ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Oh every day 日々そうそう

How to make Croissant

>Wakka 01

Croissant met straal Klein

Croissant met gele straal Klein

↑クロワッサンらしく見えるイエロー・アップル・クロワッサン。素早く煮てオーブンで乾燥させた細長いリンゴ片を繰るんだもの。
↓変わりカニ型クロワッサン(後述)、緑は様々な草を混ぜこんだ生地のため。

kani Clrb form 01

1日目にフランスパンを買った。Baguetteと綴る棒型のパン。パリ・ノールの裏側は汚い駅裏街で、パン屋も小さな汚い印象だった。しばしば汚いからこそ、美味い店がある。その通りの朝早くバゲットを小脇に挟んだり手にもつ人々を見かけるのは、そう言うわけである。(補註1)

2日目にコワサンを買う。パリの上さん連中が早口(に聞こえる)にコワサン、コワサンと言う。ようく耳を澄ますと、クロワッサンに聞こえてくるような気がする。H音が無声に成るようなフランス語はてっきり分らず、それそれと指でさして求めた。朝早い客はたいていバゲットだから、指でささねばならなかった。[補註2]

左は一見、草餅に見える。草はヨモギで、ヨモギを餅に混ぜてついた餅のこと。そんな草餅ふうなクロワッサンをまだ見たことがない。世界はひろいから、もっとケッタイ奇怪な試みがあるだろう…? 
Croissant Dandelion green 021-klein
この色味は右のセイヨウタンポポ葉っぱの葉緑素。葉の量によってパン生地の色濃度が違ってくるのはお察しの通り。それに比例して味の強みも異なる。タンポポの場合は特有な苦みを生かす比率を探すこと、そして食味する人(自分や客や進呈する知人…)の好みで自在に応用しよう。


How to ものは苦労しないお手軽伝授本を指す。本題のハウ・ト・メイク・クロアッサンはわたし自身への問いかけで、ああでもないこうでもないと言う試行錯誤の報告。パン焼きも、例えば同じ焼き物`お好み焼き`も幾つかのファクターに左右される。本物の信楽や唐津が窯の温度に左右されるようにダ。窯の真ん中に置かれた大土瓶と端に置かれたオチョコとでは焼き上がりが違う。

Croissant Dandelion green 124 klein


お好み焼の場合の一番の違いファクターはプロの広く厚い鉄板と小さな家庭用鉄板。もしも料理屋の座敷にしつらえられた鉄板ならば、ちゃぶ台に置かれるコード付きお好み焼きプレートとの落差は大きい。パン焼きの肝心はオーブンである。深く大きい数段の棚を持ち、1000度前後まで温度調節できるプロ仕様と家庭用オーブンとの違い。この差は致命的で、クロワッサンに関してだけだが、標準家庭オーブンでプロ・ベーカリーのクロワッサンを焼き上げられない。

バターを包み込む方法は大まかに2つ、二つ折りと風呂敷包み。慣れればどちらでも良いけれど、この頃のロール器による簡易化のせいか、平らな生地に置く左が増えている気がする。
Croissant Dandelion green 122-klein
手こね手作りの本物パン屋は家庭用に紹介する場合は風呂敷包みを見せるようだ。器械作りになっているが、宣伝は`昔のまま`でなければならない。風呂敷のコツは4角に開きのばした真ん中を小高く残しておくこと。なぜなら薄く伸ばしたバター(やり方は後述)を包む4片が重なる厚みに揃えるためである。


ヨーロッパ的ヴァリエーションと言えるクロワッサン変化(ヘンゲ)がある。チョコレート/ハム/乾燥果物/チーズなどを巻き込んだもの。形は三日月形と四角の2つ。後者はいわゆるクロワッサンイメージが無いため、国/地方によって`サイコロチャン`みたいな別名もある。[補註2]

Croissant語義に`ぐんぐん育つ`があるらしく、このパンを食べよと言う名前かと思う。これはトルコ国旗にある三日月と絡んでいる。オスマントルコがウィーンに迫る戦役があり、そのトルコ軍旗にあしらわれている三日月は地球の影によって出来る。月が地球の影から出てゆく時、三日月は徐々に``大きく成長する``。逆に地球の影に入る時、太陽の反射を受けた月面部分は痩せ細っていく。これが1.三日月、2、成長すると言う意味をクロワッサンに与えているらしい。

