ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Miscellaneous Human History 雑史/外伝

ベアトリクス女王の退位 

Beatrix女王が昨日29日、退位宣言をした。退位と言う感じではなく「息子も立派になり、もう引退してのんびりします。今までお世話になりありがとう」そう言う優しく和やかな感じの語りぶり。ハーグ宮廷執務机から数分の放送。公と一民間局の二つのライブTVだった。人口1600万の三分の一ほどが生放送に見入った。そのあと終日、君主の退位宣言は全てのメディアを占領、ニュースサテライト局と各国映像メディアのトップニュースの一つだった。

明くる30日(本日)、印刷メディアに詳細記事。互いに親類のような君主制欧州諸国のみならず、民主主義による選挙で選ばれる大統領制の独仏なども非常な関心を寄せ詳細に過去の映像をまじえ報道している。ベアトリクスは母親ユリアナ退位を受け1980年第六代君主として載冠。来たる4月30日まで33年の在位になる。明日75才誕生日の女王にとって次世代へバトンタッチする好機会、と落ち着いた静かな表情。[補註1]

1815年ウィーン会議による王政復古で成立した欧州の王室が多い。ナポレオン後のウィーン体制なって、オーストリア/プロイセンなど列強はネーデルランドの南(オーストリア・ハプスブルグ領、後のベルギー)を加えたオランダの立憲君主体制を了承した。と言うのはウィレム・フレーデリックは3月16日既に南北ネーデルランド統合の王を名乗り、30日載間式を済ませていたのである。

彼は、列強が低い土地の南北統合とその王として自分を認めるだろうと十二分の算段があった。特にプロイセンとブリテン両国にとって、フランスと南で接する`強い王政国家`の出現は歓迎すべきことだった。両国にとり新オランダは言わば緩衝的機能を果たすことになるから。ウィレムは立憲君主と言いながら絶対王政の趣で王様業を始める。リパブリック即ち共和政体から王政に変わり、自信満々の一代目君主であった。

左;居間でくつろぐ優しい表情の老人。引退した王が腹をポコンと膨らませ、柔和な印象なのは死への旅立ちを伺わせる。こうした雰囲気の王侯ポートレートは珍しく、素描タッチも丁寧である。
  Willem 1 01
ウィレム・フレーデリックは日本史だと田沼意次の時代に生まれ軍人教育を受ける。父親は低い土地の北部7州の統領職家系、名前はやはりウィレム(5世)。だがナポレオンに7州を奪われ、父子揃ってブリテンにのがれ、従兄弟のプロイセン王フリードリッヒ・ウィリヘルムやロシア馬鹿帝王パーヴェルなどと組み、フランスに対抗するも歯が立たない。ナポレオンは弟を7州の王に据え、その代償として頭領の息子ウィレムに従来ナッソー領土だったドイツあちこちツギハギ土地を公爵領として与えるのである。散々な扱いだが、素晴らしいワイン・ガルテン(庭園)が含まれていたのが救いだったかも。オランダを取り戻すまで、彼は1813年10月ライプチッヒの激突を待たねばならなかった。30万連合軍と19万仏軍の歴史的戦い。とまれこの敗戦でボナパルトはエルバに流される。そしてオーストリア・メッテルニヒ主催の上述ウィーン会議に至る。


立憲君主制の蘭国初代国王としての彼の`功績`の一つは王位を次代に譲る`オランニェ伝統`を始めた事。定年になれば退職して老後を年相応に過ごす。左様な普通人の思考は現代の常識だけれども、過去の絶対君主の殆どは死まで王/帝位に留まった。病死や殺害によって次が載冠する。言い換えれば新王を迎えるために、王は死なねばならない。因みにロシア皇后エカチェリーナは亭主を殺害して女王になった[補註2]。ウィレムは1840年、68才で息子に王位を譲り、ベルリンの自領に悠々引退をした。事情があったのだが、21世紀から見れば、軍人にして優れ者であった。

UKプリンス・オブ・ウェールズは皇太子の公式称号。エリザベス2世長男チャールズは64才で、皇太子として世界記録を更新中。クイーン60年在位の母親もUK記録を更新中。この国に譲位は無い。ブリテン王室は日本天皇家に継ぐ古さだから納得できる。なお天皇制は男子のみに継承権を与える点で`苔むす`時代錯誤かもしれない…。チャールズも平成天皇と同じように、母親が亡くなって初めて皇太子を卒業して君主になれる。これに比べると、成人二十歳から数え25年の待ちでウィレム・アレクサンダーは王冠をかぶる。先祖ウィレムのお蔭である。それぞれであるが、ベアトリクスのんびり晩年の生き方に私は賛成する。

