ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Oh every day 日々そうそう

Carnival≒肉を絶った後の祭≒農耕の祭≒ただのドンチャカ騒ぎ=normal Donchaka commotionじゅst

ハインリッヒ・ハイン大学のあるデュッセルドルフとバイエルン州の間もカーニバル地帯。`も`と言うのはライン川南に多くのユニークなカーニバルが知られるからだ[補註1]。数週期間のクライマックスが本日の日曜日だ。大都市を含め殆どの村や街で、大規模な山車と音楽と共に降りしきる雪もなんのその、晴れやかで賑やかに繰り広げられる。

パブリック・ドメイン画像を混ぜながら、既に3年3回めだから、趣向を変えてコラージュしてみたい。前座と言うか、コラージュ画像を挟みながら、一つ前のデュッセルドルフ大学の博士論文盗作について報告する。思えば、キャビネット(≒雛壇≒内閣)をリシャッフルする芸と言うのはカーニヴァルに属するような出来事かもしれない。

上;Rio de Janeiroの典型、裸衣装。南半球は夏だから、昔からの寒い時期の謝肉祭に合わぬと言いながら、嗚呼ピチピチ娘はいいなーとよだれを流す御仁が多い。リオの祭はただのドデカイ夏祭り。
130210 Carnival cor 1

中;バイエルン州から東に少し行くと、雪国オーストリアのカーニヴァルが続く。激しい雪が降ると室内のマーチになる。 下;雪は少ないがやや風があり、冷たい我が村の午後。


アネッテ・シュァバーンは南アフリカから金曜日に帰り、土曜日にアンゲラ・メルケルと並んで辞職を発表。辞職せずと言う水曜日の第一声は3日目にして、大方の予測通りに`直ちに辞職する`に変わった。33年前に得た博士資格を剥奪された。その`大学決定の不正`に戦うために、大学を管轄する教育/学問の大臣に留まることは出来ない。と言うのが辞職理由である。辻褄がどこかで合わずおかしく響くが、理屈は通っている。

ベルリンに帰るなり、待っていた上梓で親友とされる首相と膝を突き合わせ話しあい、辞職を決めたのだ。決めたと言うより、上梓裁断を受け入れざるを得なかった。記者発表の際、黒いスーツを着たメルケルと同じような紫でそろえた上着とネックレスのシュァバーンは葬式儀式に相応しい雰囲気。首相は8年の業績と人柄をほめたたえ、泣いて馬謖(バショク)を斬る場面である。この日に辞任する大臣は、手厚い友情に感謝を述べ、今後の法的闘争に備える決意を述べた。おばさん二人の真面目茶番劇…

左;リオの山車。左右に高い観客席がある区画は野球/サッカーのスタジアムに当たり、入場料を支払わねばならない。特別席や立見席が在るのだろうか?
130210 Carnival cor 2

中;ヴェネチィア≒英ヴェニスに近いオーストリア・チロルの伝統仮面。ヴェネチィアもチロルもハブスブルグ家領時代があり、共通要素がある。右;デュッセルドルフの大テント内の人々。ケルンと共に山車の規模はなかなかである。


国家を指導する二人の女性同士は真の対等な友人だったか? メルケルにとってシュァバーンは決して敵にならない忠実な党友であった。水曜日のデュッセルドルフからのニュース以降、`教育/学問`大臣の挿げ替えは避けられない状況とメルケルは判断、直ちに後任を決めていたようだ。ネーデルザクセン州の確か文化相ヨハナ・ワンカ(Johanna Wanka)女史。彼女も博士資格を持つ。宰相にとって一閣僚は持ち駒の一つに過ぎない。細かな収賄をした大統領も同じだった。アネッテ・シュァバーン女史の政治生命が閉じられたと言うこと。

