ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Miscellaneous Human History 雑史/外伝

世代違い三名の女性 イングリッド/スーチー/ターニャ

この作文はイングリッド、スーチー、ターニャ、それぞれ1961/1945/1978年生まれの女性について。三名にほぼ等しい16/17年差の違いがある。

     名称未設定 1
左;黄・青・赤のコロンビア連邦三色旗 それぞれ黄色1/2、青と赤が1/4と言う比率が斬新なデザイン。 
中;共和国の国土。五ヵ国と国境を接する。19世紀初頭にスペインから独立、現国家名と国境を定める。それ以前は現パナマやヴェネズエラ他3域を含め、国旗と国家名と領土が激しく揺れ動いた。
右;FARCコロンビア革命アルマダの紋章。クラシックな外枠に祖国旗をなびかせ、中央に武器をあしらった何とも言えないごたまぜデザインだが、それが独裁的政権に反旗を翻した旗揚げ組み戦士たちを想像させる


イングリッドから始めよう。4年前の7月2日から数ヵ月、時の人になった。どなたも記憶されている筈。連邦共和国コロンビアの人で、2002年に大統領選挙に出馬。遊説中にゲリラグループ`ファルク`に遊説チーム頭ロハスさんと共に誘惑された。2008年この日に救出され、世界中の耳目を浴びる。恐れずに具体的反対抗議活動を展開、自国民主化のために戦い、過酷な人質生活から生還したヒロインとして…。世紀を通じて常に混乱する南米に於いて、女性でありながらと言うより、そう、女性であるからこそ、二大政党による寡頭支配の矛盾/汚濁に立ち向かった人物として賞賛されたのだ。 


4年前2008年7月2日 FARC(Fuerzas Armadas Revolucionarias de Colombia–Ejército del Pueblo ≒コロンビア革命的戦闘アルマダ≒革命コロンビア軍)に誘惑されていた14名がコロンビア陸軍によって救出された。作戦の目的は右二人め人物Íngrid Betancourt Pulecio(スペイン語;イングリッド・ベタンコール・プレシオ)の救出。ファルク内部に潜入していたと言うコロンビア人2名の報酬目的`事業`と思われる。

具体的には、2名の手引きと政府軍の扮装`赤十字ヘリ`オペレーションだった。作戦成功後、政府の身代金支払いの結果とされるが、担当司令官が否定。2名に適正報酬額+別の実体証明(identity)を与えたそうだ。身代金をファルクに支払い、同時に助っ人報酬と言う二重をするのは理に合わない。

ノンフィクション可能性は90%以上あるそうな。周到に計画・実践した2名は切れ者だ。フィクションであるジェームスボンドやミッションインポッシブルは簡単にいつでも出来る。しかしコロンビア北部の広大なジャングルで人質グループとファルク小隊を所定地に数時間歩かせ、政府軍兵士を隠した赤十字ヘリを迎える事実である。稀有な成功と言って良いのではないか。

     3 vrouwen Betancourt 1
救出ニュースが伝わるや否やニコラ・サルコジーは人気取りに動いた。ベタンクール・ピュレシオ(フランス語風仮名)の息子と娘を乗せた小型ジェット機をボゴタに送り、親子面会をさせた。そして直ぐにジェット機はパリのヴィルラコベイ軍用飛行場に取って返した。そこでサルコジーはイングリッドを待っていた。その瞬間が7月4日の上画像。6年人質になり健康が気遣われていたイングリッドをフランス政府即ち彼自身がいかに心配し且つ解放努力していたかを世界にアッピールするのである。

左翼共産ゲリラと麻薬対策に強い軍事政策をとっていたÁlvaro Uribe Vélez(アルバロ・ウリベ・ベレス)はお株を奪われた。誘惑数世界第1位の汚名を晴らし、混迷する内戦状況の治安回復がウリベの実績になり、支持を得るのだから。だが、コロンビアは南米第3経済国家と言えど、欧米メディアにとって殆ど関心の無い話題。サルコジーの勝手な即席人気取りが好感をもって世界≒欧米に迎えられた。左様な報道はゴシップ欄に属して良い…
これだけ上手にPR出来るから、彼は大統領になり、そしてその派手さとオッチョコチョイ軽妙によって2期目選挙に敗れる。パリを除いてフランス人は実直田舎者だと言う少数意見に従うと、なるほどと思う。