君主としてのオランニェ・ナッソー家は198年目になる。隣のベルギー連邦のザクセン・コーブルク・ゴータ家由来の王室は183年[補註3]。余談にくわえると、日本の君主・天皇家は3ケタの数字で収まらない。神武天皇から14代まで神話時代と言われる。実在性が濃いとされる15代・応神天皇(270年2月8日-- 310年3月31日)から平成天皇まで数えると1700年余にわたる。2番目に長いブリテン君主家も[補註4]遠く及ばない古く長い家系である。

ウィレム1世の後に2・3世が続き、3世後妻エマ(≒摂政役)を経て娘ウィリヘルミナ・ユリアナ・ベアトリクスと3人の女王が続いた。春の4月30日に4人目のウィレムが王になる。普通アレクサンダー(45才)と呼ばれるが、正式名はウィレム4世になる。知的聡明から遠いが、ハイテック農業国商いや水商売に充分役立つだろう[補註5]。屈託のなさはおばあちゃん譲りだろう。彼とマキシマの間に3人の娘があり、オランニェは女性系の家系なんだろう。

オランニェ・ナッソーは87%ドイツ系と勘定する人がいる。ベアトリクス母親ユリアナは芝居を趣味として、隣のおばさんのようなを気さくな人柄で知られた。ドイツ小貴族出を養子に迎えた。プレイボーイ且つロッキードスキャンダルで知られるベルンハルト。庶子のために金入りだっといわれる。君主兼妻ユリアナの某夫人へのセクト的のめり込などが絡み離婚寸前まで行き、時のデン・アイル政権が苦労した。

娘ベアトリクスもドイツ人を選ぶ。夢中に恋をした。Claus George Willem Otto Frederik Geert von Amsbergと綴る如何にも貴族らしい語を連ねる。同胞義父ベルンハルトと違い、プリンス・クラウスと親しまれた。女房が君主だから彼ら亭主の敬称はプリンスになる。君主が妻ならば、亭主は`王`と呼ばれない。逆の場合、女房は女王と正式に呼ばれるらしい。つまり`女王`に二義がある。君主と君主の妻の二つ。

好人クラウスはアムスベルク家のJonkheerとして生まれた。ドイツ言葉でJungherrに相当するが、ヨンクヘール和訳は若旦那又は若殿だろう。若殿は何不自由なく育ち、ヒトラー・ユーゲントに参加、のち第三帝国軍に属する。終戦時に捕虜経験をしている。ベアトリクスとの1966年結婚の時、アムステルダムはさながら`プロジェクトX`[補註6]に等しい反独感情の騒動が発生。蘭国を占領した敵国人との結婚は蘭人にとって受け入れがたいことだったのだが…。

時間が経過すると、全てが風化する。アルゼンティン軍事独裁当時の農業省次官ゾレグエタ(Jorg Zorreguieta)の娘マキシマ(Máxima) がベアトリクス長男の婚約者になる時、蘭国3/4の人々が受け入れがたい状態だった。クラウスを君主の理想的旦那と受け入れたように、現在マキシマは(選挙予測会社がゴシップ的調査を真面目に行う)王室メンバー中で最も人気がある。

ベアトリクス昨々日の退位/引き継ぎの発表に伴い、世襲制度に関する多くの論評が出ている。保守サイドは殆ど無条件に君主制を受け入れるのが通常である。左派サイドは21世紀は血つながりの世襲の時代でないとしつつも、事実上の王室権威に頭(コウベ)を垂れている。政治的権力を持たない点で、立憲君主の理想に近いのは日本かもしれない。2番目はスエーデンか…。

内閣と助言機関に君主/その家族をメンバーに加える蘭国は政治介入する顕著例。表向き/かたちだけと言われるが、事実上彼らの`威厳`による政治家や行政職長(知事市長)、さらに官僚への影響は大きい。王制はインスティチュート(組織/協会/機関/公法人…)であって、そうした隠然たる力を持つオランニェ・ナッソー家を``シミで汚れたインスティチュート``とコラム論評がある。的を得ている。

