ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Nostalgic Melody&Film 懐メロ&フィルム

野菊が咲く霜月  

    
    遠い山から吹いて来る
       小寒い風にゆれながら
          けだかく清くにおう花
            きれいな野菊 うすむらさきよ

作詞は児童文学者・石森延男(イシモリ・ノブオ)。懐かしいメロディーは下総皖一(シモオサ・カンイチ)作曲。昭和17年戦時の検閲を必要としないほど、文部省唱歌に相応しい雰囲気だ。石森は教科書編纂官で、下総も直ぐに教科書編集委員になっている。戦時ゆえの壺を心得た作詞作曲というべきか。戦後それぞれ専門領域の彼らの影響は大きい。歌うと必ず音程が狂う私が微かに覚えているのは、ノギクが音楽教科書にあり、小学校で習ったからだろう。○○先生に習ったと言う確かな記憶に欠けるのだけれど、、

2番と3番;
秋の日ざしをあびてとぶ とんぼをかろく休ませて、しずかに咲いた野べの花 やさしい野菊 うすむらさきよ
しもがおりてもまけないで 野原や山にむれて咲き、秋のなごりをおしむ花 あかるい野菊 うすむらさきよ

作詞者はうすむらさきの紫苑を良く観察して、児童の心情の優しさに重ねている。小寒い風/秋の名残/しもが降りても負けない/群れて咲く…これら表現から日本の深い秋にまで咲き続けるシオン(紫苑)属の最も良く見られる野菊の筈。

紫苑は「紫の花」である。残念ながら野生種を見たことがない。我がフィールドに遠目から、そっくり豊かな印象を与える`女王薬草`がある。それ故にシオンをこの仲間(Aster)代名詞に採用したのを個人的に納得する。シオン属に(うす)むらさき色の野菊種を探すと唱歌モデルが見つかる。するとシオンの色味を取ったノコンギクやヨメナの二つそっくりさんになろうか。いずれも夏は白い舌状花だが、晩秋になるとわずかに紫をおびるそうだ。聞きかじりだからほんとの姿を知らない。普通、個体差があり白も紫もあるとかんがえられる。

Erigeron annuus Cor 02 _edited-1

北緯52度半に於いて、ノギクは年中咲くようになったのだろうか。この野菊は航海時代の帆船によって北米から欧州にもたらされた。既に帰化年齢5世紀ほどになる。12月近くまでキク科のこの花が野原に出ると言うような記述はない。蘭名を語彙通りに移すと「夏の繊細な光条」のようになり、細長い花びらを夏の太陽光に見立てている。花期はせいぜい9月一杯までだった。上の写真は先日撮った。うすむらさきは斜めにさす太陽と関係があるかも知れない。今日も同じように咲いている。この緯度だから、チョット異常では…。あるいは師走まで平気で突っ走るのかも知れない。

Erigeron annuus Cor 01_edited-2

左;2本茎の細長い姫女苑、背丈150㎝。右;、花らしい小さな筒状花が無数に集まった黄色中心部を頭花と言う。キク科の標準的部分で、向日葵のそれは巨大で見事。頭花から放射状に出る花びらは100枚ほどあるらしい。それぞれの花びら根元内側に雌蕊雄蕊を抱く。夏の我が村では純白な花びらが普通。


画像野菊の和名漢字を調べると姫女苑(ヒメジョオン)。ヒメは小さい意味、ジョオンは「女の花」だろうか? 海外種を何とか命名しなければならず、同じ科の異なる属だから、紫苑から女苑を考えたのだろう。とは言え1.5~2mになる草をヒメとするので分らない。勘違いや好い加減な命名はいっぱいある…。アキノキリンソウに似て増殖力が強く、北半球全域に帰化しているそうだ。曾祖父の時代に移されたから、現代日本人は数多いノギクの一つとして見知っている。12月を目の前にする今、日本帰化種がやはり薄紫ならば唱歌に歌われる野菊であっても良い。

日本の野菊は晩秋から初冬にかけて咲く。このことをあらためて認識して、あちこちでノギクを見ていた昔の我が漠然さに驚いている。歌の内容やメロディもしかり。野菊の墓と言う物語(の一部)の解釈と鑑賞を国語O先生に習ったように思う。その時も植物界の`ノギク`に付いて関心を持った記憶がない。

Bloemhoofdjes Collage 01

キク科シオン属以外の野草。上;セイヨウタンポポ、中;ヒナギク 下;フキタンポポ 3つとも食用出来る。春一番の三草ダ!健康素材セイヨウタンポポはあまりにも有名だが、後者2つは知られていない。サラダに飾っても良いが、熱を通しパンケーキ地に混ぜて焼き上げる…など試されよ

