ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

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Uprising 抗議デモ/アラブの春

シルテ落ちそう ガダフィー旦那の穴巡り  +リンツのテニス後追い

地中海沿岸の製油所の町。"酋長”ガダフィーがこの近くでうまれ、支持者が多い。頑強に抵抗しましたが、間もなく中心の"ポケット”が落ちるそうです。シルテが完全に安全≒平和になる時、臨時政府は完全解放、つまり全リビア領土の掌握を宣言するそうです。
111023 Sirte

思うに着せ替え旦那はスゴイ御仁です。ナイジェリアやチャドに近い砂漠を移動しながら身を潜めているそうですから。継承者であった御曹司も同行して、あちこちの穴巡りでしょうか。赤穂四七浪士討ち入時の吉良上野介(コウズノスケ)を連想します。

13日「ブラスチラバはスロバキアの首都」で触れた後追いと粗相した点など。
スポンサー銀行名が全部見えなかったのと、スロバキアの話なのでその銀行と一瞬思い込んで書いています。今日ねむっぽい正午過ぎ、準決勝を観戦して、Generali Gruppe だと判明。ドイツ・ケルン本拠の大手保険のオーストリア傘下集団でした。同じ言語ですから、企業が互いの市場に入るのは当然。なのでケルン本店はギリシャの価値無し債権を持っている可能性ありますね。なお気がつかなかったのですが、GENERALI LADIES LINZ が正式名のテニス大会でした。

準決勝は小兵ドミニカ嬢が馬力でやはりova語尾のサファロバ嬢を圧倒して楽勝。その後の試合はセルビア(例のミロセヴィッチが君臨したの南の近い国)のエレナ・ヤンコヴィッチと夏のウインブルドン勝者ペトラ・クヴィトバで、これは見甲斐ある戦いでした。明日の決勝はむかし連邦をなしたチェコとスロバキアの対決。1m82の上背ある強力サーブのチェコ・ペトラ嬢に分あり....20センチ違うとサーブの速度/方向/回転など、相当な差が出来るそうですから。小さなドミニカ嬢に、私は親指折って祈ることにします。

準決勝かつドミニカ

セルビア(チトーが束ねたユーゴスラヴィア連邦一の強国でした)もチェコ/スロバキアもスラブ語なので、方言あれども、彼女達は(広いアラビア語圏のように)スラブ語圏で不自由しないのでは無いでしょうか。ただし近い南隣オーストリアに行くと途端にゲルマン語系ドイツ語になります。オーストリアは何世紀も支配者でしたから、狭間の民族はドイツ語をこなすような刷り込みがあるのではと思ったり…。

テニスを健康にたしなむ方は多い。錦織と言う日本の若者もスポーツニュースに上っています。ブリテンのマーレイに敗れたものの、珍しい国際的トップ選手だと解説あり。楽しみですね。テニスに無関心な方に申し訳ない雑談でお詫び申し上げます。

土曜日めずらしい秋日和。午後いっぱい、テニスを横目で見ながら、狭い居間を俄(ニワカ)仕立ての写真スタジオにして作業。もう数日、昼間にかかりっきりですが、照明やピントあわせが難しい[そのホワイトバランスのままのTV画面なので青白い]。 専門ライトは高価すぎ、三つのハロゲン400W三脚を代用。間接照明でないと強すぎ、火傷しそうな塩梅で怖い。数百の間に出て来た懐かしい一枚が、日本のまだ少し貧しかった時代を感じさせます。なぜか、スロバキアはこんな時代を通りこしつつあるのかとフッと思われアップしてみますね。

双ヶ丘中学前 1979年ごろ triming  1

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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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