ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Miscellaneous Human History 雑史/外伝

独裁者の息子たち

歴史的ヒトコマ(と全てのメディアが表現)が上のサテライト画像。

エジプトの裁判伝統に従うと、被告席は常にケージの中にある。鳥籠をケージと言い、この場合は鉄格子と鉄網の保護室です。

鳥籠にたくさんの人が見えます。エジプト前内相エル・アドリと部下6名の前警察トップが右側。焦点は左側の小ざっぱりした白い囚人服を着て立つ二人。右アラー50?と左ガマル48と言う兄弟で前大統領ホスニ・ムバラクの息子です。

アラーはエジプト資本の大部分に関わるビジネスマン。ガマルは次期大統領として内外で見なされた。30年鉄腕でエジプトを支配した人物は見えませんが、左側ストレッチャーに仰向けになっています。

息子・娘と独裁者の例にさまざまヴァリエーションがある。洞穴に潜ったサダム・フセインにも二人息子がいた。こちらの方は豪華宮殿を建て、息子たちはしばしば女性を集める宴をして、ピストルをぶっ放すなどやや単純で分かり易い。二人とも米軍に機関銃をぶっ放しつつ戦死した。この時きっちり報道管制され、CNNは画像なし事後報道だけだった。

1989年冬、チェコスロヴァキアとルーマニアの共産独裁が前後して崩壊した。既に東西ベルリン市民がベルリンの壁にのぼりシャンペンを交わした後で、ドプチェクとハーヴェルが両手を挙げてバルコニーに現れた画像を誰もが見て、歴史の証人気分に浸ることができました。

チェコスロヴァキアは言わば「名誉革命」だった。しかしルーマニアはチャウシェスク`王朝`により困窮どん底で、反対者は中世並みに弾圧殺戮された。政府要職は中世に習い、全て親族に占められ、従って夫婦の次男ニクと娘ゾヤはそれぞれ社会主義共和国の重職についていた。長男は物理学者で政治と関わらず、現在、亡くなった家族墓地を訪れる唯一の普通の人物。

"ローマ人の国"ルーマニアはチェコスロヴァキアとエジプトと異なり、銃火を交える革命がおこった。農家の息子から`国王`に上りつめた老人とその妻の近距離射撃による処刑が数時間遅れて、ケーブルニュースに流れ、すぐ世界中の居間に伝わった。画像を覚えている方がいらっしゃるだろう。

銃撃戦の後、国民に縁のないキャビアや特性ビーフが詰まった宮殿地下冷蔵庫が紹介されたり、みかんを食べたことが無いと言う主婦のインタビューが伝わり、共産主義の`ありのまま`が画面に現れた。それからまもなく西側欧州諸国にありや無しやの共産党が消えていった。

ニクはアルコール中毒でどこかの施設で亡くなり、5年ほど前ヘビースモーカーのゾヤが逝ったとラジオが伝えていた。独裁者の子息子女ゆえの不幸に違いない。17世紀ころなら、むしろり長生きに属する享年50~60だが…

アラブ世界で前大統領が被告席に座るのは珍事。先例は2006年12月イラク独裁者フセインくらいでは。朴軍事政権後の韓国ではしょっちゅうでしたね(アラブと無関係なある種の`半島=緩衝国`気質のせいでしょう)。チジニア昨年12月半ば以来の激しい市民デモによって、1月14日ベン・アリ(前大統領)がサウディアラビアへ逃走。隣ですから、その大波がピラミッドの方へ寄せて行ったんですね。

直ぐにエジプト若者たちのソーシャルネットワークが猛烈に動きだしたわけです。同時にバーレン・リビア・イェメン・モロッコ・シリア・アルジェリア・ヨルダン…全てのアラブ域にこの動きが伝播。これを民主化と言うのはカッコ良すぎる。まず一揆または蜂起(uprising)と言うべきと思います。

1月25日カイロのタハリール広場に蜂起の若者たちがテント設営した。アレクサンドリアやスエズなど他都市の若者たちが続いた。この日からサテライト実況が始まった(釘づけになった馬鹿がいました)。アルジャゼーラ(AJ)の包括的なカバーが他局で紹介され、CNNすら(今でもアラブ事情に関し)AJと画像配信契約を結んだと思われる。

