ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Terrorism テロ

[中編:ハッセルト] 馴れ合い政治 リンブルフ王ステーファールト の浮沈


頓珍漢で不可解な国と言うのが、私に沢山ある。連邦国家のロシアとベルギーはその二つである。前者は80余の共和国とたくさんの言語を抱合するらしく、後者は3言語圏の3地方政府から成立する。前者の国民はありていに言って独裁的な強者を好み、民度は低い。この場合の民度と言うのは開かれた民主的社会と言うことで、後者の国民は主張すべきを主張し、言語圏を分かつほど民度は高い。

Steve Stevaert 01

ステフ・ステーファールト(Steve Stevaert 55才)がハッセルト市長になったのは1995年。165年続いた保守カトリックから、革新社会党市長だから歴史的出来事では…。市バス無料化を2年後に行い、一挙に国内外に名をとどろかせる。失われた財源を市民税を上げて補填したと言うのは余り語られなかったようだ。

ベルギーはホレカ(ホテル/レストラン/カフェ)教育に勝れて評判高い。伝統の寄宿制で学内にワイン園や薬草園を有しフランス語を主にして、業界に人材を輩出する。このハッセルト”ホテル学校”を出たのがSステーファールト。コックだけでなくホレカ・マネージメントを修めたのか? 卒業して18才でカフェを始める。次々にカフェを増やしハッセルトの言わばカフェ王として成功をはくす。

二十半ば・若造のような事業家だから、地方名士の集まり「ベルギーの大きなロッジ」であるラ・トレランスに属するのは自然だろう。ハッセルト社会党代表ウィリー・クラースは最も知名な会員だった。保守カトリック党であれ革新ソーシャル党であれ、地域の最も影響力ある政党または人脈につくのが、経営者/商人(アキンド)の臭覚と言うか本道であろう。

1982年、28才の彼はクラースの薫陶を受けハッセルト市議当選。週7日働く頑張りが果実を結び、トントンと階段を上りやがて市長、その次は全国に打って出ること。一方、社会党SPはイタリア軍用ヘリコプター企業オーガストの献金/賄賂で大揺れ。これが後NATO委員長だったクラースを辞任に追い込んだのだ。SPはイメージチェンジのために「これまでと違う」と言うalternativeを加えて再出発していた。新しい顔が必要だったと思われる。

市バスを只にして市民に喜ばれた政治家はただのカフェのボスだった。このイメージと新鮮なアイディアマンと言うのがフラームス地方選挙で大いに受けた。マスクも甘く人気を博す要因なのは疑いえない。彼は党を兆進させ、SPaを引っ張る四指の一人になる。ついこの間なった"炭鉱夫の息子”で首相になり好感で迎えられたルポ内閣の12閣僚の内2名はその時からこれまでの党友同僚である。左上:モニカ・ド・コーニンクと右上のヨハン・ファンデ・ラノット。

DE Rupo 1 Kabinet

彼の存在を人々に刻み付けたのは1998年の不法住宅をほんとにトラクターで破壊したこと。このニュース画面を視ていた私は目を疑い、何故?と理解できなかったのを覚えている。キャンピング場に常に住む豪邸を建てていけないのだった。そうした住宅が国中に建っている。彼は名ばかりのザル法を生きた機能する法律にしたのである。やがてフラームス地方政府の副首相、その後に連邦政府の副首相の要職を務める。社会党とキリスト教民主のベルギーに於ける良き時代だったのである。今は昔…

2005年フラームス社会党本部アントウェルペンからリンブルフ州知事公邸所在地ハッセルトに移った。党首から知事への転職理由は健康上だとされる。"カフェSPa"の回転もよく、出身州の王様に収まりノンビリしたかったのだろうか。今や大名士の知事ゆえに、電力会社や保険会社などあまたの社外監査重役(欧州企業の義務、実質は左団扇の高給職)を兼ねるようになる。

知事は国王から任命される。それゆえ州知事は政党を超えたニュートラルな立場になる。しかし新フラーム同盟党から、議会論争ついでに[ホテル学校出」と言う野次が聞こえると、激しく政治的に反応したらしい…。それは、SPa党首を知事に振り替えた後、身内の党友数名をフラームス政府と議会トップに据えて隠然として影響を与えたことを意味する。

1年半前のヒルデ・クラースの市長就任は、既に知事を他に譲っていた(後述)が、大方の合意を彼がまとめたと複数のブロッガーが説いている。彼を引き立てたのはヒルデの父親クラースだ。彼女の亭主クーネンはラ・トレランス議長であるし、SPaの街ハッセルトの新市長の手合わせは朝飯前に運んだのだろう。

