ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Miscellaneous Human History 雑史/外伝

花山院御代の時代

花山院の御代(ミヨ)に、鷹匠に晴頼(セイライ)と言う人がいた。天皇・貴族の野趣に侍し、名の知られた人だった。鷹扱いのわざだけでなく、落馬や骨折の際の傷治療にも長じていた。彼が用いた薬は兄を当主とする医家御用役の秘薬だった。

京の北に鷹が嶺と言う北山山系にかかる土地がある。江戸期に光悦や宗達と言う文人がここで活躍した。鷹狩りは仁徳天皇4世紀頃から行われ、京へ遷都してからも盛んに行われ、各地に地名を残している。北大路今出川からまっすぐ北にいくと、狭くなって旧街道に通じる。今なお秀吉時代の遺跡や旧家の軒並みが並び、かつての’鷹ヶ峰’面影を残している。

弟であるから、家系存続の鍵である医薬調法や薬草情報の重要性を知っていなければならない。ある貴人が、帝(ミカド)臨席の晴れの行事の際に、鷹の爪で傷を受けた。貴人はたまたま帝の傍で、彼の治療を受けた。鷹術と医術に話がおよび、秘薬の出所を恐らくウッカリ口にしたのだろう。これを知った医家当主・兄は家系と家業を疎かにする弟を切り殺したと言う。

たがが薬のために殺すとはむごい。が、話としては綺麗である。ナルシス神話の殺神のようで印象に残る。弟を殺してでも守るべく価値とは薬草の持つ効能だろう。つまり効能と薬草を価値あらしめるために作られた物語。それゆえに、薬草はオトギリソウ=弟切草と呼ばれる。

Hypericum Cor 019
聖人ヨハネス草(蘭;シント・ヤン)、何処にでも生えてくる。様々な逸話があり、薬用として古代から用いられている。ホメオパシーっぽい薄赤い液体がある。この草の実をつぶすと出てくる液だ。英語で言うと`聖人ジョンの血`に見たてている。咳き込んで落ち着かない幼児の胴部に軽く刷り込んだりする。我が子どもたちも幼い時に…、一種の信仰、おまじないかもしれないが、子供は心安らかになる。

逸話を持つ薬草は数あって、人と薬の不可分の縁を知る。殺生絡みの日本に生えるオトギリソウは、小さな私の庭に勝手に生えてくるHypericum perforatumと言うのと細部で異なる。ややこしい横文字で申し訳ない。片仮名でヒペリカム・ペルフォラータムのように読める。前者がオトギリソウ属を、後者は種名をそれぞれ示す。この種名は陽にかざした葉に油含みのブツブツが見えることを意味する。

兄と弟の上述のドラマに習って言えば、日欧二つのオトギリソウは兄弟にあたる。だから、ここで同じ植物と見なして許されるだろう。青い小さな昆虫は花弁の何かを探っているようだ。彼にとっても、何ぞ有用成分があるのだろう。欧州のこのオトギリソウはHypericum officinalisと綴る別名を持っている。この綴りがしばしば薬草と言われる植物に与えられている。文字通り、オフィシャル=公認された薬と言う仮名語彙である。

有史以来人々が用い、軽い切り傷から見えない体内の病まで、治療効果があると考えられた草花たち。分類の祖リンナエウスが故事や文献から命名した。言い伝えである。検証確認が行われ、何の効果もないものから、何かあるらしい、確かに効くなど、さまざまである。

薬草をどうとらえるか?、思想・立場によって、評価が異なる場合が多い。ホメオパシーと称する医術・薬方に於いて、効能ありとする信者と、詐欺のたぐいとする科学信奉者とが並立している。それと関わりなく。オフィシナーリス/オフィシナーレと綴る植物を見つけたら、まず「花山御代に…」当たるドラマが隠されていると考えていい。