脂肪層と生地と交互に重なる甘いパンの形状は確かに三日月に似ていないこともない。特に左右を内側にまげ、全体として円弧状にすると、そう見える。三日月は人類の普遍的な天文界の形であるから、オスマン・トルコに独占してもらう必要はないのだが…。「三日月軍旗がハブスブルクのお妃に迫っている」と聞いた宮廷パン職人誰かがが、おきさきのために台所で苦心して成形中のパンを記念に「三日月」と呼んだとか…。当時、時間のかかる飛び切り豪華なパンであったようだから。

数世紀と言えど伝統は伝統だ。5㎜厚に伸ばした生地を2等辺3角形に切り分ける。1枚を底辺から巻き上げてゆく過程を考えた職人は偉大である。バターと生地を重ねる方法を確立した人はもっと偉い。何かの失敗や弾みで、フムこれは面白く且つ美味いと言うパン焼き方を見つけたのではないか。恐らく一人の天才発想で無く、パン焼く人々の日常から生み出された工夫と思われる。

アモラシア・ルスティカナと片仮名読みできる名前が左の植物。4月から5月初めにかけて咲く。ホース・ラディッシュと英語で言うらしい。普通のラディッシュは小さな赤い丸い株状大根と思っていたので、馬大根とは何ぞやと疑った。この根をすりおろした瓶入りがドイツの食品屋に必ずある。何と美味い。のちに西洋山葵(ワサビ)と聞いて納得。ワサビのように一瞬、鼻にきて頭を突き抜けない。マロ味ある芥子で、ドイツ人の好物のようだ。
Mierikwotel deeg 031 klein

出たての葉っぱや花芽を摘み、熱湯をかけ、バター炒め。左党に結構いける。少量を破戒機と言うか、ジューサ/ブレンダ―で木端微塵にして、クロワッサン生地と共にこねる。ややグリーン・ジューシーっぽい軽いツーンとする味覚のアモラシア・ルスティカナ・クロワッサンが出来る。


私のパテントはカニのでかいハサミに生地を生成すること。三日月より遙か向うの一つの天体を蟹星雲と言う。同じ天文界だから、皆さんが知っている。超新星の残骸で、カニを彷彿させる姿をしている。英綴でCrab Nebula。スケールが大きく、想像が広がり、そして楽しい。

Prepare butter 01
unsalted butter 200g. 破れない程度のビニール袋に挟み、スリコギ/伸ばし棒で太鼓をたたくように平たくする。バターが柔らかくなると、棒を軽く左右上下に転がせ、必要寸法の四角形にしてゆく。充分な余裕あるビニール袋なら簡単に広がり、ビニールがやぶれることもない。右の状態になると余分ビニールを畳込み、冷蔵庫に保管。数十分後に固くなると、ビニールが離れやすく、生地上に乗せられる。
Croissant Dandelion green 123 発酵 klein

成形したての状態から2倍程度に発酵/膨らんだ生地。発酵時間は室温による。冬は数時間、夏は1時間程度だろうか。私は大きなビニール袋に入れ、セントラル・ヒーティング吹き出し口に乗せる。調節ダイヤルをややあげると、室温を挙げるべき温風が吹出口からビニール袋に入り、30分ほどで生地は2倍以上になる。強制的だから良くない筈だ。ビニール袋を取り去り、膨らんだ生地に少量ミルクを加えた溶卵を刷毛で全体に塗る。これを150度くらいのオーブンに入れ、5分後200にあげる。15分ほどで焼きあがる。 しかしながら家庭ごとにオーブン仕様が異なる。温度上昇時間も実際の正確な温度も極めて不正確である。経験を重ね、それぞれ異なるパン生地に応用すること。


1982年から大よそ1年半、自家製パンを焼いた。作業正味時間1時間ほどを要するパン焼き。朝に出て夕に帰る勤めから自宅業になったから可能になった。30分こね寝かせ(一次発酵)、再び15分こねる。2度目の発酵は数時間以上を置く。言い換えれば適度に膨らむまで放っておくのだ。気長に待つ辛抱心が鍛られる。一種の精神修養になる。だが、焼いても焼いても、カチカチのパンになる。良く膨らむと軽い酢っぱみが出る。それが焼きあがると芳しい。そう言う美味なるパンが時々できた。すると仕合せで至高な気分に溢れる。

