ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Ordinary People 雑人雑名

ウクライナの小沢一郎はユリア・ティモシェンコ? スロバキアのEU批准

欧州財政安定基金の準備金増資について、今日も欧州の目がスロバキア(SVK)に注がれている。17カ国すべてが満場一致しなければならない。中央の女性がIveta Radicova イヴェタ・ラディチョヴァ首相…中道右派の小党連立らしく、彼女はこれを通してもらわないと辞任すると悲壮感を滲ませる。昨日、議会で10時間も討議が続き、一度目の投票で21議席が不足。二度目の最終投票にむけ、野党・社民党が早急に総選挙なら批准賛成に回る戦術なそうな。EU圏17カ国中、16番目の貧しい国が何故ズット豊かなギリシャの為に莫大な税金を上納しなければならないの?この庶民感覚が21議席差をつけているんです。

Slovakia PM

ブラスティラバ 市電。2年前に長女夫婦が数日遊んだ街。人々は優しく親切。しかし、驚くほどに貧しさが目に付いたそうだ。街の大通りすらデコボコが目立つ。共産党国家の遺産を払拭するのは時間がかかる
Blastilava tram


かつて連邦を構成したチェコと同じで、人口540万余SVKもテニス強国。[参照 → 7月28日"ボヘミアのテニスとスコダ事情”] ランキングから拾うとDominika Cibulkova, Daniela Hantuchovaの二人が見つかる。南にひとっ走りするとオーストリアのリンツの町で、ちょうど今テニス大会をやっている。二人とも参加しているので、明日に実況を見よう。

スラブ女性苗字の末尾にovaが付き、SVKにも多い。彼女たちは貧しさゆえにハングリー精神が強かった…ウクライナの富豪女性に並ばずとも、スロヴァキアに於いて滅多にない高所得者。これを倣って沢山の女性、と言うより伸び盛りのティーンエイジャー女の子たちがテニス練習に励んでいるのだ。

きのう今日の本題はやはりウクライナのユリヤ・ティモシェンコ (50)。ウクライナ・オレンジ革命が喧伝された時、著名になった人。長い髪を編み、頭部に一周させるへーアースタイルとブロンドが目立った。商い上手で政権要人と縁を作る。"ピチピチした若さ、あるいは優雅な女性”を演出した、と言うかそうしたイメージによって商いをトントンと進めたそうだ。野心あり政界に進出。女性代表イメージで女性票を取り込み、出すべきところに金を出す勘のよさと伝わる。選挙と裏ワザ、この二つが彼女の実力である。

今日、7年刑務所入り判決が決まる。彼女を訴訟させたのは親露派Vヤヌコーヴィッチ大統領とその利権グループ。訴訟せねば彼の連投が難しくなるから当然の独裁者手口である。旧ソヴィエト連邦の独立メンバー共和国は、まずすべてがさような謀略/政略状況にある。毒盛や暗殺は常套手段。"西欧も"同じ道を通り過ぎてきた。

西欧が知っている民主主義を一度も、旧共産圏は体験したことが無い。ユリア自身も"民主"を口にするが、彼女個有の民主主義に他ならない。彼女のそれも北に鎮座するロシアの元締め親分プーティンと基本的に変わらない。ただ操り人形・ヤヌコーヴィッチほど`えげつない`貧乏根性は無いのである。彼女は既に大金持ちになっていたから。そして充分な金を適所にいる人々に振り分けること。すると見返りに莫大な利益を得られる。その公式を体で覚えて来たのだ。

と言う話をしたのはグルジア(英:ジョージアGeorgia)共和国大統領の上さんである。若いサーカスヴィリが2004年頃エドゥアルド・シェワルナゼ後を襲い大統領になり、西欧志向の風をウクライナにも送ったのは御承知の通り。彼の上さんは学生時代フランスで出合ったサンドラ・ルドルフ。気取らない実質的オランダ人だから、共産時代から抜けられない汚職当たり前の珍しい社会の日常体験をオランダの番組で話したんです。

ティモシェンコ にとって政治は商いの延長である筈。だが、政敵によって何時でも何処でも裁判沙汰にされる材料を彼女は持ちすぎていた。ヤヌコーヴィッチの意向を受けた検事側の”公正な”理屈を跳ね返したとしても、収監を免れることは出来まい。内閣首班として、天然ガス取引契約をロシアと行った。それを職権乱用罪にするのは独裁者ヤヌコヴィッチにとって簡単だから、かつてウカウカ首相や大統領になってはいけなかったのかもしれない。

