ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Ordinary People 雑人雑名

スコットランドのElizabeth & Mary [update by pictures on 22 Nov, 2017]

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エリザベスと言う人名・固有名詞をこれまで数回扱っています。たまたま幾人か同じ名前が出てきた、と言うわけでありません。苗字エリザベス も在りそうですが、常なる伝統名ながら、特に16世紀半ばから英国で人気を得た女性名に思われる。以来、大英帝国圏(=commonwealth )を主にして、世界広く女の子に付けられる名前ですね。

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Linlithgow palace. North front

現在の英国君主「エリザベスⅡ世」は人気理由の源である初代にあやかったのかも知れません。Ⅰ世の名声上る頃、ブリテン諸島全域で生まれた多くの女の子がエリザベス名をもらいました。もちろん貴賎を問いません。ブリテン本島の北部エディンバラ近郊の村でも事情は同じです。[note 1]

スコットランドで北海がブリテン本島にそっとくい込んでいる部分は、世界地図を見て直ぐに分かります。そこにエディンバラが見つかる。こじんまりとした森の都。そこから西に23km行くと小さな町ウエストロージアンがある。ひなびたド田舎と言う感じながら、モダンなショッピングセンターもある。さらに真北10kmにリンリスゴーというピクニック出来る遺跡がある。ステューワルト王家の別城だった。帰りは逆の進路を東にとる。海の見える湾沿いにエディンバラにたどり着く。短日なら、この周遊コースを私は勧めたいです。

ウエストロージアンは最近少し知られるようになった。地元スコットランドの人は知っているけれど、同じ島にあってもそれ以外のウェールズやイングランドの人にはまず未明の場所。歴史好きや古城めぐりファンなら、知っているでしょう。なんとなればリンリスゴー城が属する行政区だから。

一寸脱線。この見知らぬ田舎町に生まれ育ったのがスーザン・ボイルなんです。Britain's Got Talentと言うTVショーで、井戸端のオバさん然とした中年女性が強烈な声量と見事な歌唱を披露。容姿外観との対照がBritainだけでなく世界を驚かせ、彼女は数カ月にしてスターダムにのしあがった。Youtubeの影響力が彼女の人生を変えた。スザーン・ボイル現象が逆にその番組の各国版を生み出し、製作者は莫大な利益を享受。ショービジネスのタレントを生み出す世界トップ番組になったと言うこと。インターネット時代のシンボル的事象ですね。
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地下の台所


話をスコットランドにもどし…。昔むかし…といえど日本の平安時代…海向かいのブルターニュからスコットランドに越してきた有力な家がありました。ブルターニュからのイングランド域のノルマン征服に呼応しています。その家の役職名はHight Steward (又はwart)と言います。日本なら"家老”に当たる要職。それがやがて次世代の苗字になる。これが王家Stewartスチュウワルトの走り。初代王はRobert Ⅱ(1316-1390)。彼を継いだのは長男John(1337-1406)でRobert Ⅲを名乗る。その三男がJames1となり、以降のスコットランド王職名ジェームスが生まれたんです。 [note 2]

James初代がこれ以後のスコットランド王に継承され、ブリテン大島に於ける君主連合が成立した時、六代目は同時にイングランドでジェームスⅠ世となります。1代から5代まで苗字綴りStewardで通したと言う説あり。どの代がどこで生まれたのか不確かながら、たいていリンリス宮殿で生まれているような気がする。そうならば、子息子女は幼少時代をこの’別荘’で過ごし遊んだ筈です。5代ジェームスは隣りヴァロア朝の王フランソワの17才娘とノートルダム教会で盛大な結婚式を挙げています。宿敵イングランドに対抗する政略結婚と言うより、この二国はブルターニュ=フランスにルーツを持つ王侯縁戚グループだから…。残念なことに、ジェームスの新妻は病弱で、帰国後間もなく亡くなった。十代の若死ですが、中世では別に珍しいことではありません。