そのパンを蘭語でzuurdesemと言う。仏語;levain、英語; sourdough、西班牙語;madre。本場の独逸でSauerteigと呼ぶ。イースト(パン酵母)を用いない伝統パン。近代に改良され工場生産されるようになった`イーストの原初的なかたち。Whole wheat(全粒粉)一掴みを水と合わせこねる。小瓶にいれ布で覆う。一昼夜後にプーンと香る酸味に変わる。これをズュール・デーサム/ザウエル・タイクと言う。

その一掴みタイクを500gなりの全粒粉と共に力強く(必死で)こねる。陶器焼きとパン焼きの師匠は同一人であって良い。こねる専門家であらねばならない。焼き温度をモノに合わせ微妙なコツを体得しなければならない。こねる焼くと言うのは芸術的な営為である。最大発酵性を有し場所を選ばぬ現代イーストと比較すると、Sauerteigは数倍に膨らむまで悠々たる時間を要する。台所/作業環境がこの物質(バクテリア)で満たされる時間を要すると言う意味を含む。イースト環境の作業場と並立しない。初めてまもなく、カチカチパンが続くのは左様な理由である。毎日こねた生地から明日のために少量を小瓶に採る。ザウエルタイクの基本、継続する生活リズムを感じる。

重く引き締まった酸っぱいパンはドイツの数あるパン種中の定番。キリスト遙か以前から存在するパンの原型…栄養学的に最も価値あると言われる。ドイツ地方によって老舗ブランド名がある。幾つかの一般名もあるようだ。Roggenbrotと綴るライムギパンも定番一つで、ロッゲンと組み合わせるデーサム・ブロートが存在する。「これってパンなの~」と日本からの知人が目をパチクリ。

Noppera-bou 01

日本は戦後US小麦はけ口市場として機能した。それ故にUS典型しろい食パン国だった。食パンが`パン`だったのだ。白い四角な食パンは、加えてかなりの砂糖を含んでいると思われる。この柔らかく甘い食パンは同時にサンドイッチのパンで、これが日本人のパン観を形成したと考えられる。

ザウエル・タイク/シュール・デーサムは左様な日本人パン観からすると、なかなか食べ辛いだろう。力仕事する田舎ドイツ人は重い堅い酸っぱい自然パンを核にして、様々なパンを開発してきたようだ。パンのヴァラエティーと豊富な味覚に於けるトップ民族はドイツ人だと私は思う。ザイエル・タイクを基礎にしているのだから…。ミュージカル映画サウンド・オブ・ミュージックを決して上映しなかった西ドイツ(現在もTV放映されることはまず無い)だが、数あるメロディーの一つに、German breadが詠われる。これは小さな拳状のパンで、Brotchenと綴る。ブローチェンはモダンなドイツを象徴する朝食パンだと思う。この数十年知られるようになった。右の映画のお蔭も少しあるかもしれない。

``原初的``酸っぱいパンを最左翼とするなら、最右翼にあるのはクロワッサンかもしれない。言うまでもなく小豆練りアンを包み込む日本創作アンパン文化を除外する[補註4]。クロワッサンはイースト酵母による発酵力に頼り、バターをどっさり用いる。砂糖も入っている。徹底的に軽やか柔らかだ。噛む必要のない、あって無いようなパンだ。ハイ・ティーなど紅茶と組み合わせるオヤツ/ランチに供されるパンのたぐい。ホテルのbreakfastの際、クロワッサンをオレンジジュースと共に初めに食べる。その後に腹に入るパンを食べる。言わば前奏の飾りパンである。

何故、クロワッサン焼きを私が今つづけているのか。理由は1.柔らかで、噛む必要が無い。2と3は無く、最後に腹が出っ張らないだろうと言う太り防止だろうか。柔らかく甘い小さなパンは色々とある。それらは作るのも簡単。甘いがサクサクする食味感はクロワッサンで、作るのはやや複雑で時間がかかる。作り甲斐が在る。

市販と言うか、スーパーマーケット自家製も本物パン屋の中身の濃いのも悪くない。プロの作りで時々食べると美味い。だが毎日は飽きる。草餅風はない。変わりクロワッサンもたかがが知れている。柔らかく噛まずに、毎日様々を味わう試みはこうして始まったのだ。何故、噛みたくないか? 上と下の歯群を4年がかりで生成中、まだ完了していない為である。嗚呼!

