ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Nostalgic Melody&Film 懐メロ&フィルム

歌い継がれるドイツ民謡「別れ」  [別れの二]

`Abschied=別れ`のロックンロール版がWooden Heart。徴兵義務を果たしたエルヴィス・プレスリーが1961年に歌った。Wooden Heartのメロディー知っている? と先ほど次女と雑談する。エルヴィスの持ち歌と付加説明すると、マイケル・ジャクソンに並ぶスーパースターを勿論知っていると言う。けれども聞きなれないタイトルからメロディーが浮かばなかったようだ。8時間差でくたくた寝むたい表情だから無理もない。ユーチューブで聞けるから…お休みと言い、スカイピ―を閉じたんです。

マイケルがエルヴィスと並ぶかどうかチンプンカンプン。左様な比較表現されても時代差を感じるだけ…。親子の断絶ではなく、音楽知らずと言う点と、単なる世代差だと自覚しなければならない。私の音楽はどこかで、かつて耳にした懐かしいメロディーだけに過ぎない。歌謡曲もあれば、童謡も、グレゴリウス宗教曲すら混ざる。すべて懐メロである。

アップシードは言わば`さよなら`民謡で、シュヴァ―ベンの`黒い森`に散らばる村々に歌詞の異なるヴァージョンがあったと考えられる。親方マイスターを廻る修業に出る若者の別れを詠う内容だ。同工異曲Der letzte Abend (最後の夕べ)(日本題名は故郷を離るる歌)と共に、最も標準的歌詞をジリッファーが採詩したのだろう、と前回で書いた。

土地により多くの変化形があるのが­口誦で伝わる民謡の常。行き来が馬や徒歩の時代は、隣村­すら語彙が違う方言が華やかだった。それは21世紀の名残から十分に察せられる。20~30㎞範囲の市町村がそれぞれ特異な語彙や発音を持っているのにびっくりする。我が村の語彙辞典があるのを書き留めたい。左様な次第で、フリードリッヒ・ジリッファーは長期間丹念に採譜・採詩して、多くのヴァリエーションに遭遇していると想像される。

`アップシード`歌詞内容は、徒弟修業遍歴に出る若者が恋人や友達、親らとしばしの別­れをする…。徒歩・馬で遠くに行く、車も新幹線もなく、簡単に帰っ­てこれないから、やはり胸に込み上がるものがありますね。

この歌が何時?音楽取調掛の誰によって日本に紹介された?ネットで探って見つけたのが下の日本語歌詞。ジリッファー採譜の詩も並列され、親切に良くできている。訳詩も内容の異なる作詞も、外国民謡は常に複数の日本語ヴァージョンを持つのが普通だ。これは岡本敏明版になる。

Elvis Presley  Japanese version

「明治34年…『やさしの山吹』で歌っていました」と言う挿絵右の説明を信用すると、1901年以前に歌われ親しまれていたことになる。プレスリーよりずっと遡るから驚いて良い。題名から推しはかると、山吹の橙色花をほめたたえるような歌詞であったような気もする。

明治政府は先見の明があったんですね!音楽取調掛を海外に送り出し、欧州ではドーヴァー海峡両側諸国の音楽を探索させた。持ち帰られた文献から、訳詩または意訳、全く異なる作詞を作った。殆どは格調高い文語調である。オリジナルの詩(ウタ)の中には素朴な田舎弁もある筈なのに…。時に美しすぎるこれら雅な日本語詩を「原詩に勝る出来」だと人は称える。ウン? と私は思ったりすることがある。

これらの美しいメロディーの歌々は明治15(1882)年から発行された全三編「小学校唱歌」に採用される。そのリストにあたると「やさしの山吹」も「別れ」も見つからない。取調掛の若き音楽家たちの派遣は何回か行われ、帰国年度も違ったのかもしれない。1901年は直ぐ20年後にきますから、「やさしの山吹」は全三編後に刊行された唱歌集に収録された一つに思えるのだが、どうだろう?
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風さん ありがとうございます

風さん ありがとうございます。
中学の時に習われた歌詞は「別れの二」掲載画像の楽譜にあるものですね。私は歌ったことはなく、ただアメリカロックンロールの軽い流行メロディーが記憶にあるだけです。プレスリーの歌いっぷりをYouTubeで聞くと、戯言の軽い印象を受けます。ムシデンと言う原詩を混ぜているので、真面目な別れの歌に聞こえない。それは母国語で歌うマルガレータ・ディートリッヒの場合も私は感じるのです。彼女はナチズムに反対した人で、彼女のファンであったアドルフHの逆恨みを買いました。それはともかく、歌手として俳優としMDがなぜ時代を画したのか私には全く分からないのです。彼女がアメリカに行く前のベルリン舞台フィルムがありますが、ただのパンパン風情の安巡業に見えるのです。

やさしの山吹は全く存じません。ドイツから移入された曲に初めてつけられた日本語歌詞でしょうか?日清と日露の間ですから、高揚する大日本帝国の時代精神さなかにあって、どんな歌詞なのか、興味を引かれます。




> こんにちは。いつも拝見させていただいています。
> この歌をプレスリーが歌っていたとは…知りませんでしたので驚きました。
> そのころ、あまりテレビやラジオを聴いていなかったのです。
> 中学生の頃に習った歌詞は、「さらばさらば 我が友 しばしの別れぞ今は…」で、好きな歌なので今もよく覚えています。
> ところで以前に調べたのですが、「やさしの山吹」は、わが国初の「女学生用教科書」に載っています。1900年に第1集が、1901年に第2集が発行され、第2集のほうに載っているのです。楽譜も歌詞もです。
> この頃になるとドイツ方面のメロディーが取り入れられたようですね。
> ジ・オブザーバーさんはたぶんご存じなのでは…と思いますが・・・。

風さん お元気ですか

長い間 ご無沙汰しています。
2012年に幾通かの書き込みをいただいています。
全く気が付かず、失礼をお詫び申し上げまっす。
ハナミズキなどご指摘を頂き、感謝申し上げます。
教えていただいた点を加え、Update版を作りたいと存じます。
とりあえず お礼まで。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

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