ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Miscellaneous Human History 雑史/外伝

復活祭の卵が語るイエスの外史

ちょっと変わった実のなる木を見つけた。色とりどりの実は卵じゃないか。彩色した卵を均等に吊るしてあるのだ。上の方に黄色い穂状花が咲き始めている。やがて下部にも穂状花が付くような気がする。すると今さみしそうにぶら下がっている卵たちが一層引き立つだろう。

農家の納屋の前に植えられている木。その枝を見ると曲がりくねっている部分がある。くねくね曲がりのヤナギの呼び名が出てこないのだが、この木はくねくね曲がりのハシバミである。自然に見つけられたものを選抜育成した園芸樹木と思われるが、定かでない。

ostereier Grafwegen wandeliing 02

2月19日ベルギーはフラームスの都市アールストのカーニバルについて書いた。カーニバルは食事の節制、または粗食や断食に入る前の行事。この期間を英語彙でLentと綴り、四旬節と日本語に訳している。綺麗に響く熟語だが、意味は40日を指すらしい。蘭語彙Lenteは英語彙Springの同義である。つまり英語彙はゲルマン語の春を四旬節に採用しているのだ。

細かい日数かぞえの約束事がキリスト旧教で定められているが、とまれこの40日の後が復活祭なのである。キリストが復活するのだが、十分におまんまを食べられることが復活すると思うと事情がはっきりするのではないか…。

Lentと言うこの期間は、文字通り春なのだ。自然の廻りはまもなく3月21日に`春を分ける`。夜と昼の長さが等しくなる日で、四旬節はこれを重要な要素として含んでいる。しかも古代イスラエルでPescha(ペスハ;過ぎ越しの祭と訳される)と言う祭がこの`春`に行われたらしい。

これが後世、神の子イエスと上手に組み合わされたんですね。新約聖書とは神によって選択された特別な民族だと言うイスラエルの文献から生み出された壮大なイエスの物語では…。

Exodusは`出エジプト記`と訳され、ヘブライ=イスラエルの民の本である。旧約聖書の後半部を成す本だと思うが…。奴隷であった彼らが神の加護を受けたモーゼの導きによって、エジプトをいでてイスラエルの地に辿りつく。そしてペスハの喜びの祭を始める。この祭りが復活祭に直接リンクする。

ゴルゴダの丘に立てられた十字架でイエスは殺された。ローマの支配に刃向う異教を広める罪人を逮捕して殺害したのはローマ軍の現地隊長ポンティウス・ピラーテュスと言われる。現地の人であるから彼はユダヤ人である。

キリストを殺したのはユダヤ人だから、欧州を席巻したキリスト教社会に反ユダヤ主義が生れた…とする説がある。これが20世紀にホロコーストを生む背景だと…。それは紀元25年前後のイエスの死から現代までの20世紀間を通じ、キリスト教者の深層に眠っていた。ホロコーストはキリストもののユダヤへの復讐ドラマだったと言う解釈だ。[参照06-03-2012;美しいヴュルツブルクからの旅立ち]

今年の復活際の日時は4月の8日だと言う。クリスマスと並ぶキリスト教最大の祭は、動的な日時で毎年異なる。一般的にLent=春の終わりになり、カーニバルから数え49日目だと聞く。私は35回ほど経験するが、毎年マゴマゴする。長年いて、子供たちの行事に付き合ってきて、まだわからないの? 村の方言で言うとこんな感じで呆れて言われる「アンさん阿呆とちがう?」…

20年くらい前になるが、日本祭りがデュッセルドルフで企画された。この街はドイツで最も日本と親しい。佐藤首相当時、彼が何もない街に日本の核を作ろうと考えたそうな。日航ホテルや三越、さらに彼の親しい女将の料理屋などが進出して、文字通りの日本センターに成った経緯がある。21世紀は``日本人街``範囲は広がり、スーパーマーケットやお握り家、旅行代理店・散髪屋などデュッセルドルフに根を下ろした日本人商いの店舗がたくさんあるようだ。

