ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Nature 雑草 フローラ/ファウナ

ボダイジュは仏教 リンデはキリスト教、 Bodhi ≠ Linde [そのⅡ]

ボダイジュ;ブルガリアsofiaの温室コレクションと思われる

Buddha campaign 04

BodhiまたはBhodhiは紀元前536年に生まれたとされるSiddhartha Gautama (後Gautama Buddha=釈迦)の別名であるらしい。何故別名か? बोधि=Bodhiは釈迦が、樹木の下で得た悟りを意味する。知・覚・道など難しい理屈に溢れる。それらは私にチンプンカンプン。とまれ、その音を漢訳したのが菩提。

Buddhaが苗字か名前か知らない。その漢字当て字が仏陀。Bodhi(菩提)を核思想にする宗教を、従って漢字で`仏教`、ローマ字英語でBuddhismと言う。Bodhiは心なり。心はBodhiなり。即ちBodhi=体=Bodyである。手短に書くと、BuddhaとBodhiは一体概念なのだ。

その一体概念が、「そのⅠ」で触れたBodhisena和尚、つまり奈良に入朝した僊那導師についている。僊那はやはり仏教的意味を持つ個人実体名と思われる[補註1]。ゴータマと同じ熱帯インドの人だから、彼の命名は言わずもがな了解されよう。
Buddha campaign 03

菩提=Bodhiを釈迦に産み出さしめた環境の重要ファクターは樹である。熱帯の激しい光線を遮り、風雨からも釈迦を守ったであろう。当時の呼び名は忘れられ、こうしてその樹木名ローマ字綴はBodhiになる。これに諸語の`木`を組み合わせると、アルファベット語圏の一般名として通じる。例→Árbol de Bodhi (西)、Bodhiboom (蘭)、Bodhi-treet (ノルウエイ)、Strom bódhi (チェコ)、Bodhi tree (英)。

熱帯のこの樹木はリンネの二名方分類で Ficus religiosaと記述される。Ficusはイチジクのような果実を作る仲間(属)で、700近い種(シュ)を含む。その大変な数の一つreligiosaと言う樹木がBodhi-treeである。リンネは種名にはっきりと宗教≒仏教を示している。その思想Bodhi即ち菩提の樹だと特定しているのである。彼が命名した無数の生物名にこんな明快さはあまりないように私には思われる。

Linden serie 03 klein 

ボディーの木はボダイジュ=菩提樹。それはFicus religiosa。疑いの余地は無い。面白いことに、この菩提樹が日本でシナノキの木として呼ばれていること。

日本中の寺に植わるシナノキ殆どは支那から導入されたシナノキ種の末裔である。「そのⅠ」に於いてボディセナ和尚が種子を持ってきたと言う想像を述べた。温帯域の支那に本物の熱帯イチジク属Bodhi-treeは自生しない。従って代りの樹が必要だった、釈迦没後の紀元前、BuddhaのBodhi思想を布教するために。

葉っぱ形状がやや似ているシナノキの一つ種に白羽が立てられた。ニセアカシアと言う該当樹木に失礼な和名がある。それに習うならば、ニセボダイジュを支那仏教人は言わば`でっち上げ``た。それをそのまま為政者≒教養人の漢学素養優先社会が受け継いだ。聖武天皇の奈良時代、本物ボダイジュと偽ボダイジュを観察して熟知しているのは`ボダイセナ`導師だけである[補註2]。

分類と言うのは信仰と関わらぬ営為だ。リンネによる熱帯樹ボダイジュが温帯樹シナノキに化けようが、Bodhiたる思想の核心に微塵の汚れも落とさない。寺の境内に入るならば、心の精神世界に入るならば、外的事象は無価値と思われる。大仏の開眼供養・聖なる行事に於いて、リーダー/説教師に選ばれたボダイセナ導師が始めたシナノキ``信仰``はこうして仏教国家・日本人DNAに刷り込まれ脈々と生き続けてきた。

12世紀に渡る期間にじっくり刷り込まれた精神世界`DNA`が簡単に消える筈はない。それは個人の内なる情念に属するように思える。一方で、寺の境内の外側に立つならば、言い替えると科学的DNA診断を認める立場ならば、ボダイジュと言う一般名をシナノキに用いることは出来ない。生物を科学的に整理して理解することは、寺の境内に入らない誰にも共通する普遍的な作業だろう。下に欧州三つシナノキ種を並べてみる。言うまでもなく熱帯のボダイジュでない。同僚である例えば日本のシナノキでもヘラノキでもない。

Zomer Hollande Wintel
ここから3種間の違いと紛らわしさについて多く読みとれる。ナツ葉裏の脈パターンの目鼻立ちが目立って綺麗。これはナツ見分けのポイント。しかし丈夫な葉厚と寸法、さらに脈駅の毛色は典型的記述と異なる。オランダの果実数は右隣りフユのように10個以上もあるが、3-5個貧しい実付きもある。葉は頑丈から薄いものまで質感のばらつきがある。脈腋の茶色毛とペラペラ質感によって、ナツの血混じりが感じられるハイブリッドは多い。フユは明らかに4㎝までの小葉ぞろいだと断定できる。しかい小さな葉に偏るナツと大きめの葉を持つフユとがあり、それにそっくりな葉表情が加わると迷わなければならない。すると判断は果実期まで延期されよう。