30年以上にわたるコロンビア人親友がいる。アウラと言う名前のエキゾチックな感じの彼女が珍しかった。コロンビアと言う国があるのを知っているが、その国民の誰かと知合いになると考えたことはない。正確に言うと彼女と、彼女の兄弟は戦闘続く祖国から逃れてきたと想像される。つまり難民…。若かった彼女はパートナーを見つける。結婚して欧州国籍を得る。息子・娘を作り、やがて離婚。その傍ら兄弟を巧みに呼んだと推理される。[補足1]

何故祖国を離れた? これをアウラから聞いたことがない。ボゴタ北東の村のかなり裕福なモンテアレグレ家で、年老いた母親も長兄家族さらに叔父叔母などが健在だ。2年に1度くらい、彼女と会う機会がある。60を超した恰幅良いオバサン風になり、前回は6年学んだカトリック大学の学士授与式だった。時々里帰りする写真を見せつつ、お国の話をしてくれる。ファルクやFLN(別の武装反政府組織)のテロゲリラについて、お粗末な政府の汚職や政敵殺人について、、。

最も大きな組織はファルクで、1966年頃成立した。軍資金はポピー麻薬栽培と販売。お得意は世界最大市場USだから、常にCIAの工作焦点地である。後述する墜落した人質3名はCIA要員と思われるが。もう一つの資金源は1990年代以降に盛んになった要人誘惑事業。創立グループの顔はAlfonso Cano。珍しく2010年に自然死した。彼の創立仲間指導層ほとんどが戦死殉死している。

ベタンコール又はベタンクールは出るべきして出た人物らしい。保守党と自由党がスペインからの独立以来、交互に政権担当してきたが、その合間に3度の軍事政権を持っている。しかし事実上は常に内戦のような状態で、政権は民主主義から遠かった…。最後のロハス軍事政権の閣僚で、以来有力外交官だったのがイングリッドの父親だから、高教育を自国とフランスで受けた。コロンビアは原住民系が過半数を占め、アフリカ系(奴隷売買時代の所産)、スペイン白人系などとの言わば色々が集まる混成国家かも。イングリッド家系の正確な出は不明だが、支配階層なのだからやはりスペイン系とみるべきか。

アウラ曰く;知識階級の女性エリートが大統領候補になる前提なのよ! もちろんフランスで身に着けた本物の民主主義の体感が無ければならない。結婚相手はフランス人外交官らしく、イングリッドは半ばフランス的感覚の持ち主だ。離婚後、帰国して政治キャリアーを始める。アウラも二人の母親だが、イングリッドのようなエリート家系でないから、資格に欠けるとゲラゲラ笑いながら解説してくれた。さもあらむ、大統領候補ベタンコール存在が良く分かる。

か弱くも美しい女性が騒動絶えぬ祖国に尽くしている…。しかも人質になりながら、意志を通し、劇的に解放されたコロンビア-フランス両国籍者である。かくして民主主義戦士として彼女の胸に勲章を西側首脳(首相や大統領)たちは掛けるのである。南米の人と言うより同じ欧州人として身近に感じるのかもしれない。

スペインのカルロス国王も彼女の手に接吻しながら栄誉を称えている。16~18世紀に悪名高きスペイン将軍たちが圧倒的火力で原住民族を殺戮したその土地だ。イザベラ女王によって派遣されたC.コロンバス由来の国名を持つ連邦共和国だから歴史の取るに足りぬ皮肉なのかも知れない。なおコロンブス(ブスが日本で用いられる)自身は南北大陸の人々を人とせずに大虐殺を実行、金銀戦利品を奪うのが主目的だった。航海時代の幕を開いた裏面と言うべき大悪漢だった。

