ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Nature 雑草 フローラ/ファウナ

沙羅の門 Shala tree≠シャラノキを廻りて  【update】 Bodhi ≠ Linde [Ⅳ]

** Why Update? [it took replacement pictures, those which showed a wrong tree (Couroupita Aubl). see; Note]

八千代が、お釈迦様の樹だと教えた沙羅(サラ)の樹が、白い五弁の花びらを完全にひらくのは、五月半ばからである。卵形の葉のかさなりあった枝の端々に、小さな椿の花のように見える沙羅の花は、菩提の樹にふさわしく素朴で清潔にみえたけれども、花ざかりの十日ばかりは、山門近い庭先は、鼻が痛くなるほど、匂いが流れてくる。

上の記述は水上勉(ミナカミツトム)作「沙羅の門」からの抜粋。平家物語に`沙羅の樹`の描写があり、ほぼ同じ説明らしい。水上勉は平家物語を直接または間接の出処源としているのではないだろうか。沙羅はサラともシャラとも読まれるようで、語源は古代インド言語(パーリー語か)。śāl又はshalaとローマ字化され、「沙羅」は古代支那の漢訳形と思われる。
沙羅の門 Col l01

平家物語の出処はそれ以前の支那渡来文献になる。聖武天皇によって発願された盧舎那仏が七年の歳月をかけて東大寺に完成したのは天平勝宝4年(752年)である。大仏開眼供養をした導師は菩提僊那(ぼだいせんな)[補註2] と言われ、入唐していた日本人僧らと共に736年に来日している。名の示すようにインド人、仏教修業のため入唐して励み、遣唐使に請われて`日本帰化`を果たした人物。彼ら仏教人が釈迦[補註3]の教えと、さらなる情報を普及さしめた筈である。

仏教の三大聖樹についての情報はインドの植生を知るボダイセンナによるところが大きいと思われる。Bodhi ≠ Linde 連作はボディーことインド産イチジク属`釈迦の悟りを開いた樹`がリンデことシナノキ属と異なる論考である。`悟り`即ち`菩提`の樹ことボディ・ツリーは日本列島に於いて温室を除いて生存すること出来ない。`釈迦入滅の樹`とされる沙羅の樹も同じである。現在それは仮名サラソウジュとして知られる熱帯樹である。

沙羅の門 Col l02

サラソウジュが日本に自生しないので、代理の樹としてシャラノキが選ばれた。シャラノキは仏教人がナツツバキに与えた別名である。全く異なる2つの樹種を、小説`沙羅の門`はあたかも一つの樹であるかのように記述している。言い替えれば、水上勉と言うか、平家物語は二つを混同しているのである。少年期に禅寺に預けられると言う体験を通じ、直木賞を得て流行作家トップに登り詰めた小説家すら、12世紀を経たシャラノキ伝説を信じていたように思われる。わずか半世紀前の事実になる。

白い五弁の花びらの樹はインドに自生しない日本の5~7月に咲く椿に似た落葉樹。「沙羅の門」終章に於いて「そうよ、和尚さんは、あれはお釈迦さんの死なはった時に、印度の国のルンビニー園に咲いた木ィのタネや。大事な木ィやいうてはったけど、本心は、うちらのために植えはったんやないやろか」と和尚の後妻・八千代が和尚の娘・千賀子に語っている。ナツツバキは朝に咲いて夕方に落下する一日花である。わずか一日の美しさを自分たちに重ね合わせながら、禅寺を追い出されながら、手を取り合って生きていくであろう継母と娘。

作家はナツツバキの匂いのイメージをここに印象づけている。欧州樹木園でナツツバキに出会うことは少ない。もしも初夏に出会えるなら幸せな気持ちになれるだろう。日本だと庭木として、公園樹としても、しばしばお目にかかれる。最後は5年前になるけれども、数メートル高の樹が小さな白い五弁化に覆われていた。↑画像コラージュ右側に示した満開ぶりと樹肌はその個体である。水上勉の連載小説は、辛く慣れない小僧時代にチラと見た一日だけの白い花のお蔭かも知れない。筆を進めるうちに、いたわしき女二人をドンドンその花に投入していったのが感じられる。出町の北東に土塀をめぐらす相国寺と、志賀の村から東に登った地点・和邇村とは、言うとおかしいがナツツバキの育つ照葉樹林帯に属する。

