昔とすると、はや二昔になる列車インフラストラクチャ―や防衛軍用機のプロジェクトの兆円規模の遅滞例がある。

仮名読みはグリローで良いか不明。彼は若い人々`5つの星`シンボルに新政治運動を主催。日曜に予想されなかった20%支持を得た。驚きの余韻が今日も続いている。従来の保守と革新と袂を絶つ。これが彼ら五つ星のコンセプトである。ベル右派とベルサニ左派と、いずれにも政権成立のために協力しないと演説。イタリアは舵取りが誰も出来ない国になった。
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イタリア大統領ナポリタノは本日ベルリン訪問中。メルケルは彼を迎え「貴国は必ずや、解決策を見つけ、EUの大国としての責任を果たされるでしょう」と持ち上げている。ところが来たる9月総選挙に於いて、彼女の対立候補になるペール・シュタインビュルッケが伊選挙党首の二人について毒舌を放った。ナポリタノは「誇りある我が国への侮辱も甚だしい」と立腹。ペールも顔を出す今晩の晩餐会出席をキャンセルしたのである。


かような土地柄に、上述の麻雀エピソードと日本企業戦士の言葉を置かなければならない。1979年に上梓され、英版も日本語版もベストセラーになった本がある。著者エミルタス・エズラ・ヴォ―ゲル(Emeritus Ezra Vogel)は日本/支那に関する文書を多く書いている。苗字からドイツ系ユダヤ人と思われる[補註4]。「菊と刀」著者ルース・ベネディクト(Ruth Benedict)のような文献資料だけからの研究著作で無い。[補註5]

書名はJapan as Number One。生活体験とインタヴューとによるジャーナリスティックな本である。副題としてLessons for Americaと付いている。くすぐられるような「素晴らしき我が国」読後感を得た日本人読者が多かったのではないだろうか。We Japanese work hard, but European used to enjoy private life.と言う文が即応する書名である。

ヴォ―ゲル著作の10年後、The Enigma of Japanese Powerがベストセラーになった。著者はKarel van Wolferen(カーレル・ファン・ウォルフェレン)、在日経験の長いジャーナリスト。たしか蘭国高級紙NRCの東京特派員だった。原著英語版から、恐らく邦訳が出ていると思われる。日本の経済力の謎解き本と言う感じを受けて求める読者が多かった気がする。内容はより細部の日本観察を伝える高度経済成長期の文化論。彼は、言うまでもなく、やがて来る日本の失われる15年への文化的材料を提供している。

1989年はポーランドに発火した反共産運動が東欧に燃え盛り、ベルリンの壁が落ちる歴史の分かれ目だった。列島日本の土地価格は鰻登り、土地投機に沸いた。実体のない資産上昇と言う風船がまもなく爆発した。バブルと呼ばれる不健全な社会現象と共産主義とが同時期に崩壊。両者間にいかなるリンクも無い偶然だが、これからJapanese Powerは急速に力を失っていくのだ。

住宅金融US企業リーマン・ブラザース倒産を契機にする世界恐慌は記憶に鮮明である。もしブッシュ政権が2008年9月前にリーマン社を国有化していたなら、あの世界連鎖は起こらなかったと言う論者はいない。USもEUも`風船ブクレ`していたのだ。陽の上がる国と羨望の的だった日本は21世紀にかかる前にマイナス成長に陥り、やがてゼロ金利方式を採らねばならなかった。欧州大銀行は、その日本の苦く辛い軌跡を追うことになる。

ベルルスコーニの表情をご覧あれ。いや普通市民に出来ない選挙用プレゼンテーション…。過去10年この富豪振る舞いにEUたいていの真面目政治家はあきれ返っている。と言うよりも逆説として、並み政治家は危険を屁とも思わない破廉恥行為を出来る怪人ベル老についていけないのだ。
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プロイセンの血を引くのであろう、第一次メルケル内閣財務相を務めたシュタインブリュッケ御仁が本日はっきりと言った。ベルルスコーニと喜劇役者グリローとが総選挙の顔になるイタリアを信頼することは出来ないウンヌン。ユーロ危機に対し、ドイツ連邦は真剣に取り組み、モンティ内閣と綿密協議を繰り返した。イタリアが採るべき財政改革や節約について約束合意を取り付けた。にも拘らず、それを反故にするマニフェストを掲げる好い加減な人物をEUパートナーとして迎えがたいウンヌン。シュタインブリュッケの豪胆演説を聞き、早速保守系紙が「これじゃメルケルに惨敗する」と喜んでいる。


1964年、米国の子供のような戦後日本が東京オリンピックを誘致、1972年に札幌冬季オリンピックを開催する。欧州と北米大陸を除く初五輪。その栄誉を日本が得た。かつての軍事的列強に代わる、文化的かつ経済的大国のシンボルと言って良いのではないだろうか。