【補注】
1.パンの思い出は小学校1年生の時の鮮明さが一番。二番目がこの時。字(アザナ)をアンナと言うウクライナ女との出会いの前後である。一番めは60年ほど前のコッペパン。家族4人の朝食。25センチ長、上に4本ほど斜め溝が入り両端が丸く収まっているパン。近くにパン工場があり、もちろん売店もあった。私は毎朝そこへコッペパンを買いに走った。柔らかくて、しかも焼きたての芳しさが感じられた。

2.20世紀後半まで地方は言うに及ばず、小さな町でもちょっとした都市でも英語はからっきし通じなかった。ハリウッド娯楽映画が仏蘭西映画を圧倒、栄光ある文化が滅亡すると英語による映画上映禁止法案が議会に上程された国である。向かいの島国と世界を分割し、北米大陸も独占植民する勢いを誇った国。`敵性`言語をなぜ話さねばならぬ、と言う信念が漂う。天下のパリで英語を使うような人士は見下げられるべき連中である。しこうしてパン屋も例にもれず、フランス言語以外は通じなかったのである。

21世紀のフランス大都会人種や学生は英語を理解する。とは言え、アクセントのきつい極めて不思議な外国語と言う感じ。普通の町やのどかな田舎だと、英語だと分ってもらえるが、私は使わない存じませぬ関係ありませんと言う感じになる。ほぼ日本事情に似ている。フランスも日本も大国だからである。国営サテライト局`フランス24`を観ると、フランス人は流暢な英語を話すようになったと誤解する。NHKworldと同じ国策宣伝局だから、彼らだけが流暢に話すに過ぎない。

3.フランス・欧州の本場を除くクロワッサンの展開は不明。例えば日本の初期クロワッサンの横浜や神戸のベーカりー商品。万が一、和風独特クロワッサンが開花している可能性は大きい。長い和菓子の`包み文化`は17世紀以降にネタがあるとされるクロワッサンなんぞに比較に出来ないとおもわれるから…。

4.アンパンにカレーパン。これらは日本独特である。インターナショナルに決してならない、ユニークな代物。ザウエル・タイクと縁もゆかりもないから産まれたのだ。アンパンはむしろ和菓子に、カレーパンは`カレーライス`に属する。こうした`包み込み`は日本文化の核である。従ってクロワッサンを含むパンの風景に描くべきでないだろう。

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ウクライナの女たち  [セロ弾き;後篇] 

ウクライナはドイツの血に支配されてきたの、知ってる? 
エカチェリーナと言う 専制女王はドイツの女。それからロシアに君臨したロマノフ家はドイツ出向みたいなもの。革命がおこり共産主義になっても、故国ウクライナは相変わらず露西亜の言うまま気儘。その共産主義にいじめられた父と母は1941年ドイツ本国がロシア征伐を始めた時、はじめ悪くないと思ったの。


こんな朗々たる話を半ば夢見るように聞いていた。前後の繋がりがサッパリ分らない。主題はウクライナ。私の前にウクライナの女が微笑していた。

夜汽車はDBだった。当時のDeutsche Bundesbahn(西ドイツ連邦国有鉄道)が走らせる重厚な作りの車両だった。1等車キャビンの3人が向かい合う独立単座のズレ機構が面白かった。背と坐を平らにして左右合わせると、何とか寝られるベッドになる代物だった。最近はさすがに見ない。ローカル線に残っているかも知れない。[補註1]

キャビン連れ合いになった彼女はセロ弾きだった。チェロで無く、セロと聞いて耳新しかった。大きなヴァイオリンで、床に小脚を立てて演奏する楽器。それを持ち 歩いて仏独の仕事場を回る女音楽師。週や月単位仕事で店々(と聞いたように思う。音楽会と聞かなかった)を移動するらしく、そんな職業が存在し、しかも女一人…。音楽学校はキエフで、やや西の町から通ったそうだ。ウクライナの音楽師に初めて会い、やや西と聞いても土地勘も何もない私には想像を超える。

