ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Nature 雑草 フローラ/ファウナ

ヤマモミジと東ドイツ  壁が落ちイロハモミジへ


五月の陽が射しこむ。崩れ落ちるようなヴェランダの日光浴。同じ階のこちらから写した光景だから、数階下は殆ど光が届かず、中庭は暗い。左側の"山モミジ”が良く育ったと感心する。光をもらえないので、その分一生懸命に光を求めて成長速度を速めたと考えられる。

こんな古色を帯びた5~6階の建築物が旧東ドイツ区に並んでいる。だからこんなカエデが生きているのだ。中央から北海までの欧州どこにも見られる平凡種(シュ)だから、余分に逞しいのかも知れない。御姫様のように育てられ、手の行き届いた瀟洒な庭に植えこまれる植木モミジでない。樹齢70~80年くらいと読める。するとベルリンの壁が建設される前から、ここにあったわけ。名うての秘密警察Stasi(スタージー)、互いに密告しあう生活がこのアパートにあった筈…カエデはそれを見てきた。

呼び名は従ってBergahorn 文字通り”山のモミジ”。西側の山の無い土地オランダで"つまらないどこにでもある馬鹿ばかしいほど並みのモミジ”なのだ。ボロクソに言われ、気の毒…。左様な命名なれど、実は"目立たないが健康で勝れている樹木”と密かに尊敬されている面もある。さもなければ街路樹に採用されないだろう。

アルファベットの記述は Acer pseudoplatanus。前者を台湾のコンピューター会社が使っている。アーセルかエイサーか、どう呼ぶのか知らない。Acerの著作権料をパリに本家を置く分類学会に支払っているってことはないでしょう。後者ふたつめ綴りはプラタナスソックリという意味。ところが別のカエデが"偽プラタナス”のような名前をもらっているので、ややこしくていけない。

何十万と無限にある種(シュ)に一つずつ別の名前をつけねば)ならない。分類屋さんはカッコもヘッタクレモなく、非文学的な種名を使う。学術名だけでなくいわゆる標準呼び名にも酷い非人間的(=植物)な例がある。生物が可愛そうに思われ、事実ときどき植物屋さんが同情をささげていらっしゃる。

ヤマモミジを Sycamore またはSycamore Mapleと呼ぶそうだ。西のさいはてブリテンの呼び名らしい。アイルランドを含め諸島一帯に広く生えるカエデ。命名由来が面白い。ある物知り人から、エジプト原産と言われるイチジクをシカモアーとも言うと教えてもらった。

      Verdenking by Merkel
      8月13日のベルリンの壁際への顕花。アンゲラ・メルケルの名が帯に見える。彼女は東ドイツ神父の娘。亡くなったのは1961年から1989年まで"壁”を超えようとして銃撃された人々。逃げた人々が無人地帯で壁にたどり着く前に、機関銃掃射で亡くなった場合が多い。

後年ヘルムート・コールに可愛がられる若き娘はベルリンに近い南の村に住み、逃げる機会はなかったそうだ。アンゲラは一つの有用草本の名前である。白い微小花が可憐なため女の子に付けられる。メルケル女史は同名犠牲者をリストに見つけた筈だ。

壁の構築数日前か、向こう東側で警備する若い東ドイツ兵の一人が突然、こちらに向かって駆け出し、鉄条柵をジャンプする高名な画像がある。白黒粒子が荒れて生々しい写真である。両足を交差させて、鉄条すれすれに空間に浮かぶ兵隊が捕えられている。小さな歴史の瞬間。一瞬の勇気が彼にその後の半世紀"自由”を与えた。

冷戦の始まり。ベルリンのほぼ中央をジグザグに鉄条網が張られる。ブランデンブルグ門はその10mほど東側に位置した
      West Berlin districten

欧州のヤマモミジは緑の集合花をたわわに付ける。春に緑のトンネルを作り、やがて緑花の穂を垂下させる。10m背丈の直系30㎝の太い木になる。農家に植わっているが、最近の住宅庭園に向かないだろう。見るのは日本出自の小木モミジ。例えばノムラ系やカラコギっぽいカエデである。タカオモミジは非常に知られ、パルマタータムと言う属名で呼ばれている。これを日本ヤマモミジの一つに数える人がいるが、私によくわからない。大きいヤマモミジに並ぶような大きなタカオ個体を欧州でまだ見たことがない。ベルリン市民植物園だったか、株立のパルマタータム名札のカエデを目撃して驚いた。
       上;欧州ヤマモミジ
        Acer platanoides en Jinnnala
      
緑の花弁が落ちたカラコギカエデらしき背丈精々数メートル植込み


1989年ベルリンの壁が群衆に占領され、やがて撤去されるまで、東ドイツ域に掌状のイロハモミジが植わっていたと思われない。それから4半世紀がほぼ過ぎつつある。東ドイツ市民を指すオーシーをだんだん聞かなくなった。旧建築にグラフィティーの色とりどりが目立つとはいえ、風景はホネッカー時代とあまり変わっていないようだ。けれども、旧東ベルリン住宅街を歩くと、時々おやっとと思う小さな楓が見られる。日本の小ぶりな掌状葉の楓に人気が集まっているのが分る。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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