沙羅の門 Col l03

匂いについて、私は知らない。夏椿の満開時に出会ったのは数回に過ぎないので、覚えていない。匂いは微かで強くないのではないだろうか。もし水上が書くようなムンムンするような匂いならば、記憶に残る筈。作家は沙羅の樹を彼女たちに重ねるために、香りの強さを仮想したのではないか…と言う気がする。小説上の芳しい香りはたぐいまれな二人の性的魅力を象徴しなければならない…。[補註4]

「沙羅の門」は琵琶湖西岸の山腹にある。「臨済宗灯全寺派別格地和邇山昌福寺」が一章の一の2行目にある。漢字がこうも並ぶと支那の文章かと錯覚する。臨済宗・灯全寺派・別格地・和邇山・昌福寺のように中点を打つとはっきりする。灯全寺派と昌福寺とが小説の架空名だろうが、場所のイメージをありありと浮かべることが出来る。山腹に伽藍を並べるそうそうたる寺は京/近江にたくさんある。たいてい石段を上がったところに門がある。門をくぐったところに二本の沙羅の樹が植わっている。現実にあり得る出会いだ。

菩提の樹は、もともと南国の樹木であって、雪の多い高台の和邇の里山には適さないものであろうか。承海が晋山した三十年前の苗木は、まだ八千代の背丈の二倍ぐらいにしかなっていない。幹のまわりもそんなに太くないし、もちの木と栂のあいだにはさまって目立たぬ姿で植わっていた。


こう水上勉は`沙羅の樹`を一章の出だしで紹介している。`菩提の樹`とは`菩提`思想を奉じる宗教を象徴する樹木である。釈迦が生まれ育った熱帯インドに自生する三つが挙げられている。三種すべて日本列島に自生せず、特に二つが代替種を得て今日に伝わっている。平城京の昔から、ナツツバキとシナノキとが本場インドそれぞれ沙羅双樹(サラソウジュ)と菩提樹(ボダイジュ)の代りを勤め、寺に植えられてきたのである。

上の菩提の樹の説明を読むと、作家はナツツバキを本物サラソウジュと思っているように解釈される。しかし琵琶湖南端部に育つ樹齢30年のナツツバキならば、5mを超え、あるいは10m近くになっているだろう。臨済宗・相国寺派大本山・相国寺に小僧として預けられた人だから、広い境内に植えこまれた木々の種類について詳しい。寺院にふさわしい例えば万両や南天の実についての冬の描写も自然に収まっている。現実の相国寺由来をなぞって、物語の小さな山寺を夢想国師の開山としているのも自然に響く。

だとすると、日本種ナツツバキと印度種サラソウジュとの一体化は作者`創りごと`ではあるまいか。現実にあり得ぬが、詩的正義へと読者を導いている…、と解釈しよう。作家は、``沙羅の樹がひわだぶきの耳門(クグリ)の付いた総門を入った石畳の両側に、ポツンと二株ならんで植わっている``風景を禅坊主である父親持ちの千賀子にも語らせている。もしも本物のサラソウジュならば、温室内部の植栽展示状況であるから。

左;熱帯樹サラソウジュの開花期、大木の威風ぶり  右2列;ツバキ科ナツツバキ属 緑小木と3本別れはナツツバキ。紅葉はヒメシャラ。カナ書きのサラ/シャラ、ローマ字綴りSal/Shala/Syaraは同語源。
沙羅の門 Col l05

ナツツバキは、仏教によるシャラノキ/サラノキと言うアザナをもらう以前に`本物`和名を持っていた筈。恐らくナツツバキか、それに近いものだったと思われる。印度人の帰化聖人ボダイセナの時代から、祈る寺院のテリトリーに於いてサラノキと呼ばれたが、テリトリーの外ではナツツバキ呼称が生きていた。これは江戸期の木草文献でも、現在の普通呼称からでも容易に了解できよう。ナツツバキはだから寛容に、仏教人がサラノキまたはシャラノキと別名で言うことを許している。

一つの現象;支那の自生シナノキ種を菩提樹(ボダイジュ)、日本特産シナノキ種を大葉菩提樹とそれぞれ図鑑は言う。無数の寺院境内に植えられている`菩提の樹`の多くは、樹木好きの方に支那からの導入種ボダイジュと思われている。実際は日本特産種オオバボダイジュが多い[補註5]。つまり支那に於いてインド種の代りを果たしている支那自生種がボダイジュと呼ばれ、その情報により、日本に当然多く自生する日本シナノキ種が支那種の代りになってボダイジュと呼ばれているのである。

