ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Uprising 抗議デモ/アラブの春

8月22日未明 Tripoli Fallen トリポリ陥落


8月22日未明 Tripoli Fallen トリポリ陥落。下はベンガジの風景。
Toripoli Fallen 02

ガダフィー二人の息子が降伏。40年余のリビア支配者は7人の息子をもつ。しばしば親父代役をしたのは何の肩書きも持たないサイフ(Saif al-Islam)だが、彼と親父の行方は分からない。画像の息子は初めての登場、モハメドと言うらしい。「申し訳ない…」とステイトメントとだした。が政権で重要役割を果たしている。ハーグに送られる公算は少ない。
Toripoli Fallen 01

トリポリの主要域80%は反乱側におちた。トリポリ市街各地また東の町ミスラタでも、なお家屋から家屋、通りから通りで銃撃戦が続行中。いつ、一区切りするだろう。
Toripoli Fallen 04 compound

市街中心のガダフィー要塞。軍事指揮中枢もここにあり、何度もNATO空爆を受けた。NTC(民族・政権移管・評議会)のメンバー指揮下で、現在建築内部を掃海中。ガダフィー親子がいるかどうか?既に逃走したと言う噂もある…
Tripoli Fallen 05 Compound.jpg

半年のプロセスですが、``最後の始まり``が意外にも数日で終わった。トリポリ住民の95%は自由を求める反政権だった。深夜にピックアップファイター部隊が市内に進出した時、潜伏していた青年たち直ぐに呼応した。これで重心が大きく傾いた。

一方、傭兵部隊の連中は衣服を脱ぎ捨て、証拠物件を焼却処理して、知らぬ顔して、解放の歓喜の群れに加わる。昭和12年12月の南京陥落では、国民政府軍の雑兵が便衣兵で逃れた。衣を着替えるわけです。こうした状況は戦場がはっきりとする近代の大戦争では起こらなかった。南京の例は支那的状況?良く分かりません。アラブではおこり、また生活手段``傭兵``の場合は普通のようです。

今日はサイゴンの陥落/ベルリンの壁の崩壊、そんな気分の日ですね。

ハーグ/アムステルダム時間0930、サイフが捕えられたとICC国際戦犯裁判所(International Criminal Court)が発表する。すると主役のパラノイア御仁はどこに隠れているんでしょう? かのフセイン並みに洞穴に潜ったなんてことは考えられない…

トリポリ市内で機能する病院は一つだけだそうです。そこは反乱/(旧)政権傭兵の両サイド負傷者で溢れ、薬の欠乏と少ない医療スタッフのため困難かつ混乱しています。
Tripoli Fallen 07 Hospital

関連記事
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment form













管理者にだけ表示を許可する

Profile

ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
この記事にリンクを貼る

Designed by Shibata

タグリスト

access
access online
現在の閲覧者数:
Latest trackbacks
Search form

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。