ライン・ワール・マースの狭間から、草の如し徒然の観察八景。 政ごと/商いごと/言の葉ごと/遊びごと。

Here&there lands 雑なるアレコレ大地

ザルツブルグの痛み 

リンツから西南へ目を走らせるとザルツブルグ。この言い方は地図をブラスチスラバから追ってきたから。地球を日本から見るのと、ヨーロッパから見るのとで、全く違う感覚に陥るのと同じ理屈です。ザルツブルグは現在オーストリアだから、東から追うのも自然です。[オーストリアの音訳当て字漢字は墺太利。支那では墺地利?かも。" 墺"の意味を知らないノデス

私は経験が無いので、どうしても西から歩を運んでいきます。それはミューヘンから150キロで、ウイーンからはその倍ほどの距離からも分かり、徒歩や馬、船(ザルツァッハ川)の長い時代を思うと、モーツアルトゆかりの音楽祭の街はババリアとの関係が深い。ウォルフガング・アマデウスそのままが映画題名だったでしょうか? "塩の要塞"の街はモーツアルトの街です。

Silver Maple Den Bosch 01
ザルツブルグにも植栽されています。"銀葉カエデ”、そろそろ色変わりする頃…


この街がサウンド・オブ・ミュージックのミュージカルを上演する。戦後初めての画期的試み。このニュースが昨々日、全欧をめぐりました。1965年だった?ミュージカル映画の舞台/ロケ地になりました。正直に言い、あのミュージカルはこの町でしか撮影できません。素晴らしいメロディーの数々、封切後大ヒット。

毎年世界中あちこちでTV再放映されます。ドはドレミのド…あの歌の世界。"ベルリンの壁”(日記8月14日)で少し触れましたが、サウンド・オブ・ミュージックを知らずに育ち、縁のない子供/青年たちがいる。ドイツの人々です。大日本帝国は独伊に並び枢軸国側の重要メンバーだった。その日本で”’サウンド・オフ・ミュージック”を知らぬ人はいないほど大ヒットした。ところが、ハリウッド映画の舞台になる地元オーストリア、そしてドイツに於いて、その上映はタブーに等しかった。かつてのナチ”大ドイツ”圏内に、この映画を知らないまだ沢山の人々がいます。

日本帝国が大陸支那に侵出している時、オーストリアは親独と反独の内戦状態で大揺れ。日支間において、鉄砲打ち合い睨み合った盧溝橋事件からの緊張が高まりつつ、かたや欧州のここに於いてドイツ軍が怒涛の如くオーストリアに侵攻した。1938年の春にこれを併合(Anschluss,)。宣戦布告無しの戦争を日本が支那全域で繰り広げているのに、墺独は見事に一体化したわけです。傀儡の満州国と違い、墺は独の一地方として平和的に合併されたように見えます[note 1]。

独立派の人々からすれば"好きで無い人の言うまま気まま"。屈辱ですよね。一人の墺海軍大尉にとって我慢のならない事態とミュージカルで描かれています。1945年4月30日ベルリン陥落、5月入りして間もなく連合軍がザルツブルグを占領。反ナチスのゲリラ活動を試みた数少ない人々にとって、その日は風薫る解放の日だっと思います。

”サイレント・オブ・ミュージック”と言いません。しかし、想像するのは容易です。ドイツ語を国語とするオーストリアはドイツと共に戦ったのです。連合軍が迫り街を包囲した時、"祖国大ドイツ”のために多くのザルツブルグ兵が戦死した筈です。さような戦いの傷を刻み付けられた世代の人々にとって、心の痛みは限りなく深い。戦後65年、ハリウッドで無数に作られた戦争エンタメ映画(悪がたは常にドイツ)と共に、ジュリー・アンドリュース主演映画(+ブロードウェイ舞台劇)はタブーだったんですね。
Austria_Hungary  Languge Map 3

この言語地図を掲載する本は興味深い。図書館で時々覗き、入手したいので古本屋に注文。でもなかなか出てこないので、未だ実現せず。ウィキペディやウィキマップなどオープンな資料として公開されていることに気づきました。さてスラブ語圏も知らずで好い加減でしたが、こうして見ると、大筋が分かります。スロバキア語とチェコ語がどう違う?日常相互の理解ぐあいなど、、そのうち誰かから聞きたい。

トラップ・ファミリーのアルプス山越えエスケイプは映画の中のお話で、、詳しい実話がマリア・フォン・トラップによって書かれています (ベストセラー)。この本をベースにドイツで"トラップ家の物語”が映画化され、これは本国で大ヒット。ルート・ロイヴェリック主演の「菩提樹」とその続編を映画産業生き生きする時代に見た方が沢山いらっしゃると思います。

続編はアメリカ巡業の話。ぎょうさんの子供たちが小さなバスの中で歌を歌っている。高低差で交差する複数の高速高架道路をバスが走るシーンだけを覚えている。ヘェー、アメリカはスゴイ国なんだと思った。今では珍しくない大都市部の高速網が多分その頃、ロスアンジェルスやニューヨークで実現されたと言うこと。綺麗(そう子供心に思いました)ふくよかなロイヴェリックを配したポスターに"総天然色”と印刷されていました。