南欧/小アジア出身で< Hypericum androsaemum>と綴る。個人/公共問わず広く植栽されている。オトギリ草仲間でもっとも大きな葉をもつ。開花すると雄蕊が四方に延び、白い子房が大きく目立つのが普通。写真の子房ヶ所はオレンジで、風変わりか何か分らない。丸い子房を小坊主の頭に見立て、和名で「小坊主弟切草」と言うらしい。
Hypericum androsaemum 001 Mansbloed オトギリソウ科


花山院の御代とは、何時の時代だろうか。
花山さんと言う同級生がいた。はなやまさんと彼女を呼んでいた。姓の由来は花山天皇だろう。そう言えば、目のクリッとした色白の気品ある印象を思い出す。どこかに元気にいらっしゃるだろう。

花山を天皇姓だと「かざん」と読むらしい。藤原道長の全盛、摂関政治の時代。藤原主流は娘たちを天皇に嫁がせる。たいてい天皇は幼少または若く、とりわけ健康に勝れない宮人であるため、しばしば病で亡くなる。そして時々の政治事情によっても直ぐに新天皇が立った。花の山なるカザンと言う名前のオリジナルや命名理由を私は知らない。

カザンが帝位についた時、大陸側・西フランク王国はカロリンゲン朝最後の2年にあたった。カロリンゲン名はカルルの領地と言った土地名由来に思われる、花山院の場所を呼ぶような塩梅だろう。現在のフランス北部とドイツ南当たりの地域である。西フランクの海向かいはブリテン本島で、ウェセックス王家と言う支配者がいた。私によく分からぬ時代だ。

カザン天皇は藤原家の母親を持つ。お飾り職の職位だから、どんな男子が成ろうと変わり無い。こうした立ち位置は21世紀における欧州の民主主義国家且つ立憲君主体制のお飾りの人びとと同じである。65代と言う数字が日本天皇史の一端をも示す。16才で皇位に付き2年弱で退位。旧暦を西暦に直して書くと、984年11月5日から986年7月31日までの在位。短い例になろう。わずかのこの期間に鷹師の弟物語をはめ込んでいる。なぜだろう。

在位期間について分かり易い例、30代敏達(ビダツ)天皇は聖徳太子誕生の西暦574年に帝位にあった。984年から574年を引くと410年。65代から30代を引くと35代。410を35で割ると、11.7いくばく。この4世紀間の平均在位年数は12年弱になる。飾り職にも拘らず量産されたと見るか、激しい政治情勢にあって12年もよく持ったと見るか…。

花山の諱(イミナ)を師貞(モロサダ)と言ったらしい。忌み名である故、しもじもは使えない。平安中期の庶民は呼んではならない名前持ちの御仁に場所名や屋敷名のアザナを冠した。これはどこでも同じ、「ウインザーのオバチャン」と、ブリテン若いのがQE2(クイーンエリザベス2)を呼んでいた。ウインザーズ・キャベッジと言うのもあった。

ウィンザーは旦那が使う愛称`キャベッジ・オバチャン`の住まいである。ロンドン郊外のもともと土地名。それが城名にもなった。1次大戦後ドイツ名即ち小豪族地名ザクセン・コーブルグ・ゴータを嫌って、代わりの王朝名に採用した。いささか詐欺っぽいイメージチェンジ…。

Hypericum noDore 002
庭から逃げ出し自活している弟切草仲間の一つ。一本たちの茎だから、対生の対葉が順に90度づつずれていくのが分る。

`オバチャン`ブリテンとカザン日本はユーラシア大陸の東西両端に向かい合って位置する。これらの文明度と言うか、政治・文化の質を考えると、遠くデンマーク・ヴァイキング由来のウェセックス家支配と藤原家/天皇体制との落差は大きい、、と私は勝手に思う。前者は村の素朴と山賊の野蛮、後者はひ弱かつ都の雅である。天皇は武力を持たぬ記号だったから。[その記号性の力は武力を遥かに上回るのだが]

