ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Nostalgic Melody&Film 懐メロ&フィルム

忘れな草[1]  忘れな草をあなたに 


左:雹(ヒョウ)に叩かれるが逞しい「野原忘れな草」 右:地下から湧き出る油含みの保存自然湿地の「沼ワスレナグサ」
沼と野原 勿忘草

別れても別れても 心の奥に
   いつまでも いつまでも
     おぼえておいてほしいから
       幸せ祈る言葉にかえて
         忘れな草をあなたに あなたに
           
            1964年 作詞:木下龍太郎 / 作曲:江口浩司

「忘れな草をあなたに」こころ惹かれる歌ですね。美しいコーラスを初めて聞いたのはパプリカと言う名の商用車を運転中。免許証を取ってまもなく、任されて配達アルバイトをしていた。殆どラジオを付けっぱなし。

ウィキぺディアで当たると、あのコーラスグループをVoce Angelicaと言う。仮名ヴォーチェ・アンジェリカと書くイタリア語なそうな。くにたち音楽大学で学んだ女性6名。記憶によると、もっと大人数と言う印象があったのですが…。1968年頃だったので、レコードが出てから4年も後になる。のどかな時代だったんだ。

その後パッタリ記憶が中断する。何故か分からない。人間が好い加減なせい…、80年前後に最近"発見”したYouTube倍賞千恵子を聞いたような気がする。インタネット配信の倍賞のカバー「忘れな草をあなたに」に聞きほれる。その歌唱に引き込まれる。むかし落ち着いて聞くことがけっしてなかったからか。加えて熟年世代、バテバテ年齢と言うか、回顧しがちな年齢のせいですね。

くだんのヴォーチェ・アンジェリカを先ほど聞くことが出来た。これも見事や!ほのぼのとする。音痴で音楽と無縁ながら、半世紀近く前にこんな見事なコーラスグループが活躍していたのだ。出来れば彼女達のヴォーチェなる音の調和をもっと聞いてみたいと思う。

忘れな草という植物、私には雑草と言うか野生の草花。我がフィールドに4種を見つけられる。ただし人家のある付近だと、寸法がやや大きく集団でドッと付く園芸種の逸出(=野生化)と考えられる。それらが野生種と交雑するから、マア目茶苦茶の乱交状態。この属は0.25gなら1500~2000の種(タネ)を作る。そして発芽力も交雑力も猛者である。たいてい雑種(ハイブリッド)と考えていい。

湿地性の"沼忘れな草"とやや乾燥土壌に育つ"野原ワスレナグさ"の間っぽいのが多いと思われる。何故ワスレナグサか、よく語られる花名の由来はド若い騎士と少女の悲恋物語ですね。川岸にある花を採ろうとして、若者は波にさらわれると言うドラマ。きっと十字軍遠征の頃のたくましく凛々しい若武者だった。旅立つ前の川岸のデイトだった。川は雪解けの水で溢れ、咲いたばかりのワスレナグサのキリキリまで迫っていたのだろう。彼は重い鎧を付けていたに違いない。愛する乙女に花を贈ろうとする高ぶりの感情が、滑りやすい土手傾斜地と渦巻く濁流を忘れさせたのだろう。

一方で、アルビノっぽい白花があちこちに広がりつつある。その素性が私に分からない。本来雑種で固定したのだろうか。それに多色種も時々あるので、毛/愕/葉っぱなど合わせて判断しないと、どの方向に傾くのか、素人にはややこし過ぎる。

人里離れた保存地や広大な森に生えているのはまず野生種と見ていいかも知れません。ところが200年前、ここに農家数軒があったと聞いたりすると、どうしようかとチョットじっとり不安になる。しかしだだっ広い焼け痕が森の体裁を整える時間は300年と言われるので、200年なら野生または土着種として考えてもいいだろう。

多い花びら 野原ワスレナグさ
右:一種の奇形ハイブリッド、ふつう花弁と白い放射線数は5だが、それより多い花びらと副花冠(黄色部分)から覗く白い放射物。

ワスレナグサ一個の花自体は美しくない。私の説です。初めの画像のように距離を少しとった全体像が綺麗なのである。庭園に咲き乱れる手入れの行き届いたワスレナグサの様子も良い…のだが、出来れば野生の状態を見てほしい。ドッと集団が溢れる賑やかさは滅多に見られず、多くて一本の茎に3~4個で、1~3個が普通かもしれない。細部で見る左様な三々五々がワァーッと一区画を占領する風景は壮観で、圧倒される。

それは木下龍太郎の目の付け所でないけれども…少なくとも初めの画像くらいなら彼の詠い上げた叙情と言うか、愛する人への思いと重なるのでは…。愛し恋焦がれても、それは成就しないと言う恋の本質を忘れな草にたくした詩作に、上手いなーと感心します。プロなんですね。

和名は○○ムラサキと言う色が付いていたと思われる。ジーボルトが昔の前任者スエーデンのツンベルグによる確か「日本植物誌」を弟子の伊藤圭介に進呈した。文政12年即ち1829年だから、伊藤がそれを訳して以来、和訳「ワスレナグサ」が知られるようになったと考えられる。その呼称は恐らくザクセン語由来で現在綴りVergiss-mein-nichtである。名付け由来は16世紀頃のメルヘン(説話)が知られ、男女の愛の絆としてどなたもご存知の通りです。

では、その前は欧州でどう呼ばれていた? これがよく分かりません。ギリシャ/ラテン時代の一般語からだった可能性は多いにある…。忘れな草[2]までに分かるといいのですが。

関連記事
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment form













管理者にだけ表示を許可する

Profile

ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
この記事にリンクを貼る

Designed by Shibata

タグリスト

access
access online
現在の閲覧者数:
Latest trackbacks
Search form

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