ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Ordinary People 雑人雑名

スコットランドのElizabeth & Mary 

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エリザベスと言う人名・固有名詞をこれまで扱いました。たまたま幾人か同じ名前が出てきた、と言うわけではありません。苗字エリザベス も在りそうですが、16世紀半ばから英国で人気を得た女性名。かつての大英帝国圏(=commonwealth )を主にして世界広く女の子に付けられる名前だからです。

現在の英国君主「エリザベス2世」名は人気理由の源である二代目と言うこと。1世の名声上る頃、ブリテン諸島全域で生まれた多くの女の子がエリザベス名をもらいました。もちろん貴賎を問いません。ブリテン本島の北部エディンバラ近郊の村でも事情は同じです。

スコットランドで北海がブリテン本島にそっとくい込んでいる部分は、世界地図を見ても直ぐに分かります。そこに見つかるエディンバラはこじんまりとした味のある古都ですね。そこから西に23km行くと小さな町ウエストロージアンがある。ひなびたド田舎と言う感じながら、モダンなショッピングセンターもある。さらに真北10kmにリンリスゴーというピクニック出来る古城があり、再び進路を東にとり海の見える湾沿いにエディンバラに帰る。この周遊コースを私は勧めたいです。

ウエストロージアンは最近の観光名所でしょ。地元スコットランドの人は町名を知っているでしょうけれど、同じ島にあってもそれ以外のウェールズやイングランドの人にはまず未明の場所。歴史好きや古城めぐりファンなら、知っていると思います。つまりリンリスゴー城が属する行政区だから。この見知らぬ町に生まれ育ったのがスーザン・ボイルなんです。このオバさんについては後日稿をご覧くださいませ。

昔々、藤原京や奈良の頃…海向かいのブルターニュからやってきた有力な家がありました。役職名を"スコットランドの一番家老”と響くHight Steward(又は--wart)と言いました。Steward言わば御家人筆頭職名がほんとの苗字になり、それが11世紀に王家になったのがスチュウワード家の走りです。

初代の名前がたまたまJamesだったので、代々スコットランド王はジェームスと名乗る。1代から5代まで苗字綴りStewardでいったんです。どの代がどこで生まれたのか不明だが、幼少時代を過ごし遊んだのはリンリスゴー城と言われる。5代ジェームスは隣ヴァロア朝王フランソワの17才娘とノートルダムで盛大なけっこ式を挙げたが、病弱妻はすぐになくなる。

今度は二人息子持ち出戻りギーズ公爵長女マリーをもらいます。これはうまくいって連続して息子2人をもうける。喜び安心したのも束の間、二人ともすぐに死ぬんです。夫妻は振り出しに戻るんですが、1642年12月に女児が誕生。現在の女性に比べると、貴賤を問わず、昔の女性は過酷でしたね。避妊術はなく、常にみこごもらねばならない。家系存続の義務を持つ王后はなおさらです。スコットランドは女児継承を許しますから、旦那はワアーと狂喜したと思います。ところが船好き5代目はその六日目に逝ってしまいます。落馬事故か、病気か、なんだか分かりません。30才の普通の生涯期間です。

娘は即スコットランド女王職を継ぎます。実際政治は重臣達が喧嘩しながら取っているわけ。女児は母親と同名でややこしいながら、マリーは6才まで自然豊かなリンリスゴー宮で育った。6才の時、アンリ2世フランス王から4才息子との政略結婚の申し出でがくる。アンリのヴァロア家とギース家とは親戚、小さな親戚サークルの話で不思議でありません。トントンと話が進んだ。

同じ年頃のえり抜き少女たち(同名マリー数名を含む10名ほど)と侍女たちを伴いマリーはパリに召される。女王不在のスコットランドがどうなったか?心配ですがそれも長くなるので別の機会にして…とまれ6才から適齢期16才まで十年みっちりフランス式帝王学を仕込まれるわけです。パリジェンヌに育ったんですね。ただし当時のパリジェンヌが何だったか、見当もつきません。

当時のフランス人も二音節目wardを発音できなかったんです。それで母と義父の国をたてて、彼女はStuart綴りにしたらしい。アンリ2世が40寿命を全うすると、王子は子をとって王になる。ひ弱な体質14才にしてデカイ大きな16才マリーとの睦みあいなので、世相曰く「サア種を出せんの?」の心配通りになりました。ノウヨウ(膿瘍)と言う21世紀普段聞かない病でぽっくり、親父の後を追うように亡くなるんですね。