イングリッドが恐れず果敢に批判した保守党あるいは自由党の指導者に、彼女は救出作戦遂行の感謝を何度も公にしている。詰問や激しい肉体消耗生活が精神を犯すのは自明だ。イングリッドは自国現実に微妙な軟化を示しているように思われる。ウリベ後を襲ったサントス大統領の任期切れは2014年。彼女は大統領選挙に立つだろうか。

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Aung San Suu Kyiさん。仮名でミャンマー(旧名ビルマ)と書き、正式国名は体制が変わる度に変わり、現在はミャンマー連邦共和国。軍事独裁そして仏教国家の時の人、4つの言葉を並べて呼ぶのが正しいそうだ。本稿題名にスーチーとしたのは簡略形、言わばニックネーム。正しくアウンサンスーチー女史と書かねばならないらしい。苗字や名前の扱いが日欧のような単純でなく、幾つかの要素を連結するらしい。

日欧米、いわゆる先進民主国家にスーチー・イングリッドのようなカリスマ的政治指導者は出てこない。男性優先を根強く残す未開発諸国、いいかえて発展途上国ゆえに出てくるのだ。別に言うと一次生産物で生計を立てる国家歳入の少ない貧しい国・民族、あるいは公正な民主的選挙が成立しない国家体制…左様な土地の極めて少ない特権階級から出るのである。

近代以降、特に2次大戦後にカリスマ的女性例を相当数えられる。カテゴリーに分けられよう[補足2]。ミャンマーとコロンビアからの二人はほぼ同じ背景を持つ。欧州に教育を受け、民主主義のなんたるかを体でしり、欧州人と結婚、そして離婚又は別居する[補足3]。祖国の現実を良化したい勇気を持つ。エリート故に可能になる。多くの同胞人は、左様な女性故に熱狂して支持をする。さもなくば、誰が悲惨な祖国を救う? 

高等教育が男女ともに開かれ、公正選挙が実施される諸国はこうしたカリスマ女性を必要としない。このタイプの政治指導者の土壌でない。女性ゆえのカリスマは人々に希望を与える、貧困や自由を抑圧する体制の国家に必要なのだ。

アウンサンスーチーさんは時の人。皆さんが略歴をご存知だろう。東欧共産国家が崩壊する頃、ビルマ軍事政権が民主選挙を試みた。フランスから帰国した女史は革新的政党に参画、選挙に大勝した。日本ならば彼女は首相になり政権担当する。だが驚いた軍事指導者は選挙を無効にして、彼女を自宅監禁。以来、今日に至るまで彼女は自宅塀から身を乗り出して支持する庶民に演説するイメージの``時の人``である。年齢もしかりで、一世代違いのベタンクールより年季入り。しかも時の人としての`賞味期間`が非常に長い。

ノーベル賞を最近ストックホルムに招待された折り、10数年ぶりであらためて受賞している。先月の欧州各国訪問の際、全ての首脳と合い、議会講演など多忙を極める。当然イングリットと同じで、ありとあらゆる機関/国家/インスティチュートから平和賞の類を受けている。6年の3倍ほど長い政治的閉塞に置かれつつ、頑張りとうした功労…。メディア時代の現象で増幅加速された結果でもある。

1週間前の月曜5日、Tanja Nijmeijer(ターニャ・ナイマイエル)がハバナに到着。迎えるFARC交渉団代表Ivan Marquez(イヴァン・マルケス)。
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ジャングルのキャンプでのスナップ。部隊長の補佐(官)の頃か。国際的イメージアップのためにファルクPR作戦の顔に登場する。Nijmeijerをナイマイエルとすると蘭発声に近い。時々お目にかかる苗字で、古都ナイメーフェンや草刈る人と関係する異説珍説がある。Nij/Nyは接頭的と思われ、残るMijer/Meier/Mayerなどからありふれたマイヤーと仮名化すると良いだろう