下画像;右手を高く上げて胸をあらわにする女たちの姿が雄々しい。中央は多分インナ・シェフチェンコだろう。ブロンド染めかどうか知る由もない(今のブロンド女性の大部分はファッション・カラーリング)。目的を持ち強い意志を通す女性がそんな`余暇`をもつとは思い難い… インナは1978年夜汽車の音楽師のイメージに重なる。細部表情を覚えている筈もなく、漠然たる印象に過ぎない。束の間の旅の連れ合いは明るい金髪だった。名前はアンナだったような気がする…。
Femen 05
          ローマ・ヴァティカンへの抗議のようで、尼僧の被り物。

1941年6月、戦後一貫するロシアの自国史によると`大祖国戦争`が勃発(補註2)。ロシア語の英訳はGreat Patriotic Warとなる。ナポレオンのロシア遠征に対する19世紀初頭の勝利と重ねた呼称。ただし航空/戦車の技術総力戦と動員数さらに戦闘期間ゆえに`大`を付けている。Patrioticに相当する日本語彙は祖国の他に愛国や母国だ。個人的に大`故郷`戦争はどうだろうか…と考える。なぜならロシア文学が詠うあるいは物語る`故郷`は万人に訴える詩情に溢れているからである。

つい先日、その戦争勝利記念がモスクワ赤の広場であった。今や蘇りつつあるロシア先端軍事力のデモンストレーションがサテライト24時間ニュース局初め各国トップニュースで紹介されご覧になった方も多い筈。シリア紛争において、ロシアと`西側列強`US/EUとは真っ向から対立するさ中で、この見せよがしの軍事行進は多少`意味深`である(補註3)。

サテライトニュースによると数百万(あるいは一千万以上?)ロシア人犠牲者が出ている。無限に近い同胞の血によって得た勝利ゆえ、これを凌ぐロシア戦争記念はないそうだ。当時十代の兵士だった戦役ヴェテランが勲章だらけの軍服を着て参加している(補註4)。

西側通史だと、1941年6月22日はアドルフ・ヒトラーのバルバロッサ作戦の開始日である。ドイツの裏庭に当たる東欧は、ドイツ民族の繁栄のための生存圏`Lebensraum`である。レーベンスラウムは本来生物の棲息環境用語である。バイエルンから頭角を現し、全国警察権を握ったハインリッヒ・ヒムラーは農業学校出身、しばしば生物学の概念を引用している。動物が生き延びる生活圏を全ての民族の頭に立つべきドイツ民族にあてはめる屁理屈。生存圏を確保する正当性はドイツ民族にのみあり…、スラブ人種や経済を牛耳り世界恐慌を誘発するユダヤ人の生存圏は認められない…。従ってこの作戦の動機と目的は、そこに巣食う共産主義者と、不法人種(ユダヤ人など)を排除すること。(補註5)

この戦争は別名(2次大戦の)`東部戦線`と言われる。既に1938年アンシュルス(オーストリア併合)、チェコ・ヅデーデン地域の制圧とドイツ人の移住、翌年ポーランド侵攻、蘭仏政権はUKに亡 命。UKだけが前大戦の西部戦線に於る膠着の如しドイツ攻勢に持ちこたえていた。チャーチルにとって東部戦線の誕生は喜ぶべき進展だった。その分、USを引っ張り出す時間を稼げる。

ドイツ軍団はかつてないスピードでレニングラードに接近、通り道ウクライナにも後方部隊(敵性人殺戮の特殊班)による地獄図がうまれた。スラブ人種であるウクライナ人がユダヤ人狩りを手伝わされたのである。ロシアやっつけの独逸を歓迎する気持ちだったアンナ両親はウクライナの何十万殺戮の惨禍を経験しなければならなかった。

Barbarossa collage

主力軍団通過後の大量殺戮の話をアンナは両親から散々聞いたと言う。だが彼女自身が経験しているのは、日ごろのソ連邦によるウクライナ支配と秘密機関による日常の取り締まりだった。一方、第三帝国ドイツは敗れ、戦犯裁判は遠くに去り、西ドイツはひたすら目覚ましい復興を成しつつある。

「きっと親の気質を引き継いでいるのね」彼女の両親は他民族圧政に対し、強かな姿勢を持っていたのだろう。アンナはキエフ在学中にウクライナ独立グループに入った。地下活動グループでしかるべき西側組織と連絡がある。資金や情報など多くの案件があり、西側とのコンタクトを欠かせない。アンナの音楽の才能が役に立つ。