ブリテン島の支配者は、歴史の常で、武力に勝る強いものが立った。大陸ともつれるのは大陸からの刺激を受けた11世紀半ばから。ノルマン公ウィリアムに征服され言語を採りいれ、プランタジネット朝(House of Plantagenet)を開いて`ちゃんこ鍋`欧州の雄になる。初めは小さな海路挟み故に。簡単に嫁をとりあった仏英関係に過ぎなかった…。

西フランク王国は第五共和政フランスの原型である。花山天皇が退位した時、カロリンゲンの王・ロタールに代わり、その孫ユーグ・カペーがパリ近郊地域のみを辛うじて支配していた。カペー朝は名ばかりの西フランク王国のあるじ。生涯40年近い花山天皇は退いてから法皇として花山院を営んだ。20年余の期間だから、けっこう政治ごとに絡んだ営みをしたと言う意味だ。鴨川の流れる京都は安定した`都会的`で、セーヌの流れるパリは`田舎風情`で、人口は前者が後者より多かったと思われる。

鴨川の下流から大阪湾まで、もちろん朝廷/藤原の権力が行き届き、荘園が経営されていた。セーヌ川がパリを出ると、そこから大西洋までノルマン人の支配地[補註1]。彼らは北欧から進出したヴァイキング末裔で、いわば野武士のように強く、ノルマンディー公と言うのが大将だった。この孫の孫の孫か…とまれ子孫にアンジョウ伯ゴッドフリードと言うのがいる。黄色の花エニシダ(Planta genesta)小枝を兜にさしてノルマンディー全域を駆け巡った[補註 2]。その息子が海峡向うをも領地に治め、海路を挟んで広大な国土をもつHouse of Plantagenet朝を立ち上げるのだった。

花山院(または崋山院)は現在の京都御苑にあり、東京遷都までその屋敷があったらしい。正確なGPS(global positioning system)の数字を御苑内にある宮内庁事務所営繕方に問い合わせると、あるいは分かるかもしれない。さちの宮こと後の明治天皇の誕生地・旧中山邸の南東あたりかと推測されるのだが…。

Hypericum perforatum Corrage 02

黄色い無数の雄蕊が綺麗な多年生草植物。上掲載写真例は弟切草でない。日本のオトギリソウと兄弟にあたる欧州自生種である。属名Hypericumは同じだが、種名が異なる。分布域も、厳密に言うと抽出成分構成も異なる。

こうした前菜的な雑事を探ってみると、花山院の御代と始まる物語が分って乙に味わえる。シェリーやポルトを軽く一口いただくアペタイザーの快さと言うべき雑史…。ここまでを、前奏と言うか食事前のオードブルにしていただければ幸。メインコースは次の「洗礼者ヨハネス」にて。

【補注】;
1.西フランクの力およばぬ地域。この構図は16世末・エリザベス1世治世まで続く。小舟ですっと互いの対岸に上陸できるので、いつの時代にもドラマが生れる。最後のビッグ・イヴェントは連合軍の1944年6月6日、ノルマディー上陸作戦Dデイ。

2. ゴッドフリードの妻は向かいイングランドのノルマン朝ヘンリーⅠの娘。数多くのマティルダの中で、多分、最も有名なマティルダ。先夫に先立たれた彼女をノルマンディ-実力者と再婚させたのはヘンリーⅠ。彼らの唯一息子が父方の姓を王朝名にするのは世の習い。母親マティルダはノルマン朝に属するが、息子は父ゴードフリード名を踏襲する。王朝名が変わったのは、内戦の結果でない例。新家名はゴッドフリードが愛用した植物名エニシダ(フランス名Le Genêt à balais)から採られた。植物+エニシダ、Plante+Genêtと言う字名である。なお少木の学名はCytisus scoparius。
関連記事
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment form













管理者にだけ表示を許可する

Profile

ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
この記事にリンクを貼る

Designed by Shibata

タグリスト

access
access online
現在の閲覧者数:
Latest trackbacks
Search form

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。