ターニャ・ナイマイアーは1978年2月にオランダ東部ドイツ国境に近いデネカンプ村で生まれた。3人姉妹の長女。フローニンゲン大学でローマン言語と文化を学ぶ。
実習でコロンビアに行き、エリート家族子弟の学校で英語を教える。20才、コロンビア社会事情を何も知らない純情な学生だった。帰国後、空き建築住まい学生運動や国際社会主義運動に関わり、革命は豊かな欧州でなく不公平に満ちるコロンビアでなければならないと考えたらしい。

2001年コロンビア巡回旅行に参加、革命武装グループ・ファルクの関わる政府抗議マニフェスト6日間集会に出席。2002年11月ファルクに偽名アイリーンで加わる。初期ボゴタ市ゲリラ活動に組した。実際に彼女自身初めて爆弾をしかけたが、負傷者は出なかったと先日述べている。やがてジャングルの訓練キャンプに移動。本格的学習に入ったと言う。その後2005年まで消息が伝えられなかった。

イングリッド・ベタンクールの誘惑に無関係だが、US民間機の攻撃に参加したとUS検事は訴訟文に記す。イングリッドと人質になった墜落機乗員3名はジャングル生活で日々アイリーンと接している。米国人とファルク幹部との通訳は彼女の仕事。外国女性が何故コロンビアのマルキシスト武装集団にいるのか? コロンビア人ソルジャーからも不思議な存在だったと米国人3名の一人が後に書いた本で語っている。

幾度もベタンクール救出が陸軍によって試みられ、2007年の政府軍攻撃で彼女の上官が戦死。ベタンクールを含む人質とナイマイアー自身の生存がしばらく行方不明になったことがある。寸隙の差で攻撃を逃れた彼女と生存兵たちは人質を伴って別キャンプに移動したのだ。奇襲だったので、コンピューターや日記を彼女は残さざるを得なかった。

発見された日記はキャンプの誰も読めない蘭語表記。後に公開された内容はファルク組織の欠点/問題点を批判したもので、幹部に分かれば彼女自身が危険になり得た。この事件によって、ターニャの存在がクローズアップされ、US司法省は自国民誘惑犯人として彼女を含むコロンビア人17名の国際逮捕令状を発行。もちろん。コロンビア政府も同時に重要犯罪人リストに挙げる。仮にオバマ政権が特殊部隊を仕立てFARC要員をとらえれば、彼女も50年の刑で収監されよう。

コロンビア大統領Juan Manuel Santos Calderón(フアン・マヌエル・サントス・カルデロン)はウリベ時代の国防大臣で、ファルクはじめ数ある武装勢力の掃海作戦の指揮者だ。10年近いから経験を積んだ分け。一個師団に近いゲリラ集団ファルクを半滅させたと言われる。

現大統領サントスは現勢力8000名まで弱ったファルクとの交渉好機と読んだようだ。追い詰められるゲリラとの決戦はさらに大量の血を流し合う。彼は国連総会で平和努力を声明。ファルクほかの勢力との接触を探り、8月の基本合意に達する。50年紛争の終焉への険しい道だ。

ファルク側では政府攻撃で多くの戦闘員と指導層が亡くなった。現在のボス・Timoleón Jiménez(ティモレオン・ヒメニエ)がサントスに応えた。オスロとハヴァナ交渉団各員に役割を与え、交渉中の戦闘中止に`務める`そうだ。サントスはナイマイアーにかかるUSとコロンビア法務省逮捕令状を一時棚上げして、コロンビアからヴェネズエラ経由でキューバへの交渉団に加わる措置を行った。

10月半ば過ぎのオスロでの1回目の平和交渉を受け、15日からハヴァナの安全管理施設で2回目交渉が始まる。オブザーバー諸国と受入キューバ担当局を除きメディアを含む一切が除外される。特にファルク代表団の安全に警護の重点が置かれるそうだ。なお8月にハヴァナで作られた交渉フレームワーク≒基本事項に、協力オブザバー国としてノルウェイ/キューバ/ヴェネズエラなど、さらに国連に米国などのバックアップが盛られている。

