ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Ordinary People 雑人雑名

ダンシング・フィニッシュのクラマーと魔のさしたコーチ・ケンケルス

       Schaatsen KickFinish 01
月曜早朝に、アヤメの小さい園芸種が出たゾ。8~9度が続き、早春と思ったのでしょう。

金土日の三つの午後久しぶりでスピードスケート実況に張り付く。3日間大会の最期の種目は”ナイター”実況で、ブダペストの時ならぬ夜景スポーツだった。スヴェン・クラマー(24)を巡る再びの珍事か!と言うハップニング発生。

一万メートルは13~14分掛かり、6~7組だと中間の氷整備を含めたっぷり2時間を要する。500mトラックを20周する種目で、こんな退屈なスポーツは決してメジャーにならないと標準ヤンキーが言う代物なんです。くるくる回るだけで何処が面白い? たいていの方が退屈さにサジを投げる。

英語彙Stayから居つく/張り付く人と言う意味で、退屈な長距離専門スケーターをStayerと呼ぶ。女子3千m、男子5千m以上でマラソン滑走者を含む。100周以上のマラソンと20周1万では異なる資質になるが、時々マラソン選手が1万に出場し勝ったりする。すると引っ越してくる。しかし普通は逆である。陸上競技においてトラック長距離で限界になるとマラソンに転向するようにだ。

スヴェンは父親イプのステイアーDNAを受け次いでいる。イプはスケートの故郷と言えるフリースランドの人。30年前のナショナルチームに属し、引退後マラソンに転じ、45前後までトップ成績を残している。100人もがゴチャゴチャ滑るマラソン・ぺロトンにあって、直ぐに分かるスケート走法で馴染まれた。

息子は一年休んだ昨年を除き、既に欧州総合を4回制し、ステイアー二つの世界記録を持ち、はるかに親爺を凌駕する。左様なジュニアーを育てたセニアーの嬉しさと、負傷時の気遣いはトップスポーツに達した人だけに許される光栄だろう。

昨日夕刻の一万メートルは1位と2位の接戦だけが焦点だった。3位以下は離され過ぎていた。クラマーは1.15秒ほどだったか僚友で若いヤン・ブロックハウゼン(ブロックのハウスに住むヤンと言う実に良い名前デス)を挽回しなければならない。一年休んだ後なのと、成長著しいヤンを考えると、その秒数約4~5m以上の差をスヴェンがつけることができるかどうか? それがテーマだったのです。

やぶ用で私は退席して見られなかった。戻ってくると何やらブダペスト会場が騒々しい。どうやらスヴェンは直線ストレート分のぶっちぎり差でヤンを軽く抑えたそうな。だがゴール手前で、逆転した嬉しさのあまり踊りながら片足を上げてフニッシュした。

       Schaatsen KickFinish 02 Swen en Janny
左:霜/雪を恐れず花咲くアヤメ。白菊より強く雄雄しいかも。右下は長野冬季五輪ステイアー2種目のゴールドメダリスト:ジャニー・ロンメ、昨年よりイタリアナショナルチームの監督。

短距離で少しでも早くフニッシュするため、数年前から片足を蹴り上げる動作が流行っていた。キック・フィニッシュと言われ、実効果が怪しく且つみっともない動作なので、ISA(国際スケート連盟)が昨年から禁止措置を取った。

ISAは浅田真央/安藤美姫/鈴木明子等トップ選手の審判採点の責任フィギャー組織の上位機関。タイムで順位が決まる競技ですら、キック動作禁止ほかのさまざまな公正と品位の規則が定められる。コモンセンスと言うべきでは。個人の主観が大部を占める判断で順位を決める競技は、審判員アイデンティーとその得点を公にすべきだ。さもなければタイム判定の競技に比べ、いつまでも裏の取引と言うか"業界ボスによるわたくしルール"が不可解な(高または低)得点を出させる。主観判定競技はこれまで常にマフィア世界だった。脱皮しつつあるも、トンネル向こうの明かりは遠い。

閑話休題。片脚ゴールインは失格なんですね。もう一つの失格問題が起こった。ヤンが一つのコーナーに入る間際に、コース境界を示す丸いブロックをスケート刃に当て飛ばした。ノルウェイがこれらを理由に該当2選手を失格にすべきと、審判団にヴィデオ調査をするように抗議した。

規則通りなら、3位のノルウェイのボッコ(Håvard? BØKKO )が優勝する。ノルウェイの愛国主義と言うべきか…。ルールは守らなければならず、オランダ側は緊張した。ヴィデオを見ながら30分以上の協議が続いた。抗議の理由は事実だが、その意図は明瞭だ。スポーツマンシップにややかける気もする。一方スヴェン片足は蹴っているのではなく浮かした状態で、時間稼ぎのためでないのは明らか。ヤンのスケート刃はブロック内側をわずかに触れているのが分かった。審判団の判定は良識に従うことになった。スヴェン優勝とヤン2位がそのまま確定した。