彼は次の女房として、二人息子持ち出戻りギーズ公爵長女マリーをもらいます。これはうまくいって連続して息子二人をもうける。喜び安心したのも束の間、二人ともすぐに死ぬんです。夫妻は振り出しに戻るんですが、1642年12月、リンリスゴー宮殿においてマリーは女児を産みます。現在の女性に比べると、昔の高貴なる女性の任務は過酷でした。避妊術はなく、常にみこごもらねばならない。家系存続の義務を負う王侯の后はなおさらです。とまれ世継ぎ誕生ニュースが、イングランドHenryⅧと戦役中の旦那ジェームスⅤをワアーと狂喜させたのかどうか私には不明。彼は同じ12月、ぽっくりと黄泉の国に行ったんです。ただの熱病と伝えられていますが、、、、。

王様たる父親が逝ったために、娘は即スコットランド女王職を継ぎます。実際政治は重臣達が喧嘩しながらも取っているわけ。女児は母親と同名でややこしいながら、マリーは6才まで自然豊かなリンリスゴー宮で育った。6才の時、アンリ2世フランス王から4才息子との政略結婚の申し出でがくる。アンリのヴァロア家とギース家とは親戚、小さな親戚サークルの話で不思議でなく、トントンと婚約話が進んだ。

同じ年頃のえり抜き少女たち(同名マリー数名を含む10名ほど)と侍女たちを伴い、マリーはパリに召される。6才から適齢期(15才頃)まで十年みっちりフランス式女帝学を仕込まれるわけ。パリジェンヌに育った筈。ただし当時のパリジェンヌが何だったか、見当もつきません。

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屋根/天井のある廊下展示の素描。本物でなくコピー。
軽快な筆運びの写実から、実像を伺える。


当時フランス人も二音節目wardを発音できなかったんです。それで母と義父の国をたてて、彼女はStuart綴りにしたらしい。アンリ2世が40寿命を全うすると、王子は”子をとって”王になる。ひ弱な体質14才にしてデカイ大きな16才マリーとの睦みあいなので、世相曰く「サア種を出せんの?」の心配通りになりました。ノウヨウ(膿瘍)と言う21世紀普段聞かない病でぽっくり、親父の後を追うように亡くなるんですね。結婚して2年、病弱亭主ゆえ、実際の夫婦生活はなかったらしく、マリーはフランス王嫡子を作れなかった。ここまでのマリーは従姉妹チュダー朝エリザベスと同じヴァージン・クイーン、しかしその後の"フランス王妃''呼称を得ています。言い換えれば格好良いいアザナを持って翌年13年ぶりに故郷に帰る。"フランス女王”であるスコットランド女王に待ち受けているのは波乱万丈でミステリーに満ちる未来。

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内庭を囲う上階の屋根/天井は全て消失。左は大広間ながら、やはり石組だけを残す遺跡
室内の装飾壁や窓枠は無い。復元したいそうだが…


彼女の二人目の三つ若い旦那をヘンリー・ステュアートと言います。ヘンリーの父親方Steward綴りが何故Stuartになったか不明。こう言う子音や母音連続は書き間違いや見落としがしょっちゅう起こり、役場の叔父さんだって管理が大変だ。このヘンリーの母方祖母とマリーの父方祖母はマーガレット・チューダー。つまり彼らは従姉弟の関係。ついでにマーガレットはHenyⅧの姉、つまり エリザベス1世の伯母にあたり、彼らの親戚等親関係が分かります。

マリーは男子を宿す。唯一のお腹を痛めた子ですから、伝統名ジェームス6世になるべく赤子です。旦那ヘンリー、と言っても大喧嘩したのかマリーの気が変わり、次の旦那までわずか2年一寸の期間。ちなみにヘンリーは庭園にて死体で見つかりました。誰が考えても次の旦那の陰謀でしょう…。マリーがかんでいる可能性は大きい。[note 3]

天国に行かされたとは言え、ヘンリー"このステュアート”苗字が、同君連合国家スコットランド+イングランドの王ジェームス1世として立つジェームス6世の新王朝名になる。男女を問わない継承者が父方苗字を名乗る原則。これは21世紀13の欧州立憲君主国の殆どにあたるようです。