平和交渉は根気と具体的な項目を前提にする。会議場所/双方のメンバー/報告書作成/非合意点の扱い方/メディアとの関係/交渉期間の戦闘中止措置/オブザバー団との関係…。平和交渉である以上、細部の強力な会議土台を前提として将来の平和への橋をかけねばならない。と政府代表Humberto de la Callehaがオスロで決意を述べている。
                若い女性たちのいるキャンプ
Tanja Nijmeier 08

ターニャ34才は一寸したきっかけから武装ゲリラと接点ができ、恐らく若い戦闘員とのロマンティックな関係があったと想像される。貧しい農民層への正義感だけで、10年のジャングルゲリラ生活をくそまじめに続けたとは思えない。それはファルクに参加するコロンビアの若者たちと共通する感覚の筈。ギターを弾き歌を歌い、屈託なくストレートに意思表示する青春…。ターニャの同級生や妹二人と少しも変わらぬ感覚だと私に思われる。

ターニャにとっての積極的アバンチュールと理解すると分かり易い。ファルクはテロ組織でなく政治改革運動だと彼女は主張する。それが南米/コロンビアの`公式`に従うと過激になる。アバンチュール・ジャングル体験と蘭人たる飾らぬ実質性がアンサンスーチーとイングリッドとの落差だろう。年上の聡明な女性たちはしかもターニャの母親世代になる。ターニャは熟年中年の国際的ヒロインになるイメージをニッコリ笑って拒否するに違いない。

2005年あたりから故郷デネカンプ出身著名人リストに上がっている。今日もほぼすべての欧米(蘭企業は総出)メディア派遣チームがハヴァナの交渉会議施設付近に賑やかに陣取り、彼女の姿を撮りインタヴューする機会をうかがっている。

数か国が予定されている今後継続する交渉に於いて、ターニャ・ナイマイアーは恐らくスペイン語を話す仲間の通訳と外部へのスポークスマン役をすると思われる。

ファルク平和交渉団員 ターニャ・ナイマイアー 12 Nov.2012 ハヴァナでの画像。
スペイン語だからキューバあるいはコロンビアジャーナリストによるインタヴューだろう

    Cuba Havana
コロンビア革命アルマーダはテロ組織でない。欧州の自由・博愛・平等の近代人間革命と同じ精神をもち、コロンビアの歴史的必然性の運動体…。そんなことを、もしも2週間オランダを訪ねられるならば、人々に訴えたいそうだ。


[補足];
1.こうしたパターンは貧しい旧植民地国人々が豊かな旧宗主国に移民する常套的な方法手順になっている。トルコやアフリカ域からの難民/移民がそうだ。コロンビア移民の行先は同じ言語のスペインになる筈だが…。共産主義崩壊の1990年前後、中央欧州への東欧移民は同じ白人だからやや方法が異なるようだ。同時期の共産支那からの欧米への大量移民は蛇頭と言う支那マフィアの仲介事業と言われる…

2.ミュージカル曲 Don't Cry for Me, Argentinaで知られるエヴィータことエヴァ・ペロンや現在服役中の元ウクライ首相ユーリヤ・ティモシェンコ、幾つかタイプがある。

3.離婚・別居は誰にも知識人庶民と関係なく日常事象。ビルマとコロンビアの`時の人`はいずれも2人の子を持ち、仏蘭西生まれだから子供たちはフランス国籍保持者である。とどのつまり二人の子供たちは父親と生活して成人したと言うこと。イングリッドは帰国時幼い子供を同行した。常なる政情不安と政治活動のために、安全のため当時ニュージーランド勤務の父親(旧亭主)のところへ子供を送った。スーチーの場合は帰国以来、正式配偶者と再会することはなかった。彼は望んだとしても自宅監禁中の女房に会うことは出来ない。子供を育て挙げ彼は不幸にも病没。離婚をしないでそのまま結婚形式を保持する人々は珍しくない。大喧嘩して憎みあった元カップルにすら多いから、財政上ほかの理由が考えられる。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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