ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Nature 雑草 フローラ/ファウナ

 ボダイジュはシナノキ属にあらず Bodhi ≠ Linde [その1] 

Buddha campaign 01

बोधिसेन / Bodhisena / 菩提僊那/ ぼだいせんな、順に梵語(サンンスクリット)/アルファベット/支那の漢字/仮名。ローマ字と漢字は元の音を移したもの。その漢字の音読みが仮名。1969年版新世紀大辞典に、704年インドに生まれ、支那で勤め、736年遣唐使船で来日、東大寺四聖の一人…とある。

この人物が日本の寺に植えられている`菩提`の木を支那から携えて来た、と言う観念に私は駆られる。名前か苗字か不明だが、彼の姓名の前二つは`菩提`だから…。鎌倉期まで待たずとも、8世紀半ばの平城京に菩提の木がもたらせているのであれば、間の平安京の文献に出てくるだろう。

しかし紫式部と清少納言などの目に留まらなかったのは、支那自生種の木が近畿地方の気候土壌に馴化する期間だったのかもしれない。初めから種子または挿し木からの成育が上手に行くとは限らない。一人前の高木として、あるいは黄色花で樹木を彩るまで、3世紀ほどの時間を要したと考えてみるのだ。

一般に欧州3種の花期(夏≒7月前後)に、樹木全体にたわわに花が咲くのは半世紀を要する。それは数世紀に渡る先人の観察結果である。渡来種が自生地の樹高に達したり、それを凌駕する例は少ない。たいてい自生地よりも低く留まる。支那自生のシナノキの潜伏期間が長かった…と想像してみるのだ。栄西が支那から帰国した鎌倉期に、ようやくそのシナノキが寺院に立派にお目見えしたのではないだろうか。近世になって極東の木々を`欧州に馴化`する期間に比べると、植木/園芸術ノウハウのない時代だから倍も2倍も時間がかかったと言う仮説である。

             グーグルマップ;A点が釈迦悟りの地・ビハル州のボダガヤ。+-で大小サイズ、矢印で方向移動。

View Larger Map

漢学素養が治世者または知識人に欠かせぬのは仏教伝来以来の常識である。ほぼ15世紀に渡るこの素養が、フローラ呼び名の上で`嘘っぱち`を支えてきた。菩と提の二つからなる熟語は既に支那に於いて馴染まれ普及していた筈である。それ故、Bodhisenaが種子を携えて来たかも知れない支那シナノキ種を彼と彼の日本人同僚たちは`菩提樹`と認識して広めたのは当然である。

グーグルマップをご覧いただきたい。Aが釈迦即ちゴータマ・ブッダの悟りポイントである。三角形インド大陸の北東、ヒマラヤ山脈南のやや平らな部分。王国の王子が生存していた時、その人里離れた場所とそこに茂る樹木とは今と異なる呼び名だっただろう。王子35才にして知覚=悟りを得たゆえに、後にその場所はBudagayaそして樹木はBodhiの木と呼ばれる。

マップ上を左に移動すると首都ニューデリーが出てくる。インドに関するサテライトTVでたいてい出てくる首都の熱暑ぶりは万人知る所なり。ガンジス河原で洗濯人たちが洗ったばかり長い布を両端からピント引っ張りしばらく立っていた。5分くらいで左右の二人は乾いた布を折りたたみ、次の布を引っ張り再び乾燥作業にかかる。

太陽の恐るべき(乾燥)力は熱帯ゆえである。熱帯インドの樹木と温帯ゾーンのそれとはまったく異なることがこれから想像できる。上マップを東にそのまま進むと東南アジア地域が見える。例えばカンボジアやヴェトナムにブッダガヤに育つボディーの木に近い仲間が植生していると思われる。しかし南北に長いヴェトナムを北上すると、温帯域に入る。そこは支那である。支那にBodhiの木はもはや存在しない。

Bodhiは梵語(サンスクリット)の音をアルファベット化したもの。おなじように漢字へ音写すると「菩提」になったらしい。やや詳しく後述するが、ボディーの木とは`菩提の木`、即ちボダイジュである。一番目の画像上と、下の上半分の画像の葉っぱをもつ。一カ所から幾本かの長い葉柄をだし、それぞれの葉身にチョボ髭のような先端がぶら下がっている。葉柄が出るヶ所に果実(と思われる)が付いている。
Buddha campaign 02
下画像半分;欧州中に植栽されるリンデ。何処にでも見られるから標準リンデと言っていい。葉柄途中に葉柄自身が変化したヘラ形が付き、その中心から花/果柄を伸ばし、さらに数本に分かれ、それら先っぽに花/果実を付ける。フユリンデ10-5個、ナツリンデ6個以下、オランダリンデ3個から10個を超えたり気儘。

この二つの画像通り、文字説明の通り、菩提樹はクワ科イチジク属で、リンデはアオイ科シナノキ属である。分類の父リンネ以来、また東京帝大理学部で日本分類研究が緒に付いて以来、変わらぬ事実である。分類専門家だけでなく、生物フローラを学ぶ人々の常識。両者は縁もゆかりもない異なる二つの植物である。

一生を国公立大学演習林で研究生活をされた方、あるいは方言や古文献から植物名を研究される方、左様な人々が謙虚に「シナノキをボダイジュと呼ぶ」間違いを指摘され「正すべきだ」と主張されている。知る人は知り、心ある関係者や愛好家は習慣的接尾語のようなボダイジュ使用を憂えている。分厚い図鑑の先生方からウィクペディア投稿諸氏まで、長いものにまかれ、寄らば大樹の陰を生きざまにする人々があまりにも多い所為だろうか…。

【観察したディジタル画像を付し、その2/3/4あたりまで予定。飽きずに追ってくださると幸】




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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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