言わば二重からくりになっている。そしてこれ全て、ニセと言うか借り物なのだ。おまけに不幸なことに、支那種の代りを勤める日本自生シナノキ種は本物の和名を持っていないのである[補註6]。偽の仏教的な代替名が日本でも一般化して、アイデンティティー(≒実質/正体)を欠いた大型葉を持つ日本シナノキ種は、こうしてオオバボダイジュと通称されている。嗚呼、何たる主体性のないトンチンカンであろうか。

この理不尽をさらに膨張させているのがユーラシア大陸西端域の三種シナノキの`ボダイジュ化`現象である。日本図鑑/出版界は、リンデと言う本物名を持つシナノキ達の樹格を無視しているのである。国際常識名`Bodhitree=ボダイジュ`はインド・イチジク種を示し、同じ常識名を日本・シナノキ種に採用すると言う不可思議、と言うか分け知らずになっている。

ナツツバキは幸と言わねばならない…、シナノキ種の不幸を思うに付けても。欧州はキリスト教に括られる20世紀に渡り、彼らの自生種をリンデと呼んできた。突然、極東の離れ小島の人々(≒出版/大学/植物園など権威業界)にインド樹木の名前で呼ばれ、戸惑わねばならない。日本人は自らの特産樹木に自らの語彙を与えず、印度古語由来のインド樹木名を当てている。21世紀に於ける論理を超える、ひとつの現象だろう。

近藤朔風(コンドウサクフウ)は、Wilhelm Müllerによる冬の旅五番目の詩篇 Der Lindenbaum にインド樹木名`菩提樹`を与えている。Am Brunnen vor dem Tore / Da steht ein Lindenbaum / Ich träumt’ in seinem Schatten / So manchen süßen Traum 以上が一番の四行だ。門前の噴水そばに/リンデの樹が植わっている…と詠まれて行く。

「沙羅の門」即ち昌福寺の総門が「菩提の樹」サラノキ=ナツツバキ属を傍に植え、キリスト教「天上の門」がリンデの樹を傍に置いているのは宗教における概念`門`の重要性に他ならない。決して日本による頓馬な`シナノキ受難`を許しているわけでない。


【補注】
** Why Update? サラソージュ→Shorea robusta (śāl or shala tree)&ホウガンノキ→ Couroupita Aubl (Cannonball tree). These two trees are reportedly often mixed up and confused each others. Today*(31 March 2014) I received the correct name by Mr/Ms S. Indeed in Wikpedia or other sources they are mixed up. So did I too. Apology!

1.「沙羅の門」は「週刊現代」昭和38年10月10日号~39年5月7日号に連載小説。抜粋部分は「三章の二」に所収
2.サンスクリット語:बोधिसेन ローマ字:Bodhisena
3.釈迦: शाक्य [zaakya](Śākya)。ガウタマ・シッダールタ [Gautama Siddhārtha] サンスクリット語形 गौतम सिद्धार्थ 仏教開祖の人物の生没年は紀元前7~4世まで数説がある。

4.インド本物の聖樹・サラソウジュの花に芳香があるかどうか? 不明なので今後の個人的体験を期待している。
5.小学館「葉で見分ける樹木」著者・林将之さんによるコメント。氏の観察領域は多様で深い。
6.各地の方言を除く。多くの植物図鑑の通称和名は`菩提樹=ボダイジュ`を接尾語扱いにして、オオバボダイジュとしている。日本自生であるから、日本語彙の例えばオオバ・シナノキとすべきであろう。
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Comment

沙羅双樹?

これは沙羅双樹(Shorea robusta)ではなくて、砲丸の木(Lecythidaceae)ですね。インド以外の地方では沙羅双樹として扱われることもあるそうで、日本でのナツツバキと同じ立場ですね。海外の種屋さんでも両方の木ともshorea robustaとして載せているのを見たことがありますので、混同しているのでしょう。赤い花ではなく、白い花をつけます。

Re: 沙羅双樹?

Shio-さん 訂正と説明に感謝申し上げます。異なる木々を同名で呼ぶのは時々あるようですね。早速ブログの写真を、パブリック・ドマインから探し、入れ替えました。仰る通りの白い花だから、代替樹として白い花*ナツツバキ*が納得できますね。
このきなんのきサイトで御一緒した方? お世話になりありがとうございます。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

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