ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Uprising 抗議デモ/アラブの春

コンパウンド 砦の開城


Compound 2

上の相当な敷地をCompoundと英語で言います。ここでは広い庭を持つ沢山の建物を含む屋敷です。6ヘクタール、4m高の厚い壁。多くの監視所と燃料庫/武器弾薬庫。二月以前は忠誠一般人も入れない場所だった。大きな地下部分を含み、伝えられるところでは網の目のようなトンネルがあり、30キロ先の海岸にも伸びている。市街あちこちに秘密出口を持ち、緊急時に攪乱戦術に使う。内部にさまざまな機能空間があり、戦略・指令・通信・会議などいわゆる緊急時の国家中枢をなす。

Compound 4
2月、二階バルコニーから屋敷のあるじが延々と演説。ロイヤリスト/プロパガンダTV中継にギャラをもらい集まった人々は声も出ず大変な忍耐をしたと思います。

こういう場合のCompoundは砦すなわち要塞と訳すべきでしょうね。しかし度重なる空爆によって殆どのコンクリート陸上部分は破壊されています。一時間前まで、数百名のピックアップのファイターが北口に集中して弾丸を撃ち込んでいました。ある時、朝から続いていた反撃がスーッと消えた。そこでピックアップごと門から侵入、彼らはドーッと内部に押し込んだんです。

どこに反撃者は消えたのでしょう?勝手を知る(たぶん複雑な)トンネルから脱出した…。 構内は18時半頃レベル(Rebel)反逆連中で溢れました。もちろん主のガダフィー殿の姿も影もありません。昨日から情報が錯綜して全体が分かりません。こんな場面を見ると、あれやこれやの不確実な話が飛び回るのが納得できます。自分好みの大佐(Colonel)を称した``酋長``は忠誠者の陣取るポケットと言われる飛び支配地区にトンネルを通じ逃れたのでは。

ompound 6
コンパウンド構内で熱狂するピックアップ反乱部隊

はっきりしたことは、自分の城を放棄した城主はもはや城主でないということ。史上に敗軍の将は万と現れました。私はカッコイイ例を思いだします。日露戦争1905年冬、水師営の会見(野木とステッセリ)とか、蘭vs西80年戦争中1625年6月、ブレダの開城(Spinola とJustinus ファン・ナッソウと)とか。いずれも敗軍の将の健闘を称える騎士道です。前者の野木は後者エピソードを知っていたと思いますが。

実際の敗者は先ほどガダフィーのようにただ敗走するだけです。これまでに触れた例だと、ナポレオンに大敗したプロイセン王フリードリッヒ3はケーニッヒスブルグ(カリーニングラード)まで、ボヘミア女王エリザベスはプラハからベルリンまで逃げています。でもガダフィーを迎える国は最早なくて、逃げる先がありませんね。ただの雇われ兵はユニフォームを脱ぎ捨てれば誰にも分かりません。しかし`酋長`顔の大佐殿はそうはまいりません。

Compound 5.jpg
国家TV放映で紹介された王様のゴルフ・カーを引き出して勝利の声を上げる 

マドリッド美術館にヴェラスケス (Velázquez)のこの騎士道画が掛かっていたと思います。ユスティノスが城門の鍵をアンブロジオ・スピノラに渡す場面はリパブリックなったオランダが城を明け渡してから10年後に描かれています。水師営の絵は戦後に祖母から見せてもらった記憶があります。

スペイン将軍の騎士道精神はブレダの攻防戦以前に、敵総帥である同世代戦略家モーリッツ・ファン・ナッソウをして賞賛さしめたそうです。モーリッツは後世の彼あらしめた恩師オルデンバルネフェルトを斬首していますから、あまり大きい顔できませんが…。

Compound 8
ピックアップ反乱若者部隊のロイヤリスト(忠誠者)へのガン・ファイアー。残党狩りに市街戦がまだ続く気配がします。

狙撃手が出没するのはコンパウンドから縦横に市内に伸びるトンネル経由か。ブリテン情報部は欧米実施企業を突き止め、設計図の探索中。80年代に行われた灌漑事業のサブオーダーとして、秘密に建設されたらしい。サダム・フセインのバグダードの例と同じですね。

夕方にロシアのチェス協会会長に、ガダフィーから電話があったそうです。そのロシア人氏はプロパガンダフィルムのため3ヵ月前でしたか、チェスを大佐殿と打ったんです。電話はどうやらコンパウンドから逃れたトリポリ市内のどこかから届いたらしい。曰く「ワシは市内におる。至って元気じゃ。西側の出鱈目な報道を信じるな。ワシを慕う国民のために徹底抗戦する」

Compound 7
unedited video の文字に注意。ライブ=実況中継、編集も検閲もないと言う意味でしょう。

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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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