これ以降、欧米以外の五輪開催は日本が示した同じパターンを踏んだと考えられる。韓国ソウルと支那ペキンがそうだ。やがて来るブラジルも同じ意味を担おう。支那事変以前ゴットフリード・スペングラーは`西洋の没落`と言う主題で数巻大著を表している。ヒトラー第三帝国と符牒が合う大作で今なお読まれる主題本。文庫本が出ている筈。半世紀前に同じ趣旨の邦訳ベストセラーが出ているが、これがスペングラーのダイジュス版かどうか知らない。その読後感を高校時代に精一杯書いた思い出がある。何を書いたのか覚えていないが、ヨーロッパがやがて没落すると言う歴史の一般的推移を理解できたのかどうか…

2013年2月28日、勝負の決まらぬイタリア選挙結果は多分再選挙を強いるだろう。主に高学歴イタリア若者たちのEU北諸国への`就職`逃避が増加している。しかし就職先国家が持ち直し、韓国/支那並みの一見`経済繁栄`する保証はない。辛い15年を忍んだ日本に習い、欧州はじっと耐えなければならない公算は大きい。

見よスペインやポルトガルのストライキを。パリ郊外のシトロエン・プジョー工場とベルギー・フェンクのフォード工場二つの閉鎖に対するストライキを!閉鎖しなければ過剰生産によって、欧州基幹産業である自動車分野自身が逼塞するだろう。EUいたるところで業種を問わず企業倒産/大量解雇の波が続く。防衛軍を含む公務員縮小も図られる。事務所建築の20%が空っぽ、個人住宅市場もさっぱり動かずだ。[補註6] 

かたや失墜日本の背景は欧州の轍を踏んだことかもしれない;
We Japanese are used to enjoy private life like European.
阿部政権の試みは、円安の通貨戦争と言われようとも、失墜から飛翔すること。
出来るかどうか… Jonathan Livingston Seagull (邦訳名;カモメのジョナサン)を連想しよう[補註7] 。打ちのめされ、弱弱しい環境から徐々に力を最充填して飛び上がり、自由に深い大空に飛翔すること。イメージの構築が未来を創る。

[補注];
1.参照;2012年1月25日「ギリシャ債務危機…」

2.ロンドン/パリ/ドュッセルドルフ/ハンブルグ/ミラノ/アムステルダム等日本人社会が形成され日本人小/中学校を必要とする都市の日常風景だった…か?

3 2013年現在、このような感覚を持つ国際ビジネスに携わる日本人がいるだろうか。なお残業は続き、土日しか子供の顔を見ないと言う人々は多い。残業/残酷社会だから、日本は浮かび上がれないとぽっつり漏らす若者に出会った。残業代が給与に加算されるならば、まだ救われよう。残業代の出せない中小/零細企業は珍しくない。勃興するインドシナや南米、支那を言うに及ばず、全ての所謂`開発諸国`常識に等しい状態か? ポストインダストリアル先進文化国家である日本の影の部分…。

4.US移民の初期はブリテン/フランス/オランダ/スエーデン等、20世紀初めの中心は独伊であろう。独系は知識人に多く、伊系は商人に多いような気がする。ユダヤ系は知/商いずれにも優れ、彼らは金融を支配。

5.例えば1940年と1979年との記述背景を同じまな板に於いて比較できない。戦前、海外渡航が異例であった。電話テレビも無い。故にルースの考察が際立つ。

6.欧州圏の需要はまず財務危機の南欧で30%激減、仏/蘭/北欧でも7~8%減らしい。例外は需要旺盛な露西亜だけである。かつての共産主義ラヴェル・ラダに変わる欧州ブランドが売れている。

7.小松左京がリビングストンのカモメに先立ち、インド仏教の曼荼羅に示されるような宇宙の階層を旅するカモメ物語を書いていたように思う。書名を覚えていない。
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Sport スポーツ/ホビー

Atje Keulen-Deelstra アチャ ケウレン-デールストラ 不世出の主婦 

22日の昨日、アチャ・ケウレン・デールストラが亡くなった。まだ74才の若さ。欧州北西の辺境フリースランド(英;フリージアン)に生まれ、不世出の主婦スピードスケート選手。アチャのようなスポーツ主婦は今後まず出ないのではないだろうか。

彼女は独逸による墺太利併合と日中戦争勃発の1938年に生まれる。1962年24才の時、イェッレ・ケウレン(Jelle Keulen)と結婚。イェッレと共に家畜農家を営む。翌年から1966までに3子を出産。若い時代のスポーツ心を持ち続け、1969年31才で主婦スピードスケート選手としてオランダ選手権に出場。前代未聞の出来事と言えるだろう。
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16才の時、フリースランド州`短いバーン`選手権少女の部で優勝。その才能が三十路に入り再稼動するのだ。当時スケート選手権とは4種目の合計を争うだけだった。いわゆるオールラウンドである。大きな競技会は二日間かかりで4回すべる。昔の30才には厳しい体力消耗であった。オランダスケート連盟は3人子持ちの母親、上背がありすぎ、しかも家畜業経営の超多忙な女性に対し、トップスポーツをするのは無理だと再三の助言を与え、ナショナルチームに加えなかった。

