ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Oh every day 日々そうそう

最初のルドルフ・シュタイナー・スクールはタバコ会社従業員の子供達から


辰の年も、まもなく学校が始る。シュタイナーも早稲田も9日月曜からでしょうか? 熟年皆さんも外に出て、冬日を浴びて元気に過ごされるように、と我がオタクがちを反省して思います。
日本では、今日5日あたりから出勤される人々が多いでしょうね。欧米は年明け一日だけでそのまま普段に戻ります。支那"正月"はこれからまだ来る未来ごとのようですが。

シュタイナー教育は1次大戦後の平和を希望する明るい時期に産声を上げました。シュトォットガルトのタバコ製造会社の一つの建物が校舎になった。ワルドルフ・アストリア・チガレッテンファブリックと言う名前で創業者をエミール・モルト(Emil Molt)と言う。理想家肌の偉人であったらしい。若きシュタイナーの著作を読み、ひとかたならぬその思想と具体的展開実践論にほれ込んだ。

VS1

戦前から北米にあったと思われるが、何故か70~80年代の新大陸(アメリカ/カナダ/オーストラリア/ニュージーランドなど)で大変もてはやされ普及に拍車をかけたと聞きます。と言うことはUKのシュタイナー学校の影響と言うか、ブリテン諸島育ち同言語の人材が新天地を求めて拡散、その果実が稔ったのではと推理してみる。

本場ドイツ呼称ルドルフ・シュタイナー・スクールよりも1919年の共同創立者の会社名の初めの語句ワルドルフを冠するのが多いそうな。これも独→米の直接移植ではなく、ブリテン諸島経由の普及を思わせる。ワルドルフ・シュタイナースクール名のUKネットワークはオランダのそれに次ぐほどの歴史を持っているそうです。そのUSの21世紀現在、熱心で盛んなワルドルフ・スクールのディベート(討論サイト)にお目にかかるのです。まぶしくて圧倒されます。

Waldorfはフランクフルトのやや東のちいさな地名。モルトの出生地で、そこで起業したので会社名に使ったのでは。商い繁盛して大需要地である南の州都に移った後、創立した学校名も従ってこの名称になったんですね。

ルドルフも自分の理論を実現してくれるスポンサー且つ友人である企業名をそのまま学校名にするのに全く異論はなかったでしょう。このワルドルフ・シューレがやがてドイツ語圏から言葉の壁を越えて全欧に広がるとは、本人も予想しなかったのでは...。

ドイツ国内において2次大戦前から軍事産業のための銃後の良き労働者教育に尽くした(利用された?)と言われる。今は亡き当時の数名の高齢者から教えてもらったことは、戦前のシュタイナー・シューレ(=スクール)は労働者の子息子女が行く学校と言うイメージだったそうです。

それには理由がありますね。エミール・モルトの目的は、自分の工場で働く従業員家族の子供たちをのびのびと健康で、創造的な人間に育てることだった。初めてのワルドルフは文字通り工場労働者の子弟保育/小学校だったのです。

1・2・3の数字をクレオンで毎日一つずつ描きこんで、アイン・ツバイ・ドライと歌をつけてゆく授業がほぼ100年前に始った。算数のサも出ない6才児クラスの日課。子供達が並ぶ列から出たり入ったり、ダンスのような動きとリズミカルな台詞と共にするのが足し算と引き算。かようなメソッドをギムナジウム最高年まで編み出した人物の創造性と努力に驚かざるを得ません。

戦後に全欧・各国に普及一巡し、イタリア女性教育者モンテゾリ(Montessori)の名を採る教育などと共に民間教育体系の代表になる。こうした民間教育系と公立系と新旧の宗教系との三つの並列がキリスト教国家の普通だと思います。日本の場合は宗教を背景にするのは仏教系が大きな位置を占めるのは当然ですが。

Schteiner Collage 02.jpg
3才児クラス (1988年)

明治初めから勝れた日本人キリスト教者が輩出し、それぞれユニークな教育(学校)を展開しています。それら出自の欧州キリスト教事情と同じで、門外漢の私には全く分かりません。シュタイナーはキリスト教社会オーストリアの人。故に"文化"としてのそれが基礎になっているのは言うまでもありません。ただ純粋な神学的解釈と言ったことは無縁と思います。晩年の内村鑑三と同じで、シュタイナーは輪廻再生を信じていた...と言うかそれを自分の理論に活用しています。

いわゆる新旧のキリスト系学校に比べると、殆ど非宗教的と言えるでしょう。私は25年間父兄として関り、その社会サークルの雰囲気に慣れているだけ。我が家族はいわゆる「シュタイナー家族」典型だと思いますが、私はこの精密な教育理論に門外漢です。

シュタイナー家族や父兄はそれぞれ個性/主張があり、戦後の学校数増大の中で常に内輪もめがあり、教員/父兄のスッタモンダ騒ぎで生徒数激減と言う例が多い。初め何か小さなきっかけがあり、ドンドン雪だるま式に大きくなり、猛烈に唾を飛ばして激論する父兄総会が続く。左と右とその間のどっちでもないグループに分かれると言った構図になると、待っているのは廃校しかない。人々のヴォランタリーによる学校づくりですから、一つ歯車が狂うと起こりますね。

蘭では、教育省政令による一律/平均的規制から自由でありたいと言う精神を汲む「自由学校」と一般に呼ばれます。単なる好き勝手にすると言う自由ではな い。しかし国家による束縛的な教育方針は共産主義だけでなく、頑固な愛国主義っぽい人々によって進められがちですね。

日本の21世紀は、歌と旗の問題でがちが ちになっているのでは。全ての学校に国旗掲揚と国歌斉唱を強制する国家を見つけるのは難しい。北鮮・支那・キューバ等はなるほど強制しているのですが。優 しいそよ風と溌剌な空気に欠けては覇気ある若者が育たない...

よく勉強して聞き分けの良い、試験を上手に通 る優等生だけでは、国家は衰退する。難関をパスし士官学校に入り、紙上で抜群優等生の秀才たちが日本を軍国主義に導いた過去がありましたね。

品の良い子供よりも、これもあれも怖がらず自力でやってみる勇気を育てる、無鉄砲教育みたいなのがむしろ未来を作るの では...。どの思想教育であれ、今やグローバリゼーションとインタネット時代の激しい環境に立ち向かわねばなりません。

教育省指令にきりきり舞いしながらも、シュタイナー思想はジャジャ馬の独立心に富む子供たちを育てると思う。元気で困難にへこたれない子供たちこそが優れて優しい人間の未来を開いてくれるのだ。

【時々思い出しながら、シュタイナー(管理規制から)自由な教育についての日常の雑事アレコレを綴ってみますね】
関連記事
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment form













管理者にだけ表示を許可する

Profile

ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
この記事にリンクを貼る

Designed by Shibata

タグリスト

access
access online
現在の閲覧者数:
Latest trackbacks
Search form

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