三つは欧州自生種である。右と左が交わり、真ん中が生れた。右にも左にも様々な微妙な遺伝子差を持つ個体があり得る。従って真ん中の子供もそれぞれの組み合わせにより、独自の交雑個体として存在する。数世代に渡る古い圃場(苗木生産業者/園芸栽培業者)の場合、はしばしば独自の形質を持つナツ/フユ/オランダリンデを供給している。著しい形質を得たリンデならば種名の後にformaのf.を付けて園芸品種であることを明らかにしている。

戦後ポツリポツリ日本に珍しい欧州シナノキとして、これら3種が紹介されてきたようだ。異なる環境でどう育っているのか興味深い。学術研究目的と植物園コレクションのいずれにせよ、それなりの由緒ある業者の生産苗が送られていると考えられる。それらは欧州植物図鑑に記述される典型的な形質を持っていると想像される。しかし実際は年月を経て、果実が成り、葉っぱだけでない花の作りや果実の堅さ、花期のずれ日数などの総合的判断がのぞましいだろう。

何故ならフユとナツに間のハイブリッドは三角関係のグレイゾーンに位置するからである。幾つかの日本自生シナノキ同士がそうした複雑な状況にあるかどうか、私は知らない。日本のコナラ節(ドングリの木たち)の互いのDNA浸潤について聞き及んでいる。グレイゾーンは公園/植物園の世話の行き届く(園芸)植栽環境にあまり見られないだろう。それは山野の荒々しい、と言うか放ったらかし状態で主に生じる現象。上の三種参照画像は、ややコナラ節の入り交りに似ているような印象を受ける。*[個人的観察による三者間の詳細はほか比較画像と共に「そのⅢ」に記述]

冬リンデ;雄蕊トップ紫っぽい葯の消失、長く細い蕊が平らに変成する現象(スタミノーデ)。多くの雄蕊は何となく5本ずつのグループに見えないこともない。本画像で明らかでないが、我が観察からそのように感じられる。5本グループの1枚が外側の花弁から信号を受けてメタモルフォーゼを行う? これは日本のシナノキと支那のミクエル種に顕著に観察される。スタミノーデは草本のランで知られ、欧州リンデ3種に於いて戦前からの知見であるようだ。この情報は20世紀末に日本研究者に伝わったと推測される。しかし実物個体研究を行う機会が少なく、人もいなかったと思われる。情報源に「欧州3種にメタモルフォーゼ無し」があったらしく、現在この「無し」説が受け入れられている。運に恵まれると、在るか無しかの微かな花弁(シイナといえるような)が見いだされる。2年前に同行仲間とリンデ廻りをして、焦点の定まらぬ沢山の画像中からでオヤッと疑問を抱いた物体。これ以外にオランダリンデのディジタル証拠を我がファイルから見つけている。ナツにも変成花弁出現を予測している。しかし丈夫で粗野なナツリンデに遭遇する機会が少なく、実際に出会うのは神の導きが必要…。変成物体に関する細部は、ボダイジュと呼んでならない真正な理由になろう。

Tilia cordata Staminodia 01

三種比較画像の真ん中がオランニェ皇女ルイーゼによるリンデンバウムである。フランツ・シューベルトの冬の旅5つ目のメロディーもこのハイブリッドを歌っていると見なして良い。この三種が何たるかを全く知らない人々/出版社が、ナツ/フユにボダイジュを付けている。ユーラシア大陸の両端に自生する両者と言う遠い距離的比喩に於いても、花弁化生成の熟度に於いても、例えばコナラ節のような一括りに出来ない関係にあるにも拘らず…。

彼らはお寺さん境内の中にいて、背後の森を見られない。見たくないのだろうか?ボダイジュをシナノキとする12世紀に及ぶ刷り込みに侵されている。潮時とせんに書いた。そう、潮が静かに引くように、12世紀間、名前を借り世話になった礼を尽くし、ボダイジュ名をクワ科熱帯樹ボダイジュに返却しよう。

日本ホンゾウ学の父・貝原益軒は欧州三つのシナノキも熱帯ボディーの木も知らなかった。84才に没するまで実証的観察に務めた貝原がこれらを見たならば、直ぐに儒者の礼儀と冷徹さで持って、ボダイジュ名をインド本家に送り返すだろう。長い史的文献と言い伝えに甘んじ世間に迎合する図鑑著者達、そしてそれを鵜呑みする植物園諸氏にウェクアップ・コールを送りたい。目覚めよ、ご老人たち。長いものに巻かれるな!`若年寄`たち!

【補注】;
1. sena/sennaもアルファベットに音写された梵語である。これが西のペルシャ/アラビア/エジプトなどを経てローマ(ラテン語)に伝わったのかもしれない。これが古来から広く栽培されたマメ科センナと無関係ではあるまい。言葉の由来は様々な要素がからんでいる。一つの由来と言う意味だ。宗教の教えと薬用植物は関わり深い。セナ/センナ姓が例えば地中海近辺(ポルトガル/スペイン→アルゼンティン/ブラジル)に多い。彼ら先祖が栽培農民であったのだろう。

2.高僧で立派な知識人である筈の人物。左様な人物は多くの万物心象/現象を見極める。

【そのⅢに続く】




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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

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