立憲君主の時代になりそれが純粋な象徴職ならば、男子限定は古風かつ現実的でありませんね。男子のみ原則がもしイングランドで採用されていたら、エリザベス1世もヴィクトリア女王もなかったのですから、歴史ファンにとっては興が乗りがたいのでは…。

"フランス王妃”がStewardをStuartに変え、それを生涯用いますが、このステュアートが新王朝名になったのではないのです。ややこしいながら、そんな塩梅になっています。現代ブリテン人に自国史ながら、このあたりの誤字・脱落・字順転換・変更のごちゃ混ぜなど、誰も気にかけていない。その王妃の一人息子6代目ジェームスはデンマーク・ノルウェイ王の次女アンをエディンバラに迎えます。ようやくボヘミアの女王エリザベスが誕生する御ぜん立てがそろう運びになります。

日本ではちょうど秀吉が明と朝鮮の扱いについて講和を探っている時だったようです。こっちの話し合いはまとまらず、関白は朝鮮出兵の大号令をかけます。ドーバー海峡を越えブリテンに進入したいかなる軍勢をも上回る14万とありますから、驚きます。日本は欧州中央諸国よりも大人口国家だった、と考えなければならない。同時にそれはこの西洋と極東に並行する相似的現象があったと言うこと。

時は1596年、父親30才。祖母マリーは9年前に断頭台の露になっています(前の日記にエピソードあり)。その処刑を承認したエリザベス1世はフランスとオランダ"七つの連合体”と三角連盟を組みます。女王は初め仏蘭仲良し組に加わりたくなかった。フランスは常なる敵、それに小ざかしい蘭の世界商い制覇も苦々しかった。

ところが4月にカレー(高速列車のユーロトンネル町)がスペインの要請でフラーンダレン(≒現ベルギー)総督アルブレヒトのオーストリア・ハプスブルグ軍に占領された。と言っても80年戦争中のスペイン駐留軍が実質で、アルブレヒトは青年期に叔父スペイン王に薫陶を受けているので、ツーカーで動いたんです。

カレーはブリテンと大陸を最短で結ぶ要港で、その前2年間ブリテン支配地ですから、奪還しなければなりません。エリザベス女王は決意して、満63才の誕生祝いの一月後の10月に三者協定にサインします。既に父親最後の妻再婚相手に弄ばれた少女の傷を遠くにして、スペイン艦隊を蹴散らした後に幼馴染ダッドリー伯も逝き、ヴァージン独身境地に達した老獪な政治家。エリザベスとは国民に慕われる大君主名です。同じ8月エディンバラで産声を上げた少女[note 1]がエリザベス名をもらうのは殆ど自然な成り行きだ。

三者連盟がオランダに与えたメリットのひとつはメンバー二つの専制国家がオランダグループ体をドゥ・リパブリックとして認めた実質性です。州や町がばらばらに蜂起・反乱しているのでは無い。一つの共和国が宗主国スペインから独立して対峙していると言うこと。

神は全てを満たす。ヘブライ語(≒古代イスラエル語)の意味、それをアルファベットに書き換えるとElishbaとなるそうな。これがギリシャに入り(ギリシャ文字を表示できません…)、さらにローマでラテン語化されたのがElizabetha。ブリテン表記zが大陸だとsの場合が多くなる。

使われたのは東方教会(≒ギリシャ正教)で、まずロシアに北上して、旋回してドイツや低地域(蘭白耳義)に伝わり、さらにフランス・スペイン(西班牙)に普及した女性名。最後の地のIsabel形が中世ブリテンでもかなり流行ったらしい。10世紀以降、ハンガリーのエリザベスなど時々知名人が見えます。

ハンガリー王の娘はわずか24年で悲惨な最期を遂げるんですが、宗教的に最も顕彰されるエリザベス(独:エリーザベト)でしょう。政略で幼少にてテューリンゲン侯爵(ランドグラーフ)家に預けられた。跡取り息子と14才で結婚。子供を作り幸せだったのが旦那の十字軍遠征で人生が狂った。信仰心に篤く、後世テューリンゲンのエリーザベトとして歴史に名を留める。ヘッセンの小都市マールブルグの今日は彼女に負っています。ドイツ語圏のエリーザベトは彼女由来と考えるべきでしょう。