10年余した1991年8月、地下グループの夢が現実に成った。ウクライナはソ連から独立する。数世紀を掛けた長い長い独立だった。同時にアンナの正夢だ。それから右往左往の混乱期10年以上が続いた。民主化の波、2004年のオレンジ革命が起った。あの広場のどこかに、彼女はいたに違いない。さらに再び10年が過ぎる。今年、セロ弾きのウクライナの女、アンナは古希に少し満たない。

[補註];
1.現在もイニシャル DBは変わらない。西独と東独の国有鉄道が統一され、1994年に民営化された。ドイッチェ・ブンデスバーンのブンデス(連邦)が消えて、只の Deutsche Bahn(ドイツ鉄道)となる。都市間急行も各駅もその車両は機能的インテリデザインで明るく軽快。東西ドイツ統合前の重厚だが野暮ったいイメージを一新した。JRと同 じように経営効率は上々のようだ。一方、各駅乗継で土日家族切符や、初めと終わり日時指定の長期間格安パスなど、顧客優先の優れたアイディア・サービスを 開発している。

2.ドイツ第3帝国軍は3軍編成だった。レニングラード攻略に向かう北方軍団と後尾を抑える南方軍団、そしてその間。ウク ライナは北方軍を側面支援する南方軍に蹂躙されたらしい。各軍団に様々な敵性人を抹殺する後方処理部隊が必ず付いていた。敵性人とは戦争反対知識人や犯罪人、又はスラブ人、とりわけ主なる人種はユダヤ人。
赤の広場は共産主義国家/冷戦時の呼称。現在名は何と言うのだろう?

3.バーレンツ海でかつてロシア原潜が沈没した。その際の救助体制と機器のお粗末があらためて、ソヴィエト連邦から続くロシア軍事技術の停滞を印象付けた。張り子の虎と言うお子様的な一面の事実がばれた事故だった。コソボ紛争時、ベオグラードからコソボまで一夜に南下した露西亜戦車隊の旧式ぶりも目立った。しかし、ロシアは先週の行事によって、技術も金もない晩期の共産時代から急速に立ち上がりつつある軍事力を披露した分けだ。

4.自国を守る愛国のこうした行事は全ての国で行われる。共産体制である北鮮/支那からUK/USまで、時に戦没者慰霊行事として、時に勇ましさを鼓舞する晴れの行事として。参照→2011年11月15日「人形の家が行う儀式の形」。蛇足ながら、軍隊行進の`来賓席`にいならぶ70年前の若き兵士だったヴェテランが数十の輝く勲章を授与されたとは思えない。当時の将校はずっと年上で、殆どは物故者であろう。つまりこうした行事の`正装`があり、ふっと貸衣装を考えてしまう。あるいは後のアフガニスタン紛争などのヴェテランなら、十分に本物の軍装であり得るが…。ロシアに限らず、晴れの軍隊行事の衣装ビジネスは一般経済現象に属する。

5.神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ(Friedrich)1世は日本だと平安時代後期の人物。1155年に``当時のフランスとドイツ``王載冠を受けた。まだ豪族が跋扈する地方勢力の時代ながら、イタリア現在のミラノなどロンヴァルディ域戦役で武名を挙げたようだ。赤い髭からイタリア語Barbarossaの字名は、恐怖と尊敬を同時に意味したと思われる。Rotbartの代りにイタリア語を作戦名に冠したのは、フリードリッヒがドイツ人として始めて名誉の`聖なる`称号をローマ法王からもらったからと想像する。ヒトラーにとって`聖なる`作戦だった。バルバロッサ作戦前後までなら、赤ひげならぬ黒チョボ髭のオーストリア人にとって連合国側と妥協し講和締結する機会はあったと思われる。機会は失われたのではなく、取巻き部下たちと組織がフル回転してナチズムの狂気に突っ走っていた。赤ひげ作戦の発動が地獄の始まりだったと言えよう。
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ウクライナの女たち  [フェーメン :前篇]

知る人ぞ知る。まずご覧くだされ。

2008年創立、2年の間に世に知られ、運動体としてのロゴを企画。キエフが発表会場で、そろそろ暖かい2010年の4月11日だった。アッピールの基本はブレストをあらわにすること。左右にウクライナ国旗の黄と青を配し、黒い線で縁取り、同じ黒の垂直線を中央に引いたデザイン。真ん中の女の子が焦点で、自然体の表情を組織ロゴとしてグラフィック化すると、こうなると言う見本。造形は素直な若い発想からで、満点をあげたい。

