ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Ordinary People 雑人雑名

洗礼者ヨハネス


6月24日、子供たちが焚火の上を飛び越す。小学校の高学年になり、充分な勇気を持つようになった証として

20年に及ぶ私の恒例だった。聖人ヨハネスと言う人物の誕生日を祝う祭である。ユリウス暦も、10日ほどずれこむグレゴリオ歴でも毎年必ず六月の24日と決まっている。陰暦の水無月や文月がそのまま新暦(グレゴリオ)に使われるように。

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草花で編んだ冠を頭にかぶり、人々は森に集まる。出し物は音楽/舞踊/劇…。ピクニックの数々の食べ物と飲みもの。夏のど真ん中の祭である。この行事を迎え、ほどなく子供たちは「陪席観察者の記述」と言うべき担任先生の手書き通知簿をもらう。

点数の無い通知簿で、子どもごとに相応しい絵が添えられる。異なる教科で異なる担当者の場合はその人が書く。個々の子供を良く見ていなければ書けない評価観察作業と言えよう。逆に教師の熱意が親から問われる…子供たちの積極面を汲み上げることによって、-面を+に変える記述法。子供たち自身が読んで、苦手を克服しようとする勇気を持つような`通知簿`。そして待ちに待ったヴァカンスが来る。祭りはそれ故に、思う存分、歌って踊って楽しんで良い。

Sint Jan feest Amsterdam

聖人ヨハネスを蘭語通称で、シント・ヤン/SintJanと言う。ヤンはヨハネスの短縮形と言うか愛称。ヤンの他に沢山のヴァリエーションがあり、ヨハンとハンスは代表。簡明形はヨー/ Joと言う2文字名。Janは3文字でJohan/Hansより呼びやすく、街でヤンと叫ぶと半分の男が振り向く。ハンスとドイツで叫ぶのも御同様だろう。

バルト3国(エストニア/ラトビア/リトアニア)は6月24日を祝日にしているらしい…。独/蘭/瑞/墺でも祝う村々があるようだ。ルドルフ・シュタイナー(1861‐1925)はこうした伝統を巧みに取り入れ独自な教育メソッドを開発した。6月24日の聖ヨハネス祭は全世界のシュタイナー学校低学年部によって行われている。

今年、西洋弟切草は10日ほど前の6月24日前後にぎやかに開花した感じがする。日本のオトギリソウ(Hypericum erectum)はどうだったのだろう? この仲間は一般に光に敏感に反応する物質を含み、ヒペリシンと命名されている。それは現代医学によると、うつ病や神経症状に効果がみいだされ、近年注目を集めている。

オトギリソウ属の西洋名は聖ヨハネス属である。彼の誕生日の頃に満開になるのが命名理由である。逆にイエスと並ぶ偉大な預言者の名前を持つ植物仲間だから、なんぞ薬学的効能があるだろうと考えられた節がある。

これは花山院御代の平安中期に傷口を癒やす薬として用いられたオトギリソウ的状況に似ている。時間順に考えると、紀元前のヘブライズム・ヘレニズムの薬草観がペルシャからインドをへて、支那の漢方情報をさらに加えて日本に伝播した可能性がある。900年の十分な時間差があるので信憑性は高い。

ヨハネス草は昔から万能薬としてユダヤ/キリスト/イスラム教すべてに受け入れられてきたようだ。黄花の似ている仲間すべてを集めてヨハネス草、即ち蘭語だとシントヤン・クラウド、英語だとセイント・ジョーンズ・ワートと言う。だが普通見られる種(シュ)は前項カザン帝記事中の写真ペリオラータム(Hypericum perforatum)。狭義のシントヤン・クラウドはこの種を指す。ブリテンでも同様だが、しばしばコモン・セイント・ジョーンズ・ワートと丁寧にcommonを冠して特定している。コモンは標準/普通/最も見られる/平凡と言った意味。なぜならこれらの国々で木本を含めほぼ10種ほどの仲間が自生しているから、たいてい見るのはこれだよと言っているわけ。

昔、子どもたちが泣いたり風を引いて寝込んだりすると、上さんが小瓶に入ったやや赤っぽいシントヤン・クラウド液を指腹に付けて、やさしく子どもの腹や背に擦りこんでいた。おまじない、あるいは癒やし。これは宗教的信仰行為に私に思われた。もしも夏であって、子供たちが裸で屋外で遊ぶなら、炎症を起こすのではと、ヒペリシン作用を知っている人は心配するだろう。

オトギリソウの花後の熟成する細長く丸い果実を押しつぶしてみよう。うす紅い液体が滲み出す。6月24日はこの果実を収穫する日でもある。2012年も、変わらずこの液体の小瓶を求めることが出来る。よく売れるそうである。キリストの一歩前を歩いた預言者でキリスト自身に洗礼を施した人物の赤い血と解釈されるのだろうか。この液体は鷹匠の弟による外傷に勝れて効くだけでなく、様々な内傷的病を治める万能薬であるのだ。


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評判を聞いてやってきたイエスの洗礼を、ヨハネスは始め拒んだと言う。誰がイエスか分かる筈もないが、ヨハネスは一人の男に`生贄の羊`を見た。

過去に多くの薬草の効能が信じられ用いられてきた。西洋医学による薬物研究で効果が認められない…と言うか、臨床試験でなお不明な薬草が多いと言う。ドクター・フォーゲル提唱のホメオパシー療法とその限りなく希釈された薬物は医学的な通常分析では何らの効果も認められない。

しかし一般店に加え、アポテーク(国家認定薬局)でホメオパシー薬を扱い、その効くと思われる説明を受けることが出来る。多くの国民が服用して治療回復に役立ったと考えるならば、保険適用になるアポテーク取扱い品目にして良いと言うこと。重大な根拠がもう一つある。ホメオパシー薬は副作用の弊害から100%自由なのである。

支那の漢方薬は国家の公式医学薬であろう。素人が論評出来ないが、長い世紀を通じる体験的薬物システムと言える。恐るべき情報が蓄積され、西洋医学教育を受けた日本人医師による漢方薬併用例はごく当たり前らしい。それはホメオパシー療法を同時に受け入れる相当数の欧州の医学人と同じである。

洗礼者ヨハネスは紀元前数年の6月24日に生まれたと言う。それから1年半後の12月25日、夜空に流れ星を見た羊飼い3人がベツレヘムの馬小屋に誕生した赤子を祝福している。紀元28年、赤子は30過ぎの成人だった。鋭い棘むき出しのサンザシ小枝で編んだ冠をかぶり十字刑に処せられた。三日後、彼の棺桶はもぬけの殻だった。

月あけて直ぐヨハネスはヨルダン川流域で洗礼活動を始める。彼の愛弟子とも言うべきイエスの死と復活と言う`喜びの知らせ`を人々に伝えなければならない。ローマ初代皇帝アウグストゥスを継いだばかりのティベリウスの治世中である。8年後ヨハネスは斬首されるのだが、その年次は2代皇帝の没年37年の前年だから確かであるとユダヤの歴史文献にあるそうだ。

ヨハネスに関する一連の事績、そして神の子イエスの言行や奇跡を言い伝える書物(福音書)は数多い。紀元あけて間もない文献を基礎にして、その後20世紀間を通じ膨大な研究・註解書が著された。神々しいヴァティカン図書館にすら収まらないキリスト人たちの努力の山積だ。だが、それらが語るものはゼウスや天照大御神の神話に近い創造なのではないか…。あたかもオトギリソウの神のみぞ知る不思議な薬効を信じるように。

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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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