市長責任であるHaZoDi警察トップ連中も”石工職人組合”後輩でツーカー仲間。治安はすべからく安心して任せられる。リンブルグ州が平和で穏やかなのは彼ステフ・ステーファールトの差配のおかげなんです。

フリーメーソンのフラームス同義語Vrijmetselaar(フライ・メッツェラール)と大きな仕事場ド・フロートローフェは秘密でもなく、多くのハッセルト市民が知っている。その会員に何か頼めば、ことがスムーズに運ぶと言うような按配なのではないだろうか。

「自由な石工/煉瓦職人」ベルギー組織に二つの流れがある。1つはアングロサクソン的な宗教心に満ち、政治に関らない高尚な流れ。それは原初的な形態だ。言い換えれば本物のヤクザ/マフィアは麻薬に手を出さないと言う古風な義理人情の世界と言えるかも。

もう一つは”非宗教的”、そして卑俗な世界である政治/商いとかかわる。世俗の名誉と富を求める人々が集まる。互いに助け合い、彼等自身の利益につながるような功利団体的になってゆく。しばしばコミュニティーを暗黙に支配する…。

これがフリーメーソンの主流、言い換えれば人脈作りに有効な場所なんでしょうね。地域社会を動かす名士/大物たちと互いに知り合うことは損にならない。いざこざも起きるそうだが…。石工職人組合とは元々職業技術を秘匿し、ほかに対する専門職利益を守るネットワーク連帯組織だった。そのために集会にきまった箇条書き文句を暗誦して、定められた(部外者には奇妙な)振る舞いの儀式を行う。

儀式

ステフは熱心な儀式遂行者だっと言われる。そこにクラースとその娘の亭主と、更に州検事ルーベンスとミッシェル・バッカースが同席していたならば、彼らが現実社会で何をしていても自然に互いにかばいあう…。多少の悪さなら壷に納め重い蓋をするに違いない。同席していなくても、同じ儀式を真面目にとり行う会員であることが、知らぬ存ぜず、あらぬ方向を向いて涼しい顔するに充分ではないか。

2009年6月、平和なリンブルフ州の王様が突然、知事を辞任した。地方選挙日の夕方だったらしい。理由がよく分からない。知事就任の際も、有力な政党々首が説得力ある理由無しに、かなり突然だったように思われる。"ケッタイ"な行動なのだが、無料のバスも予想外だし、カフェ・オーナーが政治家で成功するのも稀だった。職業学校教育履歴とその気取らない庶民感覚とが他に相談して慎重考慮の上で決定すると言う手続きを省いてしまう結果かも…。人々は驚き不思議に思いながら、そのユニークさを受け止めてきたのかも知れない。

2週間前の師走に入った日に、彼は再び人々を驚かした。全ての公の役職から退くと声明を発したのだ。突然だから、その日TV 初めベルギーメディアに波紋が広がった。翌日、そうならざるを得ないと言う各政党ニュアンスと同時にジャーナリストの来歴を追った辛辣な記事が掲載された。元副首相・リンブルフ王のニュースは周辺国の独蘭仏にまで及んでいない。200年に満たぬ独立国家ベルギー連邦に於ける小さな国内問題に過ぎない。コップの中の嵐だから。

今年、彼が身に覚えのない脅迫を受けていると言う報道があったと言う。脅迫者はプロスティチュート職のモロッコ女性である。その後、当の女性が性的迫害をしたのは彼に他ならないとメディアに登場。証拠があったらしく彼の形勢は不利になった。更に高名な夏のポップコンサート「プッケルポップ」(日記8月20日:ハッセルト 野外音楽祭 暴風in ベルギー )会場の土地売買で業者とつるんでいたらしい事実が挙がっている。

もう一つの理由付けが与えられている。自由石工職人組合の多くの人々が関っているらしいHaZoDi (Hasselt-Zonhoven-Diepenbeek)と言う3行政区の警察スキャンダルである。10月半ばから外部法律機関の警察への財政調査が始っていた。事務部門の部課長クラスの4名がスキャンダルを公に訴えてから、初めてメスが入ったのだ。彼らを悪者扱いにしている側が誰か? それが明らかになりつつある。

アニタ抜き

ただのカフェの旦那はやはりその器に過ぎなかったか? 元に戻るだけなのだ。新閣僚の誰かがこう言う:彼自身の決定を尊重したい。辞任する元同僚を送る常套文句だ。罪の有無は分からない。訴訟され判決がどう出ようとも、それは最早私と無縁な彼自身の生き様の問題だ。左様ならば、平静に送り出そうと言うこと。

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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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