不幸か幸か、フランス王嫡子を作らなかったマリーはその後いつも形容される"フランス王妃”アザナだけを持って翌年13年ぶりに故郷に帰る。"フランス王妃”にしてスコットランド女王に待ち受けているのは波乱万丈でミステリーにみちる未来です。

彼女の二人目の三つ若い旦那をヘンリー・ステュアートと言います。ヘンリーの父親方Steward綴りが何故Stuartになったか不明。こう言う子音や母音連続は書き間違いや見落としがしょっちゅう起こり、役場の叔父さんだって管理が大変だ。このヘンリーの母方祖母とマリーの父方祖母はマーガレット・チューダー。つまり彼らは従姉弟の関係。ついでにマーガレットはエリザベス1世の伯母で、彼らの親戚等親関係が分かります。

マリーは男子を宿す。唯一のお腹を痛めた子ですから、伝統名ジェームス6世になるべく赤子です。旦那ヘンリー、と言っても大喧嘩したのかマリーの気が変わり、次の旦那までわずか2年一寸の期間。ちなみにヘンリーは庭園にて死体で見つかりました。誰が考えても次の旦那の陰謀でしょう…。マリーがかんでいる可能性だいですね。

天国に行かされたとは言え、ヘンリー"このステュアート”苗字が、同君連合国家スコットランド+イングランドの王ジェームス1世として立つジェームス6世の新王朝名になる。男女を問わない継承者が父方苗字を名乗る原則。これは21世紀13の欧州立憲君主国の殆どにあたるようです。

立憲君主の時代になりそれが純粋な象徴職ならば、男子限定は古風かつ現実的でありませんね。男子のみ原則がもしイングランドで採用されていたら、エリザベス1世もヴィクトリア女王もなかったのですから、歴史ファンにとっては興が乗りがたいのでは…。

"フランス王妃”がStewardをStuartに変え、それを生涯用いますが、このステュアートが新王朝名になったのではないのです。ややこしいながら、そんな塩梅になっています。現代ブリテン人に自国史ながら、このあたりの誤字・脱落・字順転換・変更のごちゃ混ぜなど、誰も気にかけていない。その王妃の一人息子6代目ジェームスはデンマーク・ノルウェイ王の次女アンをエディンバラに迎えます。ようやくボヘミアの女王エリザベスが誕生する御ぜん立てがそろう運びになります。

日本ではちょうど秀吉が明と朝鮮の扱いについて講和を探っている時だったようです。こっちの話し合いはまとまらず、関白は朝鮮出兵の大号令をかけます。ドーバー海峡を越えブリテンに進入したいかなる軍勢をも上回る14万とありますから、驚きます。日本は欧州中央諸国よりも大人口国家だった。それは西洋と東洋に互角と言うか、並行する歴史があったと言う具体例です。

時は1596年、父親30才。祖母マリーは9年前に断頭台の露になっています(前の日記にエピソードあり)。その処刑を承認したエリザベス1世はフランスとオランダ"七つの連合体”と三角連盟を組みます。女王は初め仏蘭仲良し組に加わりたくなかった。フランスは常なる敵、それに小ざかしい蘭の世界商い制覇も苦々しかった。

ところが4月にカレー(高速列車のユーロトンネル町)がスペインの要請でフラーンダレン(≒現ベルギー)総督アルブレヒトのオーストリア・ハプスブルグ軍に占領された。と言っても80年戦争中のスペイン駐留軍が実質で、アルブレヒトは青年期に叔父スペイン王に薫陶を受けているので、ツーカーで動いたんです。

カレーはブリテンと大陸を最短で結ぶ要港で、その前2年間ブリテン支配地ですから、奪還しなければなりません。エリザベス女王は決意して、満63才の誕生祝いの一月後の10月に三者協定にサインします。既に父親最後の妻再婚相手に弄ばれた少女の傷を遠くにして、スペイン艦隊を蹴散らした後に幼馴染ダッドリー伯も逝き、ヴァージン独身境地に達した老獪な政治家。エリザベスとは国民に慕われる大君主名です。同じ8月エディンバラで産声を上げた少女がエリザベス名をもらうのは殆ど自然な成り行きだ。

三者連盟がオランダに与えたメリットのひとつはメンバー二つの専制国家がオランダグループ体をドゥ・リパブリックとして認めた実質性です。州や町がばらばらに蜂起・反乱しているのでは無い。一つの共和国が宗主国スペインから独立して対峙していると言うこと。