数年前に勉強して分かったことは菊人形の菊はノギクと関わりない。古代に支那から導入され栽培改良された通称イエギク(Chrysanthemum × morifolium)と言われる。これには万の園芸種があり、豪華絢爛、季節を問わずに入手できるようになりつつある。欧州のセンターは北ベルギーで、各国に専門栽培業者がある。世界のセンターは日本と思われる。菊花紋の多岐にわたるデザインが証拠になる。平安文献にあり、好まれた花だから12世紀に皇室紋になったそうだ。

原爆投下までのUS軍と終戦後のGHQ(占領連合国軍総司令部)が実益上参考にしたと言われるのがベネディクト著作`菊と刀`(Ruth Benedict:The Chrysanthemum and the Sword)である。抜粋紹介する文庫本を読み、来日したことのない人があたかも生活経験をしたかのように語り分析することに驚いた。題名の`ジ・クリサンテム々…`の裏を読むなら`イエギクと日本刀`になろう。学問的日本人分析と共にルースさんは的をついている。イエ菊に注ぐ日本人心情と日本刀の美しい切れぶりが、米軍をして原爆投下せしめるに至った一つの理由ではないか…。

皇室菊花紋は花びら16枚の外側にもう一重を重ねる。八重の花を様式化したもの。基本デザインが出来ているので7つから32までの任意な枚数の菊花紋があるようだ。天皇・皇后・皇太子…親王など華麗多くのヴァリエーションを揃えるのは、欧州王室紋と並行する同じシステムである。文様的仕上がり(グラフィックデザイン≒美的・抽象性…)は日本が勝る。私見であると同時に、戦後著名な欧米グラフィック屋さん等が認めるところである。

16花弁紋はイエギクの品種にあり得る。紫のシオンは14から20枚ほどの花びらを持つ。数えられない(菊マニアにも)知られない無名ノギクが存在するから、16枚きっちりの舌状花をもつのがある筈。そしてキク科に黄色の花を持つ野草が多い。ノコンギクやヒメジョオンと似た形態の黄色花。黄苑(キオン)と呼ぶ。これらも`ノギク`範疇に考えても良い。なぜなら野菊は内部イエギクに対する外部の`野に咲く花`を指すと考えられるから。

下記の黄色野草の同義語;Jacobaea vulgaris Gaertn. 2002年にセネシオからこの属名に移る。和名はヤコブボロギクで変わりない。本家は聖人ヤコブ(英語彙ジェームス)名、帰化した分家はボロになる。所謂`十字花`仲間の典型的雑草、価値無しと読んだのだろう。なぜなら人を含め哺乳類の肝臓機能を犯す。原因は幾つかのアルカロイド物質。牛馬は知っていて普通これを食べない。羊は鈍感で食べるが、長期間後に障害が現れる場合があるらしい。酪農家にとって頭痛のタネ。根を残さず取り去らねば根絶できない。草原を埋める2~3週の花期は見事である。花びらはたいてい12枚。 
キク科ヒナギク属 Bellis perennis en Senecio jacobaea_edited-1


我が壺庭にほぼ年中、ローン・デイジーが出る。ウィンブルドン芝にはさすがに出てこない。テニス聖地のグラウンド、その芝の養生は天下一だ。ながらも「芝菊」が大英帝国のヒナギク通称になっているのはテニスと関係ありと思わざるを得ない。恐らくウィンブルドンを除くUKテニスコートにはヒナギクが伏せて潜んでいるに違いない…。

ヒナギクは欧州野菊の一つの雄である。一株から年中、多数の茎が分岐して出てくる。踏まれ踏まれる場所ならば、芝の下にもぐって元気に生活している。人間が通らぬ場所ならば、すくすく茎を伸ばし、20㎝を超える。土壌によって花びらを赤味、時に橙黄まじりに染める。

この集合花を見られよ。いたるところ野原に出現する野菊であるにも拘らず、貴賓ある表情を放っている。暖冬ならば地べたに茎を伏せた状態で過ごし、厳冬ならば根生葉だけを出して春を待つ。春の陽気を感じると直ぐに蕾をだし、白い花を咲かせる。春の三草に相応しい好スタートを切るのだ。

可憐な気品を醸わせつつ、剛健なヒナギクは菊花紋の原型であり得る、と私は思う。いつ日本に侵入したか知らない。あるいは家康の頃かも知れない。東インド組合会社の帆船荷に混ざって平戸に上陸した公算が強い。しかし、誰が知ろう、ローンデイジーが欧州から一足飛びに奈良の都に着床したやもしれぬ。

この奇想天外はUKの定評あるBBC自然番組に貢献したアッテンボローさんの発想である。何も航海時代のグローバリゼーションだけに人/物/野草移動の責任を負わせる必要はない。ドングリコロコロ、ヤシの実プカリプッカリ、海洋は人類誕生以前から大陸間コミニュケ-ションを行っていたんだと…。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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