日本祭りのドイツ側出演参加者に復活祭の卵の絵付師が候補にあがった。精細な彩色で、米粒に沢山の文字を描く技に等しい名人芸の世界だと、その時にまなこを開いた。当の絵付師はドイツでも高名なご夫妻だった。たまたまこの企画に関わり、ご夫妻の作品に接し、これは参加してもらわねばと思った。

ostereier Collage 01

結果は彼らの名人芸を見てもらうことが出来なかった。細部の交渉を忘れたけれども、主催者側がご夫妻の出演ギャラに驚き、丁寧にお断りしなければならなかったと思う。つまり素晴らしい卵の絵付けは`社会的芸術的`に認知されなければならない事象でないかと、思ったのである。

20年後の現在、煮抜き卵の彩色食料品など、付加価値の高いタマゴが商なわれる。復活祭はさまざまな商いの機会である。食糧に限ってもワインからイースター・ブレッド、輝くような卵型チョコレート…。さあれば、本家タマゴも負けていられまい。あるいはコンピューター彩色によって、かつての名人芸が量産されている公算は大きい。

子供たちが幼い時、シュタイナー学校の恒例復活祭行事に於いて、十字に結わえた小枝を私は毎年作った。垂直枝の先端をとがらせる。ここにホームメイドで焼いたパンを突き刺すのだ。キリスト自身(と言うより、妻マルガレータが焼いた)パンは酵母を用いない``パンにならないパン``だったそうだ。それでは恰好がつかないので、やはり酵母を加えて焼いたホームメイドパンだった。

水平の小枝に干しブドウやラッカセイ、彩色卵などを色紙飾りと共にぶら下げる。この十字架をもち、数クラスの小学生たちが列をなして夕方に学校を近くを行進する。そのルートに父兄の家を加え、飲みものなどを振る舞うのだ。言うまでもなく十字架にぶら下がる甘いキャンディーなどを子供たちは摘みほうばりながら歩くのである。

復活祭の卵の由来は有名であるからあちこちにソースがあり、調べていただくように…。そして私が学んだことは、新鮮卵の中身をどうして抜くとか、復活祭に雌鶏が産んだ卵は1年持つとか、左様な知識なんです。

後者の不思議な話は当時の母親たちや沢山の人々が実際に経験したことらしい。半ば信じられない。しかしイエス復活の奇跡が力を貸しているんだと。摩訶不思議を信じない私は、もしもそうならと考え及ぶ。つまり復活祭日の卵でなくても、条件が揃えば一年後もフレッシュな産みたて卵に留まるのでは…と。

納屋のくねくねハシバミに見事に吊るされた卵はまもなく春分を迎え、4月の復活祭に向かう。それは欧州の人々の多くには、もはやキリストの十字の磔(ハリツケ)と関わりない、一般的伝統的な楽しい祭りのデコレーションに過ぎないかも…。左様な人種はふだんの土日ミサに行くことはない。仏教の様々な伝統行事と無縁な日本人と同じである。

スイス、ベルギー、オランダの政府・公共建築で本日、半旗が掲げられた。1分黙禱の時間は責任官庁・内務相によって、政府機関→市町村、さらにメディアを通じて公示された。亡くなった28名の犠牲者の平和な眠りを込めて、教会のカリオンが響き渡る中で、人々は一分間の黙禱を捧げた。普通道路のバスを含め、全ての車両が停車した。高速道路車両と列車との人々も黙禱に準じる行為を採ったそうだ。

復活祭が近づくにつれ、子供たちを失った家族は平静心を取り戻すだろう。人間と言う愚かな存在を代表させて我が子イエスを、神が生贄の子羊として十字架に送ったように、子供たちも子羊になったのだと。彼らは4月の8日に蘇るだろう。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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