次回冬季五輪はロシア連邦の黒海北部沿岸ソチですね。今回の経験がルールブックに記録される筈。まさかこう言う珍事が大きな大会で起こると予想する関係者はいない。先例とその解決、万事を記録して生かさねばなりません。余談ながら、ソチの大会はプーチン”大統領”晴の場になるオリンピック。このために大統領になると言えないまでも、その気分は大いにあった。アドルフ・ヒトラーのベルリンオリンピックのやる気とその挨拶を思い出してほしい。

あの出来事をご記憶の方は多いでしょうね。ヴァンクーバーオリンピック1万mで起こった。スヴェンは誰が考えても長野のロンメに続く長距離2種目のメダル候補だった。予定通り5千mを勝ち、1万mも悠々とその通りに運んでいた。残り8周の向こう正面直線からコーナに入るところで、五輪史上ユニークな珍事が起こった。

蘭トップ選手はもはやナショナルチームに属さない。それは遠い昔になり、スポンサーによる幾つかのプライヴェイト・チームに属する。スケート選手にスポンサーが付くのはオランダだけの異常現象。チームは主任ほか複数コーチと医師やマッサージの専門家からなる。自転車ロードレースの各国複数チームやプロ野球チームに等しいシステムである。

Gerard Kemkersは数年もっとも大所帯チームのヘッドコーチで、スヴェンに責任を持ち、5年の師弟関係にある。彼等コンビはこれまで全てを勝ってきた。だがヴァンクバーこの一戦に、フェーラルト・ケンケルスに魔がさした。スヴェンが外コースに入る寸前で、フェーラルトが叫んだ: インコース、インコース。内側に入れ!

        左ケンケルに起こるスヴェン
左:間違い指示をしたコーチに怒り、手袋を投げ捨てるスヴェン。右:咄嗟のインコース入り

スケーターは周回ごとに向こう正面でインとアウトのコースをクロスする。前回インの内側なら次はアウトの外側を滑る。これで2人は等しい所定距離を滑ることになる。普通このクロスをコーチが指示することはない。スケーターたちは半ば本能的に正しい選択をするのだ。

只一度だけ、1990 年以降一時代を築いたグンダ・ニーマンが同じ間違いをした。気持ちよかったのかコーナー直前まで壁に沿って滑り、インコースに入る筈がそのまま外周へ滑っていった。アレッと皆キョトンとなったが、経験したことがないので大抵の観客はそれで良いと思った雰囲気だった。あとで、アラ勘違いねと彼女は舌を出して屈託なかった。オリンピックでない上に、グンダは殆ど常勝だったので、失格は苦にならず、むしろ珍事が話題になり嬉しそうでもあった。

ヴァンクーバーで棚からぼた餅で優勝したのはリー(Lee Seung-Hoon)、2位はスコブレフ(Ivan Skobrev)だった。 それぞれ韓国と露西亜の選手でそれぞれ「アジアで始めての1万の勝者。誇りに思う」「ルールはルール、銀メダルを取れて嬉しい」とコメントしている。オリンピックのメダルとはライバルが常ならぬ不運による失格しても決して同情しない性質の収穫物と言うこと…。

ケンケルスは(確か1988年)カルガリー・オリンピックの長距離二つに出場。カチッカチッと音を立てるクラップ靴(スケート刃が前部ヒンジによって後部が開く仕掛け。刃を氷に接触させる余分の筋肉消費が無い)時代でなく、長距離の男子500m一周35秒前後だった。同じインドアー現在のそれは30秒を切る。フェーラルトはその5千でチョットない”記録”を作り、五輪スケート史に数行を加えている。彼はしたたかに転倒した。しかしその不利を周ごとに取り戻して銅メダルを得たのだ。

一昔前レオ(Leo Visser)と共に全盛時代を作ったフェーラルトがリンク際の秒刻みの作業に忙殺され、魔の勘違いを起こした。数度ベストコーチに選ばれたキャリアーで最も大きなシクジリだと述懐している。この事件は珍しいドジとして世界スポーツ界で語られる。同時にどのスポーツどのコーチにも起こりうる出来事として理解される教訓になった。それは普通の人々がしょっちゅう経験し、ああ又やってしまったと言う平常心であるまいか。

クラマーとケンケルスの関係はイプの強い助言で、直ぐに修復され、その後もスムーズに継続している。日曜の大会がはねる直前の「失格になるかもしれない」と言う30分ほどの間、そのおぞましさから逃れるために子弟は近くの公園を歩いたそうな。順位はそのままなりと言う発表を聞いた時、二度目の大シクジリ覚悟をしていたケンケルスに血が流れ、彼は蘇ったのだった。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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