ところが、だ。再デヴューして、めきめき記録を伸ばし、翌年の1970年、USのウェスト・アリス世界選手権の出場権を得る[補注1]。500/1000/1500/3000の4種目を一つも勝たなかったにも拘わらず、オールラウンドにふさわしい総合点で、アチャは初優勝する[補注2]。年齢と並び,勝ち方も非常に珍しく、人々を驚かせた。そして71年の2位を除き、72/73/74と連続して世界チャンピオンに輝く。

札幌冬季オリンピックは1972年開催。1964年の東京五輪に呼応する誘致だった。60年代からの高度経済成長が引き続き、順風を受け日本丸が国際社会に船出する時代にぴったりのスポーツ・ビッグイヴェント。東京五輪でテレビが普及、札幌でオールカラーになったのではないだろうか。

戦前の東京五輪が戦争で実現せず、日本初の五輪開催は同時に伝統文化・文様/家紋を十二分に反映することになる。それは日本グラフィックデザイン界総がかりの一大プロジェクト。例えば亀倉勇策によるシンボルマークはそれを象徴する。入場券から競技ピクトグラムまで多岐にわたるアイテムをヴェテランから新鋭までの人々が斬新な仕事を残している。例えば既に故人になり久しい京都琳派を名乗った田中一光(イッコウ)も当時の若侍の一人だった。

欧米のデザイン連中がこの成果に目を見張ったことをここに書いておかなければならない。陸上100mスタート時の瞬間と両手を広げて突進するバタフライの画像と組み合わせた日の丸+五輪のポスターを覚えている方は多いだろう。やや大げさであるが、パリで開かれた万国博(1867)に初出展した日本がヤポニカ(英:ジャポニズム)旋風を起こし、例えば後期新印象派にショックを与えた事象と比較することが出来よう。世界を凌駕する日本の技術革新は同時に、世界における文化的先鋭でもあったと言う事。

札幌冬季オリンピックのデザイン計画はその東京を踏襲するのが↓でお分かりいただけよう。 
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こうしたヴィジュアル感覚は40年前の歴史的遺物である。21世紀のそれと異なる。たとえ同じような印象を持つコンセプトでも明らかな時代空間的な相違が認められる。

彼女の苗字Deelstraのstraはフリース言語の普通名詞に続く接尾語。あるいはヤンの息子を示すJansmaのsmaと同じ意味かも知れない。Deelは家屋の一部を言い、殆どは農家であったから、畜舎や納屋の語義と思われる。
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札幌オリンピックはジャンプ日本3人トリオが一番話題だった。当時のジャンプは両腕を胴部に密着する姿勢で、金メダリスト笠谷は見事に映った。だがそれでは飛距離が出ないことが分かり、今は両腕をジェット機翼のように開く。札幌の華はフィギャースケートのジャネット・リンだ。彼女の宿泊した選手村個室にまつわエピソードを聞いたことがある。ジャネットがサインした壁を記念に残す云々話だったような気がする。2010年代のフィギャースケートは日本選手で占められ、30年前と隔世の感がする。

ジャネットはゴールドメダリストになれなかった。アチャも同じだが、1000m銀、1500mと3000m銅と3度表彰台に上がった。34才にして破格の実力を示したのだ。この年齢ゆえに話題になったと思われるのだが…。チームメイトのアルト・シェンク(Ard Schenk)金3つの陰に隠れた感じも受ける。昨日のアチャの旅立ちを聞き、和蘭の人々は彼についても思いを新たにしたに違いない。

アルトは札幌500mスタートまもなくつまずいて転び、4種目制覇を逃した。500m日本のエースと言うより世界の鈴木恵一に期待があつまったのだが…、惜しくもメダルを逃した。鈴木はスケートが国技であるかのような蘭国において、熟年世代に今なお知られるトビッキリ名選手である。アルトはもちろんアチャよりずっと若い28才だから、当時のスケーターとしてダントツのオールラウンダー。現役引退後、ISU(国際スケート連盟)技術スタッフとして活躍。地味な人柄ながら、現在、技術面で発言力ある要職と思われる。
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札幌は東京の夏五輪の冬版としてのデザインプロジェクトが実行された。焦点はグラフィックデザインだが、目立たないスポーツ機器や計時装置にも力が込められた。冬季は天候と雪の困難があり、長い間それら機器類は技術屋さんが線引きする機械キカイした素朴な表情だった。札幌に於ける計時機器デザインはこれ以降のスポーツ行事道具を衣替えしてゆく嚆矢になったと思われる。人か遊星人か?それはイメージしていただくとして、私も端から力をかし、単純で明快を試みた。こんなのに何で仰山のスケッチをするの?とからかわれ、ニンマリした記憶がある。

