ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Here&there lands 雑なるアレコレ大地

わらびのあく抜き

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ベルリンBundestag/ブンデスターク=ドイツ連邦議会。正面にシンボルの大鷲。独語彙はAdler=アドラー。鋭い目と獲物を捕らえて離さぬ爪…ドイツ民族の象徴。大鷲の羽はドイツ語圏を覆っているように思われる[補足1]。

       独逸 議会・政府のシンボルのコピー

1960年代後半は冷戦の真っただ中。日本は高度経済成長を驀進中。今から振り返ると嘘のように思える。`経済`の池田勇人から`待ち`の佐藤榮作へ政権は変わったが、成長は陰り無く続く。冷戦時代の経済奇跡はユーラシア大陸の両端、二つの敗戦国家で起こった。欧州の雄は西独逸。打ちのめされ占領された独日二つがUS庇護を受け、軍事支出と言う大口出費せずにまっしぐらに頑張った構図である。

佐藤首相はデュッセルドルフを日本の旗艦都市にすべく、料亭を考えた…。当たらずも遠からずと思われる。ヘンポンと翻る日本経済をネゴをする場所。ドイツ接待の日本の出先。新喜楽の女将がいるような品格のある料亭があるべきだと…。

日航ホテルが出来、三越が進出、本屋も顔を出し、ドッと日本人企業の家族が住み付いた。本格的な日本人社会が形成されだし、デュッセルドルフは極東と極西の経済両雄の極西側のシンボル都市になる[補足2]。そのルール商工都市における同胞人口は当時フランクフルト・ハンブルグを遙かに凌いでいたらしい。ドイツ要人を持て成す高級料亭のお蔭かも知れない。春になると山菜料理がそそと出されたのだろうか…? 

           Adler Adelaar

シダのドイツ語彙はfarn。Adlerfarn=アドラーのシダ、即ち「鷲のシダ」がワラビを指す。上図はワラビの部分構造と複葉細部を並べたもの。増殖は地下茎と胞子との拡散で行われることが説明されている。そして「鷲+シダ」の一つの命名理由が右端の切断面にある。斜めに切られた部分に維管束が並んでいる。

秋深まる10月半、季節外れの話題…。ワラビの話をしよう。
   北緯52度、7月頃のワラビ林。一つ上の右画像も独蘭森林部に自生するワラビである。
     Ptreridium aquilium Corrag 01
     1個体の先っぽから、ワラビらしいことが分る。

     4月半ば、日本列島中央部の山地直送``旬``。
     Warabi 02
     山菜狩りした農家があく抜きして、街のお得意店に納めた本日分。青みがかっているのは撮影の不手際...か、それとも、、、


Pteridium aquilinum このローマ人語彙綴り二名方が日本列島自生ワラビにも、独逸の植森林に自生するアドラーフェルンにも適用される。標準和名として前者をワラビ属、後者の種名をワラビとしている。欧州諸語の多くは属名も種名もアドラーフェルン即ち「ワシ+シダ」のようだ。なぜなら本種が最も多く見られ、シダと言えばこのシダをまず思い浮かべる。春になると、例えば高木針葉樹林帯にウニョウニョ出てくるシダの殆どはこれだ[補足3]。

日本でも欧州でも2回あるいは3回の羽状複葉葉(ウジョウフクヨウバと読むのだろうか…重箱読みで間違いかも知れない)。土中を水平に這う地下茎網によって、山林の樹木下層を覆い尽くす。そうなると一寸する庭園すら根絶は容易でない。コスモポリタンで、北半球全域に自生するそうだ。

4月初旬に顔を出し、6~7月に人の背丈に並ぶかそれを軽く超える例も多い。2m以上になる欧州シダの唯一の例だろう。見あげると左右一杯、時に3mを超える複葉葉を広げる様子があたかも鷲が左右の羽を堂々と広げたように見える。肉食鳥ワシは食物連鎖の頂上に立つ。これが、最も大きなシダを「ワシのシダ」と呼ぶ一つの理由だろう。

11月になると高木下層を占めていたアドラーフェルンが緑から茶色になり、年を越すと地上部分を落とし最早それと認めることは出来ない。冬季は4月に出す芽と言うか茎の準備期間。その期間が明けると、デュッセルドルフ市の日本人村の人々が森歩きの途中、あちこちに所狭しと出ている30㎝ほどのワラビらしきを見つける…。

半世紀前に近い。熱心な方がワラビに違いないことを確認した筈。ここにも故郷の山菜が育っていると言う喜びそして感激を想像することが出来る。今と違い、本人も家族もビジネス戦士としてのパイオニア的雰囲気があった頃である。ワラビのニュースは日本人社会だけでなく、「フェルンを食べる日本人」はデュッセルドルフ市民に少なからぬ驚きを与えた…。

採取したワラビのあくぬきをするため、日本家族の主婦は日航や本屋のある日本街にある食品店で重曹を求めたのではないだろうか。重曹は炭酸水素ナトリウム又は重炭酸ナトリウムのことだ。独綴りでSodium Bicarbonateだ。その白い粉をアポテーク=薬局で求められるのだが、それを示して求める日本同胞は少なかったに違いない。(なお重炭酸ソーダことNatriumhydrogencarbonatも重曹と言うそうだ)。重曹を代潜するのは樹木を燃やした焚火後の灰である。ふるさとの祖先が世紀を通じて行った灰汁抜き方。本物灰を作る家族がいたならば拍手を贈る。
 
