ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Miscellaneous Human History 雑史/外伝

ベルファストから南アフリカまで

カラタチが北緯52度あたりでこんなになる。幅広く厚い棘も展開して、支那にわたったフランスの植物狩が持ち帰ったと言われる。出島商館医ジーボルトやUKのフォーチュンと同時期に、フランス宣教師が支那に入っている。

Karatachi00

それより2世紀前の人、長身15才マリア(メアリーMary2世) はカラタチを知らなかったと思われる。ハーグ宮廷に嫁がされ、はじめ泣く泣く食べた柑橘類はやはり地中海沿岸種のオランジュ果樹園産のミカンだった筈。そこの領主が12才年かさの亭主だった。代々の名だが特に祖父ウイレム名をもらった彼は果樹園の場所に住んでいたのではもちろん無い。青年時代のウィレムは造園設計が隙だったらしい。(ところで今頃の子供たちは橙色と言うのだろうか?)

昨年、南アフリカ共和国で開かれた世界サーカー選手権で、その橙色が活躍。決勝戦でスペインに王座を譲った。決して世界チャンピオンになれないのか…、伝統二位が奥ゆかしいと思っているわけでないだろうが、オランジュ・ナッソウ家が君主であるオランダ11人衆はまたもや2番手に終わった。

だいだい色ミニスカートのアマゾネスがスタンドで色気を振りまいた。広告規定違反と言うので、彼女たちは逮捕された。しかし"いろごと"と言うか御愛嬌で、話題になる。リンブルフ州ビール会社の宣伝で、10名美女の逮捕まで見通した戦術であった可能性もある。

世界の耳目を集めるイヴェントで、関連記事の連日トップに上がった。宣伝効果は抜群。それでヴァバリアと言うビールブランドは年間広告代を稼いだそうな。逮捕する主催者と警察連中も充分に祭り中の祭りを楽しみ、損をした人は誰もいないのは確か。商い国民国家の面目躍如!

オレンジ自由国がかつて南アフリカ共和国ど真ん中に存在した。オレンジ川が貫流している故だが、川の名前はオランニェ・ナッソウを旗印にする"南蛮人”こと蘭人による勝手な命名である。アフリカ大陸南端の19世紀後半は、植民地争奪で幾つかの白人独立組織(≒国家)の戦国期になっていた。大英帝国殖民パワーはアフリカ中に及び、ここでも"先人”オランニェなどと血で血を洗う戦いを繰り返した。血の合間に産出しだしたダイヤモンドが絡んでいるわけ…。

ウィレム1~3世時代の英蘭戦争を南アフリカに移した形に見える、少なくともヴィクトリア朝栄光を引っさげた大英帝国はオランニェ国から出た`山師`画作った小国と二度の戦争をして難儀していた。人権とか戦争犯罪人とか言う概念の無い時代に、駆り出された黒人が虫けらのように死んでいった。当時、白人にとって黒人は(黄色人種もそれに近い)人間でなかった。USに於いては公民権運動(キング牧師の頃まで、黒人≠人間でなかったような気がする。

英国表記は War of Boer(ボーア戦争)。橙色側表記 Boerenoorlog(ブール=農民戦争_ )。Boerの発音で別の仮名にしているのでややこしくなる。UK御仁が言っても蘭人が言っても大して違わないが、Boerは農民/百姓の意味。植民した大規模農家の白人は既に経営者で、現在の(技術)農企業形態と似ている。英国はおまけに極東に於いて、清がらみで露独日と派遣を争い、インドシナに於いて仏蘭と競わねばならなかったから、息もゼイゼイと言う按配だった。わざわざブリテン島から兵隊を運ばねば鳴らない。そして半分戦死させると言う植民地戦争で大英帝国が得たものはなんだったか? 21世紀から振り返ると``死``は尊くも重くもなかったのだ。

30年前アイルランドからの若者が欧州を渡り歩き、職探しをしていた。この20年ほどの経済活況で兆進した。しかし、再び冬の時代。EUからギリシャに継ぐベイル・アウトを受ける。その財政援助に対する節約政策で当然、倒閣して、再び若者たちが放浪の旅に出なければならない…。

彼等はだいだい色を本能的に敬遠する。北アイルランドはややプロテスタントが多いと聞く。最近オランダで職を得たカトリックのケネディー嬢が、カトリック居住区を通過するプロテスタント一行を許せないと言う。明らかな挑発行為だから。

18世紀前期のボイン川戦いの戦勝記念で準備行進するのだと思われる。ダッチ・オレンジ・リパブリカンの頭領ウィリアム3世由来の差別ゆえに、アイ・アール・エー(Irish Republican Army)が過去半世紀数千人の"戦士者≒殉教者"を出しているらしい。3世紀をへて、なお出口のトンネルの明かりが見えない。

[記 2011-07-08]
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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