   Aja keurlen 02
ケウルン・デールストラはスピードスケートのオールランドだけでなく、1970年から始まったスプリント世界選手権においても銀/銅メダルを取っている[補注3]。スケート競技は欧州(蘭国)で始まり、したがって欧州選手権が古い伝統を持ち、世界選手権と並ぶ名誉ある大会である。アチャは3度チャンピオンに輝き、女性スケーターとして傑出するキャリアーを残す。

繰り返して恐縮ながら、こうした実績を残す三十路超え母親は五輪全競技に於いて彼女を除いて例がないのである。御産を経験した女性がトップスポーツに連なるのは容易でない。さすがに21世紀に入り、女性体力が増し、従来男のみの競技と種目に女性が進出し始めた。フットボール/ボクシング/陸上のマラソンに3段跳など、増加しつつある。それに伴い、産後女性が復帰するケースが出てきている。

最近ではベルギー・リンブルフのキム・クライスター(Kim Clijsters)を挙げよう[補注4]。長男ジェッダを産み2年後に復帰。プロテニスサーキットにフルエントリーできず、馴らしの数試合後に全米オープンを制した。続く豪州オープンも勝ち、テニス・グランドスラム史上にユニークな記録を残す。

キムは豪州のあと負傷に悩まされ、再び勝つことはなく、昨年USオープン2回戦UK18才ラウラ・ロブソンに破れ花道からを退いた。29才だからやや長いキャリー…か。キミコ・伊達選手は例外中の例外というべきだろう。伊達さんはお産体験者かどうか知らない。

アチャは4回目ワールドチャンピオン達成の翌年、35才の時リンク周回するスピードスケートから退いた。そして本来、広い湖面氷上を滑るマラソン競技に移ったのである。よくも懲りないと感心せざるを得ない。マラソンは同じスケートながら、多人数がでこぼこ氷上を争う。作戦と体力を要する激しい長時間の距離競技だ。綺麗な整備されたリンクを2人で滑る競技者が引退後しばしばマラソンを目指す。たいてい長続きしない。全く異なる資質を要するためだ。

彼女の滑走を私は幸運にも見ている。確か1980年オランダ・マラソン選手権だっと思う。すなわち彼女は41才で最後の現役年を滑っていたのだった。転向後から1978年を除く1979年までに、デールストラおばさんは5回連続マラソンチャンピオンになっている。偉業と言う以外、なんと形容すべきだろう。

以来、大会のリンクに現れることはなかったそうだ。その代わり必ずテレビ観戦。テレビのほうが良く見えるからだと…。スケーター/母親/農家主婦の3役を過不足無く努めた女性、アチャ・ケウレン・デールストラは昨日、脳梗塞で74才の生涯を閉じた。その凄まじいスポーツキャリアーを思うと、早逝に思えてならない。

先週ノルウェイ・ハーマル開催オールラウンド世界選手権で優勝したIreen Wüst(イレーン・ヴスト)はトィッターで「優れた先達は私の目標だった。ご遺族の皆さんに心から哀悼をささげます」と打っている。目標はアチャおばさんの世界選手権4回制覇に並ぶこと。マラソン実績に迫るのは恐らく難しいけれど、せめてスピードスケートで迫り、追い越せればという願い。その4回に先週イレーンは並んだのである。フリースランドに向かい、私も合掌したい。


[補注];
1、スピードスケート・ワールドチャンピオンは三年の予備大会後の1936年から始まったオールラウンドの勝者を意味した。1970年ようやくスプリントが生まれ、陸上や水泳のような各距離別選手権は1996年まで待たねばならない。

2. 1983年から女子総合は1500の替え5000mが加わる現在の構成になる。

3. 2日間大会。500/1000mをそれぞれ2度すべり、総合点で順位を決める。初日インサイド・スタートなら2日目アウトサイドスタートになり、公平が図られている。4回を失敗無く滑るのが基本。アチャやアルトの素朴な衣服と固定刃の時代から、ハイテック素材の一体縫製ユニフォームと刃がクラップする仕掛け靴の新時代になった。氷リンクは屋外から室内になり、最高のハイテック氷が作られ、かつてのアチャ・アルト記録と比較することは出来ない。スポーツにおけるハイテックとは道具から環境にいたるまでのドーピングである。
なおクラップはklapと言う開発国オランダ語彙。第1儀`手をたたく`とクラップクラップと音がすることから。スポーツに限らぬが、こうした語彙は原語彙を尊重すべきだ。

