ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Here&there lands 雑なるアレコレ大地

バルセロナ 闘牛場の最後日 尊敬を込められ死の儀式を受ける牛の街

バルセロナのど真ん中に、ローマのコロッセウムのような闘技場があるんですね。知りませんでした。広い大きいと言っても、いったい観客個人席がどれくらいあるのか分かりません。この画像で見る印象と、例えば甲子園野球場と比べていかがでしょう? 殆ど観客が入っていないようですが、これが長い闘牛歴史の最後の日らしいデス。人間と牛の戦いと言うか、人間が牛を挑発して、牛の攻撃を巧みに格好良くかわす見世物です。

Bullfiting 02

Xanten 03

ライン川ローマ街道筋、クサンテン。発掘調査後の再現円形競技場。直径100メートルくらいか。70ミリ映画ベンハーの戦闘馬車シーンは有名。あの競技場中央に巨大群像が並ぶ中ノ島がありましたが、どれほどの距離だったろう? ローマ実物遺跡より大掛かりな設計だったかも。半世紀あとに、このイメージを大の日本ファンのジョージ・ルーカスがスター・ウォーズに展開していますね。

日本の闘犬とか闘鶏のイメージから、初め牛同士が闘うのかと思っていたのです。スペインやポルトガルあたりで行われるショーだそうですね。昔はあちこちの町や村で行われた筈。柵で囲って、やんやの賑やか人気出し物だったので…。闘鶏でカッカする四国のどこかだったか、その雰囲気が重なります。

ローマの円形闘技場、コロッセウムと言われる競技場は大建築物で驚きます。今で言う多機能スタジアムだったようです。野獣と人間、野獣同士、人間の個人戦や団体戦、そしてグルグル回る馬車競技も出来た。軍隊の凱旋行進や、劇場にも勿論なったでしょう。20世紀前も強い日差の土地だったらしく、日陰を作る工夫が多層階構造と組み合わせて凝らされている。

Xanten 05
これは競技場の隣で見つかったパルテノン神殿並みの再現遺跡。森の25メートルほどの樹海を突き抜けています。

イベリア半島の牛を扱うショーもローマの影響と考えるべきでしょうね。紀元後、ローマ人にとっても牛肉は一番の豚肉に続く四つ脚動物の代表だったと私は思いますが、、、さて? ローマのコロッセウムに於ける闘牛が知られない。これが良く分からない。私が知らないだけか、あるいは闘牛も行われたが、格闘レスラーの要素が有名になりすぎ、人の口に上らなくなったのかも知れません。ローマ時代、奴隷であった剣闘/格闘士/グラディエイターと言う仮名映画が十年前?にあった。半世紀前に主演カーク・ダグラスのスパルタカスでも描かれている。

Xanten 04
下は階段上観客席。 上は観客席を支えるアーチ構造の通路。参照→8月24日の日記・エディンバラ・フェアー。

Xanten 02
スペインどこかの町に、牛を通りに放ち、人間達も共に走リ逃げる祭りがありますね。怪我人が毎年出るのがいわば”趣向”になって、話題を呼びます。時に死人が出ます。それでも、祭りは何事も無く継続します。岸和田のダンジリ祭りも同じかな…。祭りとは活気と興奮が無ければなりません。重軽傷者が出れば警備と安全を厳しくすると言う”お触れ”をもっともらしくだします。そして伝統行事は愛でたく続いていく。

ところがスペインの闘牛娯楽見世物は例外になります。昨年、闘牛ショーによる殺生を2012年以降許さぬ法律が議会決定されたからです。動物愛護精神ゆえと思われます。既に21世紀に入り、観客数が下降しつつあり、もう先が見えてきた。それは大都市中心で行うビジネスのディメリットが伝統を守ることよりはっきりしてきたと言うこと。営業効率と利益率から、競技場はショッピングセンターに転用したほうが良いらしい。

現代人は華麗な牛使い(言葉があるそうですが…)が最後に牛にとどめを刺す光景を見られないのです。残酷だと感じる。ハイテック工場で屠殺される牛豚は見ることがなく、且つ苦しまず一瞬で死ぬからOK だが、苦しみ悶えながら死んでゆく闘牛を見せることを良しとしない。

飼育四つ脚を美味いと食卓に乗せながら、海洋に充分にいる哺乳動物の捕鯨肉を決して調理しないと言う理屈に似ていない事もない。イルカやクジラの表情は人間的だから殺してはならぬ。すると。鯖やニシンの表情はどうなんだろうか? やはり闘牛に大反対する極左の環境グループは充分にある漁獲資源種(シュ)の間に、差別をつけているのではないだろうか。哺乳類はより高等生物だから駄目、魚類は下等だからOK…

牛が美味いか不味いか、クジラが美味いか不味か、それは個人の嗜好の問題だ。それと極左環境論とは縁もゆかりもありません。クジラの目が優しいなら、工場搬入の牛と競技場の強靭な牛との目も等しく優しいと言うべきでは。こんなに知能のある鯨を殺して食べる日本人(=ノルウェイ/アイスランド/アラスカエスキモー人)の気が知れない、と大学出の欧州若者達が言うのだから、その知能の低さと言うか単純さに呆れます。

Bullfighting 牛

左様な普段の気持ちでサテライトニュース画像を見ていると、バルセロナの住人が口を尖らせる感じで出てきました。早口(スペインやポルトガルの言葉は早口に聞こえるのです)で喋っているのですが、訳がすぐ付く。よく理解できます。闘牛と共に育った地元の気持ちが分かるような気がする。バルセロナ弁と言う気持ちで書いてみよう。

楽しみが突然消えてなくなるなぁー。60年楽しんできたんや。あの牛はネ、特別に選抜したのが、どこやらの産地から提供される。トレーニングして鍛えられているホンマモンです。その闘牛種が役目を果たし成仏するんんでっせ。ただ単に殺すのと違うの、アンサン分かるかな。牛使いが尊敬を込めて息の根を止めるの。牛はネ、そのために育ち、訓練され、晴の場で死ぬんや。どんなほかの牛も経験しない崇高な儀式なんだよね。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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