Femen 01


目の行き場が無くて困っているのはローマカトリック管轄区メッフェレン-ブリュッセルのビショップであるアンドレー・レオナルド。昨日の記者会見は、同性愛結婚に関するベルギー旧教組織の公式見解の発表である。

``同性結婚ならぬ``が総本山ローマの原則だから、その`支店`ベルギーも同じ。ただローカルな事情に即した具体的な発表である。ベルギー連邦政府は既にオランダに続き、同性結婚を合法化している。私的機関である`ローマカトリック組織`は同性婚を認めず、したがってその儀式受付もありえない、と言った内容。

先日フランス議会が同性婚法を採択した。大反対のデモが続く中で、たまたま過半数を制する社会党が強引に可決したと言う印象を受ける。もしもサルコジー右派が選挙に勝っていたならば、通らなかった法律である。60年代、西ドイツはホモを監獄にぶち込んだ。その独逸をして今や同性婚法を認めようと言う時代になっている。風潮、と言うか、同性で同棲すると言う性現象が科学的根拠に裏付けられたと理解すべきだろうか。

蘭白に続き北欧もOK、欧州大国のフランス・ドイツ・イギリス議会もおおむね、OKに傾く。もちろん国を割っての大揺れなのだが、過半数を得れば法案が通過する。これを民主主義の`不可思議`と言う人がいる。

ホモ賛成デモ。先月から議会で熱い賛否のディベイトが続いていた。
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フランス国民半分が、男と女の夫婦と子供たちと言う健やかな家族イメージを抱いている。当たり前でしょう、もちろん!と言うのがイスラムや仏教社会の常識中の常識と思われる。キリスト教の東方正教会の国々も同じ古式ゆかしい家族像だ。ローマ旧教の信奉者にとっても、同性結婚は世界の終末を意味する。ありえないことなのだ。にもかかわらず、伝統の議会に於いて堂々とゲイ・カップル審議が繰り広げられる。


ウクライナ、見知らぬ情緒にあふれ、私には美しく響く言葉だ。10年一昔、オレンジ革命が懐かしい。ソヴィエト圏のタガを外し、西側EUよりのユシチェンコ政権が成立した頃。旧東欧圏の幾つかが既にEU加盟を果たし、自由化息吹がウクライナに鼓動していた。 

だいだい色の旗や花、コステュームが新しいウクライナを象徴した。由来は何か、私は知らない(補註1)。ウクライナ伝統と関係があるかも知れない。赤軍やもっと昔のロシア帝国に刃向かった独立心…。4月復活祭に手書きされる卵の彩色のゆかしさを見られよ。ほのぼのと暖かい。微細なトラディッショナル・エッグである。ウクライナの女たちが描く。


Ukrainian Easter eggs


1978年冬、夜汽車に私は乗っていた。どこから乗ったのか覚えていない。夜に乗ると、途中の通過駅で留まったりしながら、朝方に目的地に付く夜行列車である。始発は、マドリッドかパリだったか? 終着駅はストックホルムだった(補註2)。

各キャビンは人が時折いる程度、のんびりと言うか、むしろ閑散としている。週末で無い普通日の夜汽車はこんなものだと車掌。途中連れ合いが入ってきた。大きな楽器を抱えた若い女が、窓側左右二つ座を伸ばし一つにして`夕食`を広げていた私を見てニッコリした。安心したような風情だった。

当時スモーキングは普通人の営為だった。国を変えるたびに私はデューティー・フリーの煙草を仕入れ喫っていた。その時、薄い正方形の赤い箱を置いていて、アラッと彼女が所望した。ヘビースモーカーで普段はゴロワーズ、でもフィルター付きよと再び微笑した。薄青いパッケージのタバコでひどく咳き込ませるような強い香りのフランスのタバコで、私には不向きだった。

薄明のハンブルクで彼女が下車するまで随分話を聞いた。同じ年頃で、いかなる組織とも関わりない罪の無い日本人に胸のつかえを解放すように彼女は話した。`夕食`とタバコでくつろげた所為もある。普段くつろげない人だったようだ。機会あれば連絡するようにと名刺をもらった。本名で無い筈。幾つかの仕事先の名と番号があった。