4. 参照;2012年1月23日「錦織圭 とキム・クライスタースが今日のホットアイテム」
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Ordinary People 雑人雑名

Papa退職の大祝典 警護費ヤ~イ? [もう一人Papaは富に健在]

ヴァティカン教皇庁はプロモーション一環として、`パパ`Twitterを昨年に開設する。ベネデット16世はトィッター講釈を受けて、`ハッハーこりゃ面白い`と言ったとか…。ローマ本山に関する世間の話はたいていこんな軽さに思える。
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イタリア(≠ラテン)語彙papaの広義は聖職者すなわち神父を指すようだ。ヴァティカン市域でパパと言うなら、イタリア人にとっては教皇を意味する。ロシアなどスラブ語圏の東方教会の筆頭聖職者名をアルファベットに移すとPopeと綴られる。英語彙も同じPope Benedict XVI。教会ミサをつかさどる普通の神父だった先祖を持つ家はPope姓をつけたのだろう。変異が限りないが、パパっぽい名前や苗字はこの職業名由来である。ポッペ(Poppe)は苗字と同時に頻出する男子名。


イタリア共和国にシルヴィオ・ベルルスコーニが君臨した3期足掛け9年間、経済は横に這うだけで縦に伸びなかった。ブンガブンガ・パーティーで十代娘に小遣いをばらまく傍ら、リビア酋長のガダフィー資金企業の世話見をして、リビア石油売り買いで互いの王国を肥やした。無二の親友だから…。独裁者と気があい、プーチン家族を別荘に招いている。ヒヤッとクールなプーチンは妻と娘二人を同行しつつ、助平ベル老の視線に煙たかっただろう。シルヴィオらしいスキャンダルを振りまき、訴訟された十件近い裁判全て欠席しながら、政権舵取りのヒッチャカメッチャによって、若作り`年寄り`御大は2011年暮れに辞職せざるを得なかった。

この付けが2月末日祝典に影響する。パパが600年ぶり、生存退位を行う。退職するという稀なる出来事だから、世界中から信者/観光客が押し寄せると見られる。突然、嘘のような難儀が持ち上がった。大行事の警備費を誰が出すのか? 28日は木曜日で、前後1週間の治安管理が必要になろう。警備が手薄で穴ぼこだらけならば、過激イスラムの絶好テロ機会になる。

ヴァティカンは独立国家の体裁を取っている。一般の市よりずっと小さい1km四方に満たない。いわば部落のような区域に過ぎない。それでもなんとか`市`として、それに「国」をつけて「市国」としている。体裁だから、警察に当たる治安機関をもたない。ローマ教皇クレメンス7世を名乗ったメディチ家当主を守り救ったのはスイス人傭兵だった[補注1]。その1527年以来の伝統に従い、現在もスイス人が儀礼兵として勤めている。スイス・ドイツ語を話し[補注2]、スイス軍によって訓練を受けヴァティカン庁に就職する。御所内裏で行われる蹴鞠に値する伝統と解していいだろう…。マサカリ形飾りつきの槍を抱え、ボディーガードとして役に立つかどうか? たたないだろうな、と私は思う。

2005年4月前教皇パウルス2世(伊;Papa Giovanni Paolo 2)(英;John Paul)葬儀の時、警備は言うまでも無くイタリア共和国が請け負った。各国首脳/要人が参加したので、それぞれの警護に万全を期さねばならない。債務危機もユーロ危機も無く、欧州は不況のさなかにまだ入っていなかった。

高学歴の若者に職が無い。彼らは北のEU諸国にどっと逃れる。頭脳流出とも言われる。大方の責任はベル政権にある。マリオ・モンティ実務内閣が厳しい節約政策を取っている。ベル老人の尻拭いをさせられている介護士モンティと言う画になる。したがって警察/軍隊の財布が空っぽで、突然振って沸いたエキストラ警護費を捻出できない。これを当惑気味に当局担当者がインタヴューに応えている。どうしよう?そんな思案顔をしているように見える。

 
1927年生まれだから86才。昨日窓からの最後の身振り手振りから、やや疲れた印象を受ける。3年前からペースメーカーを入れているから当然かも知れぬ。ヴァティカン域内に初めて引退教皇のための住居がしつらえられる。すると新任官者が引退前任者を訪ね、アドヴァイスを仰ぐ状況がありうるかも。日本天皇史に、しばしば発生したことが思い出される。
      Papa Benedetto XVI, 01
後継者に幾人かが挙がっている。ガーナの大司教Peter Kodwo Appiah Turkson(64才)が初黒人教皇として候補の一人だそうだ。内部通によると、教皇選挙権を持つ百数十名カトリック大司教たちは十分に保守的だから、まず黒人はありえないそうだ。南米か地元イタリアの人だろう。欧州でカトリック教会に行くのは人口28%、その倍以上が南米らしい。信者人口からして、南米初の教皇が出るべきか...


