ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Sport スポーツ/ホビー

巴里の空の下

Sous le Ciel de Paris Coule la Seineと言う題名からla Seineを取っても、雰囲気は変わらない。今日の午後、気温17度、6月1日にして異例の寒さ。連日、雨にたたられクレーコートのテニス試合日程が遅れ気味。テニス観戦おばさんが試合中断で所載なし気の風景。パリの空の下のひとつ、`雨のパリ`主題に収まる格好の一枚…。

Pari France 01

Kei Nishikiori vs Benoit Paire おない年の日仏わかもの対決。先ほど4セット目、にしこりが6/1で簡単に取り、四回戦進出。ベルギー解説者曰く;ロラン・ガロス日本人16強入りは数十年ぶり。24才、うわぜい175㎝らしい。日本人24才男子の平均になるのだろうか。「六尺の偉丈夫」と言う180㎝大男を指す諺よりもぐっと低いが、半世紀前の24才平均男子より10数センチ高い筈。テニストップ選手として、珍しい小柄である。相手のペーは、日本人同世代とそれほど変わらないフランス男子を考えると、テニス選手らしい背高ノッポなのだ。

錦織と書く漢字姓はあまり聞かない。明治初期の織物産地辺りの苗字だろうか。`にしきおり`を`Nishikori`とローマ字綴りにしているので、Nishiki末字のiが飛んだ(≒誤植)間違いと思った。他で聴くと漢字で`にしこり`と読ませているらしい。一種の脱音、または省略に思われるが、変異理由を知りたい。

ニシコリの4回戦相手は優勝候補 Rafael Nadal(ラファエル・ナダル)。すりつぶした煉瓦のコート即ちクレー(英;clay surface)で争われるフランス・オープンを七回も優勝している。この材料コートのずば抜けた専門家で、Novak Djokovicと共に優勝候補。「錦を織る」とは言わば「素晴らしきを成す」ことだから、万に一つの機会があるかもしれない。

Pari France 02

5月29日`パリの空の下`でないずっと南 Montpellier(モンペリエ)でフランス初のゲイカップルが生れた。地中海に面する街でヴィンセンとブルーノが市長イレーン・マンドロー証人立会いを得て正式に結婚をした。ヴィンセン40才、ブルーノは7才若いカップルである。前者はフランスのホモ・レスビ協会の議長を務め、政治的意味と自ら範を示したことになる。
先だつ26日にパリに於いて「ホモ結婚とその養子を許す法律」に対する大規模な反対デモが実行されている。その法律は月初めに議会承認されたにも拘らず。

巴里の空の下と言うのはシャンソンである。それは上述の長いフランス語句の部分である。1951年に封切された白黒映画の主題歌。ぜひYouTubeで視聴されたい。聞き覚えのあるメロディーに幼い子供時代を思い出されるだろう。シャンソンと聞くと、優雅なパリや耳に心地良いフランス言葉を想像される方が多い。粋で洒落た雰囲気が立ち込める歌の世界。

ホモ自由化の波は東欧も同じ。カトリック南欧と同じで、東方正教会の国々でもホモは御法度。しかしパリでホモ人権デモがあれば、連鎖的にキエフでも起こる。下は議会で法案上程の頃のパリのデモ風景。
Pari France 03

一昔前のパリは生活匂いに溢れていた。カッコ良くもなかった。飾り気も無く、ただのごみごみする都市に過ぎなかった。日本人に限ると、憧れてやってきた数万が生きていた。優雅に暮らす若い学生や学生風の連中が一杯居る一方で、夢やぶれた連中も、敗れずも帰るに帰れない老若男女もいたのだ。三分の一ほどが滞在許可を持たないと言われたが、私には定かでない。

日本人は黄色いけれども、第二白人と見なされ、優しく扱われる時代があった。1960年前後だろうか…。沢山のゲストアルバイターが欧州に溢れ、彼らは汚い仕事を担当して肌の色によって差別されながら、しかし新天地に希望を抱き生活していた。そこから日本人は除外され、半ば尊敬され差別知らずに生活していたらしい。

パリ郊外のある家族に招かれ、一瓶200円ほどのロゼーが一番と教えてもらった。毎日飲む食前酒だからと。薄いピンク色ワインを飲む習慣を知った。太陽の注ぐ庭で人なつっこくあれやこれやの話を聞いた。彼らは英語を操る珍しい人種だった。

覚えている二つ話題がある。一つは、映画La picineを見て勝れた文化の国・日本に興味を持ったと言う。40前後の旦那が二十の頃に観て、題名はプールと言う意味。そこで主人公たちが箸を使う食事場面がチラッとあったそうだ。二つめは、結婚して間もなく日本人歌手公演を聞き、迫力に魅せられたと言う。シャンソンに対峙するようなメロディーと詩(フランス訳歌詞だったらしい)だったらしい。それ以来、ことあるごとに日本に興味を持ちファンであると…。ふとしたきっかけが面白い。

エキゾチックな料理を二本の棒で優雅に食べる文化が50~60年代に広く紹介される一方、日本ではヌーベルバーグをうたう仏映画が溢れた。70~80年代に日本のカメラ・オーディオ製品が仏蘭西を制覇。こうした潮流が日本人指揮者や歌手の招聘と関わっている。「日本を尊敬しているの!」そんな塩梅が良く分かる。この時、フランス若者たちはドッと日本を訪れ、日本人もドッとフランス/パリにいる時代になっていたのだ。

ロラン・ガロスのテニス総合センターは巴里の空の下、どんよりと冴えない。しかし日曜日のセンターコートは超満員。フランスのジル・シモン(29)がランキング2位・ロジャー・フェデーレルに挑む。
Pari France 04
土曜日、ラグビー大会の勝利チーム選手と協会お歴々と共に並び握手するオランデ大統領。意外に知られていないが、フランスは、スコットランド/イングランド/ニュージーランド/オーストラリア等と並ぶラグビー大国。


フランソワ・オランデ大統領は巴里の空の下で悪戦苦闘している。当選後から支持率が急降下。成すべき手が無いように思える。マリへの軍隊派遣によるイスラム・アルカイダ勢力一掃が上手に行き過ぎ、国民の勝利の歓声を得るに至らなかった。

大統領職のスケジュールに追われ、社会党内閣・党友の首相マルク・エローとの二人三脚が上手く行かぬそうな。古女房でサルコジーの対立候補だったマリー・ロワイヤル(子供4人)の応援を受けるも、パリの暗雲はEUをすっぽり包む一部に過ぎないから、打つ手がない。これまでの実績は国を二つに割った同性結婚法案の実施だろうか。

関連記事
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment form













管理者にだけ表示を許可する

Profile

ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
この記事にリンクを貼る

Designed by Shibata

タグリスト

access
access online
現在の閲覧者数:
Latest trackbacks
Search form

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