何故”ボダイジュ”? いまだに分からない。セイヨウシナノキがドイツおおかたのボダイジュですから、一作目フィルムで旦那ゲオルグ・フォン・トラップとマリアが愛を交わす場面がザルツブルグ郊外邸宅のセイヨウシナノキの下だったのか?ハリウッドのミュージカルでも節目のシーンになっています。でも"菩提寺”の菩提ですから、シナノキと無関係な樹なんです。インドに生えるクワ科(ガジュマルなど)大木がオーストリアに生える筈がないでしょう… と頓珍漢な屁理屈をこきますゾ。 

marroko Mint

東京も寒くなったそうですね。札幌は雪がちらついたりする頃… ブリテン気象庁は先日、これから来る冬は例年にない厳しい寒さになると警告を発しました。わが坪庭も朝夕、冷え込むようになりました。ところが、まだハッカがこんな具合。モロッコのミントと言う種(シュ)。掛け合わせ代表のペパーミントに並ぶほどポピュラーなミント。秋深くまで摘めるからかも知れませんんね。


オーストリアで大都市であるリンツ(人口18万)郊外でアドルフ・ヒトラーが1889年に産まれています。絵が好きでウィーンのアカデミーを目指したこともあり、その苦学?青年時代に飯のタネにした風景画などが数年前、オーストリアで競売になりました。勝れた歴史家の方にその値を伝えますと、安すぎるのではと感想を漏らされた。しかし墺には買い手が少なかったせいでしょう。

鼻と口の間にごつい髭を持つ内気そうな表情の伝令兵はソンムやイーペルの西部戦線で一生懸命に走りました。彼の所属部隊は墺軍で無く、バイエルン歩兵連隊です。戦後に若きヒトラーは演説の才能を開花させ、ミューヘン一揆と言う反政府運動を担うまでに成長します。投獄されている間に(ドイツの)愛国者として声望が高まり、恐らく生まれ故郷オーストリアの国家社会主義の支持者を一挙に増やしたのではないでしょうか。アドルフ男子名が墺独(=普→プロイセン)で普級し始める契機だと思います。本家のアドルフはこれから移民申請してドイツ国籍を入手する段取りになります。

karamatsu 1

カラマツは柔らかな葉と清楚な立ち姿によって愛される針葉樹。造林効率が高く、低廉価の材木として一般DIY市場に出ています。オーストリアは森林国で、主要樹クリスマスのモミの合間にところどころ区画をもらっていると思います。絡みつく樹木が珍しい…

ザルツブルグを訪れる日本の方々は非常に多いそうです。パリからインスブルッグへ高速列車が走り、その直ぐ先で簡単になっています。私は独アイゼンバーン(=鉄路=DB)格安家族券で国境に位置し、ドナウが東行するパッソーからです。そのまま船でリンツへ行くほうが南のザルツブルグに登るより簡単に思えます。ドナウ川は幅広く流れウィーンからブラスチラバに達する…という地理的事実を知りませんでした。普通人の骨頂で、知らないことばかりですね。

ザルツブルグ日本観光客の半分はサウンド・オブ・ミュージック舞台の町として行かれるのではないでしょうか。年配市民の殆どはもちろんモーツアルトを誇りに語っても、アメリカのエンターテイメントのミュージカルについて沈黙する。昨々日の独新聞インタヴュー記事にさような心情を漏らす老人が紹介されています。戦後沈黙を破るミュージカル劇初演に掻き乱れる心情を吐露しています。

ザルツァッハ川 はイン川の支流。イン川はドナウの支流。この経路でザルツブルグ近郊の岩塩が川船で輸出され、その輸出税が支配者・大司教区のたいせつな財源でした。地理的にバイエルンと繋がり、旧教ヴィッテルスバッハ家系が差配するミューヘンと密接な政治同盟の雑史がある。新教人が台頭し、これはならんと決心した大司教がマリー・チューダーと同じ大量虐殺刑を実行したり…、凄惨な歴史を秘める"ヨーロッパのスタンダードな古都"です。油絵筆を振るったアドルフ・ヒトラー青春の時代も、歴史の趣向はかわりなかったと言えるでしょう。

ザルツグルグの痛みと悲しみを知れば知るほど、爽やかな秋景色や音楽史を飾る数々の墺生まれクラシックメロディーが映えるのでは。ザルツァッハ川を北に20キロ近く下ると、初めての逆U字形の蛇行点にオーベルンドルフと言う小村があります。あちこちにある地名ですが、ここのドルフ=村で産まれたメロディーはアマデウスの曲と共にオーストリア/ザルツブルグの人々に穏やかさと豊かさを与え続けると思われます。

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カラマツの二つ目。針葉樹の輪生する葉と、広い落葉樹の葉がもつれあう。欧州と極東のグローバルゼーションを見つけられるでしょうか?!-- -->

【Note】:
1. Anschluss(1938;独墺の一体化)と日韓併合(1910)について、比較研究があるでしょう。
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菩提樹

映画「菩提樹」で「菩提樹」の曲は最後の重要な場面で歌われていますよ。くわしくは、「二木紘三うた物語」にコメントをいれておきましたので、興味がおありでしたら、アクセスください。
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ken minatoya

Author:ken minatoya
Victor Westhoff(1916-2001)碑文Hij observeertからのHNを本名と苗字に先立つ屋号に変更。ウエストホフは生物フローラの相互生息環境を丹念に観察したBiotop概念の先駆者。ザザーッとフィールドを歩きつつ、こぼれ見える外史/雑人/雑草の風景

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
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