深刻なイタリア共和国・国家財政不足において、退職祝い警護費用の拠出ところは三つある。ゼスチャーをしてみたものの、もちろんイタリア共和国。二つめは教皇庁そのものだろう。ラートジンガー自身の音頭取り引退だから、彼自身がヴァティカン事務長や侍従/執事に当たる大司教たちと共に決定できる。教皇とは権力を一手に握る最高位。共産主義の書記長/主席ごとき非民主的`拍手`決定でないが、やや似ている絶対的聖職位なのである。

もう一人Papaがいる。イタリア国内に於ける世俗的`Papa`と言えよう。シルヴィオ・ベルルスコーニだ。ミラノ普通の家庭育ちからイタリア全ての富と産業とを一手に握ったかのような偉大なる俗物。77才にしてメイクアップ、これを皮肉に言っても頑として平気。事業決算の粉飾、裁判官買収、役人取り込み、彼に出来ないことはない。有力民間TVの三局、イタリア1の新聞メディア出版企業、二つの大建設企業、1番のインタネットプロヴァイダー、数多くの基幹産業企業などを所有、イタリアダントツの富豪[補注3]。もし警護費が真面目な政治課題に突然なるならば、彼が拠出すると...巧みに選挙戦術に取り入れるだろう。
        Beruluskoni 01
上左;素頭 上右;一つの裁判関連の当時Call girlアリジェリア十代少女。 下;最近

まもなくイタリア選挙が行われる。長靴あちこちがボロボロで床下浸水に耐えられるかどうか? まことに重大なイヴェントである。彼の個人党に等しいPopolo della Libertà, PdL党は2011年暮れどん底に落ち込んだ。三局テレビチャンネル総動員、分厚い彼自身の宣伝雑誌を200万部配布、有り余る軍資金。選挙チームは党ではなく、彼の(電通/博報堂に当たる)メディア企業にある。先日の選挙予測において二番手に急上昇。リベルタ=自由とポポロ=人々とは、そこらのオッサンオバサンなのである。小難しい論は必要ない。ムッソーリーニは悪くなかったと言えば、彼らはむしろやんやと喝采する。しょっちゅう出る失言が逆に彼の屈託の無い陽気さとして受ける。 

口八丁手八丁でころりと庶民は酔って心地よくなる。学生や知識人、左派や環境派がどう論破しようが、肝っ玉母さんのシルヴィオひいきを覆せない。加えて岩手県のオザワ某を支える万年支持パターンがある。ミラノ地元の人々が常に彼を支える。何があろうと年を取り呆けようが、彼を支持する地元愛国者。それゆえに、逆に敵は多い。敵とは中道右派から左派まで、確とした民主的公正な市民感覚を持つ人々を含む。

有り余る企業を巧みに操縦するコンセプトは庶民に受ける宣伝をすること。利益につながる宣伝。高尚な技術やレトリックはいらない。彼のテレビラジオ企業の質はおそらく欧州の最悪かもしれない。最悪だけれども、利益を生み出す有能企業である。それがベルルスコーニの商い基本ということ。この御大は商いの天才である。商(アキナイ)成り、政(マツリ)始まる。

マキャヴェリ(Niccolò Machiavelli)は、主人フィレンツェ公が皇帝カルルに付いたことがあり、フランソワ1世とローマ教皇側から疎んじられた筈。彼はフランソワに対峙するブルボン末裔シャルルのローマ攻撃の年に他界した。シャルル配下傭兵たちがローマをあさり空っぽ廃墟同然にし、クレメンスが命からがら生き延びた1527年だ。実はその教皇からフィレンツェ外交官は執筆依頼を受けていた。ニッコロは「優れた君主は演説の才能に恵まれていなければならない」と一つの君主条件を挙げている。

1930~40年代のアドルフ・ヒトラーの天才的演説(プロパガンダ)が思い出されよう。シルヴィオはある傾向の人々にとって``演説の名手``である。君主と言うか独裁的な才能である。欧州議会議員にとって、このベル演説の魅力が分からない。殆どのEU議会議員がモンティの首相継続を望み、ベルルスコーニ再登場を忌み嫌っているのだが…

宗教上Papaはまもなく退職、のんびり余生を送る。世俗上Papaは再び蘇り、イタリア半島に陽気なパーティー気分あるいは混乱を引き起こす...。


[補注1]
1.16世紀前期、シャクリ顎の神聖ローマ皇帝兼スペイン王カルル(カルロス)5世とヴァロワ家フランソワ1世、テューダー朝2代目ヘンリー8世等が生きた時代。その前からイタリアをめぐり英仏西墺など争い、これにローマ教皇レオやその従兄弟クレメンスが絡む。日本では、室町幕府の管領・細川家が内紛争い、戦国の前哨時代だった。数年前、テレビ時代劇 The Tudors がブリテン側から見たおおよその欧州史を描いた。北米でもヒットした番組。日本放映されたのであれば、血沸き肉踊る16世紀を感じられたのではないか。