マルフォ・フラウティール。白耳義フェーメン活動家。だが胸をあらわにするグループに属さない。勇敢な若い女の子たちがメディア関心を呼ぶ`戦術`部隊だが、`兵站`を担当する背後の力を欠かせない。広報担当も`参謀`も揃える組織に育っている。資金源が不明だが、グリーンピース発展過程になぞえられるような気がする(補註3)。活動拠点を数ヶ国に拡大、数百名の実践活動家がいるそうだ。
マルフォいわく;レオナルド司教はホモに対する虐待者。ベルギー・カトリック組織はホモを人間的平等に扱うべきだ。教会による性悪用実態(小児ホモが多数)が各国議会委員会などで明らかになり、賠償手続きが進む昨今、同性婚を許さぬカトリック原則は辛辣な皮肉と言わねばならない。
Femen 02
ウクライナ本部の活動家;英語化の綴りから、インナ・シェフチェンコ。shenkoはウクライナ姓名の接辞語のようだ。後述のYulia Tymoshenkoは同形式の苗字で、話題の人物。政治的に彼女たちは繋がり、ティモチェンコ側からの資金提供もあり得るだろう。下画像の中央はインナと思われる。前線部隊の2013年中心的女性だろう。

Femen 04

このデザインは人の顔にもなっている。剽軽な表情を漂わせ、キリスト的エーメン/アーメンのようにフェーメンと詠う点がミソである。ふくよかと言えない`乳房`二つはメガネに当たり、何気なく傾いでいる。洒落と言うか、当世女の余裕…

Femenは国際語彙Feminismをもじった造語。上述したようにAmenと掛けている。エーメン・アーメンと仮名書きされ、心からの忠誠/納得/誓いを示す締めくくりの言葉、と言うか発声音である。神に対して「ハイ分りました/仰せに同意して従います」そんな感じの自身への了解である。語感`フェーメン`は素直にスーッと入り、人々に覚え易い。なかなかのネーミングである。

ウクライナの女たちが何時から男と並ぶ同価値の性として公に声を出したのか、知る由もない。近い例としてオレンジ革命の際、ユーシチェンコの隣に並び、`世界デヴュー`したユリア・ティモチェンコを知るだけだ。長い金髪を丁寧に編み込み、輪っかのように頭部を巻いたヘアースタイルの女性。ウクライナ伝統ヘアースタイルらしい(補註4)。

ウクライナの名を聞いていても、その文化/歴史を大陸支那や朝鮮半島のように知る日本の方は少ない。ウクライナ観を持とうにも、何も知らない私にもどうしようもなかった、少なくとも1978年の冬まで。


【補注】
1.ウクライナの前に薔薇革命がおこった。英名ジョージア、独名/ゲオルク、自国語サカルトヴェロKartvelebi (ქართველები)と言う国家、日本語名グルジアでこのカナ名は日本以外で通用しない。青年Saakasjvili(サーカシヴィル)が脱ロシア政策を取り、一時低迷したが、一貫した反ロシアが再び評価されているらしい。上さんをサンドラ・ルーロフと言い、オレンジ色の蘭国の人。ならばサンドラもじりでオレンジ革命はジョージアと考える人がいる。

2.当時ユーレルパスと言う欧州人以外を対象にする長期間パスがあった。有効期間は数ヵ月から半年ほどあったのでは。一等車版もあり、格安だった。JRも海外観光客プロモートに各1・2・4週期間のパスを発行している。しかし30年前の欧州版に比べると非常に高額である。夜汽車について;現在EU圏をカバーするこんなのんびり夜行列車はないかもしれない。インターシティーやTGVなど国際列車のスピードがあがり、合い間にのろまな夜汽車を走らせる芸当が彼らに出来るとは思われない…。

3.グリーンピースからの枝分かれSea Shepherdの過激に例える人がいる。シーシェパードはPaul Watsonによる環境保護団体に名を借りた商いに過ぎない。国ごとに、こうした団体の活動資金ランキングがある筈。ワタソンは巧みな広報宣伝によって潤沢な軍資金(寄付)を持つ。フェーメンが国際的NGOとして今後の成長株になるかどうか?女性の開放だけでない広範な政治性をブレストの魅力とどう絡めていくか…
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

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