ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Oh every day 日々そうそう

宴の後

ロンドン・オリンピックが日曜日12日に終わった。イヴェント中のイヴェントと言うべき巨大な催しは華やかなショー・イヴェントで幕を閉じる。そして各国チームが帰国して歓迎イヴェントが催される。以下に画像を並べてみよう。写真集めのタイトルが「うたげのあと」。

IOC委員長イャック・ロッフェの終了宣言の前に、ロンドン五輪運営委員会セバスチャン・クー(56才)による閉会挨拶。ロッフェはヨット、クーは陸上中距離で1980代前半に活躍。当時800m1分41秒台は前代未聞。ケニアのキップケーターが更新するまで16年間を待たねばならなかった.棒高跳びセルゲイ・ブッカ(49才ウクライナ籍)と共にIAAF(国際陸連)を先年まで引っ張った。UKスポーツ界の顔だから、保守党議員の当選歴あり。男爵称号を得たが返却し、現在は只のSirである。将来のアイ・オ・シー委員長が目標だろう。

   Na het feest 03
センセーショナルで美しい夜景。ロンドン市街を背景にする遠景からのスタジアムのプレゼンテーションとその細部表現。イヴェントのオープンとクロージング演出の成果は観客席上部・屋根部分の色彩変化だろうか。中央の舞台は十字とはすかいたすきとの組み合わせで、王様連合国家を示すUK国旗ユニオン・ジャック。

たすきの中心部の細部。舞台は通路であり、歌手やダンサーを乗せた山車の車が走る。コンセプトは、こうした構造物が色変わりして、同時に上下左右に移動すると言うカラクリ発想だが、実際は動かない。五輪は踊り手歌い手だけでなくショービジネスやイヴェント設計専門家にも願っても無い挑戦の場になる。
  Na het feest 04

ロンドン/UKファッションの宣伝もきっちり行われる。
  Na het feest 05

オランダ帰国歓迎例。オランダチームを乗せた特別車両はドーヴァー海峡地下トンネルを通り、そのまま歓迎式を行うデン・ボッシュと言う北ブラバント州々都の駅に直行。出会いの場所と言う小さな小屋がある街の中心広場に、仮説舞台が作られた。NHKに当たるNOS(ノス)スポーツ担当者が司会を務め、ヤンヤの歓声と騒々しい音楽。凄まじい数の群衆が集まり、メダリストやそのチームを迎え称える。オリンピックの愛国心高揚の側面が理解される。
http://nos.nl/os2012/video/404026-os-2012-gouden-oefening-epke.html
上は器械体操・鉄棒種目で曲芸を見せたエプケ・ソンデルランドを紹介するNOSウェブサイト。金メダル授与後に公開され、オランダウェブ史上の記録破りの訪問数になったそうだ。
    Na het feest 01_edited-1
エプケと言う男子名は北部フリースランド名。寒く冷たい冬場の「11都市を巡るスケートの旅」の州である。苗字は貧しさの象徴のような鈍百姓「土地無し」。お前さん、畑/放牧地も無いから、これで登録しよう…と19世紀初頭の命名では。しかし今や、この苗字はあきんど国家の輝くブランドになるだろう。 

参加することが五輪の精神。クーベルタンの理想と、メダル取り合戦との落差は大きい。モスリム女性がスカーフなど被り物をして初参加。祖国の女性解放への一歩だから`理想`の体現である。一方、支那コーチ陣は「Russia/USが巧妙なドーピングをして知らぬが仏。我々も手をこまねいているわけにいかない」と堂々としている。開催国UKも理想だけに留まっていたのではないように思われる。彼らは公式に声明したのではないが、多くの傍証が存在する。

UKこの4年間スポーツ投資は未曾有の額だそうだ。その成果がメダル会得数に現れている。肝心の金メダル入手数は米国ー支那ー英国ー露西亜ー韓国ー独逸ー仏蘭西の順番になっている。投資額は有効に生かされたわけだ。これに対し米/支と英にすら後塵をかぶる`汚名`に露が文句を呈している。UKはボクシングなどの判定競技で、ロシアのゴールドメダリスト候補を巧みに僅差で落とす`工作`を行った、と露スポーツ相が批判。トーナメント相手と審判団との組み合わせによる工作と想像される。UKとRussiaとの金メダル数の差は、ボクシング結果の差である…、彼は同様な工作経験者だから臭覚が効く。ボスのプーチンに真剣な表情で話しこんで報告しているが、事態を理解した大統領は、しかし開催都市で大っぴらにこれを言う分けに行かない。

五輪施設や直接関連投資額は11兆円らしい。莫大なTV放映権及び入場券の2大収入源の殆どはIOCに属する。税金11兆円に見合う収益は微々たるものだ。期待された観光地やショッピングセンターに人が集まらなかった。国内総生産への寄与は0.3%増になるそうだ,長期的なUK経済に有益な結果をもたらすようにと分析者は期待している。少なくとも、スコットランドとウェールズ、そしてイングランドが力を合わせてグレイト・ブリテン・チーム(蛇足1)として素晴らしい結果をもたらし、愛国心で結ばれたのだ。それだけでやった甲斐が十二分にあった。ロンドン市長/ボリス・ジョンソンが自惚れ気味に、明るく笑顔で語っている。[蛇足2]

   Na het feest 02
ブリテン過去15年くらいか、世界のアイドルになったガールグループも閉会式で絶唱。世界のTV視聴者に聞こえたと思われないが、彼女たちが登場しなければGBの表看板ショー番組にならない。グループ名がでてこないが、既に40代中年になっている筈。そろそろ次のスーパースターが出てくる時期かもしれない。

世界の数十億人がTV観戦したと言われるイヴェントが終わり、静かな日々が帰ってくる。先祖の墓参りも民族移動イヴェントである。だがイヴェント期間とその騒々しさや興奮、あるいは逆に祖父祖母への祈りや静けさ、我がルーツへの瞑想、物みなすべからく日々の出来事なのかもしれない。


[蛇足]
1. Great BritainとはBritish Islands(ブリテン諸島)に含まれる面積最大の島をさす。日本列島で各当するのは本州である。他に呼ぶならば大島も可能だろう。かつての漢字呼称`大英帝国`に付く`大`は単なる寸法の大なることを基本義にしている。この大きな島に、北や東、時に南から移民があった。北欧ヴァイキング、大陸ザクセン/ゲルマン、地中海ローマと言った侵略・土着化が古代から続いた。地理上の必然性がユーラシア大陸両端ブリテン諸島と日本列島に作用した。異なるコースで大島に入った民族がスコットランド/イングランド/ウェールズあるいはアイルランド形成のオリジンである。17世紀初頭、スコットランドのステュアルト家のジェームスを頭にして王様連合として一つにまとまったのだが、こんにちまで確執は続いていると言うこともできる。同じ時期に家康が日本を統一したのはブリテン事情と呼応する人類史の歩みである。だが日本に王様たちが相並ぶことなく、将軍が朝廷を奉ると言うシステムを創造した。この政治体制は世界に類例を見ない。

2. スコットランド独立・党首アレックス・サルモンは全く正反対に解釈している。テニス男子ゴールド・メダリストのアンディー・マーレイはスコットランド人の真価を発揮。我々の運動に大いなる勇気を与えてくれた…。ロンドンオリンピックのレールを敷き、90%の功績を担うのは労働党であり、前宰相ゴードン・ブラウンはサルモン人気とスコットランド独立気分に、先日エディンバラでやんわり警鐘を発している。曰く:オリンピックで培われたGBチームの団結資産を大事に育てなければならない。私たちはUKの心一つの国民なのだから…。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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