ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Nostalgic Melody&Film 懐メロ&フィルム

遙かなるドナウの流れ

左;ヨシフ・スターリン(Joseph Stalin)右;ゲオルギ・ディミトロフ(Georgi Dimitrov) 1936
Harukanaru Donau 04
2013年地図。影付きはEU加盟国。バルカン半島に於いて旧ユーゴスラヴィア諸国は未加盟。トルコは加盟を熱望。ギリシャとブルガリアに加え普通バルカンに含めないルーマニアが黄色部分の下になっている。債務超過`劣等生`の意味か。1944年9月、連合国側に寝返った君主制ブルガリアは直ぐに赤軍によって共産国家に転換。スターリン盟友ディミトロフがモスクワから指導、露西亜兵が出来たばかりの詩を歌いつつブルガリアに進駐した

「遙かなるドナウの流れ」そんな句を含むロシア民謡又は軍歌を探している。美しいメロディーと遙かな土地に流れる大河を詠っている。懐かしい気がするから、物心が付くか付かぬ頃に耳にしたような気がする。ロシア詩が日本語に移され、ポピュラーになった歌詞の筈。

地図↓左を見ると、ベルリンからプラハとウィーンを経てブタペストまでの路が示されている。5か国が色別に示され、何と明快な図解だろうか。その道筋の終点であるハンガリー首都・ブタペストを示したのが右である。市街を二つに割る河はドナウ川だ。ドナウは独逸Passauから墺太利に入り、首都Wienを流れ、直ぐにスロヴァキアの首都Bratislavaを貫通する。そして小1時間ほどでマジャールの古都に至る[補註1]。

Harukanaru Donau 02

古都を出ると、青い水面を輝かせ南東に向かい、やがてセルビアとルーマニア国境作りをしつつ、ブルガリアに届く。ドナウはラテン語名ダニューブからのドイツ語彙。いずれの名も日本で馴染まれていると思う。その知名ぶりは恐らく露西亜あるいはスラブの歌からと思われる。特にロシア民謡と言うか、歌謡の数々が50代以上の人々に親しまれているようだ。

ドナウがドイツ語圏を離れると、もちろんそれぞれの言語名になる。歌にある``遠くのドナウやドナウの彼方``は恐らくドナウがいたる最も南の国を示している公算が強い。露西亜からすると、遠い遠い南にドナウはある。そして河は向きを変え、北進して再びルーマニアに入りウクライナと接しつつ黒海に流れ込む。物語に成る不思議な雄大な流れ…

この10日間、このドナウ流域が下のエルベや支流ザールと同じ水浸しになっている。ブダとペストの二つの市街は辛うじて難を逃れたようだが、これからさらなる下流域がどうなるだろうか。

Harukanaru Donau 01
パッソ―とブタペストのかつてないドナウ水位高は峠を越した。西側エルベの下流・ニィデルザクセン河川域が水漬かりで、各地で住民避難が行われている。ドイツと同じ事態がドナウ下流域で起こり得る。↑のマグデンブルクの7.29mのような増水がバルカン半島に想像される。EU圏で最も貧しいと言われるルーマニア/ブルガリアにとって由々しき打撃になる可能性が考えられる。

ロシアの曲を見つけることができた。音楽と縁が無いので探す手間がかかった。以下の題と歌詞になる。
バルカンの星の下に[Под звездами балканскими / Under the stars of Balkan]
黒きひとみいずこ わがふるさといずこ
        ここは遠きブルガリア ドナウのかなた
           ここは遠きブルガリア ドナウのかなた

歌詞を見てスッと口ずさめる人が多いのではないか。からっきしリズム感の無い私は実際に聴かないと分らない。YouTubeに沢山upされているのを`発見`。露西亜語ヴィデオを除くと、半分以上が日本人の投稿で、日本での恐るべき人気にあらためて驚く[補註2]。歌に国境はなく、人々を平和に結び付ける?

作曲:ブランテル(Blanter 1903-1990)/作詞:イサコフスキー(Isakovsky 1900-1973年)。1944年に作られている。二人のコンビの「カチューシャ」と「ともしび」のメロディーも熟年世代なら直ぐに浮かんでくるに違いない。上手に訳され、ロシア民謡に共通する歌い易さのせいだろうか。[補註3]

イサコフスキ―名の露西亜著名人は多い。創世記のアブラハムとサラの息子Isaak由来だから、東方正教で最も重要かつ人気名の一つ。故に`この`イサコフスキーは、東部戦線の終わりが見えてきた時、ロシア未来の衛星国作りのために「バルカンの星の下に」を詠ったのである。彼はレーニン/カメーネフ/トロッキー/スターリン等無数のボリシェヴィキと共に生き、粛清時代[補註4]に数え切れない銃殺された詩人/学者の中で生き延びた珍しい人である。

     かがやくバルカンの  星の下にて
         幼き日の思い出 まぶたにえがく
             幼き日の思い出 まぶたにえがく


バルカンの秋空の下、赤軍はブルガリア首都ソフィアを無血で占領。上の2番の歌詞を歌いながら、召集され半ば強制的に幾千里を超えバルカンにやってきた若者たち。赤軍の消耗率はドイツ軍と等しく、組織統括は凄惨だった。戦意を失うような前線状況に於いて、脱落兵は後部に控えている軍警察部隊に銃殺された。敗北作戦地のロシア戦死者は敵でなく味方の銃火による方が多いと言う例がいくらでもある。ドンドン死ぬので、常に新兵が招集され訓練され戦線に投入された。彼らにとって、この歌は束の間の慰めだったかもしれない。