上;リオの山車(ダシ)。観光が第一目的だから、夜のイルミネーション装置にアイディアを盛る。欧州の場合、夕方の行列をプログラムに組む市町村は無いだろう。夜のマーチに代えて、人々は仮説大テント、カフェやホールの屋内で踊り、飲み食べ、朝まで祭りに興じるのが普通。土日月火と数日間を続けるから、役所や地元の会社は火曜又は水曜から`仕事はじめ`するのが多いようだ。
130210 Carnival cor 3

中;オーストリア本日の雪景色、スキーヴァカンス客と村人がどっと集まっている。中央にしつらえられ立舞台で仮装したチームが様々な余興を披露する。全ての出演者が魔女や悪魔、ひょうきんな老若男女の仮面をかぶっている。見事に彫られた木製仮面は村の伝統工芸品だ。大事に保管され、季節の行事に応じ使用されると言う。仮面と衣装を付けての演技は大変な重労働。息をつきながら、これに参加するのが楽しいと地元民がインタヴューに応えている。下;独蘭境いの街、テレビ実況場面。

上;オーストリアの仮面。この仮面は、中と下の仮面に似ている。オーストリアとイタリアを繋ぐ回廊による文化的共通性の一つ…
130210 Carnival cor 4

中と下画像はヴェネチィアの白色仮面。わずか40年ほどのスタイルと思われる。


水の都とは半島のように陸部分から突き出している場所を表現していると思う。半島部分に行かなかったので私は知らないのだが、1979年に私はここに来た。列車で眠っているうちに着いて、ぼやっとしていた。あちこちさまよっていたので、肝心な美術館や観光地の区別をつけがたかった。言い換えれば、行くところが面白く且つ退屈な場所だった。

このヴェネチィアに、白い仮面のカーニバルがあるとは聞いたことがなかった。バルセロナのガウディ―幾つか建物を見に行きカーニバルに遭遇。偶然連れ合った人と踊り明かしたことを`郷愁`っぽく覚えている。しかしヴェネチィアのカーニヴァルは知らなかった。

後に白い仮面と華麗豪華な仮想カーニヴァルを舞台にする映画をみて驚いた。あるいはヴェネチィアの高名なカーニヴァルは街お越しの成功例では…。ヴェネティアファッションと組みあわせるアイディア。現代イタリアデザインと言う`売り物`も同工異曲の国お越しキャッチフレーズだった。ルネッサンス芸術がイタリアデザインの背景と言うともっともらしく聞こえる。細かいことで恐れ入るけれど、正当モダンデザインはイタリアで生まれていない。デ・スタイルからバウハウス思潮に繋がる独蘭地域から生まれた運動だから…

にも拘らず、白い仮面のカーニヴァルは目の前で見て見たい。と言うよりも白い仮面による完全な仮想だから、参加してみる価値がある。カーニヴァルとは行進するのも見る側もみんな仮装して祝う/楽しむ祭。生まれた時からカーニヴァルに染まっているキリスト教旧教を信じる人々自身のための祭。南ヨーロッパや南米の人々を考えれば納得できよう。

今やカーニヴァルは農耕や収穫と関わらず、肉を絶つ義務的習慣とも無関係だ。肉を絶つ敬虔なモスリムはまず居ない…、それに反して皮肉にも、過激イスラムはジーハーの教え通り、実行するかもしれない。キリスト教圏で肉を絶つ、と言うか普段肉を食べないのは菜食か動物愛護主義者である

我々の後ろにある神仏ゴチャマゼと同じで、幾多の要素が混合し合って今風なヴァリエーション豊かなカーニヴァル風景が広がっている。旧教々会に行く少数派も宗教無関心なカトリック圏育ち大多数派も、全ての人々に欠かせない冬祭になっているのだ。アネッテ・シュァバーンおばさんもこの季節になるとカーニヴァル本能に揺さぶられるに違いない…。


[補注];
1.参照:2012年2月19日「ユネスコの口承無形文化財 アールストのカーニバル」
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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