ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Politics and economics 政治/経済

ハッセルト 野外音楽祭 暴風 ベルギー


ハッセルト そんな名前の町を御存知ですか? Hasseltと綴り、同名市町村が幾つかありますが、西に100キロ行くとブリュッセル、東に30キロでマーストリヒトと言えば特定できます。おぼろげに位置を想像していただけるでしょうか。

カタカナでセルが入っています。首都名にもあるセルと多分同じ原義で、小さな集落、恐らく5~6軒の場所を指す言葉。昔のブリュッセルは沼地の中州にある集落地だったそうです。フラーンダレン(英仮名フランダース)には沢山の後置詞…sel付き地名があります。対応する日本語は部落あるいは郷では相応しくない…、何といいましたか?一寸出てきません。

立地を別に言うと、宝石の町アントヴェルペン(英アントワープ、仏アンヴェルス)とカルル大王水浴保養地や神聖ローマ皇帝載冠地の町アーフェン(≒アーケン)および大司教区の町ラウク(仏リエージェ)を結ぶ線上にある。たたかいに明け暮れした欧州史ではちょっとした戦略的要地ですね。12世紀頃から、地域物産の集散地で、運河を張り巡らす要塞地。名残を見られます。

ベルギ連邦のフラームス(≒オランダ語)圏のリンブルグ州の州都。オランダ国リンブルフ州(州都マーストリヒト)と言わば東西に対をなしています。ナポレオン時代去りウィーン会議後1830年12月旧ハプスブルグ領は名目上の独立。北のオランダ軍が翌年ハッセルトで勝ったり戦いは続くのですが、ともかくブラバントとリンブルフ両州が現在なお両国にあるんです。

このハッセルトを知る方も多いけれど、普通の日本の方には無名の町…だから逆に落ち着いて魅力的な町に思えてきます。北から東からどこからも手軽にいける町です。近くのブレーに住むキム・クライスターが出てくれるテニス大会があるように、何ぞイヴェントを立ち上げる好都合な場所なんです。

右画像はナミュール(ワロン弁)/ナーメン(フラームス弁)市街とムーズ/マース川
Echum vulgare 01
ハッセルト西50キロm西を北上するマース河岸。 今シベナガムラサキが咲いている

こんな風に紹介して、日本庭園を企画実現した姉妹都市(どこ?)以外の日本からの観光客が増えれば、そのイヴェントに無料招待してほしいデス。Pukkelpop が16年前にスタート。ポップミュージックのイヴェント。野外音楽祭は日本でも目白押しと聞きました。欧州でも盛ん、あちこちに大きな音楽祭が人手を呼んでいます。興行企業も一つヒットさせれば、毎年の確実な収入源になり、力を入れるわけ。

ハッセルトの場合も会場地に4万人キャパシティー・キャンプ場をもっています。広場に向かってステージを設営。テント寝泊り参加者に必要施設、水・簡易シャワー・トイレ・各種売店etc、さらに電力サーバー・救護所・警察出張所、日ごとに来るフリー聴衆用の広い駐車場、つまりイヴェント・インフラストラクチャの全てを備えているわけです。一つのサーカス小屋を組織するのと違い、殆ど軍事兵站的な事業に思えますね。

Een  dorp in Belgium
のどかなベルギー小村の夏

放浪の民、自由な民、ロマ即ちジプシーを背景に連想します。設営・商い・撤収・次地への移動と言う彼等のノウハウが生かされている。移動遊園地やサーカス業界はジプシー的生活が基本です。逆にそうした専門業を"ジプシー民族”の一つと考えることもできるでしょう。彼らはロマニア=ルーマニアから出でて、全欧州に拡散したと言う話があります。時に行き先地で定められた特定用地に定住する。

今年パリ近郊のロマ人区の住人が「社会的不安のみなもと」として、ルーマニアに強制送還されるだろうと言う事件がありました。サルコジーのこの措置は内外で賛否をよび、具体化したかどうかその後を知りません。こうしたロマ特区は小から大まで、ポルトガルからフィンランドまで隅から隅まで存在する。

こんにちの音楽祭興行主はロマと直接リンクしていない。音楽趣味人が手がけていた時代から、高等専門教育を修めたマネージングが必要になりつつある時代になっている。業界に関る人いわく。設営・撤退・移動スピードが鍵だそうです。そして非常にダイナミックな世界で、一度首を突っ込むとヤメラレン。

儲かるんですね。組織者の親分になると、出演バンドやスターミュージッシャンのギャラより遥かに稼ぐと言われます。マイケル・ ジャクソンのヨーロッパ・ツアーを請け負う企業マネージャーはマイケルより儲ける…。多少割り引かねばならない逸話でしょう、、けれど事実に近いのでは。

プッケルポップは年々大きくなり、3~7日期間の数ある欧州野外音楽祭の一つとして認知されています。吹き出物≒ニキビと言う言葉プッケルから連想されるように、15才前後からのティーンエイジャー主体イヴェントながら、きょうびの万年青年時代ゆえに、40くらいまでのポップ音楽好きが集まる。同じこの週に、同好異曲のイヴェントが欧米いたるところで開催されているわけですから、ミュージックの偉大さにシャッポを脱がねばなりません。

木曜日18日、ハッセルトは朝から雨模様で寒く、午後に暴風雨に見舞われた。メインステージが倒壊して5名が死亡。4日前にUSインディアナ州の祭りを時速100キロmハリケーンが襲った。仮設の大屋根が前のめりに倒れた。やはり5名が逝った。温暖化か寒冷化か?天候異変の尋常で無い夏の野外イヴェントに気をつけなければならない。

倒壊後の一夜にハッセルトで何が起こったか?人々が避難した空っぽのキャンプ場で盗難一味が活躍したのである。倒壊ステージ調査の警察チームによると、相当な被害がある模様。イングランドの暴動中に起こった店舗略奪と似たような火事場泥棒です。ハッセルト郊外の野原だから、都市のように防犯カメラによるヴィデオ・フィルムは無い。捜査に警察はてこずりそうだ。

亡くなった5名はベルギー国籍者だが、重軽傷を負った150余名には隣国籍が混じっている。数日以内に合同慰霊がハッセルト市庁舎で行われると言う。組織責任者コメント;来年のプッケルポップ開催が危ぶまれる。

ハッセルト不幸な事故と無関係なリビア情勢が3日前から注目デス。第2次イラク戦と同じで直ぐ済むと思われたリビア紛争が半年に長引き、ようやくクライマックスを迎えそうだ、と言うメデャア野次馬の熱が上がった。

Lybia Battle Kaart 110820

NATO空爆援護を得て、ピックアップTシャツ即席ファイター達がガダフィー傭兵部隊を追っ払った町の地図です。酋長出身のシルテと言う町とトリポリのみが独裁者支配区と言うのが一目で分かります。市街戦になりますから、人権組織が住民疎開策を検討して避難船配備を準備しているようです。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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