Timochenko

50には見えない。それともきょうびの50才女性は皆さんこうなのか…。「当たり前でしょう、お金をかけると私だって10才軽く若返るわよ」オバサンたち雑談の合いの手が入ろう。なるほど、了解。ユリア嬢はヴィデオレンタル商い数年で設けた。すでに金髪に染め、事業の若き成功者。だいぶ前の話になる。ビクター方式のカセットレンタルの全盛期は80年末から95年くらいまでだろう。それで資金を得た。ガス事業に転じ大儲け。長者レールに乗り、21世紀に入ると富豪仲間になっていた…。

1980年代、目白の椿山荘と言うと田中角栄。総理の犯罪の舞台/邸宅は椿山荘と千歳橋の間、身じろ通り西側にあった。私の記憶はチンザンソウと言えば新潟から出た土建屋に重なる。確か、おまわりさん一人用の小屋が門隣に立っていた。角栄に尽くす若手が小沢一郎と金丸伸だった…。

現在から振り返っても戦後史から追っても、政治観なし/国際感覚なし/健全市民常識なし、ないないづくしのヤクザの親分みたいなのが金丸だった。堂々そんな人物評を松本清朝がしていたようだ。同感を禁じえない。金丸は商いを巧みにしたと言われる。さような人物が国家を左右する。ニクソン取り巻きのギャングと同じだ。

金丸と二人三脚して、やがて彼の全面的後見を得た人物が小沢一郎。小沢について述べる必要はありませんね。角栄以降は見事と言うか、欧米にも露支那にも一寸見つけられない道のり。彼の絡んだ政党の名前を挙げるだけで、例えばサーチャーやブレアーは腰を抜かす。「ところが」と言うより「それ故に」日本政治に最も影響力ある政治家として紹介される。チルドレン数百を率いて支那に行く政治家は欧米にも露にもまず現れないから、これは世界で珍しい"現象”と言わねばならない。

ソ連時代のウクライナに、反体制運動があった。非常に小さな組織で、言わば暗い共産主義から明るい民主主義へ変わってほしいと言う啓蒙活動のようなグループだったのかもしれない。文化活動、例えば音楽や舞踊でウクライナから東欧衛星国を通過して欧州=西洋へ入る。可能なルートである。また東独の東ベルリンから西ベルリン経由ルートは盛んに利用された筈。KGBの東独派遣官ウラジミール・プティンは、その取締りも二重スパイも、あらゆる策謀を知り尽くしていよう。

楽器チェロを抱えながら演奏活動するウクライナの輝くような女性と見知ったことがある。様々な話を聞き遊んだ数日の記憶が蘇る。彼等はピアノやヴァイオリン弾き師をしながら、西欧との連絡をつけ資金を集める。映画のスパイ話しほど派手でない。西側機関とリンクして筈である。動いている本人達は革命を達成できると考えていないでしょう…。いつか祖国ウクライナは西ドイツやフランス・イギリスような自由な国になる…その夢に酔い、日常の音楽師生活を楽しんでいるのかも知れない。

ティモシェンコは黒い髪を金髪に染めて、あたかも伝統的ウクライナの女性のように、冷戦解消後に出現した人。ジャンヌダルクのような印象を受けるのは、西側メディアの好意的扱いとその希望的イメージに合致するからだろう。ウクライナがともかく民主主義の体裁を整えたのは、ポーランド連帯から始ったのはアラブの春に匹敵する歴史の転換点だった。ソヴィエト時代はさり、イェルチンが出た。

格好だけ独立した共和国ではかつてモスクワ拝みの指導者たちがそのまま居座った。看板を社会民主党などに書き換えたが、政権も官僚も何等変った分けでない。ユリア嬢、と言うよりユリアオバサンは巧みに要人間を泳ぎ、西洋メディアを引きつける戦術を採り、世界の注目を浴びる女性政治家の一人になった。

彼女のわずか20年ほどの軌跡は、全てのロシア富豪に当てはまる。その期間に彼等は旧政権"仕組み”を活用して成り上がった。ウクライナに何人が出たのか?ティモシェンコはその一人である。幾度か格子の向こうに入った経験を持つ彼女が今回またもや、仮に数年入るとしても、その後再び三度よみがえるに違いない。
その思いが一つの連想を呼ぶ。ユリアが小沢一郎に重なってくるのだ。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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