2.スイスで話されるドイツ語を聞き取るのは(私見であるが)非常に難しい。同じドイツ語と思えない、なんだか巻き舌めき、てんで分からない。例えばハンブルグ市で使われる言葉に慣れた人なら、方言スイスドイツ言葉は東北ズーズー弁のように聞こえるだろう。両者は互いに聞き耳を立てないと会話できない。ジュネーブ近くに住む親しい夫婦が時々きて、私に分からないのでわざわざ英語になって申し訳ない。フランス語方言ワロニア弁はパリ人に分かると思うけれども...

3.イタリア1ですら世界で170~180位あたりらしい。恐るべき大富豪があまたいるんだ。
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Nature 雑草 フローラ/ファウナ

なかば の きさらぎ 二月十五日

雪が残る森をサクサクと午後の三時間のんびりと歩いた。その間をつなぐ住宅街に沿うアスファルト道で↓の光景に出合う。日本出自の桐の若い木だ。桐について藤原定子(フジワラテイシ/サダコ)に仕えた清少納言が記しているのではないか。あるいは歌を詠んでいるかもしれない。しかし微かにそんな気がするだけで、全く定かでない。

蘭2代目国王ウィレム2世は嫁選びにやや苦労し、ようやく1816年ロマノフ家パーヴェル1世の7子/5女アナ(Anna Paulowna 1840-1849)を迎えた。Paulownia tomentosaは桐の学名で、アナに因んでフィリップス・フォン・ジーボルトが命名したと思われる。tomentosaは部位のどこかが`毛に覆われている`に用いられる。桐は既にジーボルトの前任者によって欧州植物好きに知られていたが、蘭国・東インド組合会社帆船の船荷にしたのはジーボルトだろう。
     Feburari 15 C
如月なかばに桐はどっさり果実を付けている。千年前の京都も同じ景色を見られたのだろうか。

マンネンタケ属の台座キノコの一つ。学名 Ganoderma applatamu 30~40㎝巾。日本列島に在るかどうか不明。上下面いずれも白いが、上面はたいてい苔/地衣類に覆われる。また上の仲間から落ちてくる胞子によって薄茶色になる。昨年からずっとこんもり雪帽子。
      Feburari 15 B
桐の果実一個中に2~3千の種子が入っているそうだ。中央上部の明るい黄土色の塊は花芽(♀)と思われる。五月にドォーッと紫花を出す。蕾を付けるこの枝はどっさり果実の枝とはっきりと違う新枝である。

Bachは小川の独語彙。Brookは小川の英語彙。いずれもそれぞれ土地で軒並みな苗字である。蘭独境いの地域にバッハさんは珍しくない。ちなみに末っ子共暮らしガールフレンドの両親はライン川に注ぐ小川沿いに住み、数あるバッハ家の一つ。
     Feburari 15 A
毛の膨らみが昨年15日より幾分小さいだろうか。1月も2月半ばの今日までも冷たく寒かったのだが、セイヨウブナ冬芽の内部では、春に向かって準備が進んでいる。柔らかな毛の内側に葉芽と花芽が収まっている。ブナ冬芽のすべてが混芽かどうか?確認したことが無い。↓は3~4月の葉だしと芽出しの様子。
      Fagus sylvatca Cor 01

寒さがぶり返し、温暖化の近年にあり、2012~13年の冬は30年前のような稀な冬らしい情緒を感じる。昨日、東京の従姉からメイルが届いた;
日本列島こちらも寒いわよ! 互いにご同慶の至り也。

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Oh every day 日々そうそう

カーニヴァル (続編)

月曜日二月十一日。カーニヴァルの実況中継にぶつかった。この分だと、あちこちドイツ地方テレビ局でやっているに違いない。↓の山車(ダシ)を見かけた。今日から`元`が付く大臣だったシュアバーンの地元、デュッセルドルフのプレゼンテーションだから、続編として加えたい。先週水曜にここの大学発表があり、その連邦ニューストピックを数日で社会風刺として取り上げている。時事性に富み、驚きべき素早さ。恐らく3日間で完成させたのだろう。

風刺としての素材解釈と具体的像への意匠化(デザイン)が肝心。そして制作作業にかかる、1.構造フレーム溶接、2.張り子作業、3.着色とざっとそんな具合に運び、土曜日には台車に乗せたと思われる。カーニヴァル・プロフェッショナルに敬意を表する。