1944年9月、既にD-day(6月6日)にノルマンディー各海岸地に取りついた連合軍は北方と南方とに二手に別れ、ドイツ帝国軍を押しに押した。3か月後、ライン川南から北のアルネム市を奪還するマーケット・ガーデン作戦を展開するまでに進軍[補註5]。その3ヵ月、東部戦線に於いてもロシア強勢によってドイツの負け戦が続いていた。大筋は見えてきたのである。

   黒きひとみよ 静けき語らいよ
      何ものにもまして 恋しふるさと
         何ものにもまして 恋しふるさと


カチューシャ砲やカチューシャ銃と言った字名がロシア製武器に付けられたりする。戦場に送られ、後退を許されない赤軍`掟`によって無駄死した露西亜の青年たちが歌った歌から付けられたのである。本来ラブソングと言うか、亡くなった恋人を忍ぶイサコフスキ―の詩(ウタ)がやはりブランテルによる曲を得て、ロシア大衆歌謡曲№1になったと思われる。

ドイツのバルバロッサ赤髭作戦が始まった頃で、直ぐに戦意高揚のヴァリエーションが作られ、兵士たちは声高らかに歌った。以来75年余に渡り、本家ロシアを言うに及ばず東欧/支那/北朝鮮であたかも軍歌のような趣で愛唱されていると言う。詩人にとって不幸な成り行きなのだろうか?

`バルカンの星の下`歌詞は戦意高揚で無い内容ながら、しかしスターリン独裁による社会共産主義の拡張政策のために作詞されたのである。ここで詩人は明らかに東欧諸国の侵略乗っ取りに協力していると考えられる。遙かなドナウの流れる国がまもなくディミトロフを頭に擁き、ブルガリア共和国として再スタートする。自由の無い長い困難な道行(ミチユキ)が待ち受けているにも拘らず…。


[補注」;
1.マジャールと言う民族が現在ハンガリー人大部分の祖先らしい。彼らは周辺民族と別の、一種の隔離言語で知られる。フィンランド語と近く、アルタイ語系特有の膠着語構造を持ち、トルコ/日本諸語と遠縁らしい。

2.「バルカンの星の下に」だったか、ロシア兵軍服らしきを着て歌うYouTubeヴィデオがあった。ロシア歌謡の愛好者、日本の方々である。イサコフスキーのたぐいまれな生存能力へ賞賛ではあるまい。地獄の粛清時代からの社会/共産主義への傾倒と体制協力を知り、スターリンにより戦場に送られ戦死した数百から数千万のロシアの人々への思いを託しているのだろうか。

3.イサコフスキー(ロシア文字 Исако́вский→ローマ字 Isakovsky)はソビエト連邦時代もっとも成功した詩人。スモレンスクに生まれ社会主義(共産主義)に投じ10月革命(1917)に参加、1931年までスモレンスク在、新聞編集者として活躍。以後モスクワに移住、国家を賛美する文学活動を展開、数々の文学賞を受賞。それは、誰にも理解される言葉で綴った戦時歌曲詩に見いだされる。

4.猜疑心の塊・スターリンによる史上最大のパージ=粛清。党友即ち古参の大幹部/赤軍の将軍/全組織のトップなど合わせて同胞2百万…、さらに(多数日本人を含む)外国人や一般ロシア人を加え合計七百万とも積算される。実行組織は独逸ゲシュタポと同じ情報と攪乱の秘密警察NKVD(内務人民委員部と訳される)。後のKGB(ソ連国家保安委員会)の前身。NKVD自身の長官/幹部も一網打尽に銃殺された。1930年~40年に起った未曾有の虐殺で、スターリンはアドルフ・ヒトラーと双璧を成す`地獄`絵図を作った。史上最大の殺人鬼と言うべきだろう。

5.作戦は英モンゴメリー将軍による大空挺オペレーション。米パットン将軍との功名心争いで、チャーチルとアイゼンハワーが言わば政治的選択をした。だが作戦は大失敗におわり、ライン北のオランダ人は来たる冬を前に飢餓状態に置かれた。その内の一人の少女がオードリー・ヘップバーンである。
コーネルアス・ライアン(Cornelius Ryan)がこの作戦を描いた`A Bridge Too Far`を1976年に上梓。同名でその翌年に監督リチャード・アッテンボローで映画化。老ダーク・ボガードや若いロバート・レッドフォードなどそうそうたる役者(ほかJames Caan, Michael Caine, Sean Connery, Elliott Gould, Gene Hackman, Anthony Hopkins, Ryan O'Neal)を揃え大成功。戦史と蘭側資料とかなり違い、ブーブー文句が出た。ひっきょうハリウッド資本による娯楽映画である。
関連記事
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment form













管理者にだけ表示を許可する

Profile

ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
この記事にリンクを貼る

Designed by Shibata

タグリスト

access
access online
現在の閲覧者数:
Latest trackbacks
Search form

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