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エリザベス1世の由来は父親方の祖母Elizabeth of York からと言われる。プランタジネットの内輪もめはバラ戦争。その一方ヨークのエドワード4世の妻も娘もエリザベスだから、そのヨークのエリザベスをもらったわけですね。ところが聡明にして魅惑を売った母アン・ブーリンの母親もこの名前。両親にすれば、由来を偲べる重宝な命名で直ぐに決まったと思いますね。アンが斬首されるので、アン方の由来は言うのをはばかったのでしょう。

ヘンリーにしてもアンにしても、自分達の娘がその後4~5世紀の英語圏ベスト5に入る名前に相応しい業績を残すとは知る由もありません。没後2世紀、国教会の女の子の20%を占め、全欧は言うまでもなく英帝国拡大と共に全世界に普及します。

ブリテン苗字のベストスリーにテイラー=Taylerがあります。裁縫仕立て屋で鍛冶屋スミスと同じ職業名の代表。これにLiz を付けると、若い時の小柄で美貌、数々のヒット映画の大女優が登場します。エリザベス女王とボヘミアの女王の同胞ですから当然で、本名はキチンとElizabethと書きます。

言語の違いで多くの記述方があり、読解出来ませんが例えば露やチェコやギリシャ版。省略形は百や二百あるでしょう。リズのほか代表例はBetty、Bess、独:Elza、Liesl、伊:Bettina、仏:Elise、Lisette、Babette こんな具合。スペイン・ポルトガルでは Ysabellと言うのも。オリジナルと元のスペイン形が合体したEllizabellaなんてのもある。日本でもエリやリサと言う趣がこれに属するでしょう。これらは"種の起源”なみに進化して、互いに国境を越え侵食・帰化して最早オリジンたるElizabethと無関係に独立固有人名詞になっています。

本日Elisabeth Murdoch が父親Rupert のメディア帝国News Corpの重役にならないと言うニュースを見ました。彼女はシャイン(Shine)と言うドラマやショウ制作会社をブリテンで興し、大成功を収める父親譲りのビジネスウーマン。

The TudorはNHK大河ドラマに似た大げさな脚本のコスチューム時代劇。その時代はこうだっと言う(言い訳があり)リアリティーある王族男女の交わりシーンと豪華絢爛衣装だけがとりえのTVシリーズ。嘘っぱちハリウッド戯作だから、各国版吹き替えで売れに売れた。この他にもスリリングなSpook等シャイン製作があり、やり手マードック子女だとお分かりになるでしょう。

ニュース・コープがブリテン政権要人と警察トップを抱え込む。その悪の構造が先月暴露され、これから独立調査委員会で検証されていくでしょう。しかし「それが悪なら、ワシの時代を何と言う」とボヘミア女王エリザベス三男ルパートの声が聞こえる…。一代限りDuke of Cumberland公爵位を後期にもらい趣味心に富む個性の人だから、同名ルパートの商い戦略に大騒ぎする未来に片目をつむるかも…

ルパートが娘リズの創造的エンタメ企業をマードックグループに加えるなら天下無敵と数年前に望んだそうです。独り立ち娘さりて、半世紀の片腕も去り、お気に入りレベッカも去り、老人の気持ちは…つわものどもは夢のあと…  なんだかホスニ・ムバラクの心境にも通じそうですね。

記:2011-08-07]

【Note】;
1. ここで言うエリザベスはずっと後の人、ボヘミアの冬の女王。飛躍しすぎで深謝。

2. 飛行機内の世話する人をsteward、女性形はstewardess。本来stewardは格高い家の家事責任者。あるじが大名ならば言わば家老職に相当するかも。この機内サービス員の仮名はステューワード/ステューワーデスと思います。 

3. 女王または后が亭主または王を暗殺させる謀略はしばしば歴史上あり、露西亜エカチュリーナによるピョートル3世抹殺は好例。


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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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