参加山車チームの審査があり、優秀順に表彰されるそうだ。主題選択と造形具体化(出来栄え)出演チームの演奏や踊りなどのプレゼンテーションなど総合性が評価されるのだろう。各カーニヴァルチームの誇りを掛けて争う。

      DSC_0060.jpg
Plagiatの後が読めないが、Schavanは明らか。メガネと白髪とで一目でシュァバーン女史と分る。背に砲弾をぶっ放す、と言うのは彼女にとって思いもしなかった闇討ち的`資格剥奪`を暗示させているのかも知れない。でっかい青い筒の横っ腹に`辞と任`の文字。筒にまたがるのは大学博士審査委員(会)。イヤー、出来栄えに私は喝采するのだ。

白い雪が緑の芝をかくす土曜日9日の午前。ある小学校から出発するカーニヴァル行列。遠くてはっきりしないのだが、小学生たちの仮装と山車に続き、沢山の親たちが参加している。
      130210 Carnival cor 8
ピエロ意匠のチーム。母親と共に自転車をこぐ幼稚園児。5㎞ほどの村メイン通りをずっと漕ぎ通したと言う。

ケルンのカーニヴァル。太鼓楽器と笛のチームのようだ。洒落た緑の意匠の、鼓笛隊と呼ぶのだろう。
      130210 Carnival cor 5
この多乳の雌豚は、ベルリン政権への風刺と思われる。表情をこの角度で伺えないが、宰相メルケルそっくりに出来ている。多乳を飲むのは閣僚たち?又は債務危機でEU/独資金援助を要する駄目諸国を暗喩する。ピンク色はゲイ≒同性結婚論争と絡むかも…。立案され議会了承されるのはドイツはまだ時間がかかりそうだ。

いずれも↓ライン河川沿いの阿蘭陀都市の日曜日テレビ実況場面。リオやヴェネティアの華やかさと異なる。むしろ風刺や知性的と言う意味で、南欧やサンバの踊り一つのリオより面白い面がある。
      130210 Carnival cor 7
リオ・デ・ジャネイロのカーニヴァルは高名な四国・阿波踊りと並ぶ夏のダンスイヴェントに思える。寒くブルット震える冬祭りは別カテゴリーとして考えるべきかもしれない。

[余談]
今日、ベネディクテュス16世(85才)が来たる2月28日に引退するニュースが伝わる。ヴァティカン史上、考えられぬ出来事だと言う。生存中の引退は600年ぶりの二人目に当たるからだ。彼の本名はヨーセフ・ラートジンガー、100人のチッポケな村から出て、数十億信者の頂点に登りつめた人物。2005年にローマ教皇に選ばれた。欧州キリスト神学の専門家中の専門家。無論ローマ言葉(ラテン語)をこなす。ギムナジューム後に神父になるべく神学と哲学を収めた。
`元教育相シュアバーンの模範たる同胞人になる。カトリック信奉者・彼らはカーニヴァルと共に育った。だが、カーニヴァルは最早カトリックと無関係と言って良い。ラートジンガー引退は高齢による体の不自由と、言うまでもなく8年在位中に次から次に発生したスキャンダルに原因する。歴史上、宗教組織は男世界ゆえにPedophile/Sodomy(小児性愛/男色)から逃れられなかった。比率は不明だが、相当数のカトリック聖職者が少年少女を悪用した事実が報告されている。全世界で告発(それに伴う告白も)が続き、莫大な賠償金を被害者に支払いつつある。ベルギー大司教からアイルランドやアメリカ等あらゆる国の教会人が関与している。
Paolo Gabriele (46) はラートジンガーの筆頭秘書と言うか執事職にあった。彼は教皇のプライヴェイトデスクから重要書類を盗み、ヴァティカン資金を流用して逮捕された。この事件から、神聖なるヴァティカン内部のドロドロ不祥事が明るみに出る。ペドファイルと並び、ヴァティカン銀行絡みの聖職者の腐敗だ。過去これらは内部で`臭いものに蓋を`され、また上位組織によって隠されてきた。聖職者の性行為がメディアを賑わし初め、教皇は公の場で謝罪しなければならなかった。しかし具体的改革は始まらなかった。これゆえにラートジンガーの保守性を断罪する人/組織は多い。
旧教大本山の裏面は`真面目な`性と無尽蔵な資金との一大巣窟と言うこと。セックス+マネーに腐敗。これにラートジンガーは耐えきれなくなったと理解できよう。おばさんアンネッテの盗作はその旧教本質の目に見えないような細部に過ぎないのではないだろうか。おのずから行った盗作行為を百回説教するうちに正義と信じてしまうような現象かもしれない。彼らはただの人である。カトリックなど糞くらえだ!と例えばアイルランドの人々が叫んでいる。サモアラン。 参照;ウィーン少年合唱団、ベルギーのカーディナル等
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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