     灰と重曹を除く灰汁(アク)抜き方。
    akunuki 01-1 名称未設定 1
     ↑ヤブツバキの葉っぱ方 左;2日目、中;1日目。 銅板や銅パイプの方法;右
     ↓上と同じような状態をやや拡大。右は乾燥保存のため並べた様子
    090507 gedroogde Akunuki Adelaarvaren 05
     ヤブツバキは万とある椿品種の親であるから、どんな椿の葉であれ同じアクヌキ効果がある筈
 

椿葉による灰汁抜きが私には簡単で自然に思われる。灰は準備も根気も入り、しかも水洗いを繰り返すので、風味が損なわれるような気分になった。重曹は簡単だが、何となく科学薬品処理のようで落ち着かない。銅を用いるとワラビの仕上がりが椿葉の処理に近い。椿が近くに植わっていない場合、私は銅を用いたい。

こうして灰汁抜きしたワラビを束ねた感覚を思い出すと、今年4月に日本店頭で求めた洗練されたワラビとかなり印象が異なることに気付いた。何故か? 理由の1は灰汁抜き方が違う。2は学名を同じにするワラビがやはり遺伝子レヴェルで、日本と欧州とで微妙に異なる。2は勝手な想像である。しかし何年もの毒見体験から、祖母やお袋のワラビ料理を食べた昔の記憶と一致しないのだ。同胞の方に確認したいが、あいにく`日本街`に遠くワラビを食する同胞も聞かないので今後の課題になっている[補足4]。

    A image of Warabi 01 Cor_edited-1
     右切断面の模様は明らかだが、常にこんな明瞭なパターンでない

連想やイメージは民族によって異なる。欧州は限られた小さな文化圏だった。大航海時代まで、彼らはアフリカやインドや中国さらに日本列島の存在を知らなかった。ブリテン諸島やその向かいの大陸はカルル大帝の頃、ローマカトリックが普及して、双頭ライオンや双頭鷲の紋章を持っていた。非常に単純な、子供が描くような紋章であることを上のコラージュにご覧になるだろう。

双頭と言うのは恐らく古代エジプトからの概念と言うか思考に思えるが、どうだろう。プロシャ(プロイセン)の(双頭)鷲の起源が分らない。エジプトからパレスティナへ、その騎士団が後に東プロイセンへ引越・移動した。そんな道筋を想像してみたが…。しばらく寝かせて見ると、いつか分るだろう。とまれ、人々はワラビの茎元を切断した時、そこに双頭鷲を見たのである。このイメージは広くキリスト教社会に受け入れられた。それはプロイセンがまだ小さな勢力圏に過ぎなかった時のように思われるのだ。

時を経て宰相ビスマルクが墺太利に対峙し優勢を誇る時代、プロイセン紋章の鷲は欧州列強中の列強国家を余すことなく象徴することになる。そのイメージをもつシダを食材にしようと考えるのは畏れ多いと言うべきだろうか。こうして欧州の`ワラビ`は食べられず、温存され、森林をわが世の春として覆い尽くすのである。


[補足];
1.オーストリアやチェコ・ヅデーデンまたはかつての東西プロイセン域では大鷲が生きている。言いかえると、紋章として尊敬を得ている。西プロイセンとは一般にポンメレン地方と知られ、東海沿いに現在ポーランドのグダンスクまでが属していた。東プロイセンは1次大戦終了までケーニッヒベルクからレットランド当たりまで。つまりドイツ語圏だった。

2.極東側のドイツ出先はご存知の通り東京。東京全ての知恵無し国土政策が21世紀まである陰りを与えている。東北大震災による関東圏の被害または風評による、主に外国企業(社員)の関西圏への逃避。取るに足りぬ小事例だ。しかしこうした事態を想定してドイツ/オランダは戦後早くから国家や経済機能の分散政策を持ち、全てでないが実現している。一カ所が損なわれると全てが駄目になる…、チョットどころか相当に困るのでは。

3.ウィキ日本語版に森林にあまり出ないとある。日本の状況だろうか?ドイツでは森林の下層を占領する。ウィキの書き手は何処かの不確か記事を鵜呑み翻訳しているように思われる。

4.故郷の山菜ワラビを出向先で涙を流して喜ぶ時代は去った…。様々な日本食品が溢れ、また簡単に里帰りできる。欧州のワシシダを集めアクヌキする努力は過去の郷愁になったんです。と言うよりデュッセルドルフ郊外で発見された日本`ワラビ`はやはり厳密な`日本ワラビ`でなかったのかもしれない。それ故にドイツワラビ情報が全欧州日本街に広がることはなかったと考えられる。そう言えば、欧州人と結婚した同胞女性に欧州ワラビを話した時、「ほんとワラビがあるの!」とびっくり顔された。日本のアキグミ果実が成ることを説明して驚かれるのと同じ現象なのだろう。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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