王室は開会式のテープ切りを本職とする。と発言したのは2004年没したクラウスである。君主の妻の陰になって懸命に本職を全うした人だ。しかし彼自身の苦い生きざまをユーモアとして聴衆に披露してみたかったのでは…と思われる。パーキンソン病を患い、それは戦前と戦後いずれの履歴にも負っていると解される。

王室の重要な役割は「王様権威と華麗なパブリックリレーション」である。海外に対するイメージアップと国家経済に役立つ`商い`のプロモーターである。王室が行う他国公式訪問にどさっと経済人が同行するのはお馴染みである。彼らは税金から相応な収入を得る代りに、あたかもガラス飾り箱の中の綺麗なお人形さんのように着飾って晩さん会に出る義務が与えられている。常に笑顔で手を振り、必要ならば大災害被害者を抱きしめる優しさを示すこと。さもなければ、国家にとって高価過ぎる存在になろう。

国内的に言うと、蘭国17世紀のリパブリックと言う伝統感に対し、王室自身が我が身である君主制を守らなければならない。198年のわずかな期間だから、常にリパブリックを唱える王室反対勢力が転覆機会を伺っているのだ…と噛みしめつつ、ベアトリクスはじめ王室メンバーは努力しなければならない。王室人気の維持は、絶えずゴシップが起こり得るから、容易くない。一つの人気維持手段は幾つかの王室ゴシップ紙である。大統領制のドイツやフランスにさえ、王室ゴシップジャーナル誌が存在するそうだ。高教育を受けなかった庶民は王室をもっとも支持する階層である。もう一つの基盤は経済界/商い世界である。

100年後に君主制が生きているかどうか?  エキスパート技能/職業を碌に持たないまま、血の繋がりだけでテープカット儀礼職によって贅沢に優雅に生活する一群の人々が消えゆく運命にあるかどうか? それは分らないと言う知名人は多い。もし欧州連合が一つの国家的組織としてより機能するならば、EU内部の複数王室の存在意義がなくなるのは自明である。税金を無駄に浪費する非合理を未来の人々が許すだろうか。

喧しい儀礼に縛られる君主家族はヒューマニズムに照らし在り得べくでないと言う意見がある。それを読み、天皇家の皇太子妃の話題を思い出した。日本皇室の仕来たりは欧州諸王室に比べ、はるかに厳しいように思われる。17世紀に及ぶ時間が天皇家の人々をがんじがらめにしている…? 2世紀に過ぎぬオランニェ・ナッソーの8倍以上の時空間の重みがかかっている。

欧州王室の多くは自由でわがままですらある。逆に言うと人間味に溢れている。例えばノルウェイの若殿は2度結婚した子供のある女性と挙式。エリザベス2世の子供たちは殆ど離婚して半ばスキャンダルを振りまいている。スペイン王家・長女の旦那は国家財源をチョロマカシ、ミニ国家モナコ公国家はサーカスとフォームラ1レースの`顔`であり、深刻な国際政治と関係ないエンターテイメントとレジャー産業で優雅に生きている。前ベルギー王ボードワインのファビオラ未亡人は彼女自身の王室費をインスティチュート管理にし、税金を支払わない。王室メンバーが税金逃れをするのはあちこちで起こり、それぞれの税支払者の顰蹙を買う。ざっとこんな塩梅なのだ。

債務危機とユーロ圏大不況のため、各国政府が節約に節約を重ね、南欧州は失業者で溢れる。王室費カットの世論がでてくる。ベアトリクスはマジェスティタイト(女王陛下)の威厳を持って、それをはねつけた。この点はがっちりとしぶとい。彼女の実質収入は因みに本日為替換算で1億200万円ほど。宮廷維持/人件費/旅行など諸経費は`宮内庁`負担ゆえに、1億なにがしのそのままは実質所得である。1億円所得のしもじもは沢山いるが所得半分以上を税金にとられよう。ベアトリクスほど心臓の強くないスペイン・カルロス王は世論に押されカットを受け入れた。ベアトリクスよりかなり少ないそうだ。US大統領はベアトリクスの1/3ほどらしい。ほんとなら少なすぎるのではないか。

立憲君主制と元リビア・ガダフィーやシリア・アル・アサド独裁者とは紙一重の差だと指摘する御仁がいる。君主との関係で人間/個人の尊厳/平等について意見を述べる人がいない。女王陛下に微笑して彼女の執務ぶりや人柄に敬意を表する。それは独裁者への従僕たちの態度と共通すると言う分けだ。エジプトの元大統領は30年余、リビアのガダ酋長は40年以上も続いた。彼らの支配の間、諸国政権担当者の誰が異議を唱えただろう。いわんや自国の従順な臣下が口を開くはずがない。