神は全てを満たす。ヘブライ語(≒古代イスラエル語)の意味、それをアルファベットに書き換えるとElishbaとなるそうな。これがギリシャに入り(ギリシャ文字を表示できません…)、さらにローマでラテン語化されたのがElizabetha。ブリテン表記zが大陸だとsの場合が多くなる。

使われたのは東方教会(≒ギリシャ正教)で、まずロシアに北上して、旋回してドイツや低地域(蘭白耳義)に伝わり、さらにフランス・スペイン(西班牙)に普及した女性名。最後の地のIsabel形が中世ブリテでも普通やったと。10世紀以降、ハンガリーのエリザベスなど時々知名人が見えます。

ハンガリー王の娘はわずか24年で悲惨な最期を遂げるんですが、宗教的に最も顕彰されるエリザベス(独:エリーザベト)でしょう。政略で幼少にてテューリンゲン侯爵(ランドグラーフ)家に預けられた。跡取り息子と14才で結婚。子供を作り幸せだったのが旦那の十字軍遠征で人生が狂った。信仰心に篤く、後世テューリンゲンのエリーザベトとして歴史に名を留める。ヘッセンの小都市マールブルグの今日は彼女に負っています。ドイツ語圏のエリーザベトは彼女由来と考えるべきでしょう。

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エリザベス1世の由来は父親方の祖母Elizabeth of York からと言われる。プランタジネットの内輪もめはバラ戦争です。その一方ヨークのエドワード4世の妻も娘もエリザベスだから、そのヨークのエリザベスをもらったわけですね。ところが聡明にして魅惑を売った母アン・ブーリンの母親もこの名前。両親にすれば、由来を偲べる重宝な命名で直ぐに決まったと思いますね。アンが斬首されるので、アン方の由来は言うのをはばかったのでしょう。

ヘンリーにしてもアンにしても、自分達の娘がその後4~5世紀の英語圏ベスト5に入る名前に相応しい業績を残すとは知る由もありません。没後2世紀、国教会の女の子の20%を占め、全欧は言うまでもなく英帝国拡大と共に全世界に普及します。

ブリテン苗字のベストスリーにテイラーがあります。裁縫仕立て屋で鍛冶屋スミスと同じ職業名の代表。これにLiz を付けると数々のヒット映画の大女優が登場します。エリザベス女王とボヘミアの女王の同胞ですから当然で、本名はキチンとElizabethと書きます。

言語の違いで多くの記述方があり、読解出来ませんが例えば露やチェコやギリシャ版。省略形は百や二百あるでしょう。リズのほか代表例はBetty、Bess、独:Elza、Liesl、伊:Bettina、仏:Elise、Lisette、Babette こんな具合。スペイン・ポルトガルでは Ysabellと言うのも。オリジナルと元のスペイン形が合体したEllizabellaなんてのもある。日本でもエリやリサと言う趣がこれに属するでしょう。これらは"種の起源”なみに進化して、互いに国境を越え侵食・帰化して最早オリジンたるElizabethと無関係に独立固有人名詞になっています。

本日Elisabeth Murdoch が父親Rupert のメディア帝国News Corpの重役にならないと言うニュースを見ました。彼女はシャイン(Shine)と言うドラマやショウ制作会社をブリテンで興し、大成功を収める父親譲りのビジネスウーマン。

The TudorはNHK大河ドラマに似た大げさな脚本のコスチューム時代劇。その時代はこうだっと言う(言い訳があり)リアリティーある王族男女の交わりシーンと豪華絢爛衣装だけがとりえのTVシリーズ。嘘っぱちハリウッド戯作だから、各国版吹き替えで売れに売れた。この他にもスリリングなSpook等シャイン製作があり、やり手マードック子女だとお分かりになるでしょう。

ニュース・コープがブリテン政権要人と警察トップを抱え込む。その悪の構造が先月暴露され、これから独立調査委員会で検証されていくでしょう。しかし「それが悪なら、ワシの時代を何と言う」とボヘミア女王エリザベス三男ルパートの声が聞こえる…。一代限りDuke of Cumberland公爵位を後期にもらい趣味心に富む個性の人だから、同名ルパートの商い戦略に大騒ぎする未来に片目をつむるかも…

ルパートが娘リズの創造的エンタメ企業をマードックグループに加えるなら天下無敵と数年前に望んだそうです。独り立ち娘さりて、半世紀の片腕も去り、お気に入りレベッカも去り、老人の気持ちは…つわものどもは夢のあと…  なんだかホスニ・ムバラクの心境にも通じそうですね。

記:2011-08-07]
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

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