NHK他日本メディアのソースは殆どAJ経由だろう。ヴェトナム報道後の日本ジャーナリストの海外活動を何故かあまり聞かない。安全圏からの遠見記事と、時事と共同によるロイター他同僚からコピーした配信記事ばかり… とは言え、現場を自分の目で見て伝える勇気あるジャパニーズ・ジャーナリストたちがいる筈と思う。

エジプトSocialNetWork若者たちは、警察の流血取締りと常態化している緊急国家非常法それに言論の自由と言う主題をあげて動き始める。明らかに民主化への政治組織運動です。チジニアやリビアと違う意識と方向、と言うか、地下活動が芽生えたんです。

ホスニ・ムバラクは内閣を更新、同時にかつて自分が勤めた副大統領制を復活して、長年の秘密警察長官として独裁体制を支えた腹心オマール・スレーマンを任命。飴と鞭で大きく傾いた老朽船の重心を戻そうと言う戦術です。

広場のアップライジングはますます人々を集めエネルギーを高めてゆく。大統領退陣を叫ぶ数千デモ隊に対して、鞭や火炎瓶を持つラクダと馬の攻撃隊、大統領写真をかかげる一隊が突入する。ABCの女性リポーターが男たちに囲まれ○○されUSで治療を受ける事件も起きた。これらの画像もライブですぐに茶の間に入る。

取締り発砲による犠牲者を加速度的に増やしながら、2月10日国家お抱えTV局がついに大統領退陣の声明を流す、、、らしい。だが若作りメイクアップした80過ぎ大統領が喋った長ったらしい退屈な演説は、一度目演説の焼き直し。国家への30年間奉仕を仕上げる9月任期まで務めると言うもの。

いかに国家に尽くしたかと言う自慢と自己満足の繰り返しに、広場の大画面TVを見る人々のあきれ果てる溜息と失望があわさって音響波をつくるほどだった。9月までなら大幅譲歩をしながら、欧米に散らばる70億ドルと言われる資産を移管して隠すことが出来よう。

観光はエジプトの重要産業。無法な一揆によって、ピラミッド遺跡やアスワンダムの観光客が消え失せた。客を乗せるラクダで生活する善良な人々が、だから止むに止まれず居座りデモに怒りをぶつけた…と言うシナリオを考えたのは息子のガマルだろう。

連日デモが打たれる中、どこからか女性だけのムバラク支持デモが現れた。若いかわいこ子ちゃんの大統領賛美のインタヴューが巧みに世界に流された。また屈強な連中を集めた突撃部隊が横通りから突然デモグループに襲いかかってきた。こうした作戦を考え組織したのは、大統領腹心イエスマンや親衛隊だろうが、これもしろあれもしろと言った司令塔は彼だろう。

癌になり老化しつつある父親を既に長く支え、ガマルは実質的権力を発揮していた。SNMを通じ「デモはなくどの町も平常、安心して仕事に戻りましょう」と言った情報操作を、内相エル・アドリと秘密情報部を通じ、差配したのは彼でなければならない。二度の退屈で不出来な演説も彼の草稿。

ホスニ・ムバラクは腹心よりも息子だけを信頼するようになっていたのだろう。米英とアラブに不動産やリゾートを展開するアラーは父親のTV演説中に、影の演出者である弟に激怒した。

父親を疲れさせるだけの無意味な長話を何故させる必要があるのか? 兄はこの時、初めて弟のやり過ぎに気が付いたのではないか。父親は既にかつての迫力ある権力者ではない。世界外交舞台に登場するインテリの立派な政治家として、引き際を飾りたい…。モウロク爺になる前の夢である。

彼等兄弟は同時に、父親が着せ替え衣装で道化師クラウンを演じられる砂漠の酋長でないことも十分知っている。部族社会の長(オサ)を基本にするリビアと違う。誰がどう言おうと、恰好が悪かろうが、徹底的に戦う野蛮な根性はない。

ホスニ自身も息子たちもあまりにもブリテンのハイ・ソサエティー雰囲気にそまりすぎていた。だてに30億ドル投資資産をブリテン本土に置いているのではない…。それは19~20世架け橋の頃、エジプト部族長たちが描いた同じ砂漠の楼閣だったか…。

破局は翌日に来る。軍事評議会は既にUSと話をつけ、2月11日の手筈を整えていた。評議会差し回しのヘリコプターで両親に寄り添いながら、アラーとガマルはカイロを去った。その後スレーマンが大統領退陣を短いコメントで発表した。


[記:2011-08-04]
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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