同じ文脈で民主主義に背くと直言しようものなら、王自身や総理大臣(≒臣下)のひいきを無くし閑職にまわされる。リパブリック主義だった左派の知事や市長が軒並み女王に賛辞を送り、いつの間にか王室ファンを自称するようになる。現在の体制ネットワークから除外されないように誰もが全力を尽くす。それ故に欧州諸王室は100年も200年も血の繋がりだけと言う奇妙な理由で継続してゆく。

欧州における民主主義政権が、`民主主義に正反対な`旧態制度を維持していると言うこと。民主主義が不合理を支える場合、許容範囲と観るべきだろうか。もしも王室存続のレフェレンダム(国民投票)の結果が否と出るならば、リパブリック=共和政体=大統領制になるだろう。王室メンバーの殆どはそうなってほしくないだろうと想像するが、どうだろうか。その場合、ゴシップジャーナリズムに嫌悪を示す彼らが皮肉にも、必然的にゴシップ紙と映像メディアにすべからくスター扱いされることに、生存手段をますます見出すのではないだろうか…。

[補註];
1.前項AmbiorixとBeatrixとは偶然、接尾語で共通する。ベアトリクスの最も有名な人物がオランダ女王だ。もちろん同名女性が多く、歌手や俳優がいるようだ(私は知らない)。ニックネーム又は派生名として、前と後の二つがある。Bea* ベアと*Trix(ト)リックス。Beatrice / Bice / Beatrijs / Viatrixなど変形がある。幸せを運ぶ人や旅する人の意味があるらしい。

2.英語名はキャサリン。独名はカタリーナ。神聖ローマ帝国北ザクセン区の公爵の娘ゾヒィー。露西亜正教に改宗、名前もロシア風に改名。女性の絶対君主の代表だろう。常に若い愛人を持ち、その精力が封建ロシアを強大にした。 頼りない息子ポール(母親没後のパーヴェル1世)は愛人の子の可能性が大きい。ドイツ皇女ゾフィーがロシアに君臨、長期間に宝石手工業が発展した!女王自身の飾りと帝政権威を示す諸宮廷を満たす宝飾作品は一見価値あり。現代女性曰く:ナーニ、ヤナデザイン!

3.ザクセン・コーブルク・ゴータ家は18世紀なかばUKヴィクトリア女王の旦那Albert(独読みアルベルト)を出した。これ以降、UK王室名はザクセン・コーブルク・ゴータ家となる。ベルギー王室も同家系。オランニェ・ナッソーやロマノフ帝政など多くにコーブルク・ゴータ血が入っている。ハイドパークの丸い劇場はアルバート・ホールと彼の名を冠している。バイエルン北の小さな領邦二つで、ドイツ名と直ぐに分かるので第1次大戦後、ウィンザー名に改称。見ようによっては蘭も英も白耳義も、露/スエーデン/丁抹ら王室は、軒並みこのドイツ/プロイセン二つ小領邦合体家系とも言える。

4.ブリテン王様連合=UKのウィンザー家について;参照2011年9月21日「英霊記念日曜日 人形の家が行う儀式のかたち」 

5.Water Management≒水利工学。灌漑/堤防/運河/ダムと言った水利用や水害対策の総合学は蘭国伝統の分野。明治期に薩長政府は蘭技術者を招聘して、治水事業を行う。蘭国に国際的大手としてサルベージと水利工学とに於いて複数企業が知られる。アレクサンダーは法律を学び、技術でも水利でも学士を得ていないと思われる。資格を持たないが、マネージャーとして国際事業に貢献しようと言うこと。文字通りの水商売になる。皇太子付きキャビネット(≒内閣≒顧問グループ)が大学卒業後に練り上げたアイディアだろう。実作業は取巻きグループと事業ごとに専門家を招き、あたかも彼自身の力量であるかのようにプレゼンテーションする。多くの催しに行う挨拶を文書課が用意するのと同じ経緯。日本の宮内庁に天皇/皇后/皇太子などの専門キャビネットがあるかどうか不明だが、相当する部課が存在するように思われる。

6.昨年ソーシャルメディア・フェイスブックを通じて発生した事件。一人の少女/小年の誕生日に数万が集まり、暴動に発展する。参照;2012年9月26日「Facebookfeest =